東京高等裁判所 昭和25年(ネ)496号・昭25年(ネ)524号 判決
原判決中「原告等の其の余の請求を棄却する」とある部分を除きその余の部分を取消す。
被控訴人等の請求を棄却する。
被控訴人等の附帶控訴を棄却する。
訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。
二、事 実
控訴代理人は原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人等の請求はこれを棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とすとの判決並びに附帶控訴人についてはこれを棄却すとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求め、なお、附帶控訴として原判決中原告等のその余の請求を棄却するとある部分を取消す。控訴人は被控訴人小山久雄に対し金十二万五千円、同小山房代に対し金十二万円及び右各金額に対する昭和二十三年九月二十三日以降完済まで年五分に相当する金円を支拂うべし。訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とすとの判決並びに仮執行の宣言を求めた。
当事者双方の事実上の供述は、被控訴代理人において、被控訴人等は親として被害者小山憲二に対し相当な監督をしていたから本件事故の発生について過失の責任はないのである。本件事故を惹起した運轉士大木美喜男が東京地方檢察廳において不起訴となつたことは知らないと述べ、控訴代理人において右大木美喜男は東京地方檢察廳において昭和二十五年十月十三日本件事故についての犯罪の嫌疑不充分のため不起訴処分を受けたと述べた。
<立証省略>
三、理 由
控訴会社は東京都内において電車による交通事業を経営し居るものであること、控訴会社の運轉士大木美喜男が昭和二十三年五月二十日控訴会社経営の澁谷発二子玉川行電車(デハ十五号)を操縦して、同日十七時三十分頃東京都世田谷区新町一丁目百十番地先(駒沢停留場より弦卷停留場に至る間)に進行したところ、同所の電車軌道上において、被控訴人等の次男小山憲二(当時七歳)と衝突し、これによつて同日同人が死亡したことは当事者の間に爭のないところである。
よつて、右衝突事故が控訴会社の被用者である右運轉士大木の過失によるものか否かについて考察するに、原審並びに当審における各檢証の結果原審証人平泉小太郎の証言により原本の存在並びにその成立を認め得る甲第一号証の三、原審証人羽鳥嘉男の証言により眞正に成立したと認め得る乙第一号証を綜合すれば、本件事故の現場は、玉川線駒沢停留場から弦卷停留場に向つて約百五十米か二百米位西進した地点であり、通称厚木街道上の路面軌道であつて、該道路は駒沢停留場から約八十米の辺において西南方に約百五十度の角度を以て緩く彎曲し、更に五十米位先において西方に約百五十度の角度を以てくの字形に彎曲しているが本件事故附近においては殆んど道路は直線となり西方に走つていること、澁谷、二子玉川間上り下り二本の軌道は事故現場附近においては路面の中央に設けられているのではなく、道路の北方寄りの片側道路上に設けられているのであつて、路面は歩道、車道の区別はなく、平坦な道路で、軌道を含め全面的にアスフアルトを以て鋪装されていて、事故現場の道路は幅員十一、二米であり、南側軌道の外側から道路の南外側までは五米余であること、事故現場附近に至るまでの南側は商店が軒を並べ北側は溝を隔てて木材会社、住宅、畑等があり、現場附近における道路上の見透しは百米以上も良好であること、事故現場の交通量は昭和二十五年十月五日当時(当審檢証の時)においては十分間に通行人一、二人、自動車四台位、電車一台弱の程度であることが認められる。又、原審証人千葉壽一、小川鞠子、原審並びに当審証人大木美喜男の各証言、前示乙第一号証、当審檢証の結果を綜合すれば、運轉士大木が本件事故を起した電車を運轉して駒沢停留場を発車したのは十七時二十九分で事故現場附近に來た時は時速二十四、五キロであり、途中警笛を鳴らして進行したところ、衝突地点より稍手前道路の南外側近くにある電柱の傍らに婦人二、三名が立話をしているのを見たので再び警笛を鳴らして進行した。すると、衝突地点の手前約十四米余の個所に來た時運轉士は左側前方道路の外側の個所で右婦人の立話をしていた所(運轉士から十三、四米位の所、乙第一号証並びに当審檢証調書添附図面<省略>参照)から被害者憲二が突如として駈け出し、軌道に向つて四十五度位の角度を以て斜に軌道を横断する方向に進行するのを認めたので、即時警笛を鳴らすと同時に急停車の処置をしたが間に合わず、約十四米余進んだ個所で憲二と衝突しその先約十一米余進行して電車が停車したことが認められる。なお、原審証人千葉壽一、小川鞠子の各証言によれば被害者憲二は、前記認定の立話をしていた婦人の傍に他の遊び友達二、三名と共に居たが、その婦人の側を通り拔け軌道に向つて走り出したものであることは認められるが、被控訴人のいうように、憲二が他の数名の子供と共に道路上にて遊戯をしていたことはこれを認める証拠がなく、又大木運轉士が事故現場近くに來る手前において警笛を鳴らしたことは前記認定の通りである。而して、前記のように進行する電車の前方道路の左端に婦人が立話をして居り、その傍に子供が数名立つていたという事実だけで他に何等衝突の危險を生ずるような特別の事情、例えば、他の子供と遊戯をしていて、その遊びにのみ気を奪われ、電車の來るのに気付かずして突如飛び出して電車道を横断することがあるかも知れずというような状態のない限り、運轉士は何時にても電車を停止し得る程度に速力を落して徐行することを要するような注意義務あるものということはできない。本件では右のような徐行を必要とした事情のあつたことについてはこれを認め得る証拠がないし、又、被害者憲二が軌道に向つて駈け出した瞬間運轉士がこれを発見し即時に急停車の処置をしたとすれば本件のような衝突事故の発生を避け得られたというような時間的余裕のあつたことについてもこれを肯定すべき証拠がないのである。
なお、被控訴人は、控訴会社としては電車の前方下部に金網その他災害予防施設を取付け誤つて衝突した場合があつてもこれにより人命を救い得るような設備を施すべき義務があるのに、この設備をしなかつたのは過失であると主張し、右のような排障設備を取付けていなかつたことは控訴人の認めるところであるが、このような義務のあることは当然には肯定し得ないのみでなく、仮りに、金網のような從來存した可能な排障設備を設ける義務があつたとしても、この程度の設備によつて本件のような事故の発生を避け得たであろうことは到底これを断定することはできない。
以上説明したような事態の下に本件事故の生じたのは運轉士又は控訴会社自身の過失に基因するものではなく、全く不可抗力によるものというの外はないのであつて、被害者憲二が七歳にして不慮の死を遂げたことは被控訴人等両親に取つては終生の痛恨事というべく、何人もこれに対し衷心同情を禁じ得ないことは勿論であるが、眞に止むを得ない出來事であつたものといわなければならない。よつて、右の過失を原因とする被控訴人等の本件損害賠償の請求は全部失当であるから排斥を免れない。從つて、原審が運轉士の過失を肯定して、被控訴人等の請求の一部を認容したのは失当で、これに対する控訴人の控訴は理由があるから、原判決中被控訴人等勝訴の部分を取消した上該請求を棄却すると共に、原判決中被控訴人等の請求を棄却した部分に対する本件附帶控訴は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九條、第九十六條の各規定を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 中島登喜治 小堀保 薄根正男)