大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和25年(ラ)90号 決定

抗告人等は、原決定を取消す、相手方が昭和二十五年二月九日抗告人等に対して為した解職の意思表示はいずれもその効力を停止する。相手方は抗告人等に対し出勤停止その他その就業を妨げる行爲をしてはならない。相手方は抗告人等に対しそれぞれ昭和二十四年十一月十三日以降の未拂賃金に相当する金員を支拂わなければならないとの裁判を求め、その抗告理由は末尾添付の準備書面と題する書面記載の通りである。

抗告理由第一に対する当裁判所の判断

本件疏明資料を綜合すれば、抗告人等は確たる根拠がないのにも拘らず風評をとらえて原決定に摘示してあるような記事を日本共産党東急細胞機関紙及び同党東急第一細胞機関紙に掲載し、且つ相手方会社の從業員に配布した事実、相手方が抗告人等の前記の行爲を相手方の職員懲戒規定第一條第二号第三号後段、第六号、第二條第五号に該当するものとして、昭和二十五年二月九日懲戒解職の処分に附した事実を認めることができる。抗告人等は相手方職員懲戒規定の効力は爭つていないし、又相手方が、その職員の非行、即ち雇傭契約を律する信義誠実の原則に背く行為があつた場合に懲戒解雇を為し得ることは使用者の経営権の正当な行使として容認せらるべきものであるから、本件の爭点は抗告人等の行爲が前記職員懲戒規定に該当するか否かにある。而して抗告人等の前記行為は、相手方が人員配置轉換を行うにあたり不当不正な施策を行つた旨の風評をとらえて、相手方從業員に右風評を眞実なるものの如く宣傳したものであるから、相手方がこれをもつて、相手方会社の信用を害し、その業務の運営を妨げた行爲であると判断し、前記懲戒規定に該当するものと認定したのは相当であると認められる。

抗告人等は、抗告人等の前記行爲は憲法第二十一條、第二十八條、労働組合法第一條第二項によつて保障されている正当行為だと主張するけれども、憲法第二十一條は本件の如き出版に対し行政的制限の加えられることのないのを保障したに止まり、出版行爲に対し何等の責任を問わない保障を與えたものと解釈すべきでないことはいうまでもない。從つて出版行為を爲したものが、その行為について、民事刑事の責任を負う場合のあることは、もとより免れ難いところである。從つて抗告人等の行爲が相手方の職員懲戒規定に該当するときは、右規定に基く相手方の処分を受けるの已むを得ない場合もあることも、当然であつて、憲法第二十一條は、右職員懲戒規定の効力に影響を及ぼすものと解することはできない。

次に憲法第二十八條は勤労者の団結権、団体交渉権、その他の団体行動権を保障しているけれども、右諸権利の行使については何等の制限のないものと解すべきでなく、おのずからその目的達成のための正当な範囲に於ける権利の保障と解さなければならない。しかして、何が正当な範囲であるかは、各場合に應じ健全な社会通念によつて決するの外はない。この事は憲法第二十八條の具体化を図つた立法である労働組合法第一條第二項には、「……正当なものについて適用があるものとする」同法第七條には「……労働組合の正当な行為をしたことの故をもつて」との措辞を用いていることから見ても明かである。しかして、前記の抗告人等の行爲は、労働組合員として労働組合の目的を達するための正当な範囲内の行爲であると解することはできないから、憲法第二十八條も亦本件懲戒解雇の効力に影響を及ぼさない。抗告人等は労働組合法第一條第二項を引用して、抗告人等の行爲を正当なものと論じているけれども刑事上の免責規定である労働組合法第一條第二項を引用することは当を得ない。從つて抗告理由第一で詳細に論じられている、抗告人等の前記行爲は労働組合の所謂御用化を防止する啓蒙的活動として承認せらるべき正当な行爲だという主張は採用するを得ないし、その他同理由中に論ぜられていることはすべて原審決定を覆すに足る理由たり得ないものである。

抗告理由第二に対する当裁判所の判断

抗告人等は相手方を前掲東急労働組合との労働協約第十三條第一項の「会社は從業員を解雇するときは組合の承認を要する」との條項を根拠として、右組合の承認なくして爲された相手方の抗告人等に対する解雇の意思表示の効力を爭つているのである。そもそも憲法第二十八條、労働組合法其の他の労働法制は、労働者の地位を使用者と対等の立場迄向上させることを目的としたもので、労働者の地位を使用者のそれの上に置くことを企図したものではない。今もし使用者が労働者を解雇する場合の労働組合の承認が絶対的なものであつて、組合がその承認権を行使するにあたつて、何等の制限なく擅に之を行使することを得るものと解するならば、使用者は正当の理由ある場合でも労働者を解雇することができぬことも起り得べく、かくては使用者の所謂経営権は著しく侵害せられることとなるであろう。これは到底正当な解釈ということはできない。從つて、組合は、使用者が正当の事由によつて労働者を解雇することの承認を拒み得ないものと解することは、労働法制の基本目的に副う解釈であるといい得る。それ故組合が解雇の承認を拒むべきでない場合に之を拒むことは正しく、拒否権の濫用である。かかる場合には、組合の同意なくして、なされた相手方の解雇の意思表示は、その効力に欠くるところのないものというべきである。而して相手方の本件解雇の意思表示は正当の事由に基くものと解すべきことは前段説明の通りであるから、相手方の解雇の意思表示は組合の同意がなくとも有効であるといわなければならない。それ故これと同趣旨の原審決定は相当であつてこの点に関する抗告人の主張は理由がない。

抗告理由第三に対する当裁判所の判断

抗告人等は相手方が抗告人等を解雇したのは抗告人等が組合運動に熱心であつた爲と日本共産党員であるために爲されたもので、不当労働行爲であると主張しているけれども、相手方は右事実を解雇理由としていないのであるし、他に相手方が不当労働行爲の意図を有していたことを推測するに足る疏明資料がないから、本件を相手方の不当労働行爲と認定することはできない。その他原審記録に徴するに、抗告人等の仮処分申請を却下した原審決定は相当と認められるので、本件抗告は之を棄却すべきものとし、主文の如く決定する。

(裁判官 齋藤直一 山口嘉夫 猪俣幸一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!