大判例

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東京高等裁判所 昭和25年(ラ)65号 決定

相手方の主張は本件抗告人の主張する宅地には申立外田中操に於ても同人の相続人に於ても、また田中操の関係していた田中自動車工業有限会社に於ても建物を建築又は所有していないものではあるが、隣地に田中操が工場(自動車修理等工場)を所有しているため、その営業を営む工場としては、修理持込の自動車其他材料の置場等の爲め相当面積の空地を屋外作業所として必要とすることは事業の性質上当然のことで、本件土地は右有限会社が本件抗告人からの借地申出当時屋外作業場として使用していたもので、即ち田中操は綜合的事業用地として使用しているもので之は明らかに自動車々体製造内燃機械修理工場なる建物所有の目的で本件土地を使用しているものであるから、罹災都市借地借家臨時処理法第九條、第二條第一項但書の規定によつて抗告人の申出は失当であると主張したのに対し、原決定は「昭和二十一年五月三十日田中操は從來からの賃借地の隣地にある本件土地を含む土地日本橋箱崎町四丁目三十二番地ノ二号、三号合計百六十一坪七合七勺を賃借し、右土地の一部分を使用して前記工場の増設工事(八十三坪七合三勺)の敷地に充て、昭和二十二年二月頃に右工事を完成し、本件土地には別に建物は建設しないが、其の後は右工場の屋外作業場として自動車々体の解体、組立、取付作業を行い右工場内では車体製作エンヂン工事を主として行い、右工場の施設は右屋外工場の存在によつて始めて完全な機能を発揮することができることが窺はれること及同会社の如き小規模の工場に於ては其の注文を受けた自動車々体の全部を收容するに足る工場を建設するは資金面其の他の関係で不可能であり、尚道路を使用することは法律で禁じられているので通常本件程度の空地を屋外作業場として使用しているのは普通の実情であることが認められる。申立人は罹災都市借地借家臨時処理法(以下処理法と称する)第二條第一項但書の「建物所有の目的で土地を使用する」とある意味は現実に建物が土地を占有する場合のみを云うのであつて、本件の如く土地の上に建物がない場合は之に該当しないと主張するが、同條は土地と建物との間に物理的な占有関係の存する場合のみならず、其の建物が地理的に土地に近接し其の使用される経済的目的から考え客観的に土地と一体をなして右目的達成に必要欠くべからざるものと観察されるときは土地と建物との間に申立人主張の如き関係がなくても尚之が適用を見るべきものと解するは同條の立法精神からして当然のことゝ解すべきである。而して前記認定事実は右説明した後段の場合に該当するものと認むるを相当とすべく、然らば申立人の借地申出当時既に田中操が本件土地を建物所有の目的を以て使用を開始したものであるから申立人の本件申立は右の理由により失当であると認め之を棄却すべきものとして主文の如く決定した」と云うにある。

然るに相手方の主張自体は本件土地を申立外田中操が経営する前記有限会社が当時工場の屋外作業場として使用していたもので綜合的事業用地であるから、自動車工場なる建物所有の目的で本件土地を使用しているものであると云うのであるから、相手方は即ち建物所有の目的では本件土地を使用していないことを認めているのである。なんとなれば屋外作業場として使用していることは本件土地を現に建物所有の目的で使用していないことが明瞭であるからである。屋外作業場として如何に必要な土地であつても、屋外作業場即空地として使用しているもので、建物所有の目的で使用しているものではないのである。相手方は工場の使用目的が自動車修理工場であるから屋外作業場が必要であつて、現に屋外作業場に使用していたのだと主張しているのである。即ち相手方の主張は建物所有の目的と工場たる建物の使用目的とを混同している主張である。工場は其の使用の目的によつて屋外作業地を必要とすることもあり、必要としないこともある。これは建物の使用目的によつて変化あるものであるが、建物所有の目的での使用は建物の存する限りは絶対必要な敷地のことである。從つて相手方が本件土地を田中が屋外作業場として使用している土地だから工場なる建物所有の目的で使用しているのだと主張するのは牽強附会の主張で田中は建物所有の目的で使用しているものではないことを認めているのである。

また原決定が相手方の主張を是認して「本件程度の空地を屋外作業場として使用しているのは普通の実情と認め、其の建物が地理的に土地に近接し其の使用される経済的目的から考え客観的に土地と一体をなして右目的達成に必要欠くべからざるものと観察されるときは臨時処理法第二條第一項但書の適用を見るべきものと解する」と云つているのは経済的目的と建物所有とを混同した謬見である。如何に本件土地と建物(工場)とが或程度の近接関係にあつても(本件土地と工場敷地との中間には三十二番地ノ二が存在する)本件土地上には建物は存在しないのであるから建物所有の目的では本件土地は使用していないもので本件土地は建物(工場)使用、すなわち自動車修理工場なる使用目的のために、その経済的目的達成の必要上本件土地が入用であり、一体的に使用しているのだと云うに止まるもので、これを建物所有の目的で使用しているのだと見るのは不当な拡張解釈であつて法律の誤解と云はねばならない。法第二條の第一項但書は建物所有の目的と限定し、その地上に於て旧借地権者なり旧建物所有者(又は借家人)に建物建築をなさしめんとの趣旨で立法されたものであるから、その土地が空地である以上抗告人に借地権の設定を認めることこそ立法精神(学者、実際家の通説と信ずる)であつて、原決定の見解は立法精神と全く誤解した不法あるもので当然取消すべきである。(参照 最高裁事務総局民事局借地借家関係資料一、昭和二四年五月民事裁判資料一四号坂本謁夫氏述九三頁)

第二点本件土地の隣地にある工場は申立外田中操の所有(現在はその相続人の所有)であつて工場を使用しているのは前記有限会社であるから、仮りに田中操が右有限会社の株多くを所有しているとしても、本件土地を屋外作業場に使用しているのは法人たる有限会社であると云う点から見ても、本件土地は建物所有者でない法人が使用しているのであるから建物所有の目的で使用されていないことはまことに明白である。原決定は建物所有の目的と建物使用の目的とを混同誤認した結果、建物所有者と本件土地使用者とを区別することなく本件土地を当時田中操が建物所有の目的で使用を開始したものである(決定書の末尾記載)と認めているのは失当の甚だしいもので原決定は取消すべきものである。

第三点原決定が本件土地に付借地権設定申出をした昭和二十三年六月十六日当時申立外田中操或は田中自動車工業有限会社が屋外作業場として使用していたと認定したのは失当である。甲第四号証写眞によつて明白なごとく、昭和廿三年七月九日当時本件土地は全部全くの空地であつて使用していないものである。本件土地には同じ敷地内に抗告人の倉庫が現存しているのであつて、本件土地の疎開も田中操が抗告人の借地権を奪取せんとして東京都の当時の担当々局に策動し、また相手方の使用人と通謀してその野望目的を達せんとせるものである。抗告人の倉庫が現存し且又抗告人が相手方と同郷の関係から相当永い以前より借地して住宅を所有していたことを熟知せる申立外田中操が無断で相手方から借地したのは不道徳極まるものである。如斯不当の者であり且法律上抗告人を優先せしむべきにこの不正者を保護せんとするが如き、また法律を曲解するが如きはまことに不可解千万と云うべきである。本件の如く土地上に建物を建築せず、單に隣地の建物の用法に從つて多くの空地を使用する場合の如きを建物所有の目的と解せんか住宅土地は多くその借地申出権を失うに至るは必至と云うべく、如斯解釈は臨時処理法第二條の立法精神を無視するものと確信する次第である。原決定は相手方の詭弁に動かされた違法、不当あるもので速かに御取消の上抗告人のものは抗告人えの正義に立脚した公明の御裁判を要請する次第である。

と云うにある。

仍て本件抗告の当否を案ずるに、抗告人が相手方所有の東京都中央区日本橋箱崎町四丁目三十二番地の三所在宅地八十一坪九勺を、賃料一ケ月金六十四円八十七銭にて期間の定なく賃借し、同地上に木造瓦葺二階建住宅一棟建坪二十坪及びトタン葺平家建倉庫一棟建坪二十余坪を所有していたこと、右住宅が昭和二十年三月中強制疎開によつて除却され、その敷地四十一坪九勺の借地権が消滅したこと、その後終戰後疎開解除となり土地は相手方に返還されたので、抗告人は相手方に対し罹災都市借地借家臨時処理法施行の日から二箇年以内である昭和二十三年六月十六日到達の書面を以て、右土地につき賃借権設定の申出をしたところ、相手方は同年七月二日付書面で、同土地は既に田中操に賃貸したから抗告人は右申出をすることができないものとし、これを拒絶したことは当事者の主張、自認及び成立に爭のない甲第二号証の一、二、同第三号証の一、二によつてこれを認めることができる。そこで右土地が相手方主張のように抗告人の賃借権設定申出の際に、既に権原により現に建物所有の目的で使用する者があつたか否かを判断するに、原審証人中島亮、渡部治一の証言によつて成立を認める乙第一、二号証、成立に爭のない同第三、四号証の各一、二、原審の東京都中央区役所日本橋支所長宛調査嘱託に対する回答書、原審証人中島亮、渡部治一、神木静の各証言、原審における檢証の結果を綜合すると、田中操は昭和十八年六月二十二日相手方から本件土地の南側に在る東京都中央区日本橋箱崎町四丁目三十二番地土地二百三十六坪七勺を賃借し、同地上に工場一棟、事務所一棟を所有し自動車車体製造及び内燃機関整備業を営む田中自動車工業有限会社を設立し代表者となつていたが、事業拡張の必要上昭和二十一年五月三十日隣地に当る本件土地を含む同町三十二番地の二号、三号合計百六十一坪七合七勺を相手方より賃借し、その一部分を工場の増設工事敷地に充てると同時に、(工事は昭和二十二年二月頃完成)、本件係爭土地を該工場の屋外作業場として自動車車体の解体組立取付作業を行つているもので、本件土地には建物は建設されてないが、工場と一体をなし、同土地は工場における作業に欠くことのできないものであることが認められる。そうして罹災都市借地借家臨時処理法第九條に準用される同法第二條第一項但書に云う建物所有の目的で土地を使用するとは、現実に土地が建物敷地として使用される場合のみに限局されるものでなく、空地のままであつても、或る建物の利用に欠くことができないものとして該建物と不可分の関係において使用される場合をも指称するものと解さなければならず、空地が建物自体のために必要な場合であると建物内において営む業務の関係上必要であるとにより区別を設けなければならぬことはないから、前述の認定事実によれば本件土地は田中操(同人は昭和二十四年三月中死亡し相続人が承継している)が代表者となり経営する田中自動車工業有限会社において、権原により現に建物所有の目的で使用するものと云わなければならない。

右工場の業務が建物所有者田中操個人の業務でなく、同人が代表者として経営の任に当る有限会社の業務であつても、右工場が本件土地を必要とする関係に在るときは同様である。甲第四号証を以ては抗告人の借地権設定申出当時、本件土地が屋外作業場として使用されていなかつたと見ることはできない。そうすれば抗告人の相手方に対する賃借の申出は、罹災都市借地借家臨時処理法第九條第二條第一項但書によつて許されないものと云わなければならず、抗告人の請求を棄却した原決定は正当であり、本件抗告は理由がないものである。

仍て民事訴訟法第四百十四條、第三百八十四條を適用して主文の通り決定する。

(裁判官 中島登喜治 箕田正一 小堀保)

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