東京高等裁判所 昭和23年(行ナ)17号・昭27年(行ナ)31号 判決
原告 遠藤幸雄(脱退)
原告参加人 遠藤ミサ子 外三名
被告 水越勇次郎
一、主 文
昭和二十三年抗告審判第一三四号事件について、昭和二十三年八月三十日特許標準局がなした審決を取り消す。
訴訟費用(参加によつて生じたものを含む。)は、被告の負担とする。
二、事 実
第一請求の趣旨
参加人等訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めると申し立てた。
第二請求の原因
参加人等訴訟代理人は、請求の原因として、次のように述べた。
一、訴外若林幸太郎は、その発明にかかる「煤煙防止有効燃焼装置の改良」につき、昭和十三年九月十三日特許を出願し、昭和二十一年一月十六日特許第一六九三二四号を以て特許された。
原告は、昭和二十一年七月三十日同人から右特許権を譲り受けたが、被告は、右特許は、特許法第一条に違反すると主張し、昭和二十二年七月一日原告を相手方として、特許無効の審判を請求したところ、(昭和二十二年審判第三九号事件)特許標準局は、昭和二十三年五月十一日右請求を容れ、「第一六九三二四号特許は、これを無効とする。」との審決をなした。原告は、右審決に対し、同年六月二日抗告審判の請求をしたが、(昭和二十三年抗告審判第一三四号事件)特許標準局は、同年八月三十日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は、同年九月二日原告に送達せられた。
参加人等は、その後昭和二十五年二月二十八日原告から、右特許権を譲り受け、同年九月十二日これが登録を受けたから、当事者として、本件訴訟に参加する。
二、本件の特許発明は、第十二類の三炉内完全燃焼装置の類型に属する発明であつて、その要旨は、明細書中「特許請求の範囲」に記載せられたように、「火室の頂部に、その室と相連通し、かつ、その室の幅及び焔道の直径よりも大きな幅を有するとともに、焔道の上端から上方に達する高さを有する、ほぼ長方形の焔室を形成し、炉格の上から上昇した火焔を、一旦焔室の底に沿つて拡散させた後、更に立ち昇る火焔の周辺と焔室の側隅並びに焔室の頂部との間に、待避局所を形成せしめた煤煙防止有効燃焼のための装置の改良」に存する。
右の構造が新規の考案になるものであることを更に明確にするため、「発明の詳細なる説明」の項には、次のように記載している。すなわち、「適当の位置に、炉格を有する平面ほゞ四角形の火室と、その室の頂部に、その室と相連通し、かつ、その室の幅より大きい幅を有する。ほゞ長方形の焔室よりなる火炉を、焔道の直前にその前鏡板に接して構成する。但し焔室の幅は、焔道の直径の五分の七倍位にして、また焔室の頂部は、焔道の上端より焔道の直径の五分の一位上方に達せしめ、かつ、焔室の天井を大空状となし、焔室の後壁に焔道に通ずる通孔を設け、その孔の形状を、焔室の形状に準ぜしむるとともに、その天井を焔道の上部の形状とほぼ一致させる。換言すれば、炉格上から上昇する火焔を、一旦焔室の底に沿つて拡張させ、更に通風の関係で盛り上るように立ち昇つた後、通孔から焔道に入らせ、その周側と焔室側隅並びに焔室頂部との間に、過剰空気と未燃瓦斯との待避局所を形成させるに適するように構成」されたものである。
更に本件特許発明がいかなる効果を納めるかについては、同じ項のうちに、次のように記載している。すなわち、「前記のような待避局所を有たない従来一般の炉格の構造によれば、石炭の燃焼により発生した可燃瓦斯と過剰空気は、炉格上において混合したまま、直ちに焔道を通り、煙突に導かれるから、その通過途中において、その混合瓦斯の熱は、焔道に吸収せられて温度降下し、可燃瓦斯をして完全燃焼せしめることができず、従つて燃料は不経済に使用せられるばかりでなく、不燃瓦斯を多量に含む黒煙を排出させる結果となる。しかるに本件発明にあつては、火炉を前述のように構成し、炉格上面の最も近い所の火焔の周囲に、特殊な待避局所を形成せしめたから、過剰空気或は低温空気並びに未燃焼の可燃瓦斯は、待避局所に一時停滞して、焔筒に導入せられる以前に、可燃瓦斯の引火点以上にまで加熱せられ、未燃焼分は完全に燃焼し、焔道に導入せられるのは、完全燃焼により生成した高温火焔のみで、低温空気の直接伝熱面に触れることがない。従つて火焔と伝熱面との間に多量の過剰空気、水分及び未燃焼瓦斯等の混合体の伏在を許さないから、罐水の温度より僅かに十度高いのみにして、完全に瓦斯熱を罐水に伝播するを以つて、石炭の保有する熱の利用を最高度に発揮するものである。更に待避局所の内面包装物は、石炭の燃焼により発生した熱の放散を防ぎ、熱を長く保持し得るのみならず、その輻射熱は、過剰空気と可燃物の燃焼を助ける結果となり、待避局所に一時蓄積された高温度の熱は、何等の損失なく、却つて石炭の保有する全可燃物の完全な燃焼を促進せしめる作用を行う。本件装置によれば、待避局所を有しない従来のものに比し、空気の適量(石炭容積の約十五倍)及び空気の適温(摂氏六五〇度以上)に加熱して燃焼状態に置き、これらを未燃焼瓦斯と適当に接触化合して三位一体となし、悉く完全に燃焼せしめるを以て、火焔の温度が、従来のものに比しはるかに高く、粗悪炭を使用するも容易に完全に燃焼をなし、燃焼効率大にして、汽罐効率を増大せしめることができ、従つて燃料の節約を図り得る効果を奏し、しかも煙突から未燃焼瓦斯を排出する虞少なく、黒煙の噴出を防止し、都市美観を損せず、保健上にも貢献するところが大きい。更に本件装置によれば、火炉内面の耐火性包装物による輻射熱のため、罐替えの場合、或は手焚による焚口扉開放の場合に於ても、汽罐が直接冷空気に触れることなく、燃焼室内の温度を平均に保持するから、汽罐の呼吸作用少なく、かつ、無火となし、休罐とする場合においても、本件発明の装置に依り、急激な冷却を防止し、従つて汽罐の保健上最も有効である。」
これを要するに、本件発明は、燃焼の自然法則に適合せしめるために、新たに考案された待避局所の構造を主眼とした装置であつて、換言すれば、従来燃焼と瓦斯発生とに適する構造の二室を形成してきた燃焼装置を一般とし、これに加うるに、空気を適量、適温に適切に自動的に加熱作用をなさしめて燃焼状態に置き、これらを未燃焼瓦斯と適当に接触化合せしめる、いわゆる待避局所を形成する構造を加え、これによつて理想的な発熱並びに熱伝導作用を発生させる三構造の三位一体の燃焼装置である。
そして上記の効果は、単に燃焼理論や公知の燃焼装置に基いて、想念上の改良を加えたところを主張するものではなく、実際に多くの汽罐に装置して、現実に著大な工業的効果を挙げているところである。従つて本件発明装置の実際上の工業的効果を、幾多の実例を以て示すことができる点において、特許の要件を具備していることが、他の特許と区別されねばならない。
三、然るに審決は、本件の特許発明と、被告が無効審判請求の理由に引用した、昭和八年実用新案出願公告第二八九五号罐水加熱循環装置の図面及び説明書の記載(以下単に引用考案と呼ぶ。)とを比軽して、「両者はどちらも、火室頂部に、その室と相連通し、かつ、その室の幅及び焔道の直径よりも大きな幅を有するとともに、焔道の上端から上方に達する高さを有する焔室を形成した燃焼装置である点において一致する。ただ前者は、焔室の側壁並びに頂部に近く余剰空気及び可燃瓦斯の待避局所を形成したのに対し、後者は、余剰空気及び可燃瓦斯の待避局所という言葉を使用していないけれども、後者においても、前者におけると同様に、火格子の上から上昇した火焔は、火室の底に沿つて拡散し、更にたち昇る火焔の周辺と焔室の側壁並びに焔室の頂部との間に、余剰空気及び可燃瓦斯の待避局所が形成されることは、後者が前者と前示の点において一致する以上、当然のことであつて、前者は、この点において、なんら後者と違つた構造、作用及び効果を有するものと認めることができない。つまるところ、前者は、その出願前本邦内において公知である後者から、格別発明思想を要しないで、当業者が容易に想到し得るものと認めるから、特許法第一条にいわゆる発明を構成し難いものである。」と判断している。
四、然らば、右引用考案は、いかなるものであろうか。右考案は、第十四類の七罐水循環装置の類型に属し、その公報中「実用新案の性質及び効果の要領」には、次のとおり記載されている。すなわち、「(イ)は円筒型又は角型汽罐又は温水罐、(ロ)はこれが前壁板で、該壁板より水平水管(1)を汽罐の水準面下方から前方に突出させ、その下部左右に更に水平水管(2)(3)を出し、水管(1)と(2)(3)とにわたり、更に適当数の側水管(4)を連絡させ、これを骨格として、これら外廓を耐火煉瓦等で被覆し、燃焼室(5)を形成したもので、該燃焼室と汽罐の焔道(ハ)とを連通させるものである。この考案は、このように汽罐の前壁に密接して、燃焼室を構成し、この燃焼室内に汽罐と相連通せる水管を傘形に配置せるため、燃焼室内において燃焼した瓦斯は、これらの水管に接触し、水管内の水を加熱し、かつ一方この燃焼火焔は、燃焼室壁に当り、その反射熱を更に水管に与えるから、水管の加熱を促進せしめ、汽罐内との循環を良好ならしめ、罐内の温度を平均ならしめる効果がある。」と記載されている。
右の説明によつて明かなように、「汽罐の前壁に密接して燃焼室を構成し、この燃焼室内に汽罐と相連絡せる水管を傘形に配置したため」に、燃焼室内で燃焼した瓦斯は、これらの水管に接触して水管内の水を加熱し、更にこの燃焼火焔が燃焼室壁に当つて、その反射熱を水管に与えて加熱を促進させ、汽罐内の循環を良好ならしめるというのである。従つてその「登録請求の範囲」の項には、「図面並びに説明に示すように、汽罐又は温水管の前壁から水管を上下に出し、これら水管を側水管で相連通させ、これら水管を骨格として、耐火煉瓦等で外側を囲繞して燃焼室を構成し、該燃焼室の一方を罐内の焔道に相連通せしめた罐水加熱循環装置の構造」と記載されている。
これは正に、円筒型又は角型の汽罐、或いは温水罐におけるその水管と、燃焼室との結合構造にある考案である。このことは、水管の配置を骨格として燃焼室を構成する点からしても明かで、しかもその骨格は、水管を傘形に配置する点に、新案が存することも明かである。従つて燃焼室は、この傘形骨格の形状を呈し、かかる構造の燃焼室について、特殊新規な考案が存することは、何等触れていない点からして、従来既存のものに、この傘状水管配置を形成せしめたに過ぎないことも明確な事実である。
五、以上本件の特許発明と引用考案との両者を比較検討すれば、審決は、次の点において、違法であるといわなければならない。
(一) 審決は、先に挙げたように、「両者とも火室頂部に、その室と相連通し、かつ室の幅及び焔道の直径よりも大きな幅を有するとともに、焔道の上端から上方に達する高さを有する焔室を形成する。」と認定しているが、右「焔室の幅」が火室並びに焔道の直径よりも「大きな幅」を有する装置であることは、引用考案の説明又は図面のいかなる部分にも明示されていない。これは正にほしいままの判断といわなければならない。
(二) 仮りに両者の焔室の幅が火室並びに焔道の直径よりも大きな幅を有したと仮定しても、両者には重要な差異がある。本件特許における焔室の構造は、待避局所を構成するか故に、特にその大きさは重要であつて、先に「発明の詳細の説明」において述べたように、火室の四角形に対して、焔室は長方形をなし、しかも、火室の幅よりも大きな幅を有するものとして、「焔室の幅は、焔道の直径の五分の七倍」と明示しているものである。かゝる大きさ以をて、はじめて本件待避局所の形成が可能となり、理想的燃焼作用をなし得るのであつて、単に「より大きな幅」というが如き漠然たる比例で両者を比較し、一致するものとすることはできない。けだしこの点は、燃焼効率に甚大な差異を生じ、特に工業的効果の有無を特許の重要な要件とするとき、効果を除外して判断をすることは許されないからである。
(三) 本件特許発明の中核をなすものは、屡々述べたように、待避局所の構成並びにその形成による理想的燃焼効率である。この待避局所は、略言すれば、炉内の過剰空気、低温空気並びに未燃焼の可燃瓦斯を一時停滞せしめて、焔内に導入される以前において、可燃瓦斯を引火点以上にまで加熱せしめるための構造部分であつて、これを発明者は、待避局所と名附けたのである。引用考案のいづこにかゝる考案や、構造が示されているであろうか。審決は、引用考案の図面並びに説明書の明示するところを越えて、ほしいままに新案装置の燃焼構造や、作用効果を拡張し、推測しあたかも本件待避局所に一致する構造が存在するもののように強弁している。これはつまるところ、審決が、本件特許の中核をなす待避局所の構造について、諒解していないところから結果された誤りである。
(四) 審決が、引用の実用新案公告添付の図面第二図において、水管を傘形に配置したため、恰も焔室頂部が大空状に似た傘形をなし、左右の水管配置のため、傘形の下部両端内面に、火室より稍幅の広い一部分が形成される点を以て、本件特許における待避局所と一致するものとしたとすれば、考えざるも甚だしいものである。本件特許における焔室頂部の大空状は、そこに待避局所を形成せしめるものであつて、引用の傘形は、罐水の温度を速かに上昇せしめるために、その手段として水管配置の必要から形成されたものである。また引用の傘形下部の一部が、火室より稍幅の広い部分が形成されているのは、この新案の装置においては、微粉炭燃焼装置の炉内の温度が高きにすぎるため、築炉が短日月で使用不能となる虞があるので、炉内温度を激減する目的を以て、数多の細管群を設置する必要上のポケツトであることは、当業者にとつて周知のところであつて、本件特許における待避局所の構造とは凡そ比較し得べくもないものである。
元来引用の考案は、微粉炭燃焼炉であつて、この種火炉の炉内の大きさは、汽罐火炉の直径に対して決定するものでなく、この点世上一般の燃焼炉と根本的に相違している。それは普通の燃焼ではなく、微粉炭燃焼は、爆発燃焼するため、炉内の大きさを非常に大きくしなければならないからである。この炉内の大きさを決定するには、その汽罐が分時に、何キロの石炭を消費すれば足りるかを決定し、その石炭が一時に爆発燃焼するに要する容積を決定してきめられ、その火炉内側側部の通焔孔を、汽罐火炉に通連したものである。従来この種の汽罐火炉は、火床上の火層並びにその隣室の空間の容積に比し、約十倍の大さを要するに止まらず、微粉炭が爆発燃焼するときは、局部的に温度が非常に高きにすぎるため、前炉のみ局部的に温度高きに過ぎるため、火炉頂部が短時日に破損するのを防止する目的で、引例のヤーロ型水管群を、前火炉内中央部両側より上部にまで設けたもので、その構造は、右理由によつて形成せられ、他に目的もないものである。
六、本件特許の基礎をなすものは、昭和十三年特許願第一二六四七号煤煙防止有効燃焼装置の改良における考案であつて、右事件について、昭和十七年八月二十四日になされた特許願拒絶査定不服抗告審判請求事件の審決に対し、出願人若林幸太郎は、右審決において、待避局所の構造並びに効果について審理が尽されていないことを不服とし、大審院に出訴し、(昭和十七年(オ)第八八四号事件)その結果昭和十八年三月十九日原審決は破毀せられ、事件は特許局に差し戻された。その後二年を経て、昭和二十一年一月十六日、本件発明装置は、特許されたものである。従つて特許局は、本件発明装置を特許すべきや否やにつき、かかる経過を辿つたものだけに、本件装置における考案が新規のものなりや否や、その工業的効果が従来の燃焼装置に比して優秀なりや否やの諸点、換言すれば、本件装置が公知のものでないことにつき十分の審査を経て特許されたものと信ずる。しかるに、本件特許無効抗告審判請求事件は、昭和二十三年六月二日その請求がなされてから、僅々二ケ月余を経過したにすぎない同年八月十七日には終結されている。特許無効の抗告審判請求事件において、かくの如く短期間に、しかも抗告審判請求人の弁駁の準備日時を短縮し、審決を急いだ事例は、誠に稀有のことであつて、しかも本件装置が、公知に属するという理由に基くものであることは、前述の特許に至る期間が、出願後八年の日子を費やしてなされたのに比し、いかに審決が軽々しくなされ、審理不尽のものであるかを物語るものである。
第三被告の答弁
被告訴訟代理人は、参加人等の請求を棄却する。訴訟費用は、参加人等の負担とする旨の判決を求め、参加人等主張の請求原因事実に対し、次のように述べた。
一、参加人等は、本件特許明細書における「特許請求の範囲」の記載について、特に複雑な表現を用い、却つてこれを難解ならしめ、また「発明の詳細な説明」に記載されている、「焔室の幅は、焔道の直径の五分の七倍にし、また焔室の頂部は、焔道の上端から焔道の直径の五分の一位上位にあらしめる。」というような実施例的記載が、あたかも本件発明の要旨であるかのように主張しているが、これはことさらに本件特許の要旨を誤解させるものであつて、本件特許発明の要旨は、明細書の「発明の性質及び目的の要項」並びに「特許請求の範囲」に抽象的に記載されているところの、「炉格のある火室の上部に、この火室の幅及び焔道の幅より両側に広く、かつ頂部を焔道の上端より上位に形成した輻射室を設けた」ものであつて、焔室の輻や高さの尺度は、単に実際における技術的設計を示すものに過ぎない。このことは、火床上に投入せられる石炭の炭質及び炭層について考えて見れば、すぐ判明することであつて、すなわち炭質及び炭層により、燃焼火焔の焔の長さ及び火力の強さは、当然変化し、参加人等がこれを一定視して論じているのは、実情についての認識を欠くことを証明するものである。
二、一方引用考案に記載されている縦断側面図も、輻射室が下部燃焼室と相通じており、またその頂壁が焔道の上端より高くなつていることは明白であり、更に縦断正面図において、上部燃焼室すなわち輻射室の両側壁が、下部燃焼室すなわち火床を設置する燃焼室の幅より両側に拡つていること、及び参加人等のいわゆる待避局所なるものは、この考案にあつても、側水管の間に存在し、更に火焔室の周壁に張つてある水管を取り除いて見れば、一層明かに同一の類型に属することが認められる。すなわち右考案は、本件特許の対象である装置の構造を基礎として改良設計せられたもので、当業者間においては、本件特許の装置は、常識的構造に属するものであることを示す一例にすぎず、専門業者にとつては、既往の施設、文献から、直ちに周知前炉しとて常識的なもので、本件発明は、特許法第四条第一項第二号に該当し、同法第一条の発明構成要件を具備しないものである。
参加人等は、右考案における焔室頂部の大空状に似た壁は、水管配置のためであり、本件発明は、待避局所形成のためであるから、目的が違うと主張するが、目的が異るからといつて、効果が相違するとの根拠は何もなく、両者ともひとしく火炉であり、従つて類似の形状からは、同一又は類似の作用効果の生ずることは当然であつて、右主張は、実際的にはもちろん、理論的にも、何等の根拠のないものである。
参加人等は、本件特許の構造から生ずる作用効果について、繰り返えし述べているが、そのようなことは、燃焼室両側の凹壁及び頂壁の幅、長さ及び深さ等の設計の差異により、空気の多寡が生じ、燃焼の度合の変化があるのは当然であつて、かゝる点は、ボイラーの様式により、種々適用変化せしめることがあり得べく、そのようなことは、施行上の技術的分野に属し、特許権の性質ではない。またこの点について、特許請求の範囲には、何等の制限も設けられていないことは、先に述べたとおりである。
なお参加人等は、本件特許の装置には、絶大な工業的効果があるように主張しているが、かゝる原始的な装置では、頂部や両側の凹壁のため火熱が炉内に滞つて、炉内のみをいたずらに高熱ならしめ、肝心のボイラーへの伝熱作用は薄弱であつて、到底その主張するような工業的効果を挙げているものではない。
参加人等及び発明者若林幸太郎が、本件特殊装置のような周知の原始装置を、新規な発明と固執し、その効果を主張しているのは、周知装置の常識を全く欠くか、或いは殊更に実情を隠被し、故意に虚構を申し立てゝいるものと断ぜざるを得ない。して見れば、審決が本件の特許発明は、引用の考案と類似し、新規性が認められないと判断しているのは、まことに当然である。
四、なお参加人等が六において主張する、本件特許の基礎をなす昭和十三年特許願第一二六四七号事件において、特許庁が拒絶の理由として引用した権利は、本件における引用の考案ではなく、英国の特許公報であつた。
第四証拠<省略>
三、理 由
一、参加人等主張の請求原因一の事実は、特許庁から送付して来た本件審判に関する記録に徴し、明白である。
二、その成立に争のない甲第一号証(本件特許明細書)によれば、参加人等の有する特許第一六九三二四号は、訴外若林幸太郎の発明にかゝり、昭和十三年九月十三日出願、昭和二十年一月十六日に特許せられたものであつて、その発明の要旨は、「火室の頂部に、その室と相連通し、かつ、その室の幅及び焔道の直径よりも大きな幅を有するとともに、焔道の上端から上方に達する高さを有する。ほぼ長方形の焔室を形成し、炉格の上から上昇した火焔を、一旦焔室の底に沿つて拡散させた後、更に立ち昇る火焔の周辺と焔室の側隅並びに焔室の頂部との間に、待避局所を形成せしめた煤煙防止有効燃焼装置の改良」に存し、その目的とするところは、炉格上面の最も近いところに、前述のような構造からなるポケツトを設け、ここに石炭の燃焼によつて発生した、過剰空気或は低温空気並びに未燃焼の可燃瓦斯を一時停滞させ、これが焔筒に導入せられる以前に、可燃瓦斯を引火点以上までに加熱し、未燃焼は完全に燃焼し、完全燃焼によつて生成した高温火焔のみを、焔道に導入するようにさせ、従来一般の構造の炉格のように、石炭の燃焼により発生した可燃瓦斯と過剰空気とが、炉格上において混合したまゝ、直ちに焔道を通り煙突に導かれることなく、かつ、火炎と伝熱面との間に、多量の過剰空気、水分及び未燃焼瓦斯等の混合体を存在せしめないようにして、それによつて熱の利用率を高め、従つて汽罐効率を増大するとともに、燃料の節約を図ろうとするものであることを認めることができる。
三、一方その成立に争のない甲第二号証(引用考案についての実用新案出願公告公報)によれば、審決に引用された昭和八年実用新案出願公告第二八九五号は、昭和八年三月四日に刊行されたものであり、右公報に記載せられた「罐水加熱循環装置」は、汽罐又は温水罐の前壁板から、水平水管を、汽罐の水準面下方より前方に突出させ、そのうちの上方中央のものと、下方左右のものとの間に、適当数の側水管を設けて、これらを連絡し、これら水管を骨格として、その外部を耐火煉瓦等で被覆して、傘形の燃焼室、すなわち前炉を形成し、この燃焼室の上部をして、伝熱室の一部を兼ねさせ、かつ、前記の水平管のほゞ中心に焔道を設け、燃焼室の一方をこれと連絡させたもので、その作用効果は、燃焼室内に汽罐と連絡する水管を、前述のように傘形に配置したため、燃焼室内において燃焼した瓦斯は、これら水管に接触し、水管内の水を加熱し、かつ一方この燃焼火焔は、燃焼室壁に当り、その反射熱を、更に水管に与えるから、水管の加熱を促進させ、汽罐内との循環を良好にし、罐内の温度を平均ならしめるものであること。並びに下方水平水管の下では、燃焼室は、この水平水管を支持するため狭くなり、燃焼室の内形としては、この部分から上は、左右に水管の直径だけずつ幅が広くなつていることが認められる。
四、よつて本件の発明と、引用の公報の記載とを対照比較して見るに、前者では、石炭の燃焼によつて発生した過剰空気、未燃焼可燃瓦斯を、これが伝熱室へ導入される以前に、一時停滞させ、これを十分燃焼させ得る、いわゆる待避局所を形成させる点を最も重要な部分としているのに対し、後者においては、燃焼室上部の構造は、その字句の上からは、審決のいうように、火室(図面によれば、燃焼室の下部には、炉格を図示せず、特に説明はしていないが、微粉炭燃焼用のものと認められる。)頂部に、その室と相連通し、かつ、その室の幅及び焔道の直径よりも大きな幅を有するとともに、焔道の上端から上方に達する高さを有する焔室を形成した燃焼装置であり、この点において、本件特許明細書中特許請求範囲の記載と、ほゞ一致するものであることは、上記の認定からも認められるところであるが、更に詳細に検討すれば、後者における燃焼室の上部には、多数の水管が設けられ、該室は、燃焼室であると同時に、伝熱室をも兼ねているから、若しこの部分に来る未燃焼瓦斯等があるとしても、それらは、加熱燃焼されるよりも、寧ろ熱を水管群に奪われて、冷却するような結果を来たし、よし側水管の間隙に、外形的には多少の余地があるにもせよ、それによつては本件特許のいわゆる待避局所の目的は、全然達し得られないものである。すなわち、本件特許発明の要旨とするところは、前記引用にかゝる公報には全然記載されておらず、また右公報の記載から容易に想倒し得るところのものとは、到底解することができない。
五、被告は類似の構造からは、同一又は類似の作用効果を生ずることは当然であり、引用考案における水管を取り除いて見れば、このことは一層明白であると述べているが、両者の燃焼室における水管の有無が、その作用効果に、甚大な影響を与えているものであることは、前段において説明するところであり、また引用の考案にあつては、水管の存在が主要な地位を占め、燃焼室の形状は、水管を骨格として定められたものであるから、この水管を取り除いて考えることは、この公報の記載においては、全く不可能のことゝいわなければならない。
また被告は、本件特許発明のような前炉は、当業者の常識的な存在であると主張しているが、かゝる事実は、本件において提出、援用された証拠からは認めることができない。
六、以上の理由により、審決が、本件の特許発明は、その出願前本邦内において公知である引用の考案から、格別発明思想を要しないで、当業者が容易に想倒し得るものと認め、特許法第一条にいわゆる発明を構成しないものと判断したのは、失当であつて、右審決の取消を求める参加人等の本訴請求は、その理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条、第九十四条後段を適用して主文のように判決した。
(裁判官 小堀保 原増司 高井常太郎)