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東京高等裁判所 昭和24年(新を)2098号 判決 1950年3月04日

控訴人 被告人 今井栄二

弁護人 岸星一

検察官 渡辺要関与

主文

本件控訴はこれを棄却する。

当審の未決勾留日数中百日を被告人が言渡された本刑に算入する。

当審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は末尾に添附してある被告人本人及び弁護人岸星一各作成名義控訴趣意書と題する書面記載の通りである。これに対し当裁判所は左の如く判断する。

弁護人の論旨第一点について。

共同正犯は数人が相協力して自己の犯罪を実現する意思を以て犯罪を行うもので正犯者各自の行為は自己のためにすると同時に他の正犯者のために奉仕し又他の正犯者の行為はこれを自己の犯罪を実現するに利用するものである。即ち正犯者各人の行為は互に利用奉仕の関係に結ばれるため各正犯者は自己の行為については勿論他の正犯者の行為についてもその責任を負うもので窮極するところ正犯者全体の行為は各正犯者に帰責せらるべきものである。故に犯罪を共謀した以上は何等犯罪の実行に関与せず唯単に幇助的行為をなしたに止る場合更に何等外部的行為をしなかつた場合でも他の者のなした行為についてその責任を負わねばならぬものであるから、被告人が大貫豊と金品を強取せんことを共謀した以上自己は犯罪の実行に関与せずとも大貫豊が右共謀に基きてなした金品強奪の行為についてその責任を免かれない。共同正犯は以上の如き関係にあるから判決の判示としては共謀の事実を判示した以上各人のなした行為を選別判示する必要はない。素より各人の行為を夫々判示することは丁寧であり各自の犯情も判つて望ましいが法はそこまで要求していないのである。しかうして金品強取を共謀したという事実自体は犯罪の実行行為に属せず実行行為からみれば予備的のものであるから実行行為について犯罪の日時場所を記載し犯罪を特定している以上共謀の点は自ら特定し又共謀行為自体は時効や管轄に影響のないことであるから共謀の日時場所を判示する必要はない。以上のことは幾多判例の示すところで原判決は被告人の帰責について又犯罪事実の判示について所論のような違法はない。論旨はいずれも理由なきものとする。

同論旨第三点について。

刑事訴訟法第三百一条には所謂自白調書は犯罪事実に関する他の証拠が取調べられた後でなければその取調べを請求することができない旨記載してあるから先づ他の証拠の取調が施行されてから後に自白調書の取調べの請求をなすべきである。しかるに原審第二回公判調書によると検察官は他の証拠の取調べを請求しその証拠が許容施行せられない内に右請求に続いて所謂自白調書の取調べの請求をしている(この請求自体の順序もしかく明瞭ではないが調書に記載せられた順序と後に検察官が順次朗読したとある記載から僅に推察せられる)この請求は違法である。しかしながら右第三百一条の趣旨は裁判官に予断を抱かせないための規定であるから請求の順序自体に重点があるのでなく証拠調の順序に主たる意義があり請求の順序に違法の点があつても証拠調の施行について右の順序を誤らなければ予断を以て他の証拠の取調をするといううれいはないのであるから、検察官が他の証拠調べの施行前に自白調書の取調べの請求をなした違法は被告人又は弁護人が右請求をなした直後異議の申立をしなければ刑事訴訟法第三〇九条刑事訴訟規則第二百六条第一項により責問権の放棄として救済せられるものと解するのが相当である。同公判調書を見ると検察官は前記の如く証拠調べの請求をなしこれに対し被告人及び弁護人は「書類の成立について異議なく証拠とすることに同意し且つ証拠調をなすに異議ない」と述べ裁判官の証拠採用の決定に基き検察官は請求の書類を請求の順序に従つて朗読した旨の記載があつて自白調書は他の証拠を取調べた後になされたことが窺われるから証拠の取調については順序を誤つておらず検察官の証拠取調べの請求について被告人及び弁護人は異議ない旨述べているから右検察官の証拠取調請求についての違法はこれによつて治癒せられたものというべきである。尚前記公判調書によると右自白調書の証拠調べが施行せられて後司法警察員の意見書等が朗読せられているが意見書自体は証拠書類ではないのであるからその朗読は証拠調というべきものではない。以上の理由によつて本論旨も採用しない。(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 保持道信 判事 鈴木勇)

控訴趣意書

第一点原審判決は、その事実理由において「被告人は大貫豊と金品を強取せんことを共謀し第一、昭和二十四年四月二日午後十時過頃東京都豊島区日出町二丁目二百三十三番地高橋重蔵方に到り大貫豊が同人に対し所携の拳銃を突付け「静かにしろ、騒ぐと撃つぞ、金を出せ」と申向けて同人を脅迫しその抵抗を抑圧して同人より現金約二千円位を強取し第二、同月四日午前五時二十分頃千葉県市川市八幡千七百八十六番地県社葛飾八幡神社境内青年倶楽部須田米子方に於て前同様大貫豊が同居人高橋美代子等に対し所携の拳銃を突付けて「騒ぐと撃つぞ、靜かにしろ、金を出せ」と申向けて同人等を脅迫したけれども逮捕に来た司法巡査に発見せられてその目的を遂げなかつたのである」と判示して被告人を強盗及び強盗未遂罪の共同正犯として処断した。然しながらおよそ共同正犯であると認めるがためには、行為者の相互に共同で犯罪を実行する意思があり、更にその行為が犯罪の実行において相呼応し相互にその重要な部分を分担協力することが必要である。処が原審判決は前示の通り、被告人が大貫豊と金員を強取せんことを共謀しと云うに止りいつどこで意思の連絡があつたかを判示しないのみならず、高橋重蔵須田米子方に於て大貫豊が拳銃を突付け強取脅迫したことの外、被告人については何等判示することなく、被告人と大貫との間に犯罪の実行につきいかなる部分を分担協力したか、被告人が大貫の実行行為につき如何なる協力をしたかについても何等判示していないのにかかわらず、これを強盗同未遂罪の共同正犯として擬律したことは理由不備の違法があるもので、この点に於て原審判決は破棄されるべきものと信ずる。

第三点原審第二回公判調書(昭和二四年七月六日)をみると、その証拠調にあたり(記録第一〇丁)「検察官は本件公訴事実を立証するため、一、被害者高橋重蔵提出の被害届一、司法警察員作成の検証調書、一、大橋秀松の司法警察員に対する供述調書、一、高橋重蔵の司法警察員に対する供述調書二通、一、高橋こまの司法警察員に対する供述調書一、今井栄二の司法警察員に対する第一回第二回供述調書及同人の検事に対する供述調書一、司法警察員作成の今井栄二、大橋豊に対する意見書の取調を請求し且つ書類を証拠とすることについて被告人の同意を求め」被告人及び弁護人の同意を得て「裁判官は検察官の提出した右の書証全部を取調べる旨の決定を言渡した。検察官は右の書類を順次朗読して裁判官に提出した」との記載がある。

然しながら刑事訴訟法第三百一条によれば「第三百二十二条及び第三百二十四条第一項の規定により証拠とすることができる被告人の供述が自白である場合には、犯罪事実に関する他の証処が取り調べられた後でなければ、その取調を請求することはできない」と決められてあり、前記第二回公判に於ける証拠調では、そこに掲げられた書証の順序により証拠調が行われたものであつて、今井栄二の司法警察員及び検事に対する各供述調書はそのうちに被告人今井自らの犯行の自白を含むものであり同法第三百二十二条によつて証拠能力をもつものである。

刑事訴訟法第三百一条が設けられたのは、任意になされたことが疑わしくない自白であつても、犯罪事実に関する他の証拠が取り調べられた後にその取調を行わないと、自白を証拠の主とする旧来の考え方から、往々被告人の自白を含む書証を最も証拠価値あるものとの印象を得て、万一その自白に誤りがある場合にも裁判官に些かでも誤つた心証を形付けることがないように保障した配慮に出るものであり、それ故に被告人の自白を含む供述調書は犯罪事実に関する他の証拠を取調べた後に於て初めてその取調の請求を行うことと定められているのである。

然るに原審第二回公判に於てはその考慮を払うことなく、検察官は犯罪事実に関する他の証拠である前示各書証に一括して被告人の自白を含む供述調書を併せ同時にその証拠調を請求し、原審は之を総て採用して証拠調を為したことは右訴訟法の規定に違背した重大な違法があると云わなければならない。

若し被告人の自白を含む供述調書についての証拠調の請求が犯罪事実に関する他の証拠と共に為されてもその証拠調が現実に他の証拠の取調後に為されれば支障ないという考えがあるとしても、総ての証拠を一括して請求し一括して決定し順次朗読して証拠調を為した原審訴訟手続は違法であり、更に被告人の供述調書の後に司法警察員作成の意見書を朗読したこと、その後更に「裁判長は被告人及び弁護人に対して反証の取調請求其の他の方法により証拠の証明力を争うことが出来る旨を告げ」ていることなどについて考えてみるのに、犯罪事実に関する証拠には、犯罪事実の存在を証明する積極的証拠とその存在を否定する消極的証拠の両者を含むのであつて、それらいやしくも犯罪事実に関する一切の証拠が取調べられて犯罪事実の真相が現出された後に於て初めて被告人の自白を含む供述調書の取調が為されなければならないことは憲法第三八条第三項の趣旨からも考えられる処であり訴訟当事者としての被告人の地位を保全する所以であつて、弁護側の証拠の不存在を確かめた後又は少く共検察官の請求した犯罪事実に関する総ての証拠を取調べた後に於てなされることが法の精神である。これらの場合に於いて、たとえ被告人及び弁護人が被告人の供述調書につき取調を為すことに同意したとしてもその同意は何等上記の違法を否定するものではなく、その為された同意自体が訴訟行為としては意義のないものである。そこで他に犯罪事実に関する証拠の取調を為さぬ前に被告人の自白を含む供述調書につき取調を請求した原審訴訟手続、他に犯罪事実に関する証拠(司法警察員作成の意見書)があるのに之に先ち被告人の自白を含む供述調書の取調を為した原審手続の前示違法は当然原審判決に影響を及ぼすものであり、又斯様な違法の取調によつた証拠を証拠に供した原審判決は此等の点に於て破棄されるべきものと信ずるのである。(その他の論旨は省略する。)

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