東京高等裁判所 昭和25年(う)5156号 判決 1951年4月12日
控訴人 被告人 飯島休市
弁護人 岡田喜義
検察官 渡辺要関与
主文
本件控訴はいずれもこれを棄却する。
被告人両名に対する当審未決勾留日数中各八拾日を被告人等が言い渡された懲役刑に算入する。
当審に於ける訴訟費用中国選弁護人岡田喜義に支給した分は被告人飯島休市の、同弁護人石井錦樹に支給した分は被告人中村秀雄の各負担とする。
理由
本件控訴の趣意は末尾に添附した被告人飯島休市並びにその弁護人岡田喜義の、被告人中村秀雄並びにその弁護人石井錦樹の各作成名義にかゝる控訴趣意書と題する書面のとおりで、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。
弁護人岡田喜義の控訴趣意について、
公訴事実は訴因を明示して記載しなければならず、訴因を明示するには日時、場所、及び方法を以て罪となるべき事実を特定しなければならないことは法の規定するところであり、その実行方法の類型についても、単独犯か、共同正犯か、教唆犯か或は幇助犯かということをも具体的に記載すべきものと解するのが正当である。
共同正犯として起訴された場合に審理の結果公訴事実の同一性のある範囲内においてこれが教唆犯或は幇助犯と認められる場合には訴因変更の手続をしなければならない場合を生ずることは勿論である。しかし法が訴因及びその変更の手続の規定を定めた趣旨は審理の対象、範囲を明確にして被告人の利益を保護する目的にあるのであるから、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずるおそれがないときは公訴事実の同一性を害しない限り訴因の変更手続をしなくても訴因と異る事実を認定してもさしつかえがないものと解するのを相当とする。今本件記録を調査するに、被告人飯島に対する公訴事実は、同被告人は相被告人中村秀雄と共謀の上昭和二十五年十月八日新潟県中蒲原郡横越村大字小杉、大沢虎次郎方牛小屋で同人所有の二才雌牛一頭を窃取したというに対し原審は訴因変更の手続をとることなく、原判決のとおり被告人飯島は同日朝右中村秀雄の右牛一頭の窃取行為についてその所在場所を同人に教示し、これを幇助したものと認定したことは所論のとおりである。
しかしながら、原審が取り調べた証拠に現われた事実によれば、被告人飯島は司法警察員の取調にも亦原審公判廷に於ても自分は牛の所在を中村秀雄に教えてやりその牛を処分してやつた旨主張しているのであるから、訴因変更の手続をとらずに共同正犯を幇助と認定しても日時及び目的物には変りなくたゞ共謀の上牛一頭を窃取したというのをその所在場所を教えて相被告人の犯行を容易にしたというので公訴事実の同一性は害せられず且つ被告人の防禦に実質的な不利益を生ずるおそれがないのであるから、本件においては訴因の変更手続をとらずに公訴事実の訴因と異なる事実を認定しても何等訴訟手続に違背があるものではなく、もとより公訴事実にない事実を認めるものでもない。
論旨は理由がないものである。
(裁判長判事 吉田常次郎 判事 石井文治 判事 鈴木勇)
弁護人岡田喜義控訴趣意
原判決は起訴状適示の公訴事実にない事実を認定した違法のものであります。
即ち本件起訴状記載の公訴事実は「被告人飯島休市は被告人中村と共謀の上……牛一頭を窃取した」ものであると言うのに原判決は「被告人飯島休市は被告人中村の前記犯行を容易ならしめこれを幇助した」と判示したのであります。
而して刑事訴訟法第二百五十六条には起訴状には公訴事実及び罪名を記載するを要し、更に公訴事実には訴因を明示して記載することを要求し、訴因及び罰条の変更は同法第三百十二条の手続を履践しなければならないのであります。
然るに原審公判調書を精査するに訴因及び罰条の変更手続を履践した事実はありません、全く拔き打的に訴因に明示した事実以外の事実を認定した違法のものであると同時に、よつて以つて被告人の防禦権及び弁護人の弁護権を不当に奪つたそしりを免れません。
(その他の控訴趣意は省略する。)