東京高等裁判所 昭和24年(新を)2110号 判決 1949年12月09日
被告人
山崎馨
主文
原判決を破棄する。
本件を吉原簡易裁判所に差戻す。
理由
弁護人本田源次郞作成名義の趣意書第一点について。
控訴趣意書の記載並に当公廷に於ける釈明の結果によると論旨は要するに被告人は判示犯行当時飲酒酩酊の結果心神喪失の状態にあつたものであり、原審に於ては此の事実を主張したに拘らず原判決が其の点につき何等の判断をも為さなかつたのは刑事訴訟法第三百三十五条第二項に違背した違法があると主張するに帰する。
記録を調査すると、第一囘公判調書中には、被告人は「判示日時に農休みで大宮へゆき酒を飲んで帰途気持が悪くなり、歩いて帰るのが大変なので判示場所に置いてあつた自転車に乘つて家に帰る為に持つて行つた旨」並に「自転車を盗んだところから自宅迄の距離は半里位ある旨」供述した上、更に「其の位の距離を歩いて帰れなかつたか」との判事の問に対し「何が何だかわからなくなつたのです」と供述しているが、其の他には、原審公判調書を通じ、被告人の判示犯行当時の精神状態につき弁護人並に被告人から何等かの主張がなされた形跡は、之を認め難い。
而してかかる程度の被告人の供述を以て刑事訴訟法第三百三十五条第二項に所謂犯罪の成立を妨げる理由となる事実の主張があつたと解するか否かについては、俄かに判断し難いところである。公判廷に立会つた弁護人としては此の点につき明確な態度をとるべきであつたと思われるが、さればといつて、かかる場合に裁判所には、弁護人又は被告人に対し心神喪失乃至心神耗弱の主張をするか否かを釈明する義務がないとゆうことはできない。原審としてはよろしく右釈明をした後、之が主張をする趣旨であるときは、判決に於て其の判断を示すべきであつた。恐らく原審としては弁護人の態度が明確でなかつたので、その主張がないものと即断したものと思われる。然しながら右点の釈明を怠つた原審は、審理不尽の結果事実の確定に影響を及すべき法令の違背を冒したものと謂わなければならない。