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東京高等裁判所 昭和25年(う)4384号 判決 1951年12月24日

控訴人 被告人 青沼元作

検察官 田中政義関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は控訴趣意書と題する別紙書面記載のとおりで、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

論旨第一点について。

しかし、労働基準法第六条は、その見出しにもあるようにいわゆる中間搾取を禁止しようとするもので、その違反は直接労働者の利益を害するものとしていわば自然犯的性質を多分に帯びているのに対し、職業安定法第三十二条第一項は、その窮極の目的は労働者保護にあることもちろんであるけれども、直接には、職業紹介事業は政府がこれを無料で行う建前から、有料の職業紹介事業を原則として禁じようとするものであつて、その違反はいずれかといえば法定犯的色彩が濃く、これによつてみれば、この両者の規定を全然同一性質のものと解することはできず、むしろ両者はそれぞれその独自の存在理由を有するものと考えなければならない。のみならず、この両個の規定は、その適用の範囲においても一をもつて他を覆うという関係にはないのであつて、労働基準法第六条に違反する行為がすべて職業安定法の前記規定に違反するものでないことは所論のとおりであるし、また後者に違反する行為のうちでも、たとえば労働基準法の適用を受けない家事使用人の職業紹介を行う事業とか営利を目的としない実費職業紹介を行う事業のごときは、労働基準法第六条には違反しないのである。しからば原判決が被告人の原判示所為を一個の行為で右職業安定法及び労働基準法の二個の法条違反の罪名にあたるものとしたのは正当であつて、職業安定法第三十二条第一項は労働基準法第六条の特別法であるから前者の違反のみをもつて論ずべしとする所論は採用することができない。論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 大塚今比古 判事 早野儀三郎 判事 中野次雄)

控訴趣意

第一点原判決は法令の適用を誤つたものである。すなわち原判決は被告人が内村八重子外八名を軽飲食業矢島泰治郎外四ケ所に売淫婦として住込ませ右矢島等から之が紹介手数料として合計金一万八千円を受領し以て有料の職業紹介事業を行うと共に業として右内村八重子外八名の就業に介入して利益を得たものであると認定し、被告人の右判示行為は職業安定法第三十二条第六十四条違反であると同時に労働基準法第六条第百十八条違反であるとして刑法第五十四条第一項前段を適用しているのであるが、思うに前記判示行為は単に職業安定法違反罪を構成するにすぎないものである。何となれば労働基準法第六条は業として他人の就業に介入して利益を得ることを禁止しているがこの場合「他人の就業に介入する」とは労働関係の当事者即ち使用者と労働者の中間に第三者が介在して例えば職業紹介又は労働者の供給事業等の如く労働関係の開始乃至は例えば繰込手当をうける納屋頭等の如く労働関係の存続について媒介斡旋等の行為をなし右行為によつて当事者間の労働関係に何等かの因果関係を有する関与をなす場合をいうのであるが職業安定法第三十二条は前記第三者の介入行為の中特に有料職業紹介行為につき規定した処罰規定であつて要約すれば職業安定法第三十二条と労働基準法第六条とは特別法、一般法の関係にあり職業安定法第三十二条違反の場合においては法条競合の理由により労働基準法第六条の適用は排除せらるるものと解すべきである。したがつて原判決が前記判示行為につき労働基準法第六条、第百十八条を適用したのは法令の適用を誤つたものというべく右擬律の錯誤は単純一罪と処分上一罪の差異があるから判決に影響を及ぼすことが明かである。よつて原判決は破棄せらるべきである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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