東京高等裁判所 昭和25年(う)2933号 判決
本件記録に別冊として所論のような綴が附けられていることはまことにそのとおりである。所論のように新刑訴法は二九六条但書のような規定まで設けて専ら判断の純正を期しているものであるのに、仮令情状のみに関するものであるにせよ、このような不当な害意さえ含む書類を何故に公判期日外において提出し、更に又、何故にこれを受理した上参考記録などと題して記録に附けているのであるか、奇怪の念に堪えないことは悉く所論の指摘するところのとおりである。しかしながら飜つて記録に基き又就中原判決の掲げている適法な各証拠によつてあまねく諸般の事情を調査し、これにより原判決の事実の認定と量刑とを具さに検討して見るのに、その事実について何等の誤を認め得ないのは勿論、その刑についても亦論旨第二点に援用する幾多の事情を考慮に入れてなお且つ、これをいささかも不当のものとは認め得ないのである。それ故に更にこれをよく考えるのに恐らく原審検察官は新刑訴法の理解が十分でなく、旧時の堕性によつて漫然このような書類を追送(記録によれば原審は当時既に一応弁論を終結していたのであつて後に相被告人に対する関係から再開するに至つたものである)したものであり、裁判所も亦同様の理由により、これを却下すべきであることに思い至らず、漫然これを受理して記録に附けたというだけのものなのであろうと思われる。そしてこのような無反省な手続が違法であることはもとより明白なわけではあるが、およそこの種の書類がその害意を含む表面の記述にもかかわらずたしなみのある裁判所によつて一顧の価値さえも認められるわけのものでないことは旧法時においてすらなお言うまでもなかつたことなのであつて、原審も亦もとよりよくこれに倣うものであることは、既にその判決を検討することによつて十分知り得たところである。従つて、原審の所論の措置は極めて違法ではあるが、未だこの違法はこれを判決に影響を及ぼすことが明らかなものとは云えないわけであるから結局原判決はこれによつて破棄すべきではなく、又その量刑について不当のないことも既に説明したとおりであるから論旨はいずれも理由がない。