東京高等裁判所 昭和25年(う)3852号 判決 1951年8月30日
控訴人 被告人 佐川正雄の原審弁護人 本村善太郎
被告人 中村泰明及びその原審弁護人 小泉英一
検察官 野中光治関与
主文
本件控訴は何れも之を棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は、夫々被告人佐川正雄の弁護人本村善太郎及び被告人中村泰明の弁護人小泉英一各作成提出に係る控訴趣意書と題する書面記載の通りであるから、之を此処に引用し右につき審按する。
本村弁護人の論旨第二点について。
弁護人本村善太郎が原審第五、第六回各公判廷で証人宮本一安、同荻原清司、同諸保一、同佐川ツ子に発問するに際し主任弁護人君野駿平の同意を得た旨の記載が右各公判調書中に存しないことは所論の通りであるが、他面、該公判調書に拠れば右の同意が為されなかつた旨の記載もなく却て、君野主任弁護人が右発問の際在廷して居り而も右発問につき何等かの措置を採つたと認めるに足る事跡のないことに徴し、該発問については主任弁護人の同意を得て居たものと認めるのが相当である許りでなく、元来刑事訴訟規則第二十五条第二項本文は法廷の秩序維持、訴訟手続の円滑な進行のための規定であつて、右同意の欠缺により当該訴訟行為等の無効を来すべきものではないと解されるから、仮に君野主任弁護人の同意が無かつたとしても原審に於ける右法令の違背は判決に影響を及ぼしたものとは解し難く、結局此の点に関する論旨は理由がない。
又、原審第四回公判廷に弁護人本村善太郎が出頭せず、弁護人木本篤が前記証人諸橋保一、同佐川ツ子の取調を請求した旨該公判調書に記載されて居ることは所論の通りであるが、右本村弁護人が該公判廷に出頭したことは記録上之を確認し難く、更に、第九回公判廷で主任弁護人君野駿平が、被告人佐川正雄のため意見を述べ所論弁論を為した趣旨の記載は存するに拘らず同弁護人出頭につき同公判調書にその旨の記載の存しないことは所論の通りであり、右出頭の記載のない点につき杜撰の譏を免れないけれども未だ之を以て右公判調書の効力を左右するものとは解し難い。加之、右各公判調書の記載の正確性につき原審に於て刑事訴訟規則第四十八条に基く異議の申立が為されたと認めるに足る事跡も記録上存しないから、右の点に関する論旨は採用しない。
次に、原審第五回公判廷で証人宮本一安が取調を受けた際検察官に尋問の機会を与えたか否かにつき右公判調書中に何等の記載の存しないことは所論の通りであるが、特に其の尋問権の行使を抑止した旨の記載の存しない以上、尋問の機会を与えたに拘らず其の行使が為されなかつたものと認めるのを相当とするから、此の点についても原審の訴訟手続に違法は無く、論旨は理由がない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 稻田馨 判事 坂間孝司 判事 三宅多大)
本村弁護人の控訴趣意
第二点、原判決は訴訟手続に法令の違反がある。
第一、原判決は刑事訴訟規則第二十五条第二項に違反している。
被告人は昭和二十五年三月三日弁護士本村善太郎と連署の上弁護人選任届を提出し更に同年四月十八日弁護士君野駿平と連署の上弁護人選任届を提出した。而して同年五月十一日の第三回公判期日に於て、裁判官が君野駿平を被告人佐川正雄の主任弁護人に指定したことは原審第三回公判調書の記載によつて明白である。
主任弁護人及び副主任弁護人以外の弁護人は、裁判長又は裁判官の許可及び主任弁護人又は副主任弁護人の同意がなければ申立、請求、質問、尋問又は陳述することができないことは刑事訴訟規則第二十五条第二項本文に規定せられた通りである。
然るに原審第五回公判調書によれば弁護人本村善太郎、同君野駿平が出頭したことは其の旨の記載により明白であるが、証人宮本一安に対し本村弁護人は裁判長に告げ証人に対し……と又証人荻原清司に対し、本村弁護人は、裁判官に告げ証人に対し……と孰れも記載せられ、主任弁護人たる君野駿平の同意を得たことは記載せられていない。
又原審第六回公判調書にも右両弁護人出頭したる旨記載せられているに拘らず、証人諸橋保一、同佐川ツ子に対し孰れも、本村弁護人は裁判官に告げ証人に対し……云々と記載せられ主任弁護人たる君野駿平の同意を得たか否かに付ては何等記載せられていないのである。
又原審第四回公判調書には君野弁護人は出頭したが本村弁護人は出頭しなかつたと記載せられている。然し本村弁護人は出頭し証人諸橋保一、同佐川ツ子の取調を請求しているのであるが主任弁護人たる君野駿平の同意を得たか否かについては全然記載がない。(尚後記第二参照)
之等は明らかに刑事訴訟規則第二十五条第二項本文に違反するものである。
第二、原判決は刑事訴訟法第四十八条第一項第二項、同法第五十二条、刑事訴訟規則第四十四条に違反している。
公判調書は公判手続の進行過程を記述して審理の公正妥当なる所以を表明し公判手続の遵守に関し其の絶対的証明力を有することを以て本来の使命となすものである。
(一)然るに原審第四回公判調書によれば本村弁護人出頭して証人佐川ツ子、同諸橋保一の取調べを請求したるに拘らず、弁護人本村善太郎は出頭しなかつたと記載せられ、本村弁護人が証人として諸橋保一、佐川ツ子の取調を請求し且立証趣旨を述べたと記載せられている。若し右の記載を以て適法にして且正確なりとするならば、原審第六回公判調書によれば証人諸橋保一、同佐川ツ子の尋問に当り、裁判官は……云々……本村弁護人に対して証人を尋問する様に促した本村弁護人は裁判官に告げ証人に対し……(第二百八丁、第二百十四丁、第二百十五丁)と記載せられていることゝ矛盾するものであつて右第四回公判調書の記載は違法であり、訴訟手続が適法に行われたことを記載していない。第四回公判期日に於て本村弁護人が証人諸橋保一、同佐川ツ子の取調べを請求したればこそ第六回公判期日に於て同弁護人が右両証人を尋問したのである。
(二)次に原審第九回公判調書には君野弁護人出頭の有無の記載がない。事実同公判期日には同弁護人は出頭していないのである。然るに出頭しないにも拘らず、同公判調書には、君野弁護人は被告人佐川の為夫々本件は証拠不十分であるから犯罪は成立しない、故に無罪の判決を賜りたいと弁論したと記載せられている。出頭しない弁護人が被告人の為弁論することはできない。
以上の如き公判調書の記載を以て公判期日における訴訟手続を証明することはできない。明らかなる誤記と認めるには其の記載は余りにも杜撰であり之を信用することはできない。公判調書は公判手続の進行過程を記述して審理の公正妥当なる所以を表明し公判手続の遵守に関し其の絶対的証明力を有することを以て本来の使命と為す点より考察するときは前記(一)(二)に述べたるが如き公判調書の記載は明らかに違法であり原判決は破毀を免れない。
第三、原判決に刑事訴訟法第三百四條刑事訴訟規則第二百三条に違反している。
原審第五回公判期日に於て証人宮本一安が尋問を受け小泉弁護人及び本村弁護人が右証人に対し尋問したことは原審第五回公判調書に記載せられているが、同証人に対する右両弁護人の尋問終了後裁判官は被告人等に右証人に対して尋問する事があるか怎うかを尋ねたところ被告人等は別にないと述べた、裁判官は証人宮本に対する証人尋問を終へる旨を告げ……云々と記載せられ、検察官に対し尋問の機会を与えたか否かについては何等の記載がない。之は即ち尋問の機会を与えなかつたものと認められるものであつて明らかに違法であり原判決は破毀を免れない。
(その他の控訴趣意は省略する。)