東京高等裁判所 昭和24年(ネ)400号 判決 1950年4月10日
控訴人 原告 権田雄三
参加人 権田鎭雄
訴訟代理人 大塚武
被控訴人 被告 国 代表者 法務総裁 殖田俊吉
訴訟代理人 板井俊夫 外二名
主文
原判決中、別紙目録記載(4) (8) (9) (19)(25)の五筆の土地に関する控訴人権田雄三の請求を棄却した部分(主文第二項全部)を取消し、右請求部分の本件訴を却下する。
控訴人権田雄三のその余の請求部分にかかる本件控訴を棄却する。
控訴人権田鎭雄の控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人等の負担とする。
事実
控訴人両名代理人は、原判決を取消す、被控訴人は、別紙目録記載の農地について、農地法に基く買収価格として、田については一段歩金三万円宛、畑については一段歩金二万五千円宛の割合を以て、買収しなければならない。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は、本件控訴は何れもこれを棄却するとの判決を求めた。
当事者双方の代理人の陳述は、
控訴両名代理人において、原審で主張した埼玉県比企郡福田村農地委員会が本件買収決定をしたというのは誤りで同郡宮前村農地委員会が為したと訂正する。被控訴人が本案前の主張の中で述べている事実関係はすべて認める。しかし農地買収のような所有者の権利に多大の影響を及ぼす処分をするに当つては、目的物件の表示は最も厳正に表示する必要があり、本件のような修正前とその後の表示に、目的物件たる土地の同一性を認められない場合には、被控訴人の主張するところは官尊民卑の非民主的結果を招来する独善のきらいがあり、その部分についての出訴期間は被買収者がその修正のあつたことを知つた時から進行すと解すべきであると述べ、本案につき、控訴人等が原審以来主張している要旨は、本件買収令書に記載された買収価格は自作農創設特別措置法(以下自創法と略称す)第六条に定められた買収の対価であるとしてもそれは憲法第二十九条第三項にいう正当の補償とはいえないから、右自創法第六条は憲法違反の無効の規定である。よつて控訴人等は、その主張するような正当の補償の額に増額せられんことを求むるのであつて、その方法額はやはり自創法により買収せられた農地の額に不服あるものとして(本件農地を買収せられたことは巳むを得ないと考えるが)、同法第十四条により本訴を提起するというのであると陳述し、なお控訴人(第一審参加人)権田鎭雄の主張として、控訴人権田雄三が控訴人鎭雄に、本件農地買収の対価に対する請求権等本件買収処分により取得した一切の権利を護渡したのは、昭和二十四年一月十三日であつて、被控訴人がその主張する五筆の土地に関する買収令書の記載を訂正したのはその後たる同年二月十七日であるが、その訂正された分の前記権利についても既に一月十三日に為された一切の権利の護渡の中に包含されているものであると附加陳述し、
被控訴代理人において、本案前の主張として、原審においては別紙目録記載(4) (8) (9) (19)(25)の五筆の土地についての請求に対しては、その棄却を求めたが、本件の訴中右五筆に関する部分についても、次のような理由により不適法として訴の却下を求める、即ち本件農地買収決定(その買収決定を為したのが宮前村農地委員会であることは控訴人両名が当審で訂正した通りである)のあつたのは昭和二十二年四月十五日で、その翌十六日これを公告し、同日から同月二十六日まで閲覧に供した、買収の時期は同年七月二日であつた、而して同年六月二十九日本件買収計画について埼玉県農地委員会の承認があり、同県知事は同年十一月一日附買収令書を発行し、その交付を宮前村農地委員会に託し、同委員会は更に控訴人雄三の住所地たる福田村農地委員会に依頼したが、同控訴人はその受領を拒んだので、福田村農地委員会では昭和二十三年三月十二日に福田村郵便局を通じ、特殊郵便物としてこれを同控訴人に届けたのである。然るに本訴の提起はそれから一箇月を遙かに経過した昭和二十三年十一月二十七日、で出訴期間を尊守していないから、本件の訴は全部不適法として却下せらるべきものである。尤も本件農地の中(4) (8) (9) (19)(25)の五筆については、左記のように本訴提起後に本件買収令書の誤謬訂正を行つた。
表<省略>
右の中(4) (19)及び(25)の三筆については、被控訴人において原本から買収令書に転写する際、書き違えたものであつたことは、既に原審で述べた通りであるが、(8) 及び(9) の二筆については、宮前村役場新藤書記が産業道路敷地の分筆登記を為すに当り、各その一部が道路敷となつていることを発見し、調査したところ、昭和十六年六月控訴人雄三が道路敷地として分筆し売渡すことを承諾した書類があつた、そこで同書記は昭和二十三年六月五日頃同村農地委員会にこれを報じ、その結果右二筆の土地の各一部が分割分筆され((8) については一七三六番の一が本件農地、同番の二が道路敷、(9) については一七五二番の一が本件農地、同番の二が道路敷)その登記が終つたのは昭和二十三年六月二十三日であつた、而して同月三十日宮前村農地委員会は買収計画修正申請書を県農地委員会に提出したところ、同年八月四日附の承認の指令書が同月十五日頃同村農地委員会に到達したので、同村農地委員会は右計画書の修正を行い、昭和二十四年二月十七日比企郡地方事務所において、権田鎭雄が持参して来た曩に交付した買収令書中前記五筆の部分を修正したのである。しかし土地の実質には変更がないのであるから、これについて別段改めて公告はしなかつた。このように、右(4) (19)及び(25)の三筆についての修正は買収令書に転写の際の些細な誤謬を訂正したものであつて、買収の対照たる土地の同一性の認識には少しの影響もない、又(8) 及び(9) の二筆については、買収計画樹立の際にはまだ土地台帳面登記簿面共に分筆されていなかつたため、既に道路敷となつていた部分をも含めて、各地番の土地全部を買収するものとして買収計画書及び買収令書に表示されたに過ぎず、買収は道路敷を除いた農地がその対象となるものであることは、敢て計画書や令書の修正を俟つまでもなく、客観的に明白であつて、かかる誤謬は買収の対象の同一性を失うものでないこと、前記三筆と同様である。従つて以上五筆についての修正は本件訴の出訴期間に関し、他の本件土地と区別して考慮されるような新たな買収行為と目さるべきものでないから、やはり右五筆についての訴の部分も法定の出訴期間を経過した不適法のものというべきであると陳述した。
外はすべて原判決事実摘示に記載の通りであるから、茲にこれを引用する。
理由
控訴人権田鎭雄は第一審以来その主張するような理由の下に民事訴訟法第七十一条によつて訴訟参加を為すというのであるから、先ずこの点について判断するに当裁判所が右権田鎭雄の訴訟参加を、その主張自体からみて許すべきでないとすること及びその結果控訴人権田雄三が当初の原告として本件訴訟より脱退するものでないとすることは、その理由及び結論においてすべて、原判決理由中に記載せられたことろと同一であるから茲にこれを引用する。
よつて次に控訴人権田雄三の提起した本件訴の適否につき、判断を進める。同控訴人が原審以来本訴の原因として主張している要旨は、本件農地買収の対価は自創法第六条第三項に定められた額であるとしても、それは憲法第二十九条第三項にいう正当な補償とはいえないから、自創法第六条第三項は憲法に違反する無効の規定であり、改めてここに正当な補償として相当な額にまで、買収対価の増額を求めるというのであるが、いやしくも、買収された農地の対価の額に不服あるものがその増額を訴求する場合は、その不服の理由が奈辺に存するを問わずすべて自創法第十四条によるべきものと解するを相当とするから、本件訴の法定出訴期間は同条による買収令書の交付又は同法第九条第一項但書の公告があつた日から一ケ月である。
よつて果して本件訴が、右第十四条所定の期間内に提起されたかどうかを按ずるに、埼玉県知事が被控訴人主張のような経過の下に、昭和二十三年三月十二日本件農地買収令書を控訴人雄三に交付したことは、同控訴人も認めるところであり、その令書中に記載せられた本件農地の表示中、別紙目録記載の(4) (8) (9) (19)(25)の五筆を除いた各筆の分については、何等誤記のなかつたこと、また当事者間に争なく、本件訴の原審浦和地方裁判所に提起せられたのが昭和二十三年十一月二十七日であることは、記録編綴の訴状に押捺された同地方裁判所の受附日附印に徴し明白であるから、右の五筆を除いた各筆に関する部分の本件訴は、令書交付後一箇月を遙かに経過してから提起せられたものとして、不適法であること論を俟たざるところである。
然るに本件買収令書における前記五筆の土地の表示が、被控訴人主張の如く、当初誤謬があり、被控訴人が昭和二十四年二月十七日に曩に交付した買収令書を差出させ、これに訂正の記載を為して即日返付したこと、右誤謬というのは(4) (19)(25)の田三筆については、被控訴人において原本から令書に転写する際書き違えたもので、その内容は右各筆の面積につき、(4) は畦畔四歩、(19)は内冷水堀一九歩、(25)は内冷堀二歩の書き加えを為したのであることまた(8) (9) の田二筆については、被控訴人主張のように当初令書を交付したときには、実質上道路敷となつていて分筆手続を為すべかりし部分まで包含した面積につき、面積、賃貸価格、対価が記載され地番も分筆前の元番号で表示されていたのを、後に道路敷部分の分筆手続(土地台帳、登記簿の変更記載等)を了して原本を訂正し、前記の如く四箇所に亘つて買収令書の訂正を為したのであることは当事者間に争のないところであつて、控訴人は、右五筆の部分についての本訴の出訴期間は、前示買収令書の訂正された日から起算せらるべきだと主張する。けれども、右の中(4) (19)(25)の三筆に関する誤謬は、前示のように面積の基本には存しない単なる畦畔や冷水堀の些少の附記の遺脱であり、土地そのものの同一性の認識には影響なく、この程度の誤記のある買収令書の交付は、本件出訴期間の起算日をきめる適法な令書の交付というに少しも差支ないところである。また(8) (9) の二筆に関する前示誤記の存在は、地番その他の記載からみて、当該土地所有者には当然買収せらるべき本件土地であることの同一性を認識するに妨げないものであるというべく、未だ分筆手続のすまない買収にかからない道路敷の部分が包含されて、前示のような面積、賃貸価格、対価の誤つた記載となつたことは、これまた適法な令書の交付があつたものと解するに差支ない。従つて後に前示の如く買収令書を訂正したことは、手続としては正当な原本と符合させるため必要であつたとしても、本件訴の出訴期間の起算日を考える上には必要のない点である。然らば以上の五筆の部分についての本件訴また一箇月の法定出訴期間を遙かに経過したものとして不適法であること、他の各筆の部分についての本件訴と全く同様であると云わねばならない。
よつて本件の訴は全部却下せらるべきであるから、原審判決中前示(4) (8) (9) (19)及び(25)の五筆の土地に関する控訴人権田雄三の請求を棄却した部分は失当としてこれを取消し、該請求部分の本件訴またこれを却下すべく、その余の請求部分にかかる控訴人権田雄三の控訴及び控訴人権田鎭雄の控訴は、いずれもその理由がないからこれを棄却すべきものとし、控訴費用につき民事訴訟法第九十五条第八十九条第九十条に則り主文の如く判決する。
(裁判長判事 玉井忠一郎 判事 齋藤直一 判事 薄根正男)