大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和24年(新を)555号 判決 1949年8月30日

控訴人 被告人 山崎工業株式会社 小山壽

弁護人 小野謙三 伴純 海野普吉

検察官 鈴木正二関与

主文

原判決を破棄する。

本件を新潟地方裁判所に移送する。

理由

本件控訴の趣旨は末尾に添付してある弁護人小野謙三同伴純共同作成名儀の控訴趣意書同海野晋吉作成名儀の控訴趣意書と各題する書面記載の通りである。

これに対し、当裁判所は左の如く判断する。弁護人小野謙三同伴純の論旨、第一点及び弁護人海野晋吉の論旨第二点、第一点について

法人税法第四十八条には「詐偽其の他不正の行為により法人税を免れた場合において」と規定し、右税を免れたというについて確定申告に不実の申告をなした場合は問題はないが概算申告に不実の申告があつた場合にも尚税を免れたと言い得るかについて所得税法第六十九条と異り直接法文上これを窺知し得べきものはない。

而し乍ら概算申告は後述正確な確定申告のなされることを予想しているものであるから概算申告に不実の税額があつたかというて直に税を免れたとするのは行過ぎで右所得税法第六十九条とは文詞は異るが法意は同様と解するのが相当である。

蓋し所得税法の予定申告というも法人税法の概算申告というも終局的確定的申告に非る点は同一で何れも他日確定申告を予定するものである。所得税法の予定申告において不実の記載があつてもこれをもつて直に税を免れたということが出来ないとすれば、法人税法の概算申告において不実の記載があつても直に税を免れたと言い得ないものというべきである、然らざれば法の均衡を失する。

記録によると、本件起訴状には被告人等が法人税の確定申告をなすに際して法人税を免れるために不実の申告をなして法人税を逋脱したものであると訴えているが原判決は右申告の正確については何等判定を与えない。従つて被告人等がなした申告が概算申告であるのか確定申告であるのか判文上判明しない。

これでは前記の理由によつて罪となるべき事実を示したという事は出来ないから結局判決に理由を附せなかつたことになり論旨は何れも理由がある。原判決は破棄を免れない。すでにこの点において原判決を破棄する以上その余の論旨に対する判断は不必要であるから、これを省略し刑訴第三七八条第四号、第四百条本文の規定によつて主文の如く判決する。

(裁判長 吉田常次郎 判事 保持道信 判事 鈴木勇)

控訴趣意書

法人税法違反被告事件

山崎工業株式会社

被告人 代表者 山崎文言

被告人 小山寿

右者等に対する頭書被告事件につき被告等は曩に控訴を申立てて居りますので左記のとおり控訴の趣意を開陳致します。

(御庁昭和二十四年(を)新第五五五号法人税法違反控訴事件)

第一 原審判決は「(前略)被告人小山寿は被告会社の業務に関し昭和二十三年六月十一日頃法人税申告に際し(中略)虚偽記載の申告書を所轄巻税務署長に提出し以て不正の行為に因り(中略)以上合計四百九万三千七百九十一円の法人税を免れたものである」と判示するのみで此申告書は法人税法所定の如何なる申告書なるかを判示して居りません。

右申告書の性格を判決理由に明確にせざる事実の立証として原審訴訟記録中の判決書を援用します。

法人税法は確定した決算に基く申告(以下法人税法を単に法と略称す法第十八条)概算による申告(法第十九条)其他法第二十一条乃至第二十四条による申告等各種の申告につき規定して居り夫々之に対応する申告書の提出を命じて居るのでありますが原審判決で示した申告書が果して孰れの申告書に該当するや不明であります。

犯罪事実の認定に当り極めて正確を期することを要求し居る刑事判決にあつて此様な不正確な判決は刑事訴訟法第三百三十五条第一項に所謂罪となるべき事実を示したとは云い得ぬもので同法第三百七十八条第四号に照し破棄を免れないものと思料します。

第二 被告会社並に被告小山寿の弁護人等は本件法人税法違反事件は法人税法上犯罪成立せずとして法律上犯罪の成立を妨げる理由を主張したに拘らず原審裁判所は此主帳に対し何等の判断をも示しては居りません。

(イ) 弁護人等に於て法律上犯罪の成立を妨げる理由を主張したる事実の立証として本件訴訟記録中昭和二十四年四月三十日第六回公判調書

(ロ) 右弁護人等の主張に対し原審裁判所は何等の判断を示して居ない事実の立証として同記録中の判決書を夫々援用します。

右は明かに刑事訴訟法第三百三十五条第二項の規定に違反するもので同法第三百七十八条第四号に照し破棄を免れざるものと思料します。

第三 被告会社は昭和二十三年度の法人税を逋脱したと云う理由のもとに昭和二十四年一月三十一日起訴された然るに被告会社の同年度の税金の納期は昭和二十四年二月二十六日である。

(イ) 本件起訴の年月日が昭和二十四年一月三十一日である事実の立証として本件訴訟記録中の起訴状

(ロ) 被告会社の昭和二十二年度法人税の納期が昭和二十四年二月二十六日である事実の立証として同記録中昭和二十四年四月二十日第五回公判調書

を夫々援用します。

本件被告会社の法人税の納期の到来せざるに先立つて被告会社が法人税を逋脱したと云うことのあり得ないことは理の当然であります。しかも法第四十八条は「法人税を免れた場合に於ては」と規定して居るのであつて、取引高税法第四十一条「免れ又は免れようとした者」と規定して居る場合とは非常に異なつて居ります。即ち法第四十八条は免れた場合のみを律するものであつて未だ免れて居ない状態にあるものを処罰しようとして居るものではありません。

従つて原審判決は元来犯罪の未だ成立せざる者に対し法第四十八条を適用し之を処罰せんとしたるものにて明かに事実を誤認し法令の適用に誤りを犯して居るものと謂はざるを得ませぬ。而して此事こそ真に判決に影響を及ぼして居る典型的なものと云い得ると思います。刑事訴訟法第三百八十条及び第三百八十二条に照し破棄を免れざるものと思料します。

第四(1) 原審裁判所に於て本件犯罪事実を認定したる基礎は被告会社が昭和二十三年六月十一日頃巻税務署長宛に提出したる所謂虚偽記載の申告書(甲第一号証)である。

此申告書の性格につき原審裁判所が何等の判断を示さざりしことは本控訴趣意書第一項に開示した通りであるが右申告書は法第十九条所謂概算申告書である。然して本件に関し被告会社は確定申告書を所轄税務署に提出したる事実はありませんのみならず政府独自の課税標準乃至更正決定も起訴せらるる時迄には受けて居りませぬ。

右申告書を犯罪事実認定の基礎となし居る事実の立証として本件訴訟記録中原審判決書を

概算申告書であると云ふ事実の立証として

(イ) 本件訴訟記録中

(A) 昭和二十四年四月六日第四回公判調書中の鑑定人池上茂貴の供述記載

(B) 同年二月二十六日第二回公判調書中の被告人小山寿の供述記載

(C) 同年四月二十日第五回公判調書中の証人長郷有寿の供述記載

(D) 同年二月十六日第二回公判調書中の検察官の供述記載

(ロ) 原審裁判所にて取調べた証拠中

(A) 甲第五号証の一(検察官提出)

(B) 甲第五号証の三( 〃 )

(C) 乙第三号証 (弁護人提出)

確定申告書提出の事実なしとの立証並に何等の通知も受けて居らぬことの立証として前掲被告人小山寿の供述記載並に前掲第五回公判調書中検察官の釈明の記載を夫々援用します。

(2) 現行法人税法は納税義務者に其申告の義務を負はせて居り(法第十八条)此義務履行の期限として当該事業年度終了の日から二ケ月以内に確定した決算に基き其申告を為すべきことを命じて居ります之が所謂確定申定であります。

若し事業年度終了しても二ケ月内に決算が確定しない場合には取りあへず所謂概算申告書を提出せしめ(法第十九条)其後決算が確定した時から二十日以内に確定申告書を提出するようにと規定して居ります(法第二十条)而して現行法人税法上決算の確定を為すべき期限につき何等の定めもして居らぬのみならず此申告義務を怠りし場合の制裁についても亦何等の規定を設けて居りませぬ。

只申告書を提出しなかつた場合には政府は其調査に基いて政府独自の課税標準を決定し之を納税者に通知することになつて居り(法第三十条、第三十二条)此通知を受けた納税義務者は一応は之に服さなければならぬ不利益があり若し此課税標準による納税を怠つた場合は差押乃至督促料を徴収さるる不利益があるのみで申告をしないとか納税を怠ると云ふこと自体からは直ちに犯罪は生れてこない。法人税法第四十八条の犯罪が成立する為には先づ其年度の具体的な納税義務が発生してからでなくてはならぬ。

何故なら法人税法違反も他の犯罪と同様特に予備を処罰するとの規定が設けられてないのだから所謂犯罪の着手と認めらるる行為なき限り犯罪は成立せぬと謂はねばならぬ。さもなければ此犯罪の着手の時期が確定せぬから

而して右法第四十八条の犯罪成立する為の具体的納税義務が発生するには確定申告がなされるか政府独自の課税標準が決定されて其通知が為されるか孰れかでなくてはならぬ。概算申告はどこまでも概算申告であつて其年度の確定的な申告ではない。

概算申告には其記載された範囲において誤りなきことは道義上要求されるであらうけれ共所得税法第七十条の如き明文が法人税法には規定されてないのであるから両法律を対比するとき法人税法にあつては概算申告書に仮令多少の虚偽があつても直ちに犯罪ありと云ふことは出来ぬ。

従つて確定申告が政府独自の課税標準の通知がなき限り其年度の確定したる納税義務は発生せぬ。

此義務発生せざる限り亦犯罪の着手ありとは認められぬ。

本件について見るに本件の申告書は概算申告書であることは前掲の援用した証拠によつて明白である。而して本件起訴の時迄には被告会社はまだ確定申告をして居らぬのみならず政府独自の課税標準の通知も受けては居らぬ。

従つて本件は法律上未だ犯罪を構成するに至らざるものと謂ふべきである。従つて原審は明かに判決に重大なる影響を及ぼすべき事実の認定を誤りたるのみならず法令の適用をも誤りたるものにて刑事訴訟法第三百八十条及第三百八十二条に照し破棄を免れざるものと思料します。

第五 被告人小山寿は本件申告書を提出に当り当時未だ被告会社の決算が確定して居らなかつたので法第十八条所定の確定申告書を作成するに由なく困惑の結果所轄税務署係員につき如何に処置すべきやにつき其指示を求め同係員の指示に基き必要書類も急速に作成添付して本件申告書を提出したるものである。

而して被告人小山寿に本件脱税の意図ありしや否やについての立証はありません。

右申告書提出に至る顛末の立証として前掲第二回公判調書中被告人小山寿の供述記載

被告人小山に犯意ありしものなりとの立証なかりし事実の立証として昭和二十四年二月五日第一回公判調書中検察官の証拠に関する事実並に提出されたる証拠に関する供述記載

を援用する。

被告人小山寿は右の事情に基き所轄税務署係員の指示に基き添付すべき必要書類を早急に被告会社員をして作成提出せしめたるものにして概算はどこまでも額面どおり概算なりとして社長にすら十分なる報告を為さざりしものにて其間何等の犯意の認むべきものがありませんのみならず検察官の立証事項は第一回公判調書記載の通りで其立証趣旨並に立証事項にては被告小山寿に犯意ありとの事実についての立証は不十分と謂はねばなりません。若し夫れ概算申告書提出と云ふ事実を即確定申告と認めんとすれば其旨の立証責任は検察官にありと謂ふべく其立証は全然ありまん。

従つて犯罪成立の要件たる犯意の面より本件を見る時証拠は不十分であります。

然るにも不拘原審判決において有罪を認定したるは明かに判決に重大なる影響を及ぼすべき事実誤認ありとのそしりを免れません。刑事訴訟法第三百八十二条に照し破棄さるべきものと思料します。

第六 仮に百歩を譲り原判決認定の如く本件は有罪なりとするも左記事情により量刑過当なるものがあると思料致します其事情を立証するため

前掲第二回公判調書中被告会社代表者山崎文吉被告人小山寿の供述記載

昭和二十四年一月三十日検察事務官作成山崎文吉に対する供述調書

甲第十五号証

乙第一号証

乙第二号証

甲第六号証の一

を援用致します。

(1) 前掲第五項記載の事情より被告人小山寿に於て概算申告書を提出するに至れるものにて

(2) 国の財政は主として正常なる諸税により維持されるもので決して脱税犯を求むるものではない国はあくまで正当なる課税のもとに其完納を要請して居ることは論ずる迄もない。

さればこそ税務官に検査に関する権限(法第四十五条第四十六条)を与へ政府に申告による課税標準の更正権を附与し(法第二十九条)或は政府独自の課税標準決定権を附与(法第三十条)し居るのである。

此権限の附与は適正なる納税を其義務者に要請すると共に関係吏員をして国民に対し租税に関するよき指導者たらしめんとするものであるよき指導者たることこそが亦憲法の要請する公僕たるの精神がそこに具現さるることになるのである。即ち税務官は脱税犯として検挙告発する一歩手前に於てよき指導者として更正決定乃至は独自の課税標準決定権を行使して国民をして脱税犯罪に落ち入らしめざるよう導くの親切心を持たねばならぬことを要請されて居るものと思ひます。

然るに本件に於ては援用せる証拠其他記録を通じ右更正決定乃至独自の決定権を行使したる跡なく更に概算申告なれば速かに確定申告を為すべき旨の只一回の注意すらありませんのみならず突如として裁判所の臨検許可状を以てしかも許可されたる場所以外の場所を臨検捜索を為し帳簿等を押収して本件を検挙するに至れるものである。

若し叙上一片の親切心あれば恐らくは本件を惹起することなく被告会社は喜んで納税の業務を果したものと思はれます。

(3) 被告人側提出にかかる乙第一号証によれば

会社総資産 二四、八〇五、七六四・二六円

であつて本年に至り税務署よりの納税令書を受けたる

総額(乙第二号証) 二二、四四三、一四七・二三円

にて此上更に罰金 八、〇〇〇、〇〇〇・〇〇円

を加ふる時は被告会社は約三千万円の税関係の負担となり

被告会社本来の負債 一九、九四二、四九四・四八円

を除外するとしても到底被告会社において負担し切れざる高額となり被告会社は破産の他に途なき状態となるかかる状況を無視して単に漫然刑量するは量刑に弾力性を持たせる立法の趣旨に反するものと思はる。

(4) 被告会社は従業員約百十名(山崎文言第二回公判調書)を以て業務を経営して居るものにて前陳の如く税額並に罰金を支払ふ場合には被告会社は破産の途をたどるより他なく斯くては会社従業員は挙げて失業の運命に立至ることとなり一大社会間題を惹起するのみならず本来犯罪につきては行為者を罰するの大原則に反する結果となる。

(5) 被告会社は戦争中は中島飛行機株式会社の下請工場として飛行機部品の製作をして来たので終戦後一時仕事を失つたが漸次金物の製造に転換し後平和経済の復活するに従い除々に洋食器製造工場に移り進んで来たのである(検察事務官根津栄之昭和二十四年一月三十日作成山崎文言第一回供述調書)

洋食器は重要なる輸出品であつて之を製造するのは岐阜県の関と新潟県の燕だけである。

新潟県燕町(被告会社は小池村大曲であるが燕町に隣接して居つて燕町に含めて呼称されてゐる)では被告会社は従来最も古い伝統と優秀なる技術をもつておつたので米国及び日本の貿易関係者等の忠告により可及的大規模な設備の建設拡張を勧奨されるので被告会社は我国の経済再建に寄与せんとする熱意に燃えて只管設備の再建拡張に傾倒したものであつて本件税の対象である昭和二十二年度の利益は挙げて之を機械設備に投じ尚外に壱千余万円の借入金をもつて之を補充しておるのである(甲第六号証の一)だから脱税額はすべて社内に保留されすべて生産設備に投資せられ国家にとつて重要なる輸出品の生産設備に振替へられておるのである。

被告人小山寿は勿論被告会社関係者の私服を肥したものとは言ひ難くまた被告会社が私利のみを追及したものとは言ひ難いと信ずるのである。

(6) 被告人小山寿は昭和二十一年八月入社した者である(第二回公判調書山崎文言供述)本件の税関係事務処理の昭和二十二年昭和二十三年中は入社尚日浅かつたので被告会社の事情にも暗く被告人の地位も確立しておらず万般の事務は山崎文言の指揮を受けておつたのである(第二回公判調書山崎文言供述)

<別>及<工>の帳簿も前任者の残した組織であつて(第二回公判調書小山寿供述)被告人が之を独自の立場から批判すには尚時日の経過を必要とするものではなからうか。

被告人小山寿に本件脱税の全責任を負担せしめ懲役刑の実刑に処するのは酷に過ぎるものなりと信ずる。

以上縷述せる処により被告会社並に被告人小山寿に酌量すべき事情あるのみならず被告会社をして破産運命より救ひ其経営の成立つ様考慮しやるが量刑の本義かと存じます。

此事情を無視して被告人小山寿に懲役六月の実刑並に被告会社に罰金八百万円に処したるは量刑に不当なるものあり刑事訴訟法第三百八十一条に照し破棄を免れないものと信じます。

昭和二十四年六月二十五日

右弁護人

弁護士 小野謙三

弁護士 伴純

東京高等裁判所刑事部

御中

昭和二十四年(を)新第五五五号

控訴趣意書

被告人 山崎工業株式会社

右代表取締役

山崎文言

被告人 小山寿

弁護人 海野普吉

右被告人等に対する法人税法違反被告事件につき弁護人の控訴趣旨を左のとおり陳述する。

第一点 原判決は罪とならない事実について法令を適用したか、事実を確定しないで法令を適用したかの理由不備の違法があり、然らずとすれば判決に影響を及ぼす重大な事実誤認があるものと考える。

原判決は「(前略)被告人小山寿は被告会社の業務に関し昭和二十三年六月十一日頃法人税申告に際し(中略)虚偽記載の申告書を所轄巻税務署長に提出し以つて不正の行為により(中略)以上合計四百九万三千七百九十一円の法人税を免れたものである」と判示しているが、これを起訴状の記載と対比するとき、数額に差異のある点はここで触れないとしても、なお重大な差異のあることを発見するのである。すなわち起訴事実では、「・・・・右被告会社の法定事業年度の法人税確定申告を巻税務署長になすに際し・・・・・」とあるを「・・・・・法人税申告に際し・・・・・」と認定されたことである。右の申告の性質については原審において法人税法第二十二条第一項による確定申告であるか同法第十九条を準用する同法第二十二条第三項の概算申告であるかが大いに争われたところで弁護人は原審審理の経過に徴すればそれが概算申告であることは明かに証明せられたものと信ずる(原審第四回公判における鑑定人池上茂貴、第二回公判における被告人小山寿第五回公判における証人長郷有寿の各供述及び第二回公判における検察官の陳述―特に被告会社の株主総会未了を認めた点―甲第五号証の一及三、乙第三号証御参照)ものであるが、原判決はそのいずれであるかを確定されなかつたものである。ところで右に述べたように本件の申告が概算申告であるとすると、判示に所謂申告が概算申告を意味するとしても、果して判示の事実は犯罪を構成するものであろうか。

確定した決算にもとづきなすところの確定申告(同法第三十二条第一、二項、同第十八条御参照)と、所定期間内に決算が確定しない故に取りあえずなす概算申告(同法第二十二条第三項、同第十九条御参照)とはその性質において重大な差異が存するのであつて、概算申告をしたのみでは右申告の範囲内での納税義務を一応発生するに止つて、未だ当該法人の当該事業年度における納税義務を確定することにはならないのである。

このことは決算の確定していない際になす概算申告の性質上当然のことであるが、法人税法も確定申告については、政府の調査した課税標準と異なるときは、政府はその調査により課税標準を更正すると規定したに対し、概算申告については・・・・課税標準を更正することができると規定し(法人税法第二十九条第一項、第二項御参照)更正するのを例外としているのは要するに概算申告の後に当然確定申告がつづくのであるから更正は原則として決算確定した上での確定申告についてなせぜよいと言う立場を採つているからである。すなわち確定申告である限り後に更正を受けることはありうるとしても、一応それ自体で当該年度における納税義務は確定するのであるが、概算申告をしたのみでは後に確定申告がなされるか、或は稀に更正を受けるかしない限り納税義務は確定しないのである。かようになお納税義務が未確定の状態に残る概算申告をしたのみでは法人税法第四十八条に所謂税を脱れた(判示に即していえば税を免れた)という観念の成立する余地は全く存しないのである。

これを要するに原判決に所謂申告が概算申告を意味するならば本件の判示事実はそれ自体罪とならざるもので原判決は罪とならざる事実について法令を適用した理由不備の違法は免れがたく、或は確定申告を意味するならば前示各証拠によつて概算申告と認められるものを採証の法則を誤つて事実の誤認をなし、ために罪とならざる事実を有罪と認めた違法があり、かりに百歩を譲つてこれらの違法がないとして、そもそもかかる重大な差異の生ずる申告の性質について確定申告であるか概算申告であるかを明かにしなかつたのは、事実を確定しないで法令を適用したものであつて理由不備の甚だしきものといわねばならずいずれにしても理由不備の違法であるか又は判決に影響を及ぼす事実の誤認があるものであつて破棄せらるべきものと考える。

第二点 原判決は罪となるべき事実を示さないで法令を適用した理由不備の違法があるものと考える。

原判決判示を今少し詳細に引用すると「(前略)被告人小山寿は被告人会社の総務部長として庶務、会計、調査等の事務を担当するものであるが、被告人小山寿は被告人会社の業務に関し昭和二十三年六月十一日頃法人税申告に際し被告人会社の昭和二十二年四月一日より昭和二十三年三月三十一日に至る法定事業年度における普通所得が金七百五十一万六千七百二十二円なるに拘らず之を金十八万二千八百七十六円なるが如く虚偽記載の申告書を所轄巻税務署長に提出し以つて不正の行為に因り被告人会社の納める義務がある(中略)以上合計四百九万三千七百九十一円の法人税を免れたものである」とあつて、右事実に対し法人税法第四十八条(被告会社に対しては同第五十一条」)を適用したのであるが、右法条は「詐欺その他不正の行為により法人税を脱れた場合においては、法人の代表者、代理人、使用人、その他の従業者でその違反行為をなした者は・・・・」と規定している。そこで本件について考えてみると被告人小山の被告会社における地位は右引用の判示によつて明らかであるが、右被告人が法の規定する詐欺その他不正の行為を用いたことについては、以つて不正の行為によりとの抽象的の文字を用いたのみであつて全く具体的事実の判示が欠けている。忖度するに金十八万二千八百七十六円なるが如き判示に所謂虚偽記載の申告書を所轄税務署長に提出した事実を以つて不正の行為と解されるたのであろうか。しかし右の申告の数字が実際の収支と不一致の点があるからといつて直ちに不正の行為があつたとはいえないのである。極端にいえば書損じによつても不実記載の申告書は出され得るのである。前記法条にいう詐欺その他不正の行為とはもつと積極的な欺罔手段、隠蔽手段等を用いた場合を意味するものであることは殆んど議論の余地がないと考える。或は又右詐欺その他不正の行為は原判決挙示の証拠によつてその内容を認められないことはないとの議論があるかも知れないが、そもそも証拠によつて罪となるべき事実を認め右に認めた事実に対して法律を適用するは刑事訴訟法第三百三十五条を俟つまでもなく有罪判決をなすうえにおける大原則であつて、事実によつては適用法令の構成要件を充足せず証拠と合せてはじめて犯罪事実が明かになるというが如きは本末顛倒も甚しき謬論であつて採用の余地のない論である。かように考えて来ると、原判決は結局被告人小山について罪となるべき事実を示さずして法令を適用したものである。しかうして行為者たる被告人小山についてしかる以上被告会社についても亦結局適用すべらかざる法令を適用したものであつてこの点において破棄を免れないものと考える。

第三点 原判決は証拠にもとずかないで事実を認定した理由不備の違法があるものと考える。

前示引用の原判決判示によると「被告人小山は被告人会社の昭和二十二年四月一日より昭和二十三年三月三十一日に至る法定事業年度における普通所得が七百五十一万六千七百二十三円なるに拘らず・・・・」とあるが、右法定事業年度における普通所得が七百五十一万六千七百二十二円であるということは客観的事実としては、あるいは正しいであろうが、本件申告当時被告人小山がこの事実を認識していたかについては甚だ疑問なきをえない。少くも原判決挙示のいかなる証拠によつても、それらをいかに綜合してもこの点を証明するに足るものはない。鑑定書によつて明らかなように、前記七百五十一万六千七百二十二円算定の根拠は所謂表帳簿による申告所得額十一万一千七百七十六円九十八銭と、所謂裏帳簿に計上された所得五百六十九万二千八百九十二円四十八銭に表裏合計したうえで法人税法上損金と認めがたい百七十一万二千三十三円四十七銭を合算したものであるが、第一点において指摘したように本件申告は概算申告として出したもので、右は表勘定のみの計算にもとづいて提出したものであることは被告人小山の供述(原審第二回公判)によつても明らかであるが、右申告当時同被告人において裏勘定の利益金が何程になつているか、まして表裏勘定合計の利益金が幾何かを合算して計上していたという事実は全く認められない。(証第二、三、四号の存在、検察官の聴取書に記載された長郷有寿の供述等も右申告時までに裏勘定の計算ができていたことを立証するものではない)従つてその数字を同被告人が認識しなかつたということはいうまでもない。まして損益計算書の内容を詳しく検討してはじめてえられ法人税法による損金と計上してはならないものの合計数字を算出しそれらを計上利益金に合算して被告会社の真実利益が七百五十一万六千七百二十二円であると承知認識していた筈もないのであつて、もとよりさような事実を認めるに足る証拠は存しない。この点については或は本件犯罪成立上被告会社の真実所得額が幾何であるかということを正確に認識するを要しない。少くとも申告額以上であることを認識すれば足りる。従つて所得額として判示した金額について認識したという証拠は十分でなくとも、右の申告額以上であることを認識していたことを証拠によつて認められる限り証拠は足りるとの議論があるかも知れない。しかし窃盗罪における盗品が何であるかを認識するを要しないというような場合と違つて税法犯のような場合には何円の所得額について(詐欺その他不正行為により)何円の税額を脱れるのだということについては正確な認識が要求されるものと考える。だがかりにその点は一歩を譲るとしても、しからば果して被告人小山は少くとも申告額以上の所得額を被告会社が有することを認識していたことが証拠によつて認めうるであろうか。成程被告人小山が別口所謂裏勘定について日計の報告等に眼を通していたことは認められ或は会社の計上利益が本件に申告した額より多くなることは長郷有寿より聞いていたというような供述もないではないが、この点は次の理由によりにわかに信を置きがたい。すなわち、同被告人が裏勘定の締切をした決算の内容について承知していたと認めがたいことは前述の通りであるが、原審における各証拠で明かな通り被告会社の別口帳簿(所謂裏勘定)なるものは単に利益を秘匿するためにつくられているものではなく、全く文字通り別口計算になつていて、そこには幾多損金の項目も含まれて居り、損益計算を締切つてみなければ果して利益があるか損失となつているか判らない式のものであることを注意せねばならない。又法人税法による損金と認め難いものの計算にしても、たまたま本件の場合結果的には百七十万円余の益金算入分が出たのであるが、現に逆に未納物品税分を益金からせねばならない(鑑定書第六項御参照)というような分もあるのであるから、場合によつては逆に益金から控除せねばならない金額が算定されることもありうるのである。とすると所謂裏勘定を締切り計算した数字をえていたことが明らかでない限り、裏勘定の存在、或は法人税法による否認分の存在といつた事実から直ちに被告会社が表勘定による申告額以上の所得額があつた筈、従つてそれを認識した筈だという結論を引出すことは即断であり又前述の供述にしてもかかる裏付けがない以上採用しがたいのである。斯様に考えて来ると、原判決は要するに証拠にもとづかないで犯罪事実を認めた理由不備の違法あるものとして破棄を免れないものと考える。

第四点 原判決は刑の量定が不当であると信ずる。

すなわち原判決の認定事実に従うとして被告会社のほ脱税額四百九万余円に対して会社に対し罰金八百万円、行為者である被告人小山に対して懲役六月の実刑の各量刑は著しく過重であると考える。納税義務を尽すことが近代国家の市民としてきわめて重要であることは弁護人もこれを認めるに決して人後に落ちるものでなく、ことに近時我国税法上の劃期的改正ともいうべき申告納税の制が施行せられた矢先における本件の如き脱税行為はまことに遺憾千万であるがその故を以つて原判決のような厳刑を科せられることは、にわかに承服しがたいのである。以下その理由についていささか述べてみたい。

(一) 弁護人は必ずしも課税率の過当の故を以つて徒らに法人税法そのものを非難し以つて被告会社並に被告人の責任を免れしめんとするものではないが、我国の法人課税がすでにその極限をこえていて、延いては正常な会社経営の維持を困難というよりはむしろ不能ならしめていることは識者の斉しく認めるところで、これを近時税制改革の問題に関聯して法人課税の是正がつねに第一に取上げられつつあることによつても明らかであろう。終戦後のインフレを無視した固定資産消却計上についての不当な制限にもとづく名目所持の徒らな膨脹が前記の不合理に一層の拍車をかけていることについても言を重ねる要を認めない。しこうしてこれらの点を被告会社の場合について考えてみるに正に前記の不合理の典型を見るのである。

当時資本金僅かに十九万円の個人商店に類する被告会社が事業年度間に資本金の四〇〇割に近い七百五十一万円余の所得をあげた訳であるからインフレ数字といわずしては倒底理解しえないことである。しかるに前記せるように名目上の所得に課税する法人税法の建前からは税法算定上の基礎となる資本額四十四万余円の僅か一割を超える四万四千円超の部分七百四十七万余円が実に超過所得として累進課税の対照になるのである。(前掲鑑定書等御参照)普通所得に対する三十五%の課税と雖も決して軽からざる負担である上にこの過大な超廻所得課税を完納しうる道は正に一つ、固定資産についてはなすべき消却をなさず、流動資産については徒に水膨れ評価をなし、すなわち自己の骨身を削ることによつてのみ達し得るのである。なお本件において特に考慮に値するのは、昭和二十三年七月七日法律第百七号による法人税法一部改正によつて超過所得に対する課税がかなり緩和せられることになり、右改正は附則第四十一条によつて昭和二十三年四月一日以降に終了する事業年度分に遡及適用せられることになつたのであるが、被告会社の法定事業年度終了が僅かに一日おくれていたならば右緩和の恩恵に浴しえてほ脱税額として計上せられた四百九万余円の数字は数十万円を減じた筈であるということである。従つて量刑に当つては徒らにほ脱税額四百九万円の数字に捉われるべきでないと考える。

(二) 次に我国における申告納税の現況について考えてみたい。残念乍ら統計的数字を以つて論証することはできないが、申告納税の制が施行せられて二年、実情は殆ど有名無実で、一方において不誠意きわまる申告が橫行するとともに、他方税務当局の方でも殆ど申告を顧慮することなく自己の調査、見解にもとづいて更正決定をなしつつある有様である。そして更にこれが一歩進んでいかに誠実に申告してもどうせ税務署の方で更正決定してくれるのだから、その時の用意に申告は多少内輪にしておくということがむしろ普通になつているのである。顧みて他をいうのではないが、事情かくの如くである以上自ら本件の科刑についても相当考慮が払わるべきであつていやしくも徴税目的達成のための一罰百戒的犠牲とされるようなことがあつてはならないものと考える。

(三) しかも被告会社は本件発覚の結果、多額の懲罰的追徴税、加算税を課せられることとなつて昭和二十二年度分法人税については合計すると彼是年度所得額に近い七百八万円余の税金を納付せねばならない訳である。(乙第二号証御参照)その他の各種税金を加えると被告会社は一時に二千二百万円を超える税金を納めねばならない立場におかれている(前同号証参照)かかる多額の税金負担が被告会社としていかに堪えがたいものであるかは論ずるまでもあるまい。これに加えて原判決のような多額の罪金を科せられるとすれば正に会社は破産に瀕するの他なく延いては百名を超える従業員(第二回公判における山崎文言の供述御参照)を路頭に迷わす結果となるのである。かかる事案に対する処女犯者である被告会社に対しては、脱税の行為は正に不届きであるとしても、なんとか会社の運営をつづけられる程度の寛大の処置あるべきはいうまでもないと考える。

(四) 行為者たる小山寿に対する実刑の量定も会社の代表者でもなければ実権者でもなく、単に使用人中の責任者にすぎない同人の被告会社における地位(原審第二回公判における山崎文言の供述御参照)と特に同第二回公判における同人の供述によつても判る通り、同人がなんら積極的に本件犯行を実行したものでない事実とを考慮するときは余りに過酷にすぎるものと考える。

以上の理由によつて、本件量定はいかにしても過重であり結局刑の量定不当として破棄せられるべきものと信ずる。 以上

昭和二十四年七月十五日

右弁護人 海野普吉

東京高等裁判所

第十二刑事部御中

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例