東京高等裁判所 昭和24年(行ナ)2号 判決
原告 安納新二
被告 中田卯之助
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「特許局が同庁昭和二十二年抗告審判第一七八号、第一七三八〇〇号特許無効抗告審判事件について昭和二十四年一月十一日なした審決はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として被告(審判請求人、抗告審判被請求人)は昭和二十二年四月十一日原告(審判被請求人、抗告審判請求人)を相手方として特許標準局に対し原告の権利に属する特許第一七三八〇〇号(発明の名称、魚類擂肉製品製造法)の特許無効の審判請求をなしたところ、特許標準局は同庁昭和二十二年審判第九号事件として審理の結果同年十月九日右特許を無効とする旨の審決をなした。よつて原告は更に右審決に対し抗告審判を請求したところ同局(特許局)抗告審は同庁昭和二十二年抗告審判第一七八号事件として審理の結果昭和二十四年一月十一日原告の抗告審判の請求は成立たない旨の審決をなした。しかしながら右特許第一七三八〇〇号の発明の要旨が、魚体から頭部蔵器を切除してこれを稀薄塩酸液で煮熟し、加水分解を行わせた後炭酸曹達をもつて中和圧搾して液分を分離し該液分から油脂分を分離除去しその残液と搾粕を魚体体部とともに擂砕して耐水袋中に充填し、電気絶縁性密閉器中に充填して両端から電流を通じ加熱焼成するところの魚類擂肉製造法であり、被告の権利に属する特許第一七二七〇五号(発明の名称、食糧品の製造法)の発明の要旨が電気的絶縁物製の耐圧容器内に例えば魚類肉のような固泥状食糧物質を緊密に充填し密閉した後該充填物に電流を通じて発熱させ膨張を制止しながら加熱し発生する圧力のもとで放冷することを特徴とする食糧品の製造法であつて、(一)両者はともに電気絶縁物製の密閉器内に魚類擂肉のような固泥状の食糧品原料を充填しこれに電流を通じて加熱する食糧品の製造法である点において一致しているが、(二)前者においては固泥状物として魚体から頭部蔵器を切除してこれを稀薄塩酸液で煮熟し加水分解を行わせた後炭酸曹達で中和し圧搾して液分を分離し、該液分から油脂分を分別除去し、その残液と搾粕を魚体体部とともに擂砕したものを使用するに対し、後者においてはかような処理方法については全然何も示されていない。(三)また前者においては焼成後そのまま放冷するというようなことは何ら説明せられていないのに対し後者においては、これを発明構成上の必須要件となつていて、両者は特許発明のもつとも重要な点において互に相異しているにかかわらず、前示抗告審においては右の事実を認めながら、両者の特許を結局同一発明であると認定し前者の特許出願が昭和十九年七月十五日であるのに後者の出願が昭和十八年四月二十二日であつて先出願にかかるところから、前者の特許を特許法第八条の規定に違反して与えられたもので同法第五十七条第一項第一号の規定によつて無効となすべきものとして、前示のような審決をしたのは失当であるから右審決の取消を求める。仮りに両特許が同一発明であると認定せられるとしても、被告右の第一七二七〇五号の特許については、特許標準局は原告(審判請求人)と被告(審判被請求人)との間の同庁昭和二十三年審判第四九号事件において特許無効の審決をなし、被告は右審決に対し抗告審判の請求をなしたが、同局(特許局)抗告審は昭和二十三年抗告審判第三〇九号事件において原告の抗告審判の請求は成立たない旨の審決をなした。そしてその審決の理由はいずれも被告の右特許発明の要旨は昭和八年実用新案出願公告第一七八六二号公報(抗告審は昭和四年実用新案出願公告第一五一四五号公報をも引用した。)に容易に実施しうべき程度において記載されているものと認定し、同法第四条第二号に該当しその特許は同法第一条の規定に違反して与えられたものであつて同法第五十七条第一項第一号によつて無効となすべきものであると謂うにある。従つて右特許が無効となれば、同法第五十八条によつて初からその特許権は存在しなかつたものとみなされ原告には同法第八条の違反がなくなる筋合であるから前示審決の取消を求める理由があると陳述し、なおこの点に関する被告の答弁に対し、原告の本件特許の明細書に明記してあるその発明構成要件をなしている事項については、該実用新案公報には全然記載がないのであるから、被告の右特許が無効と確定しても原告の右特許には何らの影響がない。仮りに右実用新案公報の記載が原告の右特許の無効原因をなすものとしても、同法第百二十八条の二の第四項によれば特許無効の訴は抗告審判を経ないものについては提起できないことが明らかであつて、被告のいう前記の公知の実用新案公報は本件の抗告審判においては特許の無効原因として顕出せられなかつた事項であるから、当審においてはこれを主張しえない筋合であると述べた。(証拠省略)
被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として原告主張の事実中被告(審判請求人、抗告審判被請求人)が原告(審判被請求人、抗告審判請求人)を相手人方として特許標準局に対し原告の権利に属する特許第一七三八〇〇号(発明の名称、魚類擂肉製品製造法)の特許無効の審判請求をなしたところ、特許標準局が原告主張のような審決をなし、原告が右審決に対し抗告審判を請求したところ、同局(特許局)抗告審が原告主張のような審決をなしたこと、右特許第一七三八〇〇号の発明の要旨と被告の権利に属する特許第一七二七〇五号(発明の名称、食糧品の製造法)の発明の要旨が、それぞれ原告主張のとおりであつて、両者の一致点(一)及び相異点(二)(三)がそれぞれ原告主張のとおりであること及び被告の特許第一七二七〇五号について原告主張のように特許無効の審決並びに抗告審判の請求成立たない旨の審決のあつたことはこれを認めるけれども、その余の事実はこれを否認する。右(二)の相異点については原告の特許の明細書中には被告の特許の明細書中に記載していない工程が附加されているけれども、右工程は普通に知らるる一般顕著の事実であるばかりでなく、それらの工程が附加されたとしても何ら特殊の効果をもたらすものではなく、これがため両発明の効果を異にするものでない。右(三)の相異点については被告の特許の明細書中に記載している焼成後の放冷に関しては原告の特許の明細書中には何ら記載してないが、これは原告の特許においても当然実施されるものであることは実際上技術的に観て疑のないところである。従つて両者の特許は同一発明であると謂うべきであつて、原告の特許は被告の特許より後の出願であるからその無効であることは勿論である。また被告の特許第一七二七〇五号に対する審決に対しては、被告は不服の申立をなし右審決の取消さるることを確信しているが、仮りに右特許が原審決のとおりとなつたとすれば、原告の本件特許もまた同様に原告主張の実用新案公報に容易に実施することのできる程度に記載されていることに帰し、結局無効とならざるをえないのであるから、原告の本訴請求はいずれの点からしてもその理由がないと述べた。(証拠省略)
三、理 由
被告が原告を相手方として昭和二十二年四月十一日特許標準局に対し原告の権利に属する特許第一七三八〇〇号の特許無効の審判請求をなし、特許標準局は同庁昭和二十二年審判第九号事件として審理の結果同年十月九日右特許を無効とする旨の審決をなし、原告は更に右審決に対し抗告審判を請求し、同局(特許局抗告審は同庁昭和二十二年抗告審判第一七八号事件として審理の結果昭和二十四年一月十一日原告の抗告審判の請求は成立たない旨の審決をなしたことは本件当事者間に争がない。
よつて原告の権利に属する右特許第一七三八〇〇号の発明と原告の権利に属する特許第一七二七〇五号の発明とが同一発明であるかどうかの点について審按するに、右両特許の発明要旨がそれぞれ原告主張のとおりであることは被告の認めて争わないところであつて、右争のない事実によつて観れば、両者はともに電気絶縁物製の密閉器内に魚類擂肉のような固泥状の食糧品原料を充填し、これに電流を通じて加熱焼成することをその発明の骨子とするものであることが窺われる。そして前者においては魚体から頭部贓器を切除してこれを稀薄塩酸液で煮熟し、加水分解を行わせた後炭酸曹達をもつて中和圧搾して液分を分離し、該液分から油脂分を分離除去しその残液と搾粕を魚体体部とともに擂砕すると説明しているが、右は食糧品の原料たる魚類肉に他の滋養価値ある成分もしくは呈味成分を添加する手段に外ならない。成立に争のない甲第七号証中の「発明の詳細なる説明」の記載によれば、後者においても魚類等の擂肉に適宜魚の贓器、魚貝、骨粉、食塩、甘味質等の滋養物もしくは調味料を混合使用することが認められるのであつて、ただ前者にあつてはその添加すべき滋養価値ある成分もしくは呈味成分の生成過程を説明したに過ぎないものと謂うべきである。しかも魚類の頭部贓器等の切除したものを塩酸で煮熟し、加水分解を行わせた後炭酸曹達で中和してアミノ酸及び食塩等を含有する調味料をうることは、一般公知の事実であり、また魚肉等の煮熟に際し油脂分が分離し、魚骨等が酸によつて可容性のものに変化することも一般に了解せられているところであるから、前示の方法は当業者が必要に応じて随時実施することができる程度のものであると解すべきであり、のみならず上述の化学的処理過程と爾後の電気焼成過程とを連結実施することによつて、新たな発明を構成するに足る効果を生ぜしめるものと認めえられない。また、前者においてはその焼成後そのまま放冷することについては何らの説明なく、後者においてはこれを発明構成の要件としていることは本件当事者間に争のないところであるが、焼成後そのままこれを放冷することは製品に形状及び締りを与えるものであつて、実際上前者においてもこれが行われるか、もしくは行うことが適当であることは容易に首肯せられるところであるから、前者において放冷することなしに後者におけると同一もしくはそれ以上の効果をもたらすものであることの主張立証のない本件においては、この点においても新たな発明的効果を認めることができない。要するに両者の発明はその枝葉の点において相異なる点はあるが、その発明構成の主要点において相一致するものと謂うべきであるから、これを同一発明であると判定するを相当とする。
そして前者の特許出願が昭和十九年七月十五日であつて、後者の出願が昭和十八年四月二十二日であることは本件当事者間に争のないところであるから、原告の特許は同一発明について先出願である被告の特許が存するにかかわらず特許法第八条の規定に違反して与えられたこととなり、同法第五十七条第一項第一号の規定によつて無効となさるべきものであるから原告の本訴の主張は理由のないものと謂わなければならない。もつとも原告は被告の右第一七二七〇五号の特許に対しては特許局において特許無効の審決がなされており、右特許が無効となれば同法第五十八条によつて初めからその特許権は存しなかつたものとみなされ、原告には同法第八条の違反がなくなる旨主張するけれども、特許局が右特許につき原告(審判請求人)と被告(審判被請求人)との間の同庁昭和二十三年審判第四九号事件において、特許無効の審決をなし、被告は右審決に対し抗告審判の請求をなしたが、同局抗告審は昭和二十三年抗告審判第三〇九号事件において原告の抗告審判の請求は成立たない旨の審決をなしたことは本件当事者間に争のないところであるが、原告が右審決に対して当裁判所に審決取消の訴を提起し、目下当庁昭和二十四年(行ナ)第一四号事件として係属中であることは当裁判所に顕著な事実であつて、右特許無効の審決はまだ確定するに至つていないのであるから、右特許が初めから存在しなかつたものとみなさるべきものではない。従つてかかる審決があればとて前記認定をなすの妨げとならないものと謂わなければならない。
さすれば、特許局抗告審が同庁昭和二十二年抗告審判第一七八号事件について、昭和二十四年一月十一日なした該審判は正当であつて、これが取消を求める原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 柳川昌勝 浜田宗四郎 菅野次郎)