東京高等裁判所 昭和24年(ネ)646号 判決
控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人栃木県知事が昭和二十三年七月二日附を以て控訴人に対し栃木県河内郡吉田村大字絹板五十番田八畝につき買収令書の交付によりなした買収処分及び吉田村農地委員会が同年九月十七日同農地の内七畝十五歩につき、訴外横山定吉を売渡の相手方と定めた売渡計画は、いずれもこれを取消す。訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。」との判決を求め被控訴人等代理人はいずれも控訴棄却の判決を求めた。
控訴人は本訴請求の原因とし、
第一、被控訴人栃木県知事は控訴人所有の栃木県河内郡吉田村大字絹板五十番田二反三畝外十三歩畦畔の内八畝歩(以下本件土地という)につき、これを訴外横山定吉の小作地であるとして、自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第三条に基ずいて、昭和二十三年七月二日附の買収令書を控訴人に交付して買収した。しかし同被控訴人のなした右農地の買収処分は左の理由によつて違法である。すなわち、
(一)本件土地については控訴人と訴外横山定吉との間に全然小作関係が成立していない。従つて本件土地は自創法第二条にいわゆる小作地に該当しないから、被控訴人知事は同法第三条に基ずいて買収することはできない。従つて右買収処分は違法である。
(二)仮に本件土地が自創法第二条にいわゆる小作地であるとしても被控訴人吉田村農地委員会は本件土地について全然買収計画をたてていない。従つて被控訴人知事のなした前記買収処分は買収計画に基かないでなされたもので違法である。
(三)仮に吉田村農地委員会が昭和二十三年六月十四日本件土地について買収計画をたてたものとしても、同委員会はその以前である同年一月二十日に買収計画をたてているから、これと重複してたてられた買収計画は無効であり、これに基ずく前記買収処分は違法である。
(四)仮に買収計画が重複してたてられたものでないとしても右買収計画については左のような違法な点があるから、これに基ずく前記買収処分もまた違法である。
(イ) 右買収計画の公告は、吉田村公告式条例に基ずいて、控訴人の居住する吉田村大字絹板の公告場にこれをなすべきであるのに、吉田村役場の掲示場にこれをしたのは違法である。
(ロ) 仮に右公告が適法であるとしても、右買収計画に関する書類は公告の日から十日間吉田村農地委員会の事務所で縦覧に供しなければならないのに、同委員会は右書類を九日間縦覧に供したのに過ぎないのは違法である。
(五)前記買収計画については、遅くとも買収の日の前日に栃木県農地委員会の承認を得なければならなかつたのに、吉田村農地委員会は本件土地の買収の日と同日に栃木県農地委員会の承認を受けたのは違法である。
(六)仮に前記(一)ないし(五)の主張が理由がないとしても、本件買収は訴外横山定吉が耕作している土地の全部についてなされないで、買収地の南側には約一、二畝歩の残地を存している。かように同人の耕作している全部の土地につき買収をしないで、その一部についてなした本件買収は、自創法第一条の精神に反し違法である。
よつて控訴人は、被控訴人知事に対し、前記買収処分の取消を求める。
第二、吉田村農地委員会は昭和二十三年九月十七日前記買収処分のあつた本件土地を実測七畝十五歩として訴外横山定吉に売渡すべき旨の売渡計画をたて、被控訴人知事はこれに基ずいて昭和二十四年五月十日附の売渡通知書を同人に交付して、右土地を売渡したのであるが、被控訴人知事は売渡計画の面積と異つた八畝歩としてこれを売渡した。
かように売渡計画に定められた面積と一致しない面積を以てなされた売渡処分は違法であるから、右委員会のたてた右売渡計画もまた違法である。よつてこれが取消を求める。控訴人の主張に反する被控訴人等の後記主張事実はこれを否認する、と述べ、
なお控訴人は、本件土地の買収計画については全然告知を受けないから、これに対し異議の申立又は訴願の提起をしていない、と述べた。
被控訴人知事代理人は答弁として、控訴人主張の事実中被控訴人知事が控訴人所有の本件土地について、控訴人主張のように自創法第三条に基ずいて買収処分をしたこと、吉田村農地委員会が本件土地について昭和二十三年一月二十日控訴人主張のように買収計画をたてたこと、同委員会が同年六月十四日にたてた買収計画の公告を吉田村役場の掲示場にしたこと、控訴人主張の(四)の(ロ)及び(五)の事実は認めるが、その他の事実は否認する。控訴人所有の本件土地は、控訴人から訴外横山定吉に賃貸していたものであり、仮に賃貸していないとしても少くとも右両者の間には本件土地につき使用貸借が成立していたものであるから、自創法第二条にいわゆる小作地に該当するので、吉田村農地委員会は昭和二十三年六月十四日同法に基ずいて買収計画をたて、その買収の時期を同年七月二日と定め、同年六月十六日吉田村役場の掲示場に右買収計画の公告をなし、同法第六条に基ずいて同条第五項所定の事項を記載した書類を同日から同月二十五日まで縦覧に供した。しかるに控訴人から法定の期間内に異議の申立がなかつたので、右委員会は同年七月二日栃木県農地委員会から右買収計画の承認を得た。よつて被控訴人知事は同日附の買収令書を控訴人に交付して本件土地を買収したものであつて、その買収手続には何等の違法の点はない。吉田村農地委員会は昭和二十三年一月二十日に本件土地につき買収計画をたてたのは事実であるが、同委員会は同年二月二十日にこれを取消し、同日吉田村役場の掲示場に掲示して右取消を告知したから、同年六月十四日にたてた前記買収計画は右買収計画と重複するものではない、と述べた。
被控訴人委員会は答弁として、控訴人主張の第二の事実はこれを認めるけれども、これによつて本件売渡計画は別に違法となるものではない、と述べた。(証拠省略)
三、理 由
よつてまず控訴人の被控訴人知事に対する請求について審按するに、被控訴人知事が控訴人所有の本件土地が自創法にいわゆる小作地であるとして、同法第三条により、昭和二十三年七月二日附買収令書を控訴人に交付して、これを買収したことは当事者間に争ないところである。
控訴人は、右買収処分はその主張の(一)ないし(六)のような理由によつて違法な処分であると主張するから順次判断するに、
控訴人は本件土地については控訴人と訴外横山定吉との間に小作関係がないから、本件土地は自創法にいわゆる小作地でない、従つて被控訴人知事のなした買収処分は違法である、と主張するから按ずるに、成立に争ない乙第一号証、甲第四号証と成立に争ない甲第十七号証の一、二の記載の一部ならびに原審における証人野村惣治、横山定吉の証言及び原審ならびに当審における控訴本人の供述の一部を綜合すると、横山はもと控訴人家所有の吉田村大字絹板五十一番の田と共に本件土地を小作していたのであるが、昭和十四年頃訴外野村惣治が控訴人家から小作していた同所四十五番の田を、控訴人の兄藤沼忠治の忰健吉に耕作させることにした関係で、横山は自分の小作していた右土地を野村に耕作させることにしたところ、その後健吉は右野村の小作地の耕作をやめて再び野村に返地したので、横山は昭和十七年春頃野村から同人に耕作させておいた前記五十一番の田及び本件土地を従前どうり返地を受けることを交渉し、控訴人立会の上その承認を受け、控訴人も横山が本件土地及び五十一番の田を小作することを暗黙に承認し、爾後横山は本件土地を耕作するに至つたものであるが、同年末頃控訴人は横山に対し小作料として野村がそれまで支払つていた反十二石五斗の割合の小作料を支払うべきことを主張し、横山は反十二石の小作料を主張し、小作料につき両者の意見が合致しなかつたことを認定するに十分であり、右認定に牴触する前掲控訴本人の供述は措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。以上認定の事実によれば控訴人と横山との間には少くとも本件土地について小作料未協定の賃貸借が成立しこれに基ずいて本件土地を耕作していたものと認定するのが相当であるから、本件土地は自創法第二条にいわゆる小作地に該当するものというべきであるから、控訴人の(一)の主張は理由がない。
次に控訴人は、本件土地の買収についてはこれが基本となる買収計画がたてられていない、と主張するから按ずるに、当審証人手塚利の証言及び成立に争ない乙第四号証の二ならびに当裁判所が真正に成立したものと認める同第十一号証等によれば、吉田村農地委員会は昭和二十三年六月十四日本件土地を右横山定吉の小作地として買収計画をたて、買収の日時を同年七月二日と定め、同年六月十六日同委員会の公告の掲示場として使用していた吉田村役場の掲示場にこれを公告し、栃木県知事は右買収計画に基ずいて本件買収処分をしたものであることを認めるに十分であり、これを左右すべき証拠はないから、控訴人の右主張は理由がない。控訴人は仮に右のような買収計画がたてられていたとしても、本件土地については、その以前である昭和二十三年一月二十日に買収計画がたてられているから、これと重複してなされた前記買収計画は違法であると主張し、本件土地について昭和二十三年一月二十日控訴人主張のように買収計画がたてられたことは当事者間に争ないところであるけれども、当審証人手塚利の証言及び真正に成立したものと認める乙第九、第十号証によれば吉田村農地委員会は昭和二十三年二月二十六日同年一月二十日にたてた本件土地の買収計画を取消し、同日これを吉田村役場の掲示場に告示したことを認めることができ、右認定を左右すべき証拠がないから、控訴人の右主張も理由がない。
次に控訴人は右買収計画の公告は吉田村公告式条例に基ずいて控訴人の居住する吉田村大字絹板の公告場になすべきであるのに、吉田村農地委員会が吉田村役場の掲示場にこれを公告したのは違法である、と主張するけれども、自創法施行令第三十七条によれば、本件買収計画の公告は吉田村農地委員会の事務所の掲示場である吉田村役場の掲示場になすべきであつて、控訴人主張の場所に掲示すべきものでないことが明らかであるから、控訴人の右主張も理由がない。
控訴人は、吉田村農地委員会は、本件買収計画に関する書類を公告の日から十日間その事務所で縦覧に供すべきであるのに、公告の日である昭和二十三年六月十六日から九日間縦覧に供したに過ぎないから、右は違法であつて、かような違法な手続に基ずく本件買収処分も違法である、と主張し、同委員会が控訴人主張のように本件買収計画に関する書類を九日間縦覧に供したに過ぎないことは当事者間に争ないから、右は自創法第六条第五項の規定に反し違法であることは明らかであるが、農地の買収計画において、単なる買収手続上の瑕疵があつた場合に、農地の所有者がこれにつき異議の申立及び訴願をせず更にこれを前提として訴の提起をしないで買収計画を確定させたような場合には、該買収計画に基ずく知事の買収処分取消の訴において、買収計画の内容に関しない単なる手続上の瑕疵を買収処分取消の理由として主張することは許さないものと解するのが正当であるところ、本件買収計画において、吉田村農地委員会が前記のようにその書類の縦覧期間を九日と定めたのは単なる買収計画の手続上の瑕疵であると解すべきであるから、右のような場合には地主たる控訴人は公告の日から十日の法定の縦覧期間内に被控訴人委員会に買収計画に対する異議の申立をなし、これに対する決定に不服ならば、更に県農地委員会に訴願し、その訴願裁決に不服ならば法定の期間内に訴を提起すべきであつたのに、控訴人が現在に至るまで前記買収計画に対し全然かかる手続をとつていないことは、控訴人の自認するところであるから、前記買収計画は確定したものというの外なく、従つて控訴人は本件買収処分取消の訴において、右手続上の瑕疵を、これが取消の理由として主張できないものといわなければならないから、控訴人の前記主張も理由がない。
次に控訴人主張の(五)の事実は当事者間に争ないところであるが、自創法第八条に基ずく都道府県農地委員会の市町村農地委員会のなした農地買収計画に対する承認が買収の日と同日になされたからといつて、あながち違法であるとはいえないから、控訴人の(五)の主張も理由がない。
更に控訴人の(六)の主張につき按ずるに、控訴人の提出援用の証拠によつては未だ本件買収の目的たる土地が控訴人主張のように横山定吉の耕作している土地の一部についてなされたものであることを確認するに十分でないのみならず、仮にかような事実があつても、これを以てただちに自創法第一条の精神に反して違法であるということはできないから、控訴人の(六)の主張も採用できない。
以上認定のように控訴人が本件買収処分が違法であるとの主張は、すべて理由がないから、控訴人の被控訴人知事に対する本件土地の買収処分取消の請求は失当として棄却すべきである。
次に控訴人の被控訴人委員会に対する請求について審按するに控訴人は本訴において前記買収処分を受けた本件土地について、吉田村農地委員会が訴外横山定吉に対してなした売渡計画の取消を請求しているのであるが、自創法第十九条、第十七条、行政事件訴訟特例法第二条同法附則第二項等によれば、市町村農地委員会のなした農地の売渡計画に対し訴を以てこれが取消を請求できる者は、自創法第十七条に基ずいて農地の買受を申込んだ者で、同法第十九条により該売渡計画につき異議の申立をなし又は訴願の提起をした者に限り売渡計画の目的となつている農地の元所有者(買収処分を受けた者)のごときは、該売渡計画の取消を訴求できないものと解すべきであるから、控訴人の吉田村農地委員会が昭和二十三年九月十七日本件土地について訴外横山定吉を売渡の相手方と定めた売渡計画の取消を求める本訴請求は、他の点につき判断するまでもなく失当として棄却すべきである。
然らば控訴人の被控訴人に対する請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却すべきものとして民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 柳川昌勝 浜田宗四郎 中村匡三)
原審判決の主文および事実
一、主 文
原告の請求はいずれも之を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告は請求の趣旨として被告吉田村農地委員会は栃木県河内郡吉田村大字絹板五十番田二反三畝外十三歩畦畔の内横山定吉占有に係る八畝の部分に付原告と右訴外人との間に賃貸借関係なきことを確認し且同部分に対し被告が昭和二十三年九月二日定めた面積を七畝十五歩と定めた農地買収計画は之を取消す、被告栃木県知事が昭和二十三年十二月二日栃木県河内郡吉田村大字絹板五十番田二反三畝歩外十三歩畦畔の内八畝歩に付為した原告に対する買収令書は之を取消すとの判決を求めその原因として陳述した事実の要旨は被告吉田村農地委員会は昭和二十三年一月二十日原告所有の栃木県吉田村大字絹板五十番田二反三畝歩外十三歩畦畔の内南方八畝歩横山定吉耕作に係る部分に対し、自作農創設特別措置法(以下法と略称する)第三条の規定による農地買収計画を定め同月二十七日その旨の通知を原告に送付したので原告は異議の申立をしたが却下となつたので栃木県農地委員会に訴願したところ棄却となつたそこで原告は買収計画取消の訴を提起したところ同二十三年九月二日原告不知の間に買収通知書に八畝歩とあるを変更して七畝十五歩として売渡計画を樹て被告栃木県知事は同年十二月二日買収令書を交付した然し右一筆の内南方八畝歩は昭和十七年春迄は野村惣治に於て賃借権に基き使用収益を為して居たところ同耕作者横山定吉との間に小作関係の争議発生したが原告はその間に立ち調停した結果一線を画し外二箇所(二筆ではない)の水田合計一反五畝歩と共に右横山定吉に於て耕作の用に供することとなつたが、原告は賃貸したことなく、従つて同地は法第二条第二項所定の権限に基かないで耕作者がその業務の用に供しおる農地で、同法に所謂小作地でないのに被告吉田村農地委員会は法第三条第一項の規定に該当するものと認め買収計画を定め、買収令書の交付がないのに本件農地の内大字絹板字川向五番の三、田三畝六歩との間に存する一部の土地を除外して七畝十五歩に付横山定吉を売渡の相手方と定め同人に通知したがその旨の公告もなく売渡の相手方売渡農地の所在を記載した書類その他農地調整法第十五条の十二末項の議事録を縦覧に供しなかつたもので右は不法である、且つ横山定吉は不法に耕作していたのであるから、右農地につき賃借権が復活する理由がないよつて、被告吉田村農地委員会に対し右賃借権の不存在確認及び売渡計画の取消被告栃木県知事に対し買収令書の取消を求むるため本訴に及んだというにある。(立証省略)
被告等は主文第一項掲記の判決を求め答弁として、被告吉田村農地委員会は原告主張の農地に付買収及売渡計画を定めたこと横山定吉に通知したことは認めるが右は横山定吉が昭和十七年来小作料十二掛半(一反歩に付米一石二斗五升の割合)を支払つて耕作しおる土地である、公告については面積は綜合したものにより書類の縦覧については事務所に備付けてあるから縦覧出来る旨公告する方法を取つたのである。売渡面積は実測の結果により七畝十八歩とした。仮に横山定吉に賃借権がなかつたとしても、法第二条の小作地は賃借権に基く農地のみでなく使用貸借等による農地をも指すもので同人は使用貸借で耕作していたものであるから原告の請求は理由がないと述べた。(立証省略)
被告補助参加人は一、農地売渡計画に対し訴訟を提起し得るものは法第十七条につき買受の申込をしたものが法第十九条により異議申立又は訴願の提起をしたときに限らるゝこと行政事件訴訟特例法附則第二項第二条により明かであり原告は売渡計画の取消を請求することによつて生ずる本来の利益の帰属者でないから当事者適格はない。二、仮に横山定吉の耕作地が法第二条の所謂小作地賃借権使用貸借による権利等に基く農地でなかつたとしても原告の家庭労働力生産意欲供出能力からして本件農地は明かに法第三条第五項第二号若しくは第五号該当農地となることは明白で買収を免れない農地であるから本件買収処分は違法性がないと陳べた。
被告栃木県知事は、被告が買収令書を交付したこと(但し発送は昭和二十三年十月二十五日)は認めるがその他は争う右買収計画は適法有効に成立しているもので知事は買収令書の義務を負う機関であり買収計画又は買収処分の取消をなす権限もない買収令書交付の先決問題たる買収計画の無効又は取消がない限り令書交付行為は取消し得るものでないから、原告の請求は理由がないと述べた。