東京高等裁判所 昭和25年(う)2734号 判決
原判決は「被告人は昭和二十五年三月十二日午後四時十五分頃橫須賀市浦郷京浜急行追浜駅前広場反物露店販売場において関口美代子の手提籠の中より同人所有の現金三千五百三十円二十五銭在中の布製財布一個を掏取り窃盜したものである」と認定し、その証拠として、第一、被告人の当公廷における供述、第二、関口美代子の掏摸被害顛末書第三、被告人に対する現行犯人逮捕手続書、第四、証人関口美代子、同関口英治の当公廷における各供述を挙示していることは所論のとおりである。
凡そ司法警察職員の作成する現行犯人逮捕手続書は、その司法警察職員において、現に罪を行い、又は現に罪を行い終つた者を確認し、これを現場で逮捕した場合に作成されるものである。然るに本件の場合は、被告人が現に窃盜を行つた事実を確認して司法警察職員が現場で逮捕したものでないことは逮捕手続書の記載によつて明らかであり、又逮捕手続書には逮捕者として関口美代子の氏名が記載してあるけれども、原審第一回公判調書中被告人の供述として私はその日追浜駅前で関口と云う人から財布を盜んだろうと云われたが、私はそのようなことをした覚えがないので、此処では話ができないから警察へ行つて話をしようと云つて交番へ行きましたとの旨の記載、原審第二回公判調書中証人関口英治の供述としてその時私の妻(関口美代子を指す)とその男(被告人を指す)が争い出したので私も警視庁に勤めているものだから温和しくしてくれと云つたら、男の人は交番に行つたらわかる事だから行こうと云いだしたので交番に行きましたとの旨の記載を綜合すれば、寧ろ被告人が自発的に巡査派出所に出頭したものと認めるを相当とする。従つて関口美代子が被告人を逮捕して司法警察職員に引き渡したものでないと認めざるをえない。故に関口美代子が原審第二回公判廷で供述するように同人の財布を被告人が所持して居たことを認知したとして、それが窃盜の現行の認知であるとしても同人において被告人を逮捕した事実がなければ司法警察職員としては現行犯人逮捕手続書を作成すべきものではない。従つて右現行犯人逮捕手続書は現行犯人逮捕の要件を欠き違法のものであるから証拠としての価値がないものと認めざるを得ない。然るに原判決は右違法な現行犯人逮捕手続書を他の証拠と不可分的に綜合して事実認定の用に供したものであり、その違法は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、論旨は結局理由があり、原判決は他の論旨に対する判断をなすまでもなく、概にこの点において破棄を免れない。よつて爾余の論旨に対する判断を省略し刑事訴訟法第三百九十七条に則つて原判決を破棄し、なお本件は当裁判所において直ちに判決をすることが適当でないと認めるから同法第四百条本文に従つて、原裁判所と同等な橫浜簡易裁判所に移送することとして主文のとおり判決する。