東京高等裁判所 昭和25年(う)1867号 判決
被告人 松下今朝敏
〔抄 録〕
弁護人の論旨第二点について。
所論は原判決は刑事訴訟法第二五六条第六項に反する公訴を不法に受理した違法があると主張するものである。
よつて記録を調査するに本件起訴状には所謂犯罪の間接的直接的動機原因を記載し更に末尾には所謂犯罪の事後処分ともいうべき賍物の分配に関する記載の存することは所論のとおりである。
しかしながら本件のような普通考え得られない兇悪犯罪に関する公訴事実については、その訴因を明確ならしめるために犯罪の主観的要件ともいうべき犯意形成の要素たる間接的直接的動機原因を本件起訴状に記載しある程度に記載することは、寧ろ当然の措置というべく又所論賍物の分配に関する記載は本件の如き数名の共同謀議による犯罪が所期の目的を達したことを明らかにするため必要な事項として記載したものと解するを相当とする。換言すれば本件起訴状に存する所論の各記載はいずれも公訴事実を起訴状に記載するにあたりその訴因を明示するため犯罪構成要件にあたる事実自体と密接な関係を有する事実を記載したものと解すべく、従つて起訴状に所論の如き各記載があるからといつて右起訴状が刑事訴訟法第二五六条第六項に違反する無効のものであると非難することはできない。なお原審第一回公廷において裁判長と原審相被告人川井との間に賍物の後始末及び同被告人と川井庄司一家との不仲云々の点について所論の如き問答の取り交わされたことは同公判調書に徴し認められるが、それは要するに起訴状に存する所論記載事実について単に被告人の弁解を求めたに過ぎないものと解するを相当とするから、これをもつて直ちに所論の如く所論指摘の各記載が裁判官に事件につき予断を抱かしめた証左であるということはできない。その他記録に徴するも右の記載が裁判官につき予断を生ぜしめたと疑わしめるような事跡あることなく、従つて原審が本件起訴状による公訴を受理して審判したのは固より適法である。所論は要するに独自の見解によつて原審の正当な訴訟手続を攻撃するものであるから採用するに由ないものである。
註 起訴状記載の公訴事実
被告人川井春雄は南安曇郡南穂高村川井留子と入夫婚姻したるものにして留子の実姉川井ゐまへ及其夫庄司の本家を相続し常に右庄司一家と不和の間柄にありたるもの
被告人松下今朝敏は右川井留子の実父八百一の生家の兄なる東筑摩郡生坂村亡松下繁市の孫にして昭和二十四年八月頃より右被告人川井春雄方に同居し右川井庄司一家と不和の間柄にありたるもの
被告人伊藤重男は東筑摩郡東川手村、農、伊藤伊埜八郎の七男にして実母の死後其父及其兄丹司夫妻と不和の間柄にあり常に家出勝ちにして小遣銭に窮しおりたるもの
なるところ右川井庄司が勤勉の精農家にして相当の蓄財をなしおる事を知り被告人川井、同松下の両名は右庄司に対する宿怨を霽すと共に被告人伊藤と共に右庄司一家を殺害して同人所有の金品を強奪して之を分配せん事を企て昭和二十四年十月一日午後十一時三十分過頃被告人松下と被告人伊藤は被告人川井の提供したる変装用の襤褸布、自家製手袋、靴下及其代用品等を着用し且大工道具用刃広と称する物、及日本刀各一本宛を携え被告人春雄方居宅南西約二十米の地点なる同村字重柳五、三七五番地の二なる右川井庄司方居宅裏勝手口より屋内に侵入し折柄就寝中の家人の寝室に立入り被告人松下は所携の刃広を使用して右庄司、当四十一年、其妻、ゐまへ、当四十四年、長男義久、当十五年、二女みつ子、当四年等の頭部其他を数回殴り付けて斬殺し其間被告人伊藤は所携の懐中電燈を使用して被告人松下の為に其場の照明を行ひつつ日本刀を抜き放ちて右家人の脱出に備へて威嚇したる外自らも亦右日本刀を用ひて右庄司及義久の身体を斬付け以て相共に右家人を鏖殺したる後右庄司所有の鎖付懐中時計、腕時計各一個、地下足袋一足、衣類計十八点位を強奪して被告人川井方に引掲げ同所に於て被告人等は右賍物の分配に付協議し被告人伊藤は腕時計一個を被告人松下は鎖付懐中時計一個及シヤツ一枚、ズボン二枚、国防色上衣一枚白木綿生地三点を取得し其余は被告人川井が之を取得し以て相共に強盗殺人の目的を遂げたものである。