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東京高等裁判所 昭和24年(わ)55号 判決 1950年4月14日

上告人 被告人 周東雄吉 外一名

弁護人 小野塵一

検察官 小泉輝三朗関与

主文

本件上告は孰れも之を棄却する。

理由

弁護人小野塵一の上告趣意第一点について。

昭和二十三年一月二十四日物価庁告示第五十号によつて昭和二十二年九月二十五日物価庁公示第十四号の一部を改正し之を日本繊維新聞に公示した旨の注意的の告示があつたに拘らず、同公示は同年一月二十四日までには同新聞に公示せられず、同月三十一日に至つてはじめて同新聞に公示せられたことは洵に所論の通りである。そして右の告示は右の公示が世間一般に行き渡つて知られるようにと念の為に注意する趣旨のものであるから、右の公示は右の告示のあつた日より以前に、又は少くともその日に同新聞に掲載せられるに越したことはないけれども右の公示の掲載がないかぎりそれは効力を有し得ないからたとえ其の後であつても苟くも右の公示が掲載せられた以上、それは右の告示と相俟つて世間一般に行き渡つて知られることとなり、其の公示たるの効用を満すこととなる訳である。従つて右の公示が右の告示より後れて行われてもそれはその公にせられた時から有効であると解して何等差支を生じないのである。されば右告示に所論のような不実の内容があつても、その為に右公示の公にせられた時以後の効力には何等影響を及ぼさないものと解するを相当とする。要は右公示の有効なりや否やの問題に帰着するのであり、原判決は右公示を有効と認めて之を適用したものであつて、無効の法規を適用したとの所論違法を蔵しない。論旨は理由がない。

同論旨第二点について。

物価統制令施行規則第四条本文は同令第四条の規定による価格の指定は原則として物価庁長官の告示によつて之を為す旨を規定し、同告示は官報に掲載せられるからそれは正当な規定であると謂える。しかし右の指定の内容が著しく広汎に亘り又は複雑多岐を極める様な場合には之を官報に掲載することは不適当であり又は殆んど不能であるから之に代えて他の相当な公示方法に依らざるを得ない。同規則第四条但書は斯かる必要にして妥当な要請を内容とするものであつて客観的状態からみて之を肯認せざるを得ない。即ち其の規定自体は結局妥当に帰し、之を無効となすを得ない。従つて原判決には無効の法令等を適用したとの所論違法はない。論旨は理由がない。

同論旨第三点及び第四点について。

日本繊維新聞は織物に関係のある業者ばかりでない。広く織物に関心を有する国民にも読まれる新聞紙であるから所論公示を官報に掲載し得ない場合に之に代えてそれを掲載するものとしては相当であると謂わざるを得ない。所論日刊新聞の如きは一般民衆に行き渡つてはいるけれども、官報に掲載することが不適当又は不能に近い事項をそれに掲げることは官報における以上に不適当又は不能であるから、それは結局期待し得ないところである。又右公示が日本繊維新聞に載せられた場合には実際においてはその旨が官報に告示せられて一般国民の注意を促すのであるから一般国民も亦同新聞によつて所論公示を知ることができるのである。斯くして同新聞における公示は国民一般に周知せられるに庶幾い、即ち同公示を同新聞に掲載することは物価統制令施行規則第四条但書に所謂他の相当な公示方法であると謂うべきである。又之によつて一般国民は何等不平等の処遇をうけることはなく、健全で幸福な生活を送る為の基本的人権が侵害せられることもない。従つて所論公示及び告示は所論の様に法律上無効でもなければ憲法第十四条並に第十一条にも違反しない。原判決には所論違法は一も存せず。論旨は孰れも理由がない。(其の他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 佐伯顯二 判事 久礼田益喜 判事 仁科恒彦)

上告趣意書

第一点原判決ハ有罪ヲ言渡スニ付其ノ適用処罰法令トシテ物価統制令第四条昭和二十二年九月二十五日物価庁公示第十四号同二十三年一月三十一日同庁公示第七十三号等ヲ適用シテ居ルノデアリマストコロガ右公示第十四号ハ物価統制令第四条同令施行規則第四条ニヨリ日本繊維新聞ニ絹織物統制額ヲ公告公示シタ旨同年十月九日ノ官報ヲ同庁告示第二四一号デ告示シ又右公示第七十三号ハ同二十三年一月二十四日ノ官報デ同庁告示第五十号ヲ以テ同統制額ヲ同新聞紙デ公示シタ旨告示シタノデアル。然ルニ右公示第十四号ハ右告示第二四一号告示発布以前デアル昭和二十二年九月二十五日ノ官報デ公布セラレテ居ルガ之レニ反シ右告示第五〇号ハ同二十三年一月二十四日官報ニ前記公示第十四号一部改正シ同日本繊維新聞紙上デ公示シタ旨ヲ登載公布シタケレドモ事実ハ之ニ相違シ同日マデハ同新聞紙上ニハ右改正ノ公示記事ノ登載ハ全然無カツタモノデ右告示ハ不実虚無ノ事実ヲ内容トスルモノデ法律上無効デアル。即チ事実ハ漸ク同月三十一日附同新聞紙ニ初メテ掲載公示セラレタコトハ原裁判所モ判決理由中之ヲ認メナガラ本論旨ト同一ノ弁護人ノ主張ヲ排斥シテ無効ノ法規ヲ適用シタ違法ガアリ原判決ハ破棄セラルベキモノト信ジマス。

第二点前述ノ如ク本件処罰ノ基礎トナツタ前記告示公示ハ広義ニ於ケル法令ノ一種デアリマスガ凡ソ法律規則命令、省令、条約ノ公布、叙任辞令、皇室事項其ノ他苟クモ国家ト国民トニ重大関係有ル事項ニ関スル国家ノ一般的意思表示ノ方法ハ我国ニ於テハ明治時代カラ今日ニ至ルマデ必ズ官報ニ登載シテ公布スルコトガ其ノ効力発生ノ適法ナル方式方法デアリ数十年間ニ亘ル公法上ノ慣習法ト認ムベキモノデアリマシテ其ノ後昭和十九年閣令、大蔵省令、第一号ヤ昭和二十四年総理府令第一号(同年六月一日官報号外六九号三頁)ニ「官報、法令全書、職員録等発行ニ関スル命令」ノ第一条ニ「官報ニハ憲法改正法律政令、条約、府令、省令、通達、告示、国会事項、叙任辞令、皇室事項、官庁事項、地方自治事項及公告ヲ掲載スル」ト規定シタノハ本弁護人ノ所謂前述ノ公ノ慣習法ヲ特ニ正文法化シテ一層其ノ趣旨ヲ明確ニシ政府ト国民ト共ニ将来ニ向ツテ其ノ実行ヲ徹底センコトヲ期シタモノデアルト信ジマス。

トコロガ原裁判所ガ判決理由中ニ援用シテ居ル物価統制令施行規則第四条及同条但書ハ「同令第四条ノ規定ニヨル価額ノ指定ハ物価庁長官ノ告示ニ依リテ之ヲ為ス但シ已ムヲ得ザル事由有ル場合ニハ他ノ相当ノ公示方法(中略)ヲ以テ之ニ代フルコトヲ得」トアリマスガ此規定自体ガ既ニ前記公ノ慣習法違反デ無効デアリマス従ツテ右物価統制令右各告示及各公示等ヲ適用シタ原判決ハ違法デ破棄セラルベキモノト信ジマス。

第三点仮リニ一歩ヲ譲リ前記物価統制令告示公示ガ有効デアルトシテモ同公示ヲ前記日本繊維新聞又ハ其ノ号外ニ公示公告シタコトハ同統制令第四条但書ニ所謂「他ノ相当ノ公示方法」ニ該当シナイ即チ相当方法デナイカラ同告示及公示ハ共ニ無効デアリマス。何トナレバ之等ノ新聞又ハ其ノ号外ハ例ヘバ東京都其ノ他各府県下デ其ノ管内各裁判所ノ公告ハ掲載スルコトヲ定メラレテ居ル各地方日刊新聞紙等ノ如ク何人モ其ノ職業ノ如何ヲ問ハズ一般民衆ガ常ニ閲覧通読ノ機会ト関心トヲ持ツ新聞紙ト全ク其ノ趣ヲ異ニシ前記本件新聞紙ハ主トシテ織物業者ノミヲ対照トシ読者トシテ一営利会社ノ発行スル特種新聞紙デアツテ多クノ一般国民ハ容易ニ閲覧購読シ得ル程度ニ頒布サレテ居ナイ而カモ同新聞紙上本件公示ノ指定価額ニハ勿論小売価格モ定メラレテ居リマスカラ殆ンド大多数ノ国民ノ同価格ヲ知ラズシテ超過価格デ買受ケ処罰サレル危険ガ顕著デアリ換言スレバ物価庁長官ハ相当デナイ方法デ公示スル権限ハ無ク要スルニ此点カラ見テモ同告示公示ハ同制令第四条但書ニ違反シタ無効ノモノデアルカラ之ヲ適用シタ原判決ハ違法デ破棄セラルベキモノト信ジマス。

第四点本件告示公示ガ前述ノ方法ニ依ツタコトハ小売価格ノ如キ一般国民ニ適用セラルベキ事項ヲ織物業者タルト然ラザル国民トニヨリ公示周知ノ方法ニ差別的待遇ヲスル結果トナリ憲法第十四条ノ「すべて国民は法の下に平等で職業の如き社会的身分により政治的、経済的、社会的関係に於て差別されない」旨ノ規定ニ違反シ同告示尚斯ノ如ク広義ニ於ケル法令ノ一種デアル右告示公示ノ周知方法ニ付前述ノ如ク国民ノ職業ノ種別ニヨリ法律上不平等ノ処遇ヲスル結果織物業者以外ノ国民ハ常ニ前述ノ危険ト不安ニ晒サレテ居ル次第デアツテ個人トシテ健全且ツ幸福ナ生活ヲ送ル為メノ基本的人権ヲ或ル程度常ニ侵害セラレテ居ルモノト解シ得ル次第デアリマシテ曳テハ憲法第十一条ニ違反スル違法ノ公示デアリ之等ノ理由カラシテ之ヲ適用シタ原判決ハ破棄セラルベキモノト信ジマス。(其の他の論旨は省略する。)

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