大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和25年(う)5075号 判決

その(ロ)、然し乍ら、本件衆議院議員選挙法違反事件は本来その起訴状記載の罰条に徴しても明らかなように衆議院議員選挙法第一一二条に該当する事件であつて選択刑として罰金が定められている罪であるから検察庁法第五条裁判所法第三三条第一項第二号の規定に照らし区検察庁の検察官においてその犯罪捜査に従事することのできることは謂うまでもない。されば同区検察官と同一の捜査権限を有する同区検察官事務取扱である検察事務官が右選挙法違反事件の捜査として作成した関係人の供述調書を法律上無効であるとする謂われはない。この理は一事務官の事務上の手違いから事件を地方検察庁から区検察庁に移送する手続をしなかつたとか、(前示検事正飯沼栄助の公文書の写によれば本来同検事正から高田区検察庁の事件として捜査方指揮を受けていたものであることが明らかである。)捜査後事件が地方裁判所支部に起訴さるゝに至つた等の所論挙ぐるが如き各事由により左右される筋合のものではない。所論は採用しない。

控訴の趣意(B)について。

検察官なり検察事務官において被疑者を取り調べるに当つては被疑者に対しあらかじめ供述を拒むことができる旨を告げなければならないことは洵に所論のとおりである。然し乍ら自己に不利益な事実の承認を内容とする自白又は自認が本来伝聞証拠たる性質を有し乍ら敢て証拠として使用し得られる所以のものは人は直実でないことを敢て自己の不利益に供述する筈のものではなく真実であればこそ自己の不利益に陳述するのであると云う普遍の経験原理に基くものであつて唯それが強制、拷問又は脅迫による等任意にされたものでない疑の存する場合においては、その真実性を保し難いところから憲法はその第三八条第二項において、刑事訴訟法はその第三一九条第一項において夫々これを証拠とすることができない旨規定しているのである。刑事訴訟法第一九八条第二項において検察官、検察事務官又は司法警察職員において被疑者を取り調べるに際しては、あらかじめ供述を拒むことができる旨告げなければならない旨規定して所謂被疑者に対し黙秘権を認めているのは憲法第三八条第一項に何人も自己に不利益な供述を強要されないとしている一般人権擁護規定に対応して特に被疑者について定められた一層強力な規定ではあるが自白又は自認内容の真実性自体には何等実質的関係はない。右所謂黙秘権の予告をすべき場合であるに拘わらず、これをしないで取調をしたとすれば該取調官の過怠の責任はこれを免かれ難いところであるとするもその予告をしなかつたというだけの理由で直ちに当該供述調書に証拠能力がないとすることはできない。今これを本件についてその当否を考察するに、原審判決に挙示している検察官事務取扱検察事務官山本清美に対する各供述調書及び同検察事務官寺尾市栄に対する各供述調書には孰れも所謂黙秘権を予告した記載はないが仮にその実際においてその予告がなかつたとするも右調書には孰れも当該供述者において任意供述した旨の記載があつて当該調書及び記録全体を通じその供述の任意にされたものでないことを疑うべき事跡の確認すべきものはない。而して亦右予告をしなかつたからといつて、直ちに公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の状況が存しないとは謂えないし、亦本件事犯の性質や取調当時の状況等に鑑み公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存することが窮い得られないのでもない。然らば以上の各理由により原審がこれらを採つて犯罪事実認定の証拠にしたからといつて毫も非議すべき限りではない。

控訴の趣意(C)について。

記録によれば渡辺幸三、池田甚吉、馬島伊三太郎、服部政信は原審第三回公判期日に証人として尋問を受け本件各犯罪事実に関連ある重要部分につき刑事訴訟法第一四六条に基ずきその証言を拒否したことが明白であるから既にしかる以上刑事訴訟法第三二一条第一項第二号本文に所謂実質的に異つた供述をしたときとあるに該当するものと解するを相当とする。而して憲法第三七条第二項は刑事被告人に対しすべての証人に対して審問する充分なる機会を与えられていることは洵に所論のとおりであるが本件記録(特に原審第二、三回公判調書によれば被告人等は各証人尋問に立会い又はその尋問期日の告知を受け出頭を命ぜられている。)を通じ所論各調書の供述者はすべて証人として喚問を受け被告人はこれを審問する機会を充分に与えられたことが明白であるから右証言拒否の事実ある以上原審が右証人において右第三回公判期日前にした供述を内容とする所論各供述調書を本件各犯罪事実の証拠として使用したことは正当である。論旨は理由がない。

(中略)

追加控訴趣意について。

刑事訴訟法第二八四条に所謂五千円以下の罰金又は科料にあたる事件又は同法第二八五条第二項に所謂長期三年以下の懲役若しくは禁錮又は五万円を超える罰金にあたる事件とあるのは一般刑事法所定の所謂法定刑について言つているのであつて所謂処断刑について言つているわけではない。被告人川室道隆に対する本件被告事件は衆議院議員選挙法第一一二条第一項第一号及び第四号に該当し体刑につき法定刑を長期三年以下の懲役とする罪にあたるから同被告人に対する右被告事件の公判期日における被告人在廷の要否に関しては刑事訴訟法第二八五条第二項の規定に従うべきである。従つて同被告人の本件所為が右各法条に該当する併合罪であるから重い罪につき定められている刑の長期に半数を加えたものが刑の長期となり同被告人の事件は長期四年六月以下の懲役を以て処断すべき事案であるから刑事訴訟法第二八六条によるべきであるとする所論は当らない。

川室道隆等本件各被告人の被告事件が刑事訴訟法第二八五条第二項の規定に従うべき場合に該当することは右説明するところに照し自ら明らかであるが、所論において被告人等は原審公判期日に出頭しなかつたことが度々あつて原審は被告人等の出頭がその権利の保護のため重要でないと認めて被告人等に対し公判期日に出頭しないことを特に許すことなく敢えてその不出頭のまゝ開廷した違法があるから原判決は破棄さるべきであると論ずる。然し乍ら刑事訴訟法第二八五条第二項の規定は同法第二九一条の手続をする場合及び判決の宣告をする場合の外は被告人の権利保護に重要であると認めない限り公判期日に被告人の出頭を要しないものとして裁判所にその許否権を認めたものであるから、裁判所は被告人の出頭がその権利保護に重要でないと認めたときは公判期日前あらかじめその旨告知をすることが妥当ではあろうけれども被告人が公判期日の告知をうけ又は同期日に出頭すべき旨召喚を受け乍ら敢て同期日に出頭しなかつた場合でも裁判所においてその出頭が権利の保護のため重要でないと認めたときは被告人不出頭のまゝ開廷することができるものと解するを相当とする。被告人等が所論指摘の各公判期日に出頭しないのに原審がその不出頭のまゝ敢て開廷して事件を審理したことのあることは洵に所論のとおりではあるけれども記録によれば被告人等は刑事訴訟法第二九一条の手続をした昭和二十四年四月二十七日の第一回公判期日及び判決の宣告をした第十七回公判期日にはそれぞれ全員出頭しているのみならず所論指摘の被告人等不出頭の各公判期日については被告人等はあらかじめ当該公判期日の告知を受け或は同期日に出頭すべき旨召喚を受け乍ら敢て同期日に出頭しなかつたことが窺えるから本件事案の態様に照らし原審が被告人等の権利保護のためその出頭を重要でないと認めその不出頭のまゝ敢て開廷したからといつて非難するに当らない。而も主任弁護人は、終始原審公判期日に出廷していながら被告人の不出頭に拘わらず開廷することにつき何等の意見をも開陳せず亦何等の異議をも止むところがなかつたのであるから原審における右開廷の措置に敢て違法且不当なものがあると非難することは極めてその当を得ない。論旨は毫も採用するに由がない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!