東京高等裁判所 昭和25年(ラ)51号 決定 1952年3月06日
抗告人 申立人 谷彊
訴訟代理人 吉永多賀誠
相手方 相手方 株式会社定徳会 代表者 長谷川安次郎
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
本件抗告理由は別紙記載のとおりである。
よつて按ずるに、
一、相手方が東京都港区芝西久保桜川町三番ノ一宅地二百五十五坪三合五勺を所有すること、昭和二十年四月当時、抗告人が相手方から右宅地の内、東北部五十坪を除く残余の部分に存する相手方所有の(一)木造瓦葺二階建家屋一棟建坪五十七坪五勺二階四十八坪五合、(二)木造トタン葺平家建家屋一棟建坪十一坪二合五勺、(三)本造トタン葺平家建家屋一棟建坪七坪八合、(四)木造トタン葺二階建家屋一棟建坪八坪二階同坪の四棟を、期間の定めなく、賃料一ケ月金二百円、毎月二十五日支払の約定で賃借していたこと、前記家屋四棟が、東京都長官から相手方に対する防空法第五条の十の規定に基く譲渡命令によつて昭和二十年四月中、相手方から東京都に譲渡され、右家屋の賃貸借が黙示の意思表示により合意解除されたこと、前記(二)ないし(四)の家屋三棟は、その後間もなく防空上の必要によつて除却されたけれども、右(一)の家屋は遂に除却されず、戦時補償特別措置法第六十条第一項の規定によつて、昭和二十二年三月三十一日東京都から相手方に譲渡されたこと、並びに抗告人は相手方に対し昭和二十二年三月十二日附同月十九日到達の書面で、前記(一)の家屋の賃借及び(二)ないし(四)の家屋三棟の敷地の賃借の申出をしたところ、相手方が抗告人に対し同年四月四日附同月七日到達の書面で、該申出を拒絶したことは、本件記録に存する各資料に徴して明かである。
抗告人は、前記建物は防空法第五条の六の規定に基き除却のため東京都に収用されたものであると主張するけれども、これを首肯するに足る資料はなく、その他前示認定を覆し抗告人の主張事実を認むべき証拠はない。
二、家屋賃借申出の効果。
抗告人が賃借申出をした前記(一)の家屋は、前述の如く、先きに防空法第五条の十の規定によつて東京都に譲渡されたが、その除却をみない間に終戦となり結局相手方に再譲渡となつたものである。
抗告人はかゝる家屋についても、罹災都市借地借家臨時処理法第十四条の準用によつて、これが賃借申出をなし得べきものであると主張する。
しかしながら同法案は、罹災建物又は疎開建物の旧借家人のために無制限に新築建物の優先賃借権を賦与せんとするものではなく、その優先賃借権が与えられるのは、罹災又は疎開跡地に「最初に」築造された建物についてのみ、しかもその「完成前に」賃借申出をした場合に限るのであつて、優先賃借権にかゝる制約を設けた所以は、若し叙上の如き制約なくして無制限に優先賃借権を認めるとすれば、旧借家人の保護が厚きに過ぎて、現に建物を利用する者の利益が不当に脅かされる結果となることを避けんとした法意に外ならないと解すべきである。
これを本件についてみるに、後段において説述するが如く、前記建物は、抗告人の賃借申出前である昭和二十年九月一日以降鳥羽電機株式会社(当時は日本工熱電気株式会社と称す)において、当時の所有者なる東京都から賃借し、その後右建物が相手方に譲渡され、戦時補償特別措置法施行規則第七十六条第二項の規定によつて、同会社が依然として右家屋を使用し得ることゝなつた結果、相手方においても引続き該家屋を右会社に賃貸して現在に及んでいるものである。従つて同会社は抗告人の賃借申出前から適法に該家屋を賃借使用しているものであるから、かゝる場合において抗告人の優先賃借権を認めることは、甚だしく旧借家人なる抗告人の保護が厚きに失し、前記建物を適法に利用する右会社の利益を不当に阻害する結果となり、著しく衡平の観念に背馳するものといわなければならない。されば前記法条の精神から考えて、本件の如き場合には、罹災都市借地借家臨時処理法第十四条の準用はないものと解するのが相当である。叙上の見解に反する抗告人の所論は採用し得ない。
従つて抗告人が右家屋の賃借権を有することの確認並びに右家屋の借家条件決定の裁判を求める申立は理由がない。
三、土地賃借申出の効果。
(一)乙第一号証、同第三号証の一ないし三、同第四号証、原審証人鳥羽武雄、塚平憲男の各証言、並びに原審における相手方代理人の昭和二十四年二月二十六日附答弁書の記載を綜合すると、次の事実が認められる。
(1)抗告人は右建物疎開前、前記(一)の家屋の主たる建物とし、(二)ないし(四)の家屋を附属建物として、東京肛門病院を経営していたものであつて、前記宅地二百五十五坪三合五勺の内、東北部五十坪を除く残余の部分は同病院の構内となつており、その内右(一)ないし(四)の家屋の敷地を除く部分は通路及び庭園等となつていた。
(2)鳥羽電機株式会社(もと日本工熱電機株式会社と称す)は東京肛門病院と道路を距てた向側の芝田村町一番地に営業所及び主工場を、又同病院の隣地に分工場を有し、軍需品の製造販売を営んでいたところ、昭和二十年四月十六日空襲によつて、右営業所及び主工場が焼失したため、営業所を右分工場に、又主工場を、当時内部のみ取毀してあつた前記(一)の建物に金五万五千三百余円の費用を投じて改修した上、これに移し、東京肛門病院の構内跡全部を工場用地として使用して生産を続けていたが、終戦後も引続きこれら土地建物を使用して、進駐軍関係の住宅用品及び輸出向電熱器等の生産を営んでいるものである。
(3)右鳥羽電機株式会社は昭和二十年九月一日東京都から前記(一)の家屋を、賃料一ケ月金三百五十三円、三ケ月分宛前払の約定で、期間を定めず賃借し、同日以降は適法に右家屋を使用してきたものであつて、同時に、東京肛門病院の旧構内跡全部をも、右(一)の家屋に附属するものとして、使用することを東京都から許されたので、同会社は該土地を右工場の構内として使用し、その後昭和二十一年五、六月頃前記(二)ないし(四)の建物の敷地であつた部分に、木造トタン葺平家建倉庫(建坪十四坪五合のものと二坪のもの)二棟を建築してこれを同工場倉庫に使用し、右敷地であつた土地の残余の部分は、同工場用酸素熔接ガス発生爐に接近しているため、危険区域としてこれを空地としてあるものである。(本件記録にあらわれた各資料に照して考えると、他に反証のない以上、前記東京肛門病院の旧構内の土地は、東京都が前述の如く(一)ないし(四)の家屋を譲受けてからその再譲渡までの間、東京都においてこれを相手方から賃借していたものであつて、相手方も右会社が該土地を使用することに諒解を与えていたものと推定するのが、相当である)
(4)相手方は昭和二十二年三月三十一日戦時補償特別措置法第六十条第一項の規定に基いて東京都から前記(一)の家屋を譲渡された結果、右会社は同法施行規則第七十六条第二項の規定によつて、引続き右家屋を使用することができることゝなつたので、同会社は相手方から右家屋を引続き賃借するに至り、同時に東京肛門病院の旧構内の土地についても、これを右建物に附属する工場用地として、依然右会社において使用することを、相手方も承諾し、双方の合意によつて従前の家賃を増額するに至つたものである。
(二)抗告人の援用する乙第三号証の一ないし三の記載内容は、これを原審証人鳥羽武雄の証言に照せば、未だ以て、敍上の認定を妨ぐべき資料とは認め難く、又甲第三号証を以てするも直ちに右認定を覆すに足りない。その他前示各認定に反する抗告人の主張事実は、これを認めるに足る資料に乏しい。
(三)抗告人は「東京都長官は本件建物を防空上の必要により除却の目的で収用したものであるから、その目的に反して自ら使用し或は他人に使用させる権限を有しないものであつて、東京都長官が前記会社に対し本件土地建物の使用を許可したことは、その許可が法律上の効力要件を欠く結果、当然無効である」と主張するので、その当否について次に考える。
前述の如く、本件建物が東京都に譲渡されたのは、防空上の必要により防空法第五条の十の規定に基いてなされたものであるから、その当時においては東京都長官はその目的に反して自ら使用し或は他人に使用させる権限を有しないものと解すべきであろう。しかしながら東京都長官が本件建物を前記会社に賃貸したのは、終戦後の昭和二十年九月一日であつて、当時は既に防空上の必要ということは解消されているものであるから、東京都長官としては、東京都の所有に帰している右家屋について、戦時補償特別措置法の規定に基き旧権利者に再譲渡されるに至るまでの間は、これを自ら使用し或は他人に使用させることに関して、特別の制約を受けるものでないと解するのが相当である。かく解するときは東京都長官が前記会社に対し本件家屋を賃貸し、同時に右家屋に附属する土地の使用を許可したことについては、抗告人所論の如くこれを無効であると断定することはできない。更に又右使用権設定手続に瑕疵があるとの抗告人の主張についても、これを認めるに足る根拠は見い出されない。
(四)以上認定事実に基いて、抗告人の本件土地賃借申出の効果について考えてみるに、抗告人が前記(二)ないし(四)の建物の敷地として賃借申出をしている土地の坪数は、芝西久保桜川町三番地の一宅地二百五十五坪三合五勺の内、東北部五十坪及び(一)の家屋の現存する部分約六十坪を除く、約百四十五坪となるものであるが、
(1)その内、鳥羽電機株式会社が現に建設所有している前示倉庫二棟の敷地である部分については、前述の如く、同会社において抗告人の賃借申出当時既に権原により現に建物所有目的でこれを使用していたものであるから、該土地に関する限り抗告人の賃借申出は、罹災都市借地借家臨時処理法第九条によつて、疎開跡地の賃借申出に準用される同法第二条第一項但書前段の規定に従つて、その効果を生ずるに由ないものといわなければならない。
(2)その余の土地に対する賃借申出については、前述の如く、(イ)前記約百四十五坪の土地の内、現実に右(二)ないし(四)の家屋そのものの敷地となつていた部分は約二十七坪に過ぎないのであつて、その他は東京肛門病院の庭園通路等になつていたものであり、(ロ)鳥羽電機株式会社は昭和二十年九月一日以降東京都から前記(一)の家屋を賃借しこれを工場として使用するとともに、右病院の旧構内全部を同家屋に附属する工場用地として使用することを東京都から許されて、これを右工場の構内として使用し、昭和二十二年三月三十一日右家屋が東京都から相手方に再譲渡となるや、戦時補償特別措置法施行規則によつて、右会社は引続き該家屋を使用し得ることとなつたので、相手方から右家屋を賃借し同時に前示病院の旧構内全部を工場用地として使用することの諒解を得るに至り、(ハ)これより先き右会社は昭和二十一年五、六月頃前記(二)ないし(四)の家屋の敷地であつた部分に工場用倉庫二棟を建設し、該敷地の残余の部分は同工場用酸素熔接ガス発生爐に接近しているため、これを危険区域として空地としてあるものであつて、以上の各事実を併せ考えると、他に特段なる事情を認めるに足る資料のない本件においては、相手方が抗告人の前記賃借申出を拒絶したのは、正当の事由に基くものと解するのが妥当である。他に該拒絶の正当性を否定するに足る証拠はない。従つて右拒絶は有効であつて、抗告人の賃借申出はその効力を生じないものといわなければならない。
四、しからば抗告人の本件申立はいずれも失当であるから、これを棄却した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がない。よつて主文のとおり決定する。
(裁判長判事 渡辺葆 判事浜田潔夫 判事 牛山要)
抗告理由
一、申立理由について
原審決定の理由中一、申立理由本件申立理由の要旨は次の通りであるとして昭和二十年四月当時申立人(抗告人)は相手方から(一)木造銅板葺二階建家屋一棟建坪五十七坪五勺二階四十八坪五合(二)木造トタン葺平家建家屋一棟建坪十一坪二合五勺(三)木造トタン葺平家建家屋一棟建坪七坪八合を賃料一ケ月二百円毎月二十五日支払の約定で期間を定めず賃借し、(四)木造トタン葺二階建家屋一棟建坪八坪二階八坪(但し借家証には木造平家建一棟十四坪と記載してある)を無償で期間を定めずして借受けているところと摘記し更に昭和二十年四月三十日(一)乃至(三)の賃借権及び(四)の使用貸借に基く権利を抛棄したと摘記してあるが(四)の建物を無償使用することとなつたのは大正十三年十二月三十一日のことで昭和二十年四月当時は(四)の建物も賃借の目的となつていた(甲第二号証借家証参照)ので(一)乃至(三)と(四)の建物との間に取扱上の区別は存在しない。又申立人は賃借権を抛棄したことはない。収用せられたのである。
一、決定理由について
一、原決定は右家屋四棟が東京都長官から相手方に対する防空法第五条の十の規定に基く譲渡命令によつて昭和二十年四月中相手方から東京都に譲渡され申立人は右家屋の賃借権を抛棄したこと(中略)は本件記録によつてこれを認めることが出来ると認定してあるが、本件記録の何れの部分にも防空法第五条の十の規定に基く譲渡命令があつたことを認めるべき記載も資料もない。昭和十八年十二月二十一日閣議決定都市疎開実施要綱に関する件によると「建築物の除却は防空法第五条の六に依る」とある。尚右認定の如く申立人が賃借権を抛棄したことを認めるべき記載や資料は本記録中の何処にも存在しない。
二、決定は罹災都市借地借家臨時処理法第十四条は(一)の家屋の賃借申出に準用されるという抗告人の見解は採用しない。その適用又は準用し得ないことは明白であるとして其適用又は準用し得ないことの理由を備えていない。右法律は罹災建物の旧借主及び疎開建物の旧借主は建物の罹災又は疎開によりその住居と営業を奪はれ不安定な生活状態にあるので之等の者に再び従前の場所に住居と営業とを与へてその生活の安定を得させる趣旨の立法であつて疎開建物が取毀された場合の借主と取毀寸前で終戦を迎へた場合の借主とを区別すべき立法上の理由は全然存在しない。法文が疎開を命ぜられた建物のうち未だ取毀されなかつたものに言及しなかつたのは之等の建物の旧借主を法律の保護から除くためではなくて、かゝる場合の存在することを想定しなかつたによるものであるから、本法の規定(第十四条)は此の場合にも当然適用乃至準用のあるべき理である。
三、原決定は申立人の借地申出について判断すると冒頭して「日本工熱電機株式会社(昭和二十三年二月中鳥羽電機株式会社と商号を改め現在は鳥羽電機株式会社)は東京肛門病院と道路を距てた向い側の芝田村町一番地に営業所及び主工場を同病院の隣地に分工場を有し軍需品の製造販売をしていたところ昭和二十年四月十六日空襲によつて右営業所及び主工場が焼失した為、営業所を右分工場に主工場を当時内部のみ取毀してあつた(一)の家屋を五万五千余円を投じて改修して、これに移し東京肛門病院の構内跡全部を工場として使用して生産を続け、戦災後は進駐軍関係の住宅用品及び輸出向電熱器等の生産に転換したのであるが、昭和二十年九月一日東京府から(一)の家屋を賃料一ケ月三百五十円三ケ月分宛前納の約定で期間を定めずして賃借し、同日以後は同家屋を適法に使用したのみならず云々と認定した。然し事実が仮りに原決定の文書通りとしても昭和二十年九月一日以前に於ける日本工熱電機株式会社の本件土地の使用は不法占有であつたことが明かである。相手方提出の乙第三号証の一乃至三によれば残存家屋貸付料として東京都へ料金を納入した者は鳥羽武雄個人であつて日本工熱電機株式会社ではない。原審は日本工熱電機株式会社が東京肛門病院の旧構内全部をも同家屋(註(一)の家屋)に附属するものとして使用することを東京都から許されこれを同工場の構内として占有使用し云々と認定したが(一)の家屋はその北側が日本工熱電機械株式会社の「バラック」建と隣接し、空地は(一)の家屋の南側及び西側にあつて(一)の家屋の利用には関係のないものである。本件記録の何れにも相手方が右様の主張をした事実はない。結局原審は当事者の主張のないことを事実の調査もせずに本件土地を相手方から東京都が賃借して東京都から日本工熱電機株式会社に対し使用権を設定したものであると虚無架空の事実認定をしたものである。
仮りに原審認定の如く日本工熱電機株式会社が本件土地及び建物の使用権の設定乃至賃借権の設定を受けたとしてもそれは法律上無効である。その理由は抗告人が原審に対し昭和二十四年七月十六日附上申書を以て申立てたところで左にその全文を記載する。
(一)旧憲法第二十七条は「日本臣民は其の所有権を侵さるることなし、公益の為必要なる処分は法律の定むる所に依る」と規定する。右法条に公益の為必要なる処分とあるのは公用徴収及び公用制限を指すこと殆んど異論を見ないところである。土地収用法第二条は土地を収用又は使用することを得る事業の第一に国防其の他軍に関する事業を挙げてある。防空法第一条は「本法に於て防空と称するは戦時又は事変に際し航空機の来襲に因り生ずべき危害を防止し又は之に因る被害を軽減する為陸海軍の行う防衛に即応して陸海軍以外の者の行う分散疎開其他勅令を以て定むる事項を謂う」と規定し其の第五条の五第一項は「主務大臣は防空上建築物の分散疎開を図る為必要あるときは命令の定むる所に依り一定の区域を指定し其の区域内に於ける建築物の建築を禁止又は制限することを得」と規定し其の第五条の六は「前条の規定に依る区域又は地区の指定ありたる時は地方長官は其の区域又は地区内に存する建築物に付其の管理者又は所有者に対し之が除却、改築其の他防空上必要なる措置を命ずることを得」と規定す。
(二)申立人の居住したる本件家屋は右の法令により防空上の必要に基き除却のため強制疎開を命ぜられたるものであつて政府は右目的のためにのみ本件家屋を處分し得るもので其目的に反する処分を為すことを得ない。土地収用の場合に収用者の取得する権利には新な制限が附着し収用者は其の土地を収用の目的であつた公益事業のためにのみ使用し得べく又使用することを要し任意の管理及び処分を為すことの出来ない制限を受ける。之は裁決による収用の場合も協議による収用の場合も同様であるが防空法の場合も其軌を一にする。以上の次第であるから本件建物を防空上の必要により除却の目的で収用した東京都長官は本件建物の除却を取止め又は除却以外の目的で管理処分することが出来ない。
(二)防空法に於て地方長官の有する権限は制限せられ地方長官が建物を収用し得るのは左の場合に限る。防空法第五条の八「地方長官は防空の実施に関し必要なる設備の整備の為必要あるときは勅令の定むる所に依り土地、工作物又は物件を収用又は使用することを得」、防空法施行令第三条の三「防空法第五条の八の規定に依り収用又は使用することを得る土地、工作物又は物件は左に掲ぐるものとす 一、監視哨舍、救護所、非常用物資倉庫、汚物処理場の類の整備に付ては土地又は工作物、二、消防通路、水道、地下道、防空待避所、貯水槽、井戸の類に付ては土地」
(四)以上により明かなる如く東京都長官は本件建物を除却の目的で収用したるものであるから其の目的に反して自ら使用し或は他人に使用させる権限を持たない。仮りに申立外者が東京都長官から使用を許されたとしても其許可は法律上の効力要件を欠き当然無効で其の無効は何人からも主張し得るところである。特に本件の場合は(乙第四号証参照)申立外の者が愛宕警察署勤労主任の指導を得たりとなし本件建物を東京都長官に無断にて使用し以て防空法上何等の権限なき東京都芝区長に疎開建物使用許可願を提出したと言うに止まり防空法上正当の権限ある国家機関に対し正当な手続をして使用権を得たものでないから相手方の主張は全く理由がない。
四、原決定は日本工熱電機株式会社は昭和二十一年五、六月頃(二)乃至(四)の家屋の敷地であつた部分の内一部に木造トタン葺平家倉庫二棟(建坪は一棟が十四坪五合、他が二坪)を建設して、これを同工場用倉庫として使用し、右敷地であつた土地の内残つた部分は同工場用の酸素熔接ガス発生爐に接近している為、危険区域として空地としてあること並びに相手方が昭和二十二年三月三十一日戦時補償特別措置法第六十条第一項の規定に基いて東京都から(一)の家屋を譲渡された結果、同法施行規則第七十六条第二項の規定によつて同会社は引続き(一)の家屋を使用することができることとなり、相手方においても同会社が従来通り東京肛門病院の旧構内全部を使用することを暗黙の内に承諾し、ただ双方の合意により従来の家賃を増額しその支払期を毎月末日翌月分を前納することに改めたに止まることを認めることが出来ると認定した。然し(二)乃至(四)の家屋の敷地であつた部分に日本工熱電機株式会社が原審認定の様な家屋を建設した事実は原審に明かでない。却つて東京都港区長の証明(疏甲第三号証)によれば本件の西久保桜川町参番地壹宅地二百五十五坪三合五勺の地上には日本工熱電機株式会社の建物の存在しないことが明かである。このことは申立外の会社が本件土地に付建築を為し得べき何等の権限のないことからも推察出来ることである。依つて原審が実地検証をもせず右会社の建物ありと断定したのは不法である。
次に酸素熔接ガス発生爐危険区域云々も亦理由がないこと別項の通りである。原審は右会社が東京肛門病院の旧構内全部を使用することを暗黙の内に承諾し、ただ双方の合意により従来の家賃を増額し云々認定したが、別項にあるが如く東京都が右会社に対し土地の使用を許可したとの原審の認定が正しいとすれば法令の規定により現状の侭引継がれたもので相手方の承認は之を要しないわけであるから原審の事実の認定及び理由には矛盾があるのを免れない。又申立外鳥羽武雄が土地建物の使用につき相手方との協定が未成立であると述べ、相手方が此の点に言及しないのに原審が双方の合意により云々と認定したのは事実に即しない不法の認定である。
五、原決定は申立人が(二)乃至(四)の家屋の敷地であつたと主張する土地の内大部分は通路庭園等であつて(二)乃至(四)の家屋の敷地であつたのではないから、この部分については、罹災都市借地借家臨時処理法第九条第二項に基く賃借申出をすることができないと認定した。然し建物の敷地とは当該建物に被われている土地のみを指すのではなく当該建物の利用に供されている一団の土地を謂うことが明白である。例えば百坪の土地に建設してあつた五十坪の建物の借主は五十坪の建物に被われていた土地ばかりでなく百坪の土地の賃借権を有する如きである。原審認定の如く建物に被われている土地のみを敷地と称しその部分についてのみ賃借権があるものとすれば出入の出来ない土地を賃借し得るにすぎなくなり折角賃借してもその使用目的を達することが出来なくなる。本件土地二百五十五坪三合五勺は南佐久間町より愛宕山下に至る幅員二十二米の道路の西側に位し東西(奥行)十五間余南北(間口)十六間余でその内東北隅の約五十坪を除いた二百五坪余の地上その西北隅に(二)の建物(院長住宅)があり、その北側に接続して(三)の建物(湯殿洗面所廊下等)があり、その北側に接続して(四)の建物(炊事場食堂女中寝室)があり、その東に接続して病院(一)の建物があつて東南の地は右(一)(二)(三)の建物に囲まれその出入道庭園として何れも(一)乃至(四)の建物の利用に供せられていた土地であるから右建物の敷地である。之を敷地でないという原審の認定は敷地の何物であるかを弁識しない謬論である。
六、原審は現実に(二)乃至(四)の家屋の敷地であつた土地については、その内鳥羽電機株式会社所有の倉庫二棟の敷地である部分は同会社が申立人の賃借申出当時既に権原により現に建物所有の目的でこれを使用していたことが明かであるから抗告人の申立は法第二条第一項但書前段の規定に違反し無効であると判示した。
然れ共(二)乃至(四)家屋の敷地であつた土地に鳥羽電機株式会社所有の建物の存在しないことは港区長の証明書(疏甲第三号証)の通りであるから右認定は誤つている。仮に右土地を占拠しているとしても右会社が建物所有の目的で之を使用する権限のあることは相手方も主張せず原審もその事実理由の説示を欠くところである。右土地を東京都に於て所有していた間に右会社に対し建物所有の目的で土地の使用権を設定した事実は原審の認定しないところであり、又あり得べからざるところである。又相手方が右会社に対し建物所有の目的で土地を使用する権限を附与した事実は之を窺ふに由なく鳥羽武雄の供述によれば却つて相手方と右会社との間では「土地や家屋について契約が出来ないでいる訳です」とある。原審が法第二条第一項但書前段の規定に違反する申出となしたのは不法失当である。
七、原審は(二)乃至(四)の家屋の敷地であつた土地の内残の部分は前示のように鳥羽電機株式会社が(一)の賃借家屋を工場として使用し、その工場用の酸素熔接ガス発生爐の近接危険区域として空地としておくことを必要とし、相手方は同会社のかかる使用を承諾しているのであるからこれを申立人に建物所有の為に賃貸することは不適当であると認定した。然し原審が(二)乃至(四)の建物の敷地及びその残の部分と称する土地を特定明認せずしてかかる認定をすることは出来ないし、酸素熔接ガス発生爐の存否並に若し存在するとするもそれが危険地域を要するのかどうかも判断していないからこれを審理不尽と謂う外はない。
以上要するに原審の判断はその理由に矛盾があつたり、審理の不尽があつたり、理由の不備があつたり、法理を過つたり、事実の認定を過つたり、法令の解釈適用を過つていてその理由とするところ尽くに不法非違が存在するので抗告の趣旨に掲げる決定を求める次第である。
一、最高裁判所昭和二十四年(オ)第二三八号事件に於て同裁判所は罹災都市借地借家臨時処理法第十四条の賃借の申出により設定された建物の賃借権は他に優先するものであるから賃借権者は建物が第三者に引き渡されている場合であつても賃借権に基く建物の引渡を求めることが出来るとある(判例集第四巻第一号一頁)。かくの如くであるから本件建物を申立外日本工熱電機株式会社が現に占有することは抗告人の申立を拒否する理由とはならない。
二、建物敷地の意義に関し市街地建築物法施行令第十六条は「建物の敷地とは一構の建築物に属する一団の土地を云う」と規定している。此の一構の建物とは同一経済単位に属する一箇又は数箇の建築物及び之に従属する建築物の全部を指すことが明かである。
原増司外二人共著罹災都市借地借家臨時処理法解説一八頁には次の如く記述してある。
(一)敷地。建物の床面積に相当する土地のみでなく、建物所有の目的で使用される周囲の土地をも含む概念である。土地の一部に建物を築造しその床面積に当らぬ空地を庭園、菜園等の用途に使用していても、土地全体としての利用の主たる目的が建物所有のためであつて空地の使用が建物所有の従属的関係にある限り、その土地全体が建物の敷地である。従つて通常塀垣等によつて区劃された土地全体が建物の敷地である。
追加抗告理由
一、抗告理由書一、申立理由についての項末尾「収用せられたのである」を削る。
二、抗告理由書二、決定理由についての項一、の末尾に左の一項を加ふ。
本件建物疎開は昭和二十年三月十九日附東京都防衛局長より各区長宛になされた防建疎発第八一号第六次建物疎開事業の実施に伴う損失補償に関する件によつて行われたものである。同通牒によれば建物賃借権につきては何等の補償も行わず従つて賃借権を買収も収用もせず賃借権には全然触れずして建物所有権のみを収用したものである。