東京高等裁判所 昭和25年(ネ)542号 判決
よつてこの点につき按ずるに、成立に争のない丙第十八号証によれば、今泉町九百七十三番の土地は、元宇都宮市今泉町字北河原九百七十三番田七畝二十五歩外八歩畦(坪に換算するときは二百四十三坪となる。)であつて、その後大正二年五月十二日内一畝九歩(三十九坪)を、又、大正八年五月三十日内十七歩を分筆し、残部は九百七十三番の一、田六畝七歩(百八十七坪)となつたのを、大正十五年十二月六日その当時の所有者土田清吉において地目を宅地に変更しかつ丈量により坪数の増加を来したものとして、九百七十三番の一宅地二百十五坪九合五勺と表示してその旨の変更登記をなした事実を認めうべく、(右変更登記の事実は被控訴人においても認めるところである。)右事実と、成立に争のない甲第十号証の一ないし七により明らかなる右九百七十三番の土地を分筆した同番の一ないし八の登記簿表示の坪数を合算すれば二百七十二坪四合五勺となる事実及び真正に成立したと認める丙第九号証により認めうる土田清吉が大正元年十月三十一日宇都宮税務署長宛今泉町字北河原九百七十三番の二田一畝九歩の地目変換届をなすにあたり、宅地三十九坪五合と表示した事実とを対比するときは、九百七十三番の土地は大正十五年十二月六日までに少くとも二十八坪九合五勺ないし二十九坪四合五勺の坪数の増加を来しその後においては増減なき事実が明らかである。この坪数の異常なる増加は何に由来するか、控訴人はその根拠を土田清吉のなした控訴人主張の事実上の区劃整理、事実上の合併に求めんとするものであり、たしかにこれを単なる丈量実測による坪数の増加とみるには成立に争なき丙第十九号証の一ないし十一により明らかなる隣地今泉町九百七十四番の土地は元同町字北河原九百七十四番の田一反三畝二十四歩外畦十三歩(すなわち四百二十七坪)であつて現在十一半に分割されているがその坪数の総計は四百二十七坪四合二勺であつてその地積にほとんど変化のないこととくらべて了解に苦しむところであるが、仮に土田清吉が控訴人主張のとおり今泉町九百五十番の二、同町九百四十九番の二、その他の土地を事実上九百七十三番の一に合併したものとしても成規の合併手続によらず合併登記もしてないのであるから、その合併は法律上効力を生ずるに由なきものといわなければならぬ。「けだし、土地を区分しこれに地番を附するのは、その区分せられたところを一筆としてこれを以て所有権の目的物の単位とするとともに各筆の混淆を防ぎその箇別性を明らかにするにあるが故に、数筆の土地を一筆に合併する場合にも必ず成規の合併手続によりかつ合併登記を経ることを要するものというべく、そうでない限り、事実上合併せられたからといつてその合併せられた土地は所有権の対象としてその箇別性ないし独立性を失うものと解することができないからである」従つて控訴人が右事実上合併せられたという一事を以て土地の減失すなわち土地が水害により流失したような場合と同一視し、合併せられた今泉町九百五十番の二及び九百四十九番の二の各土地は右合併後は単に登記簿上においてのみ存しその実滅失したものと同然であるとなしたのは失当である。もつとも、土田清吉が昭和二年六月二十八日杉本利七に対し今泉町九百七十三番の一、二の土地を売り渡したことは被控訴人の認めるところであり、当審証人杉本利七の証言並びに同証言によりその成立を認めうる甲第一号証によれば、杉本利七はその後これを分筆し、昭和二十二年四月二十八日うち九百七十三番地の二及び七を控訴人に売り渡した事実が明らかであつて、証人杉本利七は、原審並びに当審において、売主土田清吉は本件係争土地を右九百七十三番の一、二の土地中に包含されているものとして売り渡した旨供述しているが、もしこのような事実ありとすれば、右事実上の合併の効力如何にかかわらず本件係争土地は土田清吉より杉本利七に売り渡されたものとなさなければならないのであるが、登記を経由していないのであるから、杉本利七従つて控訴人は、右事実を以て土田清吉又はその包括承継人である土田五郎に対抗することは格別、第三者である被控訴人(被控訴人が登記の欠缺を主張する利益を有する第三者に該当することは後記(七)のように、被控訴人が土田清吉又はその相続人土田五郎の包括承継人でなく、土田五郎から本件係争土地を買い受けてその所有権を取得した者であることにより明らかである。)に対抗することができないものといわねばならぬ。
以上説明するところにより、事実上の合併に関する控訴人の主張は理由なく、本件係争土地は到底控訴人の所有に属するものとは認め得ないことが明瞭になつたであろう。