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東京高等裁判所 昭和25年(う)3921号 判決 1950年12月14日

控訴人 被告人 野中正富

弁護人 笠原永之助

検察官 渡辺要関与

主文

本件控訴はこれを棄却する。

当審に於ける未決勾留日数中七拾日を被告人が言渡された懲役刑に算入する。

当審に於ける訴訟費用(国選弁護人に支給したもの)は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は末尾に添附した弁護人笠原永之助作成名義の控訴趣意書と題する書面の通りで之に対する当裁判所の判断は次の通りである。

第三点

原審は弁護人の目的物の錯誤並びに責任能力軽減の事由のある主張に対し何等判断を示さない違法があると謂うのである。

よつて先づ目的物の錯誤の点につき按ずるのに、刑事訴訟法第三三五条第二項により判決において特に判断を示すべき事実は犯罪の構成要件に属する客観的竝びに主観的事実が存在しても、犯罪の成立を阻却する事由とか刑の加重減免の事由たる事実である。本件記録に徴すれば、原審に於て弁護人が本件被害者加藤清一は被告人が最初目ざした相手方でなく被告人は同人を加藤親男と思つて本件犯行に及んだので、全く人違いであつた旨を主張していることは所論の通りである。しかし目的物の錯誤に関する主張は犯罪の構成要件に属する犯意の否認に帰着する主張であるから判決に犯罪の成立に必要な事実を判示してある以上更に右主張につき判断する必要はない。

目的物に関する錯誤は犯罪の成立に関係なく且つ法律上刑の減免についても何等影響のないものである。しからば原審が之に対し判断をしなかつたからというて、理由不備の違法あるということはできない。

次に責任能力軽減の事由の点につき判断するのに、原審公判調書によれば、原審弁護人は被告人の本件犯行時の飲酒の量及び酩酊の程度を立証する趣旨を陳述して証人井上豊吉の尋問を求めてはいるが全記録を精査しても同弁護人は被告人は本件犯行当時飲酒酩酊していて心神喪失乃至は耗弱の状況にあつたものである旨は何等主張していない。なお弁護人は原審に於て被告人には責任能力軽減の事由のあつたことを立証し得たと主張するが原審の取り調べた証処に現われた事実によるも被告人に法律上刑を軽減すべき事由のあつたことは何等認められない。然らば原審が此の点につき判断をしなかつたのは当然で違法ではない。論旨は何れも理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 保持道信 判事 鈴木勇)

控訴趣意書

第三原審判決には理由を附せない違法があると信ずる。

原審弁護人は第一回第二回公判調書に明かなごとく本件事案には目的の錯誤並責任能力軽減の事由があることを主張し之を立証し得たのであるが(司法警察員作成の被告人の供述調書)これに対し原審判決は何等の判断を示さなかつたものである。然らば原審判決は刑事訴訟法第三三五条第二項後段に違背したものでありかゝる不問は刑事訴訟法第三七八条第四号の判決に理由を附せなかつたという違法があるものと信ずる。

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