東京高等裁判所 昭和24年(ネ)903号 判決
控訴人は、「原判決を取消す。控訴人が被控訴人田中彌八郎に対し東京都文京区戸崎町十三番地の一宅地十九坪四合五勺について、賃料一箇月金八円七十六銭、毎月末日拂、期間昭和三十四年四月三十日までなる賃貸借上の借地権を有することを確認する。被控訴人永山慶之助は控訴人に対し右宅地をその地上にある木造板葺平家建一棟建坪八坪七合五勺を收去して明渡すべし。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決並びに給付を求める部分について仮執行の宣言を求め、被控訴人両名はそれぞれ「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、いずれも原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
控訴人は昭和十九年六月一日(控訴人は昭和十四年四月三十日訴外椎名彦次郎より、その所有家屋を買受け、同人と被控訴人田中彌八郎との間のその敷地の賃貸借を承継したものである。)被控訴人田中彌八郎からその所有の東京都文京区戸崎町十三番地の一宅地十九坪四合五勺を、賃料一箇月金八円七十六銭、毎月末日拂、期間昭和三十四年四月三十日までの約束で、賃借し、その地上に木造瓦葺二階家二戸建一棟建坪十六坪二階八坪を所有していたところ、右家屋は昭和二十年五月二十五日戰災によつて燒失したこと、及び被控訴人田中は控訴人の右土地に対する賃借権を否認し、昭和二十一年冬頃これを被控訴人永山慶之助に使用せしめ、同人はその地上に木造板葺平家一棟建坪八坪七合五勺を建築所有していることは、本件当事者間に爭いのないところである。
そして賃借権はその存続期間中にその借地上の建物が滅失しても消滅するものではないから、控訴人の前記家屋が戰災によつて燒失しても、その賃借権は当然に消滅することなく、特別の事由のない限り残存期間中存続するものと謂うべきである。
しかるに、被控訴人等は右賃借権は控訴人において昭和二十年六月三日、これを抛棄したるにより消滅した旨主張するによつて按ずるに「借地権ヲ抛棄スル旨言明セリ」との記載部分を除き成立に爭いのない乙第一号証原審における被控訴人田中彌八郎本人の供述及び原審並びに当審証人新美仙一の証言の一部を綜合すれば、
控訴人は右罹災当時未成年者であつて、その母長谷川とめの親権に服していたが、とめは前記家屋竝びに借地に関する一切の行爲を、控訴人の姉の夫訴外新美仙一に委任し敷金預り証(乙第一号証)をも預け、神奈川縣国府津町に疎開しており、控訴人は右家屋にその姉夫婦と同居していたところ、その家屋は前記のとおり戰災によつて燒失し、その上東都の空襲はますます激しくなつて、將來どう成行くか測り知れない情勢にあつたので、控訴人等は母の疎開先に引揚げようと決意し、且つ金銭の必要にも迫られておつたので訴外新美仙一は控訴人の代理として同年六月三日右敷金預り証を携え被控訴人田中彌八郎方に赴き同人に対し本件賃貸借の解約を申入れるとともに、さきに預けてあつた敷金の返還を求めたところ、被控訴人田中は容易にこれに應じなかつたがついにその申入を承諾し新美仙一に対し右敷金預り証と引換えに敷金六十円を返還した事実を認めるに十分であつて、これによつて本件賃貸借は合意解除により終了したものと謂わなければならない。右認定に牴触する前掲証人新美仙一の証言部分は信用しがたく他に該認定を左右するに足る証拠はない。もつとも被控訴人等は本件賃貸借は控訴人の賃借権の抛棄によつて消滅した旨主張しているけれども、右は本件賃貸借が控訴人の意思に基いて終了したことを主張する趣旨であつて、賃貸借の終了が賃借権の抛棄によるか、はた、合意解除によるかはその意とするところにあらざるものと解するから、結局被控訴人等の右主張は理由あるものと謂わなければならない。
されば控訴人が本件賃貸借の存続していることを前提として、被控訴人田中に対しその賃借権の確認を求め被控訴人永山に対し建物收去土地明渡を求むる本訴請求はいずれも失当であるから、これを棄却すべく、右と同趣旨に出でた原判決は相当であつて、本件控訴はいずれもその理由がないから、これを棄却すべきものとし、民事訴訟法第三百八十四條第九十五條第八十九條を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 柳川昌勝 浜田宗四郎 菅野次郎)