東京高等裁判所 昭和24年(ナ)16号 判決
原告 酒井貞次郎
被告 茨城県選挙管理委員会
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、請求の趣旨
原告は「昭和二十四年五月十四日行われた茨城縣猿島郡幸島村々長の解職投票に関する原告の訴願を却下した被告の裁決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求めた。
三、事 実
(一) 原告は公選により昭和二十二年四月六日茨城縣猿島郡幸島村々長に就任したものであるが、幸島村大字駒込八九〇番地居住の訴外関仲四郎外五名の者が代表者となつて、原告に対する村長解職請求書を、昭和二十四年四月十九日幸島村選挙管理委員会に提出したので、同委員会は同年四月二十日投票日を告示し、同年五月十四日解職賛否の投票を行い、翌十五日開票したところ、
投票総数三千百四十六票
内有効投票 三千三十九票 ┌賛成投票 二千九十三票
└反対投票 九百四十六票
無効投票 百七票
の結果となり、原告は村長の職を失うべきに至つた。
こゝにおいて、原告は同年五月二十七日これに対して、幸島村選挙管理委員会に対し、異議申立をしたが、翌二十八日却下せられたので、更に同年六月十七日被告茨城縣選挙管理委員会へ訴願したが、同年七月三十日却下の裁決があつて、同年八月四日原告に送達せられた。
(二) しかし解職の投票については、選挙の爭訟についての規定、即ち「選挙の規定に違反することがあるときは、選挙の結果に異動を及ぼす虞ある場合に限り」選挙は無効となる旨の規定が準用されるものであり、本件解職投票は、この規定に照して無効である。即ち
(イ) 幸島村選挙管理委員会(以下略して村委員会と表示する)が投票日を告示した昭和二十四年四月二十日解職請求者等が解職運動のために組織した村政刷新期成同盟の主催をもつて、約三百名の群衆を幸島村役場玄関前に引連れ、そこに拡声機をすえて、村長攻撃の演説を始め、他方その代表者は、折柄宿直室において、農地問題につき農地委員等と会議を開催し、農地委員会々長として議長の公務を執行中の原告に対し、村長辞職勧告外二項目に対する答弁を、大衆の前で発表するよう迫り、会議中の故をもつてこれを拒むと、主催者側の連中は鋭く原告を非難し、多数の壯漢が無気味な面持ちで、しきりに内部をのぞいたりして、会議を続けられないようにした。
その上主催者側の代表はしつこく原告の答弁を迫り、これを拒めば、いよいよ猛り立つて、罵り続ける気配が察しられたのでやむを得ず玄関に出て答弁したが、そのときも「引張り出せ」とか「毆つてしまえ」など罵声を浴せた。
(ロ) 同年四月中、村内各所に「村民の生血を吸う村長」とか「タヌキ村長の声明に化かされるな」と書いたポスターを貼つたしそれとは別に、漫画を印刷したポスターを貼つたが、その漫画は村長に凝した人物が左手に札たばをかゝえ、右手で米をこぼしている絵で、原告が不正な利得をし、供米の負担が重いこととか、飯米の割当てが少いことなどを顧みないというようなことを、巧みに諷刺したもので、原告を誣いるも甚しい。
(ハ) 拡声機で街頭宣傳をしたとき「村長は十万円か十五万円貰えば、いつでもやめるといつている」など、まるで虚僞の事実をいゝふらし、その他原告を中傷する惡宣傳は、同年四月初旬から投票前日の五月十三日までの間、拡声機を用いて毎日のように続けられた。
而して右の(イ)乃至(ハ)の行爲は、名譽毀損、公務執行妨害、脅迫、信用毀損、不法監禁等の罪に該当するもので、原告は村政刷新期成同盟の委員長山中喜一等を、これらの罪を犯したものとして、同年五月二十五日水戸地方檢察廳に告訴したが、右の諸行爲は又当時の地方自治法第八五條、第七三條において準用する衆議院議員選挙法第十二章の罪に該当するので、原告は山中喜一等をこれ等の罪を犯したものとして、同年五月二十六日猿島地区警察署に告発した。
かように投票が公正を欠いた手段によつて行われた場合も亦「選挙の規定に違反」した場合に外ならない。而して右の(イ)乃至(ハ)の行爲がなかつたならば、幸島村の有権者の多数は、原告に対する解職請求に賛成しなかつたものと認められるから、畢竟本件解職の投票は「選挙の規定に違反し、且つ選挙の結果に異動を及ぼす虞ある場合」に該当するものであり、即ち無効たるを免れない。
(三) 更に本件解職の投票の前提となつた解職の請求自体が、次の理由によつて「選挙の規定に違反し」しかもそれは選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合であるから、当然に無効となるべきものである。即ち
(1) 解職請求代表者は、解職請求書又はその写を付して、署名を求めるべきであるに拘らず、本件の場合はかゝる書類を作成せずして署名を求めた。これ当時の地方自治法施行令第一一六條の準用による第九二條第一項に違反するものである。
(2) 解職請求には、有権者総数の三分の一以上の連署が必要であるにかゝわらず、次の理由によりその要件を欠いている、即ち
(イ) 村長解職請求当時における有権者総数は、四千五百二十九名であるから解職請求者署名簿に署名を要する法定数は、有権者総数の三分の一に相当する千五百十名なるところ、解職請求の署名簿の署名者総数は千九百一名。そのうち村委員会において代筆と認めて無効と決定したもの二百八十名を除き、署名を有効と確認せられたものは、千六百二十一名であつた。
(ロ) しかし村委員会の署名審査は、きわめて簡單になされたものであるから、その後原告において調査したところによると、村委員会が代筆と認めて削除した前記(イ)の二百八十名の外に、さらに二百七十名の署名も代筆であることが判明した。
(ハ) 更に昭和二十四年四月七日生沼留吉等百十一名から、村委員会に対し「村長リコール請求に署名したが、その趣旨もよく分らずにしたことであるからその署名を取消す。」という趣旨の取消願を提出した。
(ニ) したがつて村委員会が署名を代筆と認めて、削除した前記二百八十名と、それ以外に代筆であることが判明した二百七十名とを合計し更に前記(ハ)の署名取消を申出た百十一名を加えると、総計六百六十一名となり、これを署名者総数千九百一名から差引きすると、有効と認められる署名は、わずかに千二百四十名であつて、解職請求者署名簿に署名を要する法定数千五百十名に不足すること、実に二百七十名の多きに達するのである。
(四) これを要するに、幸島村々長の地位にある原告の解職投票は無効であるから、これを看過して原告の訴願を却下した被告委員会の裁決は違法である。よつてその取消を求めるため本訴に及ぶと述べた。(立証省略)被告訴訟代理人は、主文第一項と同旨の判決を求め、答弁として、原告の主張事実中、(一)及び(三)の(2)の(イ)並に(ハ)に摘示せられている事実は認めるが、その余の事実はすべて否認する。
原告が主張するように、幸島村長解職請求の代表者となつた訴外関仲四郎外五名の者から、幸島村選挙管理委員会(以下略して村委員会と表示する)に対し、当時の地方自治法施行令第一一六條において準用せられている同施行令第九四條第一項の規定にもとずく村長解職請求者署名簿が昭和二十四年四月九日提出せられたので、同委員会は同施行令第九四條第二、三項の規定にもとずき、先ず選挙人名簿によつて照合簿を作製し、解職請求代表者から提出せられた署名簿と照合の上、有効な署名と認めたものについては、照合済みのしるしとして契印を押し、また代筆その他の理由で無効と認めた二百八十名については、この契印を押さなかつたもので、こうした方法で、署名の効力の審査、選挙人名簿との照合、照合簿との契印、及び署名簿の末尾記載の手続をすませ、昭和二十四年四月十九日右署名簿を解職請求代表者に返付したもので右審査に当つて、村委員会は署名者総数千九百一名のうち、二百八十名の署名は、前記のとおり代筆等の理由で無効と認め、照合済みのしるしとしての契印を押さなかつたから、村長解職請求の代表者が村委員会に対し、村長解職の請求書を提出した際、村委員会において有効と認めていた署名数は千六百二十一名で、解職請求者名簿に署名を要する法定数千五百十名に対し、百二十一名の超過となり有権者総数の三分の一以上に達しているので、これにもとずく解職請求は有効であると述べた。(立証省略)
四、理 由
(一) 原告は公選により昭和二十二年四月六日茨城縣猿島郡幸島村々長に就任せるものなるところ、訴外関仲四郎外五名の者が幸島村長解職請求の代表者として、幸島村長解職請求者署名簿に、同村における選挙権を有する者の署名捺印を求め、有権者総数四千五百二十九名のうち、法定数である三分の一以上に当る千九百一名が、前記署名簿に署名し、印を押したものとして、昭和二十四年四月十九日前記代表者から、その署名簿を幸島村選挙管理委員会(以下略して村委員会と表示する)に提出して、幸島村々長である原告の解職請求をしたこと。
(二) 右署名簿の提出を受けた村委員会は、その署名者のうち千六百二十一名の署名を有効と認め、その解職請求を有効なものとして同年五月十四日解職賛否の投票を行つたところ、原告が主張するような結果となり、村委員会において、その投票数を告示したこと。
(三) 原告が右投票を無効として、同年五月二十七日村委員会に異議を申立て、翌二十八日異議申立が却下となるや、同年六月十七日被告委員会に対し訴願したけれども、同年七月三十日被告委員会も、この訴願を却下する旨裁決し、その裁決書が同年八月四日原告に送達せられたこと。
以上の事実はいずれも当時者間に爭いのないところである。
(四) 原告は村政刷新期成同盟を組織して村長解職投票の獲得運動をつづけた訴外山中喜一等は、原告に対し名譽毀損、公務執行妨害、脅迫、信用毀損、不法監禁等の罪を犯したもので、また当時の地方自治法第八五條第七三條において準用する衆議院議員選挙法第十二章の罪を犯したもので、これらのことは、地方自治法第六七條に規定せられる「選挙の規定に違反し、選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合」に該当するから、その投票の結果にもとずいて、原告を解職することはできないと主張するから、先ずこの点について判断するに「選挙の規定に違反」するとは、選挙の管理の任に当る機関が、選挙の管理執行の手続に関する規定に違反する場合は勿論のこと、更に不法なる選挙運動又は選挙妨害によつて、選挙が公正を欠いた手段によつて行われた場合をも含むものと解すべきであり、本件の場合、原告本人の供述により成立を認め得る甲第十三乃至第十五号証、証人福田藤吉、瀬川清三郎の各証言、及び原告本人訊問の結果を綜合すれば、村政刷新期成同盟を組織して、村長解職の投票を提唱した指導者等が、多衆をひきいて、幸島村々役場に押かけ、折から会議中の原告に辞職を迫つて、しつこくその回答を強要したり、村内各所にあくどい漫画ポスターを貼つたりした事実、並びに原告が山中喜一等を告訴又は告発した事実を認め得るが本件解職投票に当り、前記の諸事実のため、有権者がその自由意思にもとずいて投票することを、全般的に著しく妨げられたような事情を認めるに足る証拠はないから右事実は投票の効果に影響がなかつたものと認められる。よつてこの点に関する原告の主張は採用し難い。
(五) 次に原告は、解職請求代表者が解職請求書又はその写を添えることなくして署名を求めたのは、当時の地方自治法施行令第一一六條の準用による第九二條第一項に違反するものであると主張するが、この点に関し甲第二十九号証の記載は、これを証人山中喜一の証言と対照するときは、同号証のみによつては、未だ原告主張事実を肯認し難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。よつて原告の右主張は採用に値いしない。
(六) さらに原告は、村委員会は解職請求者署名簿の署名のうち、二百八十名の分を代筆と認めて削除したが、なおその外に二百七十名の代筆があることが判明したと、主張するのでこの点を判断するに、証人中村俊夫の証言によれば、解職請求者署名簿の提出を受けた村委員会においては、調査を命ぜられた書記四名が選挙人名簿と照合し、署名簿に署名している者が、選挙人名簿に記載されている者であることを確認した場合は別に作製した照合簿の該当者と、署名簿の該当者の各欄に契印することにして、署名者が選挙人名簿に記載せられている者であるかどうかを調査したが、合わせてその署名なるものが自署であるか否やを調査し、数名の分が同一の筆蹟であると認められるものについては、その一のみを有効の署名と認め、他を代筆と認めて無効とし、代筆であるかどうかは、書記四名の過半数の意見で判断した結果、二百八十名の署名を代筆等の理由で無効とした事実、この分については契印を押さなかつた事実及び右調査手続は書記を使つて村委員会自体の爲したものである事実が認められ、原告本人訊問の結果のうち、右認定に反する部分は信用し難くその他の証拠によつては右認定を動かし得ない。
そうだとすれば、村委員会のした右の署名審査は、各署名の眞僞に関し徹底的に眞実発見のためあらゆる努力をしたものではないが、村委員会として一應可及的に爲し得る限りのことを爲したものと認められ、当時の地方自治法施行令第一一六條において準用する同法施行令第九四條、第九五條所定の手続を履践したものというべく、而して該規定による署名の審査は、現行地方自治法第七四條の二の如き規定の存在せざりし当時においては、前記認定の程度による調査を以て必要且十分なりと解さゞるを得ない。
蓋し普通地方団体において総有権者の三分の一以上に当る者の連署を以てする当該普通地方公共団体の長の解職請求は、それ自体その長の解職の効力を生ぜしめるものでなく、解職の投票を行わしめる動機としての意味を有するに止るものであるから、その署名の調査は叙上を以て足るものとし、解職の請求に基いて、終局的に行われる解職の投票によつて当該普通地方団体の意思を決定せしめたものと考えられるからである。而してこの解職の投票それ自体に、瑕疵の認むべきものが存在しない以上、この投票によつて表示された意思を尊重することは、これ即ち地方自治を尊重する所以であり、又しかく解することはこの投票の結果の安定性の要求にも合致するのである。
從つて村委員会が右署名簿の署名審査の結果その中千六百二十一名を有効と認めた以上、更に遡つてその中に代筆のものありしや否や署名者が解職請求のため署名する意思ありしや否やを調査すべきでなく、その署名は何れも有効であつたものと認むべきである。而して千六百二十一名が幸島村の有権者総数四千五百二十九名の三分の一を超えることは計算上明白である。尤も訴外生沼留吉等百十一名の有権者が同年四月七日村委員会に対し署名簿に爲した署名を取消す旨の意思表示をしたことは当時者間に爭のないところであるが、現行地方自治法施行令第百十六條において準用する同法施行令第九十五條の如き署名取消に関する規定が存在しなかつた当時においては署名の取消を許さゞりしものと解すべきである。何となれば若しこれを肯定するときは、その取消の方法、取消の時期等に関して多くの疑義を生じて解職請求の制度を混乱せしめるに至る虞があるからである。
叙上の如く被告委員会が本件解職請求に関する原告の訴願を却下した裁決には違法の点が認められない。然らばその取消を求める原告の本訴請求は理由がないものであるから、これを棄却すべきものとし、民事訴訟法第八十九條を適用して主文の如く判決する。
(裁判官 松田二郎 河合清六 岡崎隆)