東京高等裁判所 昭和25年(ネ)1003号 判決 1955年12月21日
控訴人・付帯被控訴人(被告) 栃木県知事
被控訴人・付帯控訴人(原告) 棉麻通商株式会社
主文
本件控訴並に附帯控訴はいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とし、附帯控訴に関する費用は附帯控訴人の負担とする。
事実
控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人と略称する。)の代理人は「原判決中被控訴人の請求を棄却した部分を除き、その余を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並に附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴人(附帯控訴人、以下被控訴人と略称)の代理人は、控訴棄却の判決並に、附帯控訴として「原判決中附帯控訴人敗訴の部分を取り消す。栃木県農地委員会が昭和二十三年十二月二十八日附帯控訴人の本件牧野買収計画に対する訴願を棄却した裁決を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも附帯被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の供述は、次のとおり附加補充した外、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
被控訴人の主張
(一) 本件買収土地が全体として樹冠疎密度〇・三以下であるから、牧野であつて林地でないとする控訴人の主張は失当である。本来樹冠の疎密度(欝閉度ともいう)なるものは、森林の各林相毎にこれを区分して測定すべきであり、漫然立木地及び未立木地を一括した全地域に亘り、数林相の欝閉度と未立木地のそれ(欝閉度零)とを算術平均して一箇の欝閉度を算出することは誤りである。
(二) 三、三六三番山林五十四町五反五畝二十四歩は、土地所有者において森林法による施業案に基くのではないが、事実森林造成の目的の下に、県の補助金を受けて植林した落葉松、杉、檜等を以て蔽われ、そこに林木育成の意思とその実行行為の存することが顕著であつて、林地に外ならない。右植林はこれを牧野林となす意図を以てしたのでないこと勿論であるからその樹種も針葉樹で性質上牧野林たるに適しない。それ故立木は買収の要なきものとして一切買収の対象より外されていたのである(若しこれが真に牧野林として重要な効用を持つのであれば、自創法第四十条の二第六項の規定により、当然買収計画に編入されておらなければならぬ筈である)。また右の山林は、控訴人の主張するように、牧野経営上必要不可欠の関係にあるものではない。仮りにこれが牧野の経営上有益若しくは必要であるとしても単にその理由により元来牧野に該当しない林地までも一括して牧野として買収することは法律上許されない。
(三) 牧野調査規則第二条によれば、昭和二十三年二月一日現在における小作牧野の使用者は、その牧野に関し法定の事項を牧野所在地の農地委員会を経由して都道府県知事に申告すべき旨定められている。右申告は牧野買収計画の基礎資料となるのである。然るに本件にあつては所轄庁に対し何人からも牧野申告のなされた事実がなく、従つて今市町農地委員会は右申告に基くことなくして恣に牧野の存在を認定したのであるから、本件買収計画は違法である。
(四) 市町村農地委員会が小作牧野の買収計画を樹てるに当つてはその処置の適正を期するため、一般に自創法施行規則第二十八条の二に準拠し、市町村専任職員の組織する団体(いわゆる牧野協議会)に諮問すべきものとされている。然るところ今市町には未だ右牧野協議会の設置なく、それ故本件買収計画は牧野協議会の審議を経ずして樹立されたもので、この点においても手続上著しい瑕疵がある。
控訴人の主張
(一) 原判決事実摘示中、被告主張(二)のうち「本件土地は古くから」の次に「一括して」を加える。同(三)のうち「本県牧畜業界に貢献して来たのであつて」の次に「前記自然生雑木林、植林のうち生育した部分及び将来生育するであろう部分は、牧場構成要素たる樹木即ち牧野林として不可欠のものであり、一団としての牧野の機能と効用を一層大ならしめるもので」を加え、(三)の末尾に「植林地とすべき土地」とあるのを「単なる植林地とすべき土地」と訂正する。
(二) 本件土地は全体として樹冠の疎密度〇・三以下であり、専ら家畜の放牧に供せられているので、牧野たること疑ないが、なお牧野の判定については昭和二十四年一月二十一日二四農政第九七号農林次官通達がある。これによれば「林木育成を主たる目的としているか否か不明の場合に、疎密度〇・三で一律に決定することは実情により不適当な場合もあるので、家畜の集団が年間一二〇日以上放牧されている土地についてはこれを牧野と認める。」「但右の場合の面積は放牧面積三町歩以下(土地、気象条件の劣つている所では最高六町歩まで止むを得ない)に放牧日数を乗じたるものでなければならぬ」とし、且つ右通達による取扱に関し、二四農政第五四一号通牒を以て「土地の主たる現在の使用目的が家畜の放牧又は採草にあるか、それとも林木育成その他の目的にあるか否か明かでなく、且つ樹冠の疎密度〇・三以上の土地についてのみこの度の農林次官通達によつて処理されるものであるから、その点誤解のない様」とし、「放牧地の面積はその牧野について年間各自の放牧頭数の最瀕値に当る頭数を基礎として計算する。」ものとしている。仮りに本件土地の一部が樹冠疎密度〇・三以上であるとしても、放牧日数は年間一二〇日以上、放牧頭数の最瀕値は一四〇頭以上であるから、所要面積は四二〇町歩となり、本件土地は右面積以内である故これ等通達並に通牒の趣旨に照すもこれを牧野と認むべきこと当然である。
(三) 本件土地のうち三、三六三番山林は、その位置、地形、地勢、その他の自然的条件からして、全体としての牧野経営に必要不可欠のものであり、これを他の地域より分離除外するときは、牧野の経営は現実に成り立ち得ない結果となる。即ちその地上の樹林は、いわゆる牧野林として、防風林、溪畔林、荒天避難林、砂防林、水源林、庇陰林等各種の重要な作用を営んでいるのみか、地形並に環境上、幼牛の飼養保健、放畜の保護管理、給水給塩のため及び畜舎その他の基地施設に宛てる場所として、右土地を措いては他にこれだけの好適な箇所を得ることは至難な状況にあり、右土地の除外は、牧野施業の根本組織を破壊することとなるのである。
(四) 牧野調査規則に基く申告書は、訴外金谷雪子より当時今市町農地委員会を経由して栃木県農地委員会に提出されており、被控訴人のこの点に関する主張は事実と相違する。
(証拠省略)
理由
自創法にいわゆる牧野とは、主として家畜の放牧又は採草の目的に供せられる土地をいい、一面放牧採草に使用されることがあつても、全体的に観察して土地の主要な使用目的が林木育成にありと認められるものは、林地であつて牧野ではない。しかしてその両者何れに属するかは、結局当該土地の客観的状況や現実の使用状態に照して、これを判定する外はないものと考える。
そこで先づ本件土地の状況について見るに、原審並に当審における検証の結果(各一、二回)、原審並に当審の鑑定人尾越豊、当審鑑定人吉田正男、扇田正二の各鑑定の結果を綜合すれば、次の事実が認められる。即ち、本件係争地は北は赤薙山麓から南は霧降滝の源に達する霧降川の東側に沿う総面積約二百町歩の区域で、日光山塊の一部に属し、数条の沢及び尾根を以て形成され、標高約七〇〇米より一、一五八米に達する不正長方形の起伏に富む山嶽地帯であるが、全域に亘り到る所笹(ニツコウザサ)が繁茂して山肌を被い、一部にスギ、ヒノキ、カラマツの植林地とクリ、ミヅナラ、ホウノキ、ツツジ等の天然生雑木林がある。而してそのうち萱久保三、三六三番は右区域の最南部に位し、標高約七〇〇米ないし一、〇〇〇米に及び、霧降川本流沿に数ケ所の平坦台地を有する西向斜面区域と霧降滝上方を北東に分岐する支流全域の高地とより成つていて、未立木地は僅に東南隅及び中央部尾根筋に介在する狭小の部分にすぎず、本流沿から支流を含めた傾斜面の中腹にかけては、植栽したスギ、ヒノキの幼令林(植栽年度昭和十八年ないし昭和二十年)があり、その上部に天然生落葉濶葉樹の各林相が連り、更に尾根附近に至つて小面積のヒノキ及びカラマツの壮令林(大正十四年頃植栽)が見受けられ、右針葉樹の人工造林地は同番面積の半を占め、且つこれと天然生樹林地とを合すれば、実に全面積の九割強が立木地帯であること、その各林相毎に区分した場合の樹冠の欝閉状態は、スギヒノキ幼令林にあつては三〇%前後カラマツヒノキの壮令林及びナラクリ等天然生雑木林のそれは、いずれも一〇〇%(完全欝閉)若しくはそれに近く概して高度の樹冠疎密度を示していること、樹木の総材積は針葉樹合計一、二〇〇石(但しカラマツ人工造林のうち一部は三、三六六番に跨る)六万本、濶葉樹合計二、一〇〇石二万三千本に達すること、前記スギヒノキの幼令林も、植栽後の手入不足並に苗木の活着根張りのため当初の樹高生長は稍緩漫であつたが、最近における上長成長は著しく、将来における成林が確実でこれ以外の場所も造林の効果を期待しうべく、植林不適地ではないこと、而して右三、三六三番を除く三、三六四番ないし三、三六七番の区域は、その一部に天然生樹林があり且つカラマツ人工造林の一部が三、三六三番北部より三、三六六番地内に跨り突出しているけれども、全体的には概ね広大なる未立木の笹生地として残されていること等の事実が認められる。当審鑑定人大原久友の鑑定の結果(第一、二回)中、右認定に反する部分は採用し難く、その他この認定を覆すに足る証拠はない。
ところで原審(第一回)並に当審証人手塚亀吉、小川重太郎(但し原審並に当審共その各一部)原審証人星野富三郎の各証言、いずれも成立に争のない甲第二号証の一第三号証第十四号証乙第二十六号証の一ないし四第二十七号証第三十五号証の一、二、右手塚証人の証言により成立を認めうる甲第一号証の一ないし八第二号証の二ないし六及び当裁判所が真正に成立したと認める乙第三十四号証と原審並に当審における各検証の結果とによれば被控訴人は植林事業を営む計画の下に昭和十七年九月二十九日本件土地を買受け、同年十月追補責任今市町森林組合に加入し(出資口数四〇九口)、管理人手塚亀吉に命じて主として三、三六三番地内に昭和十八年度より昭和二十年度にかけてスギ及びヒノキ苗を一町歩当りスギ四、九〇〇本、ヒノキ四、〇〇〇本位の割合で植栽せしめ右植林については今市町森林組合を通じ栃木県より右年間を通じて合計五千三百七十四円八十銭の造林補助金の交付を受けたこと、及び前所有者時代本件土地を放牧のために使用していた金谷雪子より被控訴人に対し屡々土地賃借方の申込があつたけれども、これを拒否した上で当初の計画どおり右植林を継続し、且つ右金谷の放牛が植苗を損傷することに対し抗議し、被控訴人所有家屋(元山番小屋)に居住する牧夫の立退を求めていた事実を認めうる。また成立に争のない乙第五号証原審証人金谷雪子の証言により成立を認める乙第一号証第二号証第六号証原審並に当審証人金谷正夫、金谷雪子の各証言によれば本件一帯の土地は昭和七年頃以来金谷雪子が父真一名義で牧畜のために使用し、これを霧降牧場と名付け、本件三、三六三番の地内には牛舎を建設し嘗ては九十頭ないし百四十頭に上る牛の預託又は放牧をしていたが、昭和二十年以降その頭数著しく下降し、本件牧野買収計画の樹てられた当時においては僅に三十五、六頭に減じていた事実を認めることができる。
以上認定の諸点を綜合して考えれば、買収計画樹立当時、本件土地のうち三、三六三番は土地所有者において所有権に基き主として林木育成のために使用する林地であり、その余の区域は事実上家畜の放牧に供されていた牧野と認めるのが相当である。もつとも当審第二回の検証の結果によれば、三、三六三番の南部牧舎附近の急斜面には多数のスギの幼樹が植栽されているところ、同所に畜牛が立ち入りその歩行によつて地盤が踏み固められ不規則の階段状をなしていることが看取され、従つてその附近における放牛の歩行が相当に頻繁であることはこれを推知しうるのであるが、単にこのことからして直ちに前認定を動かし、同番の土地を主として放牧に使用される牧野であると断定するには足りない。なお控訴人の引用する農林次官通達は前認定の妨げとなるべきものではない。
控訴人は、本件地内に樹林の存することはこれを牧野と認定する上に何等支障とならないのみか、却つてこれ等はいずれも牧野林として極めて重要な作用を営むものであつて、また三、三六三番の土地は地勢地形の上よりするも、牧野経営上これを他の区域より分離することは許されず、強いてこれを除外すれば牧野施業の根本を破壊するに至ると主張するのである。しかし牧野樹林の設置上最も重要なことは各種樹林がそれぞれ牧野樹林としての本来の目的に合致する場所に適当に配置されてなければならないのであるが、三、三六三番に植栽された樹木は金谷自身が放牧の効果を高めるために牧野林とする目的で植付けたものでなく、全然別異の目的の下に土地所有者において造林したものであり(この点は前段において認定したところである)、従つて牧野林としての観点からすれば樹林の配置偏在して適正を欠き、またその樹種も針葉樹である点において牧野樹林としての利用価値低いものであることは、当審鑑定人吉田正男扇田正二の鑑定の結果によりこれを窺いうるところである。また三、三六三番の土地が牧野経営の基地施設をなすに好適な平坦地を包含することにより(現に牧舎及牧夫小屋が存する)、その部分を右施設地域として確保することは牧野経営上有利にして望ましいことではあつても、これを欠くときは全然牧野としての経営が成り立ち得ない程に必須不可欠の関係に立つものでないことは、右吉田扇田両名鑑定の結果及び当審証人鎌田信二の証言によりこれを認め得られるのである。仮りに三、三六三番の土地が本件全体の地域を牧野として経営する上に極めて重要な価値を有しているとしても、それが事実林地であつて牧野と認め難いこと前認定のとおりである以上、特別の規定がない限り、右の理由によつてはこれを牧野区域に包括して買収することは許されないものというべきである。
以上の認定に抵触する趣旨の原審並に当審証人金谷雪子、金谷正夫、大沢巖、早乙女克己の各証言部分及び当審鑑定人大原久友の鑑定(第一、二回)はいずれも採用し難い。
よつて本件土地のうち牧野と認むべき三、三六四番ないし三、三六七番の区域が、果して小作牧野に該当するか否かにつき審究する。
本件土地は訴外金谷真一が賃借名義人となり、所有者小鷹利三郎外十六名より牧畜の目的を以て期間昭和十二年一月一日より昭和十六年十二月末日までの五ケ年賃料一ケ年金百五十円と定めて賃借したことは、被控訴人の認めるところであり、原審並に当審証人金谷雪子、金谷正夫の各証言及びこれ等証言と当審鑑定人遠藤恒儀の鑑定とにより真正に成立したと認める乙第六ないし第九号証第十六号証の二等によれば、右真一の子金谷雪子が牧場経営の衝に当り、畜牛の飼育並に牛乳搾取を業としていたところ、同人は昭和十六年四月十日右所有者を代理する管理人(所有者の山番で従来納税並に賃料の取立に当つていた)手塚亀吉との間に、賃借人を金谷雪子に改め、且つ賃借期限を昭和十六年四月より昭和二十五年三月まで延長する趣旨の契約を結び、昭和十六年八月中本件三、三六三番の地内に牛舎を建設し、引続き手塚に対し賃料の支払をしてきた事実を認めることができる。ところで、当時にあつては牧野の賃貸借は登記がない以上これを以てその土地につき物権を取得した第三者に対抗し得なかつたのであるから、右金谷雪子の取得したとする賃借権は、昭和十七年九月二十九日本件土地を小鷹等より買受け翌三十日所有権取得登記を経由した被控訴人に対抗できなかつた筋合であるが、被控訴人において本件土地買受後明示又は黙示的にも金谷雪子(若しくは金谷真一)に対し、同人が前所有者時代に締結した賃貸借契約を承継して、引続き土地を賃貸する意思を表明したような事跡は到底これを肯認するに由なきところである。即ち当審証人三条商太郎、原審(第一、二回)並に当審証人手塚亀吉の各証言、前出甲第一号証の一ないし八第二号証の一ないし六乙第二十七号証等によれば、本件土地の前所有者小鷹利三郎等は管理人手塚亀吉が所有者の代理人として金谷雪子との間になした賃貸借契約については実際これを関知していなかつたため、本件土地の賃貸借は昭和十六年十二月末を以て終了したものと思料し、被控訴人に土地を売渡すに当つても、賃貸借関係等一切存しないことを確言し、従つて被控訴人も全くそのように信じて植林の目的を以て本件土地を買受けたものであること、及び金谷雪子は手塚亀吉を介し又は直接に被控訴人に対し、本件土地賃借の申出をしたけれども、被控訴人は終始これを拒否し、買入当初の目的どおり県費による造林補助金をも得て植林計画を逐次実施し且つ金谷雪子方の放牛が被控訴人所有山林に侵入して植栽した苗木を損傷することに対し厳重同人に抗議し、同人より苗木損害金の支払を受けていたこと等の事実を認めるに十分である。乙第十号証には手塚亀吉が昭和十七年十月三十日同年度牧場料金として金谷雪子より金五十円を受領した旨の記載があるけれども、右手塚が被控訴人より賃貸借契約の締結若しくは賃料受領に関する権限を附与されていたことを窺うに足る証拠がないばかりでなく、前認定の如く植林の目的を以て本件土地を買入れ、頭初より金谷に対し賃貸する意嚮のない被控訴人としては、手塚にかゝる代理権を与えるが如きことは到底あり得ないものといわねばならない。従つて手塚がその一存により牧場料金名義で金谷より使用料相当の金員を受領した事実があるからといつて、直ちに金谷と被控訴人との間に賃貸借契約が成立したものと認めることはできない。また控訴人提出にかゝる乙第三十四号証第三十五号証によるも被控訴人が前所有者当時の賃貸借関係を承継したものと認め得られないのみか、却つて被控訴人において金谷に対し固く賃貸を拒絶し、同人の本件土地における放牧を容認せず、昭和十八年三月限り本件地上に存する被控訴人所有家屋より牧夫を立退かせるよう要求していたことが窺われるのである。この認定に牴触する原審並に当審証人金谷雪子の証言は到底措信できないし、その他控訴人の挙げる証拠によつては右の認定を左右し得ない。
以上説示のとおり、本件土地につき牧野買収計画が樹立された昭和二十三年十一月十五日当時にあつては、被控訴人と金谷雪子との間には土地賃貸借関係は存在せず、使用貸借その他の原因により被控訴人が金谷のために使用権を設定した事実もこれを認むべき証拠がないので、本件土地のうち牧野と認むべき前記三、三六四番ないし三、三六七番の区域も金谷が正当の権限によらずして事実上牧野として使用していたのに止り、自創法にいわゆる小作牧野に該当するものでないことが明かである。それ故これを小作牧野と誤認した点において当初の買収計画は違法たるを免れない。
しかしながら今市町農地委員会は、被控訴人の異議申立に対する決定において、仮りに本件土地が小作牧野に該らないとしても、養畜を主業とせざる法人所有の牧野として自創法第四十条の二第四項第三号(改正前)の規定によつても買収すべきであるとの理由を追加して異議を却下し(成立に争なき乙第二十二号証参照)、栃木県農地委員会も亦同一理由の下に被控訴人の訴願を棄却する裁決をしたことは弁論の全趣旨により明瞭である。しかして被控訴人が棉麻その他商品の輸出入貿易をなすこと棉麻糸棉麻織物その他の商品の卸売業を営むことを目的とし、養畜を業とするものでないことは記録第十一丁の法人登記簿謄本に徴し明かであるから、右追加理由に基く牧野の買収計画は結局適法として是認さるべきものといわなければならない。
被控訴人はなお当審において、本件買収計画は買収の基礎資料たるべき牧野申告書に基かずして事実を認定し、且つ牧野協議会の諮問を経ずして樹立された点において違法があると論難するけれども、農地委員会が牧野調査規則による牧野申告に基かずして買収計画を樹立したからといつて買収さるべき土地が事実牧野であり且つその買収原因が存する以上、右計画は何等違法とさるべきいわれなく、しかも当裁判所が真正に成立したと認める乙第三十号証によれば金谷雪子より牧野申告書が栃木県農地委員会に提出されてあつた事実を認むるに足り(右申告書が提出されてない旨の甲第五号証第八号証の二の回答書の記載は係員の誤解によるものであること当審証人横田進の証言により明かである)、また自創法第四十条第四項第三号(改正前)に基く牧野買収の場合には、自創法施行規則第二十八条の二に定める団体(牧野協議会)に対する諮問を経べきことは、法規上要求されていないのであるから、右諮問のない故を以て買収計画に瑕疵ありとすることはできない。従つて被控訴人の右主張は採用の限りでない。
然らば本件牧野買収計画のうち三、三六三番山林五十四町五反五畝二十四歩(萱久保)に関する部分は、山林を牧野と誤認した点において違法があり、右計画を認容して訴願を棄却した栃木県農地委員会の裁決も亦一部違法として取消を免れないが、裁決その余の部分は適法につき取消すべき限りでなく、これと同一趣旨に出で右の限度において被控訴人の請求の一部を認容し、その余を排斥した原判決は相当であつて、本件控訴並に附帯控訴は共に理由がない。よつてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十五条に則り主文のとおり判決する。
(裁判官 薄根正男 奥野利一 古原勇雄)