大判例

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東京高等裁判所 昭和24年(ネ)476号 判決

控訴代理人は主文と同趣旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、(一)本件帰化申請に対する内務大臣の許可処分が効力を生じない理由を要約すれば次の通りである。(イ)右帰化申請は控訴人の自由意思によるものではないから無効であり、從つてこれに対してなされた許可処分もまた当然無効である。その詳細の理由は原判決事実摘示の通りである。(ロ)国籍法第七條第二項第五号によれば、外国人が帰化するに当つては、申請者が日本の国籍を取得することによりその外国の国籍を失うべきことを以て、帰化申請に対する許可処分の効力要件としているところ、本件において控訴人は日本に帰化するも英国籍を失わないことが英国の国籍に関する判例によつて明かであるから、右帰化の許可処分はその効力要件を欠き当然無効である。(ハ)英国の判例によれば戰時中英国人が敵国に帰化するときは叛逆罪を構成することとなつている。外国人を帰化せしめることによつてこれに叛逆罪を犯さしめるというが如きは法理上到底許さるべきことでなく、かかる意味において内務大臣も英国人たる控訴人に帰化を許可する権能がないから、本件帰化申請に対する許可処分は当然無効である。(ニ)本件帰化の許可申請從つてまたこれに対する許可処分は要素に錯誤があるからいずれも無効である。その詳細の理由は原判決事実摘示の通りである。(ホ)本件帰化の許可申請は強迫によるものである、控訴人は右申請を取消したから該申請に対する許可処分もまた無効である。その詳細の理由は原判決事実摘示の通りである、(二)原判決事実摘示を次の通り附加訂正する、(イ)控訴人の父の一ケ月の收入を「金二百円乃至三百五十円」とあるを「金二百円乃至二百五十円」と改め、(ロ)控訴人が「英国の国籍を保有する限り」就職は絶望的であつたとあるを「日本の敵国人たる限り」と訂正する、(ハ)なお、太平洋戰爭勃発以來控訴人は警察署から來客との英語による会話を禁ぜられていた事実、名古屋市御器所警察署特高主任伊藤辰次郎から敵国人として生活するの不利なることを説いて日本への帰化をすすめられた事実、当時控訴人の財産はすべて凍結せられ帰化しない限りその解除は認められず、しかも解除されて財産の一部を処分しなければ当座の生活費も調達することができず、家族と共に生活不能となるべき極度に窮迫した境遇にあつた折柄、かかる帰化の勧告を受けたので、恐怖の余り帰化の申請をなすに至つた事実をいずれも本件帰化の許可申請が控訴人の自由意思によらず、また強迫によるものとする理由として附加主張すると、述べたほか、原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。(各立証省略)

三、理  由

控訴人が明治三十九年三月一日岡山市において英国人エードワド・ガントレツトの長男として生れ英国籍を取得し、爾來日本に居住し、昭和十六年四月より第八高等学校の外人英語教師となり同校に勤務中、昭和十六年十二月八日太平洋戰爭が勃発した事実並に控訴人は昭和十七年五月頃内務大臣に対し日本への帰化の許可申請をなし、昭和十八年二月六日内務大臣よりその許可が與えられた事実はいずれも本件当事者間に爭がない。

控訴人は右帰化の許可申請は官憲乃至社会的環境の甚しい圧迫強制により自由意思に因らずしてなしたものであるから、当然無効であると主張するので、まずこの点について審按する。

原審証人伊藤辰次郎の証言並に原審及び当審における控訴人本人訊問の結果を綜合すると、控訴人は太平洋戰爭勃発以來敵国人としての取扱を受け、信書の住復もしくは外出等につき警察署特高係の嚴重なる監視の下におかれるなど、日常生活の上において諸種の自由の制限を受け、更に昭和十七年三月には第八高等学校講師の職を解かれ、当時居住中の官舍より退去を迫られるに至り、ここに收入の途を失い、他に就職の機会を得難いうえに、その資産は凍結せられて自由処分を許されない事情にあり、生活上甚しい苦境に立ち至つたところ、その頃名古屋市御器所警察署特高主任で控訴人の保護と監視に当つていた訴外伊藤辰次郎が偶々控訴人に対し敵国人として生活することの不利なことを説き、控訴人の父も既に帰化していること故東京に住む両親のもとに帰り相談のうえ日本へ帰化し生活の安全を計るのがむしろ得策であると好意的に忠告した結果、控訴人もこれを容れ、昭和十七年三月頃東京の両親のもとに引揚げ、同年五月頃本件帰化の許可申請に及んだ事情を認めることができる。而して右認定事実に、成立に爭のない甲第一号証の一の帰化出願理由書に記載されている帰化申請の理由と、成立に爭のない甲第三号証の一、二の戸籍謄本に記載されている控訴人の両親、妻並に弟等の身分関係とを彼此綜合して考えると、控訴人は諸般の利害得失を考慮の末、帰化の途を選んだものと認めるのが相当であつて、控訴人の主張するように自由意思によらないで本件帰化の許可申請をなしたことを認めるに足る確証はない。從つて控訴人の右主張は理由がない。

よつて次に本件帰化申請に対する許可処分が国籍法第七條第二項第五号に違背し無効のものであるか否かについて審究する。

右帰化申請並にその許可処分のあつた当時施行されていた国籍法第七條第二項には「内務大臣ハ左ノ條件ヲ具備スル者ニ非ザレハ其帰化ヲ許可スルコトヲ得ス」と規定し、その條件を第一号乃至第五号において定めているが、第五号には「国籍ヲ有セズ又ハ日本ノ国籍ノ取得ニ因リテ其国籍ヲ失フベキコト」と規定している。而して右の規定によれば、内務大臣が外国人より帰化の許可申請を受理した場合、当該申請人において前記各條項に定める資格條件を具備するものでなければ、帰化の許可を與えることができないものであつて、右資格條件を充足することは、帰化申請に対する許可処分を與えるに当り、その効力要件をなすものと解するのが妥当である。前記法條を目して訓示規定となす見解には賛同し得ない。蓋しかかる解釈をとる所以のものは、同法條の立言の形式よりみるも、しかく解するのを相当とするばかりでなく、かかる資格條件を定めた趣旨について考えるに、第一号乃至第四号に関しては暫らく論外とするも、第五号において、申請人の有する外国国籍がその外国の法律により日本国籍取得の結果として自働的に失わるべきことを條件とした所以は、外国人が帰化によつて日本国籍を取得するにも拘らず、もし從來の国籍を失わないときは、二重国籍となり国籍の牴触を免れないこととなるから、かかる国籍の積極的牴触を防止せんとする目的に出でたものであつて、わが国籍法を貫く二重国籍禁止の精神よりして、この種條件を欠く帰化申請を許容することは、国籍法の根幹に正面より背馳することとなり、到底これを是認することができないからである。敍上の如く、「外国人が日本への帰化によつて外国国籍を自働的に失うべきこと」を以て、帰化申請に対する許可処分の効力要件と解するとき、かかる資格條件を欠く帰化申請に対し、これに許可を與えるが如き行政処分は著しく国籍法の根本理念に違背するものであるから、該許可処分は当然無効であつて帰化の効果を生ずるに由ないものと解しなければならない。

これを本件についてみるに、「控訴人が帰化により日本の国籍を取得する結果として英国籍を喪失する」という資格條件の存在が、本件許可処分を有効ならしめる効力要件となつているものであるから、果して控訴人が帰化によりその有する英国の国籍を英国の法律によつて自働的に失うものであるか否かについて考究する。

この点に関する從來の経緯をみるに、成立に爭のない甲第五号証、同第六号証並に原審及び当審における控訴人本人訊問の結果を綜合すると、控訴人は帰化申請に当り戰時中、英国の利益代表国であつたスイス国公使の「控訴人は完全な権利能力者であり英国政府の見解として控訴人が日本国籍を取得することに対し何等異議なく、控訴人は日本の国籍の取得により英国の国籍を失う」旨の証明書を添付提出してその許可を取たところ、昭和十八年四月スイス国公使より「一九一四年の英国人国籍並に外国人身分法に関連して下された判決により英国臣民は敵国において帰化しても英国籍を失わないものであることを英国政府の要求によつて通告する、よつて先きに交付した証明書は無効なるものと考えるから返還せられたい」旨の通達があつたが、その後昭和二十年九月頃スイス国外交使節団または英国外交使節団からも同趣旨の話があつたので、控訴人は爾來外務省を通じ日本政府に対し帰化に関する善後処置を講じてきた消息を窺うことができる。而して国籍に関する英国の法制をみるに、成立に爭のない甲第四号証の二、同第五号証乃至第七号証に徴すると、本件帰化申請並にこれに対する許可処分のあつた当時、英国において施行せられていた西暦一九一四年の「英国人国籍並に外国人身分法」第十三條(The British Nationality and Status of aliens Act, 1914)には、「英国臣民にして外国において能力に欠陷なき状態のもとに自己の志望により正規の手続を経てその国に帰化した者は爾後英国臣民でなくなつたものと看做される」旨を規定しているが、同法の戰時中における運用に関しては、右と同趣旨の規定の存する一八七〇年の「帰化法」第六條(The Naturalization Act, 1870)の適用に関連して、一九〇三年英国裁判所における「右の規定は英国臣民に対し戰時敵国にて帰化する権利を認めていない」旨の判決があり(The King v, Lynch, Law Reports-Kings Bench Division, 1903, 1, ZL, L 4168k, page 444)同判決はその後前記一九一四年の法律実施後も依然として判例たるの効力を保有している結果、英国臣民にして英国と戰爭中にある外国に帰化した者は、右一九一四年の「英国人国籍並に外国人身分法」第十三條の規定に関らず、英国臣民たることを停止せず、從つて英国の国籍を失うものでないことが明かである。

してみると、英国籍を有する控訴人が日本に帰化したとしても、当時わが国は英国と戰爭状態にあつたものであるから、右判例の趣旨からして、控訴人は依然として英国の国籍を失わないこととなるものといわなければならない。

かく解するときは、本件において、控訴人が日本へ帰化するとしても、国籍法第七條第二項第五号が帰化申請に対する許可処分の有効要件として要請する「申請者の有する外国の国籍がその外国の法律により日本国籍取得の結果として自働的に失わるべきこと」という條件は充たされないこととなる。從つて前段において説明した理由によつて、本件帰化の許可処分はその有効要件を欠くものであるから、当然無効のものと断ずるのほかはない。既に右帰化の許可処分にして実質上無効であるとする以上は、たとえ外見上許可処分が存するとしても、控訴人がこれにより日本国籍を取得する理由はない。よつて控訴人は日本の国籍を有しないものといわなければならない。

而して本件において被控訴人は控訴人が帰化により日本国籍を有するものであることを極力主張しており、しかも現時の社会上乃至国際上の情勢のもとにあつては、国籍の如何は個人の利害得失に影響するところ甚大であるから、控訴人は「日本国籍を有しないこと」の確認を求めるについて即時確定の利益を有するものと断ずべきである。

果して然らば、控訴人が日本の国籍を有しないことの確認を求める本訴請求は爾余の爭点を判断するまでもなく正当であるから、これを認容すべきものとする。

よつて控訴人の請求を排斥した原判決は不当であるから、民事訴訟法第三百八十五條に則りこれを取消し、訴訟費用の負担につき同法第九十六條第八十九條を適用し主文の如く判決する。

(裁判官 渡辺葆 浜田潔夫 牛山要)

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