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東京高等裁判所 昭和25年(う)621号 判決 1950年4月18日

被告人

黒崎信一

外二名

主文

本件各控訴はいずれも之を棄却する。

理由

前略。

被告人黒崎信一の弁護人大貫大八の控訴趣意第五点について。

原審の採用した証人横島シマの供述は、検事の誘導尋問に依つて得られたもので、之を事実認定に供したのは採証の法則に反すると謂うに帰するところ、原審第三回公判調書によれば、所論の如き問答があることは明であるが、右検察官の発問は証人の従前の供述を整理しその意味を釈明したに止まり、何等新しい事実を引出したものでなく、斯くの如きは証人尋問に当つて当然許容せらるべき範囲に属するものと解すべく、之を以て、誘導尋問と為すは当らない。此の点に於ける原審の採証法則違背を主張する本論旨は、理由がない。

(弁護人控訴趣意書)

第五点。原判決は、原審証人横島シマの証言をもつて判示第二の事実の証拠として居る。同証人は、被告人黒崎信一の欺罔行為に依つて、錯誤に陥つたか、否かに付いては、第四点でも採用した様に、「問、賭博に負けたと言うのは本当だと思つたか。答、其の時は負けたとは思いませんでしたが二、三日過ぎて、照治が帰つて来て、「五万円必要だが二万円は黒崎が作つてくれたから母さん三万円くれ」と言うので、仕方なし三万円作りました」(記録七七丁)と述べて居る。即ち横島シマは被告人黒崎信一の言うが如く、伜照治が賭博に負けたとは思わぬと言い切つて居るのである。此の事は横島シマが子を一番知つて居る親として被告人黒崎信一が何んと言おうと、伜照治に限つて、賭博等をする筈はないと当時の信念の程を述べたものと謂うことが出来る。然るに、検察官は、右の横島シマの供述に続いて、「最初来た時は本当か嘘か判らなかつたが、照治も金が必要だと言うので本当だと思つたのか」(記録七十七丁)と発問して横島シマをして「そうであります」との答えを為さしめて居る。斯くの如き尋問は、明らかな誘導尋問である。即ち横島シマは第一に前記の如く、其時は被告人黒崎信一の謂う様に、伜照治が賭博に負けたとは思わなかつたと確信して居るのであつて、検察官の発問の様に、「本当か嘘か判らなかつた」と言う様な趣旨では全くないのである。第二に三万円は伜に言われたので仕方なしに出したと言う丈であつて、其の趣旨は半信半疑の中に出したと言う推測は出来るが、検察官発問の様に、「本当だつたと思つた」と言う趣旨でないことは、之亦明白である。然るに検察官は、前記の様に、証人横島シマの述べて居る趣旨を殊更に歪めて、被告人に不利益なる事実を仮装して発問し、之を証人に肯定せしめたことは明らかに誘導尋問であつて、刑事訴訟法上許されないことは論を俟たない。斯の如く誘導尋問に依つて裁判所に予断偏見を抱かしむる虞れのある証人の供述などはよつて以て証拠となすことの出来ないことは刑事訴訟法上自明の理である。要するに、原判決は採証の法則に反し、刑事訴訟法の精神に反して事実を認定した違法があり、破毀せらるべきものと思料する。

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