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東京高等裁判所 昭和25年(行ナ)10号 判決 1953年8月29日

原告 社団法人日本出版協会 代表者理事 石井満

訴訟代理人 牧瀬幸 外二名

被告 公正取引委員会 代表者委員長 横田正俊

指定代理人総理府事務官 入江一郎 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告の請求の趣旨及び請求の原因。

原告代理人は、「原告に対する昭和二十四年(判)第五号事件につき、被告が、昭和二十五年五月九日にした審決を取り消す」との判決を求め、請求の原因として次のように陳述した。

一、被告は、昭和二十五年五月九日原告を被審人とする昭和二十四年(判)第五号事件について、別紙審決書写のとおり審決をした。

二、原告は、この審決に不服であつて、次の諸点について争うものである。

(一)  適用法律が改正されたから審決は取り消さるべきである。

被告は、審決において認定した原告の行為が事業者団体法(以下団体法と略称する)第五条第一項第一号中の「原材料の割当に関する原案を政府のために作成し」、「これを政府に提出」したものであり、同条同項第六号中の「特定の事業者に利益又は不利益を与え」たものであり、同条同項第八号中の「構成事業者の機能を制限し」たものであるとして、排除措置を命じたが、昭和二十七年七月三十一日公布、即日施行の法律第二百九十一号事業者団体法の一部を改正する法律により、被告は団体法第八条に規定する必要な措置を命ずる根拠を失うに至つた。従つて審決はその拘束力を失い、被告は審決の執行処分を行うことができない。よつて審決は速かに取り消さるべきである。

(二)  原告の行為は連合国最高司令官の指令に基くものである。

原告の行為は、かりに審決認定のとおりであつたとしても、降伏文書附属一般命令第一号第十二項にいう「連合国軍官憲」の発した指示に従つたもので、法律違反とならない。すなわち、連合国最高司令官(以下最高司令官と略称する)が、昭和二十年十月二十六日日本政府に対し「用紙配給に関する新聞及び出版協会の統制の排除に関する覚書」(以下「用紙配給覚書」と略称する)を発したため、連合国最高司令官総司令部(以下総司令部と略称する)民間情報教育局情報部長ドン・ブラウンは、国務大臣植原悦二郎らと右覚書に基く用紙割当に関し協議した結果、成案を得て、これをフアイナル・ドラフト・オブ・ペーパー・アロケーシヨン・オーデイナンス(以下フアイナル・ドラフトと略称する)と名付け、昭和二十一年十月十八日これを植原国務大臣に交付し、口頭でこれを実施すべきことを指示した。しかるに、日本政府は、右指示を誠実に守らず、ただ昭和二十一年十一月二十二日公布の勅令第五百六十六号「新聞出版用紙割当事務局臨時設置制」に基き新聞出版用紙割当事務局(以下割当事務局と略称する)を設置しただけで、その他の関係法令を制定しなかつた。そこで総司令部の指示である前記フアイナル・ドラフトに基き、総司令部から直接指揮命令を受ける特殊の民間団体として、用紙割当委員会(以下割当委員会と略称する)が組織された。割当委員会は新聞部会、書籍雑誌部会の二部会から成り、各部会がそれぞれ審査決定した用紙割当原案は、各部会の議長から直接総司令部に提出して、その承認を求めた。一方政府機関である割当事務局は、割当委員会の各部会が決定し、総司令部が承認した用紙割当原案に従つて用紙割当を実施した。しかして割当委員会はフアイナル・ドラフトに基いて、昭和二十二年五月二十四日原告に対し書籍雑誌出版に対する用紙割当の原案の作成方を依頼し、原告はこれを承諾して、以来右用紙割当原案を割当委員会に提出してきた。

その間政府機関に変動があり、昭和二十三年八月三日公布の法律第二百十一号新聞出版用紙割当事務庁設置法、同月十七日公布の政令第二百三十二号新聞出版用紙割当事務庁設置法施行令の施行により割当事務局が廃止せられ、新聞出版用紙割当事務庁(以下割当事務庁と略称する)が設置せられ、割当事務庁が割当委員会によつて審査決定され総司令部の承認を経た用紙割当を実施するに至つた。

しかるに、昭和二十三年七月二十九日団体法が公布され、即日施行されたので、割当委員会書籍雑誌部会議長小林勇は、ドン・ブラウンに対し団体法の施行が用紙割当手続に及ぼす影響について若干の質問を提出したところ、ドン・ブラウンは同年九月十三日右小林議長に対し「第三、四半期の用紙割当」と題する覚書(以下ブラウン覚書と略称する)を発し、政府の作成する用紙割当の原案に原告の批判(Comment )を求めることは差支ない旨を指示し、もつて、団体法の施行に伴うフアイナル・ドラフトの適用上の変更を命じた。よつて割当委員会は、原告に対し団体法施行後は用紙割当原案の提出を求めないで、政府(割当事務庁)の作成した用紙割当の原案について原告の批判を求めることを通告したので、原告はそれ以来右通告に基き用紙割当に関する政府の原案について批判し、割当委員会の参考に供したのである。なお、割当委員会は、昭和二十四年八月四日政令第二百九十四号新聞出版用紙割当審議会令の公布施行により廃止せられ、原告の割当委員会に対する協力はここに終つたのである。

その間、日本政府はフアイナル・ドラフトを飜訳して用紙割当規程と称して運用したのであつて、日本政府のいう用紙割当規程は原告主張の連合国軍官憲の指示の内容であるフアイナル・ドラフトと同一のものであつて、指示そのものである。

ドン・ブラウンは、総司令部民間情報教育局情報部長であつて、新聞及び出版用紙割当に関する権限を有し、その権限に基いて、最高司令官の発した用紙配給覚書の実施としてなされる新聞及び出版用紙の統制に関する補足運用命令として、フアイナル・ドラフト及びブラウン覚書を発したものであるから、この両者はひとしく権限ある連合国軍官憲の指示である。原告は、割当委員会を通じて受けた権限ある連合国軍官憲の指示に従つたものであつて、占領下においては、指示は日本の法律に優先したのであるから、原告の行為は適法である。

(三)  団体法第五条第一項第一号の規定及びこれに基いた審決は憲法に違反する。

団体法第五条第一項第一号は国民が政府に対し情報を提供すること、政府のために意見を開陳することを制限し、また禁止し、その結果政府に対しても国民から情報をとり集めることを制限しているのであるから、次のように憲法の各規定に違反する無効な法律である。また右法律が無効であるからには、右法律に基いて原告に対し割当委員会に情報意見、批評、計画を提供することを禁止した審決主文もまた憲法に違反するものである。

(1)  政府が国民から情報をとり集めることを制限することは、憲法第五章に規定された行政部の権限の侵害である。憲法第七十三条第一号は内閣に対して国務を総理することを委託している。内閣、すなわち政府は国務を行う上において、判断の基礎となる事実を知らなければならぬ。従つて政府が国民から情報を受けたり、あるいは国民に情報を要請したりすることを禁止する法律は、国務を行う上に必要な権能を政府から奪うものであつて、憲法第七十三条第一号の規定と相い容れないものである。

(2)  憲法第十五条第二項は、「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」と規定した。全体に奉仕するためには、公務員又は政府は、全体の意見を聞き、また意見を述べることを促すことを許されなければならない。それ故社会の一部分である事業者団体に情報を要請すること、及び情報を受けることを禁止することは、社会の一部分に対し差別待遇をすることに外ならない。それ故政府が事業者団体に情報を要請したり、また情報を受けたりすることを禁止する団体法第五条第一項第一号の規定は、憲法第十五条第二項に違反するものである。

(3)  憲法第十六条は、請願の権利、すなわち政府に対し意見を述べる権利を保障している。政府に対し請願し、示唆又は情報を与える権利は民主政治にとつて必須の権利である。しかも、憲法は請願する者の動機について何らの制限をも加えていない。あらゆる事項について、あらゆる人について請願の権利を認めているのであるから、事業者団体に対し原材料等の割当に関して政府に請願する権利を拒否している団体法第五条第一項第一号の規定は、憲法第十六条に違反するものである。

(4)  憲法第二十一条は、言論の自由を保障している。従つて事業者団体といえども、他の者と同じようにその意見を口頭又は書面で発表する権利を持つている。もちろん、言論が、公共の福祉に反するときは、制限されることもまたやむを得ないところであるけれども、政府に対しその意見を述べることが、公共の福祉に反することはあり得ない。従つて事業者団体に対し原材料等の割当に関する意見を表明することを禁ずる団体法第五条第一項第一号の規定は憲法第二十一条にもまた違反する。

(四)  原告は出版用紙の割当に関する原案を政府のために作成し、又はこれを政府に提出したことはない。

(1)  原告は用紙割当の原案を作成又は提出したものではない。

団体法施行後は、政府(割当事務庁)において、用紙割当の原案を作成し、割当委員会にこれを提出して、審議を求め、割当委員会は政府作成の用紙割当原案を審議するにあたつて、その参考としてこれに対する原告の批判を求めたのである。そこで、原告は割当委員会の要求があつた場合だけ、原告の担当職員を同委員会書籍雑誌部会の下見審議及び本会議に出席せしめたのである。右の会議において、原告の職員は、割当委員から要求のあつた場合だけ発言し、文化委員会(原告の費用を以て会合を開催する各方面の学識経験者をもつて組織する団体)の用紙割当の原案に対する批判意見に基いて純粋に文化的見地から当該雑誌及び書籍についての文化的社会的価値判断を加えた批判的意見を述べたのである。

団体法第五条第一項第一号にいう「割当に関する原案」とは、個別的、具体的な割当の案を指すのであつて、提出を受けた政府がそれをそのまま実施すると否とを問わないが、実施しようと思えばできる程度に具体化したものであることが必要であろう。

しかるに、原告のなした本件「批判」は、割当委員会が特に求めたものについてのみなされたのであるから、個別的でない。また各個の書籍雑誌について数字をあげたものでなく、その内容の文化価値に、需要度を考慮した社会的価値判断をなしたのであるから具体的でない。また書類を提出するのでなく、部分的に口頭で批判するだけであるから、実施しようと思えばできる程度に具体化したものでもない。以上いずれの観点から見ても、原告のなした批判は、「割当に関する原案」の作成又は提出とはならないものである。

(2)  原告のなした批判は、政府のために、又は政府になしたものでない。

原告に対し、政府の作成した用紙割当の原案につき批判を求めたのは、割当委員会であつて、政府機関である割当事務庁ではない。元来割当事務庁は前掲新聞出版用紙割当事務庁設置法によつて設置せられたもので、同法律によれば、割当事務庁は新聞出版用紙割当審議会の議決に従つて、用紙割当を実施することになつていた。しかるに、同法律施行後同法律に規定せられた、新聞出版用紙割当審議会は設けられず、同法律は、右審議会に関する部分のみがその運用を停止されていたのである。そのため、割当委員会が右審議会に代る法律上の根拠がないのに拘らず、割当事務庁は同法律施行前と同じように割当委員会の審議決定した結果に基いて用紙の割当を実施していた。すなわち、割当委員会は、さきに述べたように総司令部の直接指示を受けて、用紙割当の原案を審議していたのである。いつたい、割当委員会は、総司令部の指示によつて組織された特殊の民間団体であつて直接総司令部の指揮命令を受けてその業務を執行していたのである。それ故割当委員会は、新聞出版用紙の割当について、いわば総司令部の代理人のような立場にあつたのであつて、日本政府の機関ではなかつたのである。

原告は、このような性格を有する民間団体である割当委員会に対して政府の作成した用紙割当原案に関する批判をしたのであつて、原告と政府機関との間には何らの直接関係がなかつたのであるから、原告のなした批判は「政府のために又は政府に」なしたものではない。

(五)  原告は、出版業者に利益又は不利益を与えかつ出版業者の機能もしくは活動を制限したことはない。

審決は、原告が原材料の割当に関する原案を政府のために作成し、かつこれを口頭をもつて政府に提出する方法によつて出版業者に利益、不利益を与えかつ構成事業者である出版業者の機能を制限したものと認定したがそのような事実はない。

(六)  用紙の配給統制が撤廃せられたから排除措置の必要がない。

昭和二十四年十二月二十九日公布同二十五年一月一日施行の農林、通商産業省令第十号「指定生産資材割当規則の一部を改正する省令」により、出版用紙に関する統制は撤廃せられた。従つて、被告は原告に対し審決主文の排除措置を命ずる必要はない。

(七)  審決の基礎となつている事実を立証する実質的な証拠がない。

被告が審決の基礎として認定した事実(審決書の「事実と証拠」と題する部分中一、二、三、四記載の事実)中、次の(1) (2) (3) の諸事実については、これを立証する実質的な証拠がない。

(1)  「事実と証拠」の二の事実。

二つの事実認定中「新聞出版用紙割当事務庁設置法の施行により、新聞出版用紙割当審議会の議決に従つて新聞出版用紙割当事務庁が行うことになつた」とあるが、新聞出版用紙割当事務庁設置法は、その施行後、昭和二十四年八月四日公布の政令第二百九十四号新聞出版用紙割当審議会令が施行されるまでは、審議会に関する部分のみ運用を停止され、用紙割当委員会が総司令部の直接指示を受け、従前通りの運営を続けていたのである。また「昭和二十一年頃閣議決定を経た用紙割当の機構及び手続に関する用紙割当規定(未公布)に基いて、用紙割当の決定機関として事実上設けられた新聞及び出版用紙割当委員会」とあるが、用紙割当委員会は閣議決定によつて設置せられたものでなく、用紙割当規程は連合国軍官憲の指令の内容であるフアイナル・ドラフトの飜訳である。

(2)  「事実と証拠」の三の事実。

(イ) 三の(1) 末尾に、「文字・符号・数字等をもつて記入し」とあるが、これは、文字・符号・数字を以て記入したこともあるに過ぎない。

(ロ) 三の(2) 中「割当審議表を作成し」とあるが、これは割当審議表メモを作成したのであり、「割当に当つて諸種の考慮すべき事項を文章で…………記入し」たことはない。

(ハ) 三の(3) 第二行目「割当審議表」は割当審議表用紙であり、第八行目「審議表」は審議表メモである。

(ニ) 三の後段の「審議表を所持した」とあるのは、審議表メモを所持したのであり、「主として」とあるのは削除さるべきであり、「具体的意見を述べ」とあるのは、批判的意見を述べたのである。

(3)  「事実と証拠」の四の事実。

四の末尾に「割当部数は自ら定まることになつていたものである」とあるが、割当部数は四に認定してあるような経過で、決定的に定つたのではない。

なお、「被告の認定した事実を立証する実質的な証拠がある」というためには、(い)被告の認定事実を立証するところの、少くとも信じ得る証拠が審判手続における調書の中に見出されること、(ろ)被告の認定に反する別の証拠が圧倒的に対抗し難い証拠でないこと、及びこのような反証を提出する公平な機会が審判手続中に与えられたことが調書の中で見出されることの二要件が必要である。何となれば、被告の事実認定を支持する実質的な証拠が一つさえあれば、他に被告の事実認定と矛盾するところの、より信用すべき証拠が百あろうとも、裁判所が被告の事実認定に拘束されるとすれば、行政機関たる被告が事実に関する限り終審として裁判を行うことに帰着し、憲法第七十六条第二項に違反するからである。しかして、前段主張の(1) (2) (3) に摘示したかつこ内の認定事実は、このような意味の実質的な証拠によつて立証されていないものである。

第二被告の答弁。

被告代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、次のとおり陳述した。

一、被告が原告主張の審決をしたことは認める。

二、(一) 適用法律が改正されたから審決は取り消さるべきであるとの主張について。

裁判所が被告の審決を審査するにあたつて、基準とすべき法令は審決時の法令でなければならない。裁判所による審決の審査の本質は、審決の適否の判断に外ならないのであつて、裁判所は、審決の時に違法であり、又は不当である審決についてのみこれを取り消し、又は変更し得るに過ぎない。それ故審決後の法律の改正は審決取消の理由とはならないものであり、この点の原告の主張は理由がない。

(二) 原告の行為は最高司令官の指令に基くものであるとの主張について。

総司令部民間情報教育局が植原国務大臣に対しフアイナル・ドラフトを交付したことは認めるが、フアイナル・ドラフト自体が指示であること、フアイナル・ドラフトを実施することを命ずる口頭の指示があつたことは、ともに否認する。フアイナル・ドラフトは、その名の示すように案であつて、その内容に指示たることを示す表現はなく、右は連合国軍官憲の日本政府に対するしようようあるいは示唆、すなわち命令の意味を有しない一種の助言であつたのである。

総司令部民間情報教育局情報部長ドン・ブラウンが原告の主張の覚書を発したことは争わないが、右ブラウン覚書が指示であることは否認する。右は連合国軍官憲の団体法の解釈に対する個人的見解の表明であろう。

右ドン・ブラウンが昭和二十一年から昭和二十三年に至るまでの間新聞及び出版用紙割当に関して権限ある連合国軍官憲であつたことは知らない。

およそ、連合国軍官憲の指示には直接指示(日本政府を通じることなしになされる日本政府機関以外の人又は団体に対する指示)と間接指示(日本政府に対する指示で、日本政府がこれを法制化することにより日本政府機関以外の人又は団体が拘束される指示)とがあるが、フアイナル・ドラフト及びブラウン覚書はそのいずれにも当らないものである。仮に右フアイナル・ドラフト及びブラウン覚書が何らかの意味で連合国軍官憲の指示であるとしても右指示に基いて何ら日本法令の改正等の措置がとられず、また右指示自体に何ら日本法令の適用を排除する旨の文言もないのであるからその指示の効力たるや何ら日本法令の効力を左右し得る程度のものではない。

日本政府はフアイナル・ドラフトを受け取つた後、これを飜訳して、用紙割当規程と名付け、昭和二十一年十一月頃内閣総理大臣の決裁を経たが(審決には閣議決定を経たと認定したが、これは誤であつた。)正式の法令とはせずに、実際上この用紙割当規程に基いて用紙の割当をして来たのである。この用紙割当規程は原告主張のフアイナル・ドラフトそのものではなくフアイナル・ドラフトに基いて日本政府の作成したものであるから、フアイナル・ドラフトとは別個のものである。

(三) 団体法第五条第一項第一号及びこれに基いた審決が憲法に違反するとの主張について。

(1)  憲法第七十三条の「内閣は国務を総理する」というのは国の行政事務は各省大臣がこれを分担するが、内閣はその全体に対し監督者たる地位に在ることを示したものであり、各主務大臣の職務に属する行政事務を総括して指導監督することを意味するのである。また憲法第十五条第二項は、その第一項と同じように国民主権主義の根本原則を表明したもので、公務員は一部少数者の利益のためにその職務を行つてはならないという意味であつて、いずれも政府又は公務員が常に国民全体の意見を聞いて事を処理しなければならぬことを直接に規定しているものではない。憲法の右二条項に、国民の総意をできる限り参酌して国政を行うべきことを要求する趣旨が含まれているとしても、政府又は公務員が国民の意見を聞くに付ては、法規に従つた方法でなすべきであつて、違法な方法に訴えるべきではない。従つて団体法が公益の立場から私人の統制行為参加を禁止している場合に、その限度において政府又は公務員が国民の意見を聞くことを制限せられたとしても、右憲法の条項に違反するものではない。

(2)  憲法の保障する基本的人権は侵すことのできない永久の権利であつて、立法によつてみだりに制限することのできないものであることはいうまでもない。しかしながら国民は憲法の保障する自由及び権利を濫用してはならないのであつて、公共の福祉に反しない限度においてこれを利用しなければならない。従つて言論の自由といえども、絶対無制約なものでなく、請願もまた違法の事項を内容とすることは許されない。団体法第五条第一項第一号に、経済統制のような権力的行為は公益の代表者である政府の専権に属するもので、これを私的団体をして行わせることは公共の利益を害するという理由で、事業者団体の経済統制行為を禁止しているのである。従つて経済統制行為の禁止によつて、事業者団体の表現の自由が害される一面があつたとしても、同条項を目して憲法違反となすは当らない。また配給統制の目的を以てする割当原案の提出を請願の形式ですることは、請願の権利の濫用であつて公共の福祉に反するものというべく、かかる請願をなすことはもとより許されないところであるから、団体法第五条第一項第一号及び審決主文は、ともに憲法第十六条に違反するものではない。

(四) 原告は出版用紙の割当に関する原案を政府のために作成し、又はこれを政府に提出したことはないとの主張について。

(1)  原告は用紙割当の原案を作成又は提出しないとの主張について。

原告は、団体法施行前においては、内閣総理大臣の決裁を経た用紙割当規程及び昭和二十二年五月二十四日附の「新聞及出版用紙割当委員会と社団法人日本出版協会との協定事項」に基いて、予め商工省(或は通産省)から発表される当期の用紙割当可能総量の枠内で割当審議表に個々の割当申請書籍雑誌についての割当部数又は頁数を記入した割当原案を割当委員会に提出し(形式的提出行為)、かつ割当委員会の審議の際に担当職員をして自由にこれについて説明させて(実質的提出行為)来たのであつた。なお、割当原案は、原告の附属機関である文化委員会の審議を経て決定されたものであるが、原告の名において作成、提出したものであり、かつその内容も単に文化的な価値判断をなしているものではなく、同時に用紙の経済統制に関するものであつた。

ところが、団体法の施行により従来のような原案の作成、提出ができなくなつたため原告はブラウン覚書による示唆に従つて、従来のように個々の書籍雑誌全部について部数、又は頁数を割当審議表に記入することはやめたが、従来からの慣習によつて直ちに割当部数又は頁数が定まるような記号又は内容批判に関する文字等を割当審議表に記入し、(一部については従来のまま数字を記入し)、これを批判案と称して、割当委員会の審議の際に、従来と同様に職員をして持参させ、審議に参加させた。しかるに割当委員会における審議は、個々の書籍雑誌毎に事務庁作成の原案をもとにして検討され、原告職員は、割当委員に要求された時ばかりでなく、自発的にも右批判案を参照しつつ、時に具体的な数字をあげながら、割当についての意見を口頭で述べたのであつて、原告職員が積極的に発言しなかつたのは、原告側と事務庁原案とが一致している場合であつた。もちろん原告の職員は、割当審議表記載の書籍全部について、その割当部数又は頁数を一々口頭伝達したというのではなかつたけれども、その所持したいわゆる批判案の内容は十分に、個別的に割当委員会に口頭で伝達したのである。

団体法施行に伴つて、原告が改めた主要な点は、

(イ) 割当審議表記載の書籍雑誌の全部について割当部数又は頁数を記入することはやめたが、数字の代りに直ちに数量の決定できるような記号・文字を記入し、これを批判案と称することとしたこと。

(ロ) 右批判案と称するものを割当委員会に提出するという形式的行為をやめて、批判案の内容を個別的に口頭伝達するという実質的な提出行為のみにしたこと、の二点で、実質的には何ら異るところがなく、出版業の原材料である用紙の割当について個別的でかつ具体的な内容を作成し、提出したものである。

団体法第五条第一項第一号で、「原材料の割当に関する原案を政府のために作成し、又はこれを政府に提出すること」を禁止している趣旨は、統制のような権力行為は、公益の代表者である政府が自らの責任で実施すべきものであつて、私的団体の具体的介入を許さないというにある。従つて事業者団体の作成又は提出する原材料の割当案は、政府により実施せらるべき意図を持つていることを要すると共に、政府がこれに基き個別的な割当統制を実施し得る程度に具体化したものであることは必要である。しかし、その案がそのまま実施されるか、修正を要するかは問わない。またかならずしも当該割当の全範囲にわたる内容を有することも必要でない。たとい、割当の一部であつても、実施可能な要素を持つものであれば足りるし、また政府のための唯一の案であることも要しない。

従つて原告の行為は団体法第五条第一項第一号に規定する「原材料の割当に関する原案を作成し、又は提出することに」該当するものである。

(2)  原告のなした批判は、政府のために、又は政府になしたものでないとの主張について。

団体法第五条第一項第一号にいう「政府」とは直接経済統制を実施するところの、法制上の根拠を有する行政官庁を指すばかりでなく、当該統制についての当該行政官庁の意思決定に関与する権能を有する当該行政官庁と密接な関係を有する国家機関をも含むものと解すべきである。

これを本件について考えるに、割当委員会は、直接には昭和二十一年十一月五日閣議決定を経た新聞出版用紙割当委員会規程(同年十二月二十日附官報五九八二号に官庁事項として発表)に基いて、内閣に設置されたものであり、その権能は新聞及び出版用紙の割当に関する決定をなすにあつた。右決定に従つて用紙の割当を実施する官庁は、新聞出版用紙割当事務局臨時設置制(昭和二十一年十一月二十五日勅令第五百六十六号)によつて内閣に設けられた割当事務局であつたが、新聞出版用紙割当事務庁設置法(昭和二十三年八月三日法律第二百十一号)によつて、割当事務庁と名称を変更し、更に新聞出版用紙割当局と再び名称を変更した。割当委員会は新聞出版用紙割当審議会令(昭和二十四年政令第二百九十四号)によつて政府機関たる審議会にそのまま移行し、審議会令附則2によつて、割当委員会のなした議決は、審議会がなした議決と同一の効力を有するものとみなされるに至つた。その間割当委員会は、厳格な意味では、法制上の根拠を有する行政官庁といい難いものであつたが、用紙割当規程に基く用紙割当の実施官庁である新聞出版用紙割当事務局(同割当事務庁、同割当事務局)と密接な関係を有し、事実上用紙割当の決定機関としての機能を果し、両者は一体となつて用紙の配給統制を行つて来たものであるから、割当委員会は国家機関たる実質を有するものであり、団体法第五条第一項第一号の政府に該当するものである。

もし仮に団体法第五条第一項第一号の政府とは法制上の根拠を有する政府機関を指するものと解するものとしても、原告は、割当委員会の決定が直ちに法制上の根拠を有する政府機関である割当事務庁の決定事項として実施せられることを認識しながら、割当委員会に対し、原告のいわゆる批判案を伝達したのであるから、右の原告の行為は、割当委員会を通じて、割当事務庁すなわち政府のために、又は政府に対してなしたものといわなければならない。

(五) 原告は、出版業者に利益又は不利益を与え、かつ出版業者の機能もしくは活動を制限したことはないとの主張について。

原告は審決において認定したように、割当委員会の席上原案の割当数量に対する具体的意見を述べ、これによつて書籍及び雑誌の割当部数がおのずから定められる関係にあつた以上、原告は特定の事業者に利益又は不利益を与え、また同時に構成事業者の機能を制限したといい得るのである。

(六) 用紙の配給統制が撤廃せられたから排除措置の必要がないとの主張について。

出版用紙に関する統制が一時撤廃されたことは、原告主張のとおりであるが、昭和二十五年二月七日公布即日施行の通商産業省令第九号によつて、出版用紙の再統制が実施されているから、統制撤廃の事実に基く原告の主張は理由がない。

(七) 審決の基礎となつている事実を立証する実質的な証拠がないとの主張について。

審決の認定事実中「昭和二十一年十一月頃閣議決定を経た用紙割当の機構及び手続に関する用紙割当規程」とあるのを「昭和二十一年十一月頃内閣総理大臣の決裁を経た用紙割当の機構及び手続に関する用紙割当規程」と訂正する。

その余の審決認定事実中、原告の争う部分は、すべて審決掲記の証拠によつて認め得るものであり、右は、すべて実質的な証拠によつて立証されているものである。

なお、実質的な証拠によつて立証されているか否かは、裁判所が、審判手続中にあらわれたすべての証拠を綜合的に比較検討した上で、決定することであるから、最終事実認定権は裁判所にあるものというべく、憲法第七十六条第二項を援用する原告の主張は当らない。

第三証拠関係

一、引用証拠。

(一)  原告代理人は引用甲第一号証(フアイナル・ドラフト、植原国務大臣が連合国軍官憲から交付を受けた原本に基き、写を作成し、用紙割当委員会の委員各自に交付したものの一つ)、同第二号証(ブラウン覚書)、同第三号証(第五国会衆議院内閣委員会昭和二十四年四月十一日速記録)、及び審判手続における参考人小林勇、美作太郎、羽場一郎、木下常太郎、高山正、吉原重則、雨宮綾夫、篠田英雄の各陳述を引用し、引用乙第一、第二号証の成立を認め、引用乙第一、第二号証に記載された参考人の陳述が審判手続における同一参考人の陳述と牴触する部分の引用については異議があると述べた。

(二)  被告代理人は、引用乙第一号証(高山正の口供書)、同第二号証(吉原重則の口供書)、審判手続における参考人木下常太郎、高山正、篠田英雄、小林勇の各陳述を引用し、引用甲第一号証につき植原国務大臣が作成し、用紙割当委員会の委員各自に交付したものの一であることは認めるが、その原本が同国務大臣において連合国軍官憲から交付を受けたものであることは知らない。引用甲第二号証の原本の存在は認めるが、その成立は不知、引用甲第三号証の成立は認めると述べた。

二、あたらしい証拠の申出。

(一)  原告代理人は、あたらしい証拠として、新甲第一号証の一(ニユージエント中佐の書翰)、同号証の二(ドン・ブラウンに関する職務証明書)、同第二号証(ニユージエント中佐の書翰)の提出、参考人植原悦二郎、成田勝四郎の尋問の申出をなし、その申出の理由として、フアイナル・ドラフト及びブラウン覚書が権限ある連合国軍官憲の指示であることを立証せんとするものであつて、連合国軍官憲の指示に関する証拠の取調は私的独占禁止法第八十一条第一項の制限外であると述べた。

(二)  被告代理人は、参考人柏木一郎、有賀美智子の尋問の申出をなし、その理由として、フアイナル・ドラフトが連合国軍官憲の指示でないことを立証せんとするものである。なお連合国軍官憲の指示は、それが直接管理としてなされる限り一の法源と解すべきであるから、私的独占禁止法第八十一条の規定に拘らず、裁判所自らこれを調査する権限があると述べた。

(三)  当裁判所は、原告提出の新甲第一号証の一、二、第二号証について証拠調をなしたところ、被告代理人は、新甲第一号証の一、二の成立は認める。同第二号証の成立は不知と述べた。

理由

(一)  適用法律が改正されたから審決は取り消されるべきであるとの主張について。

被告は本件審決において、原告は(1) 原材料の割当に関する原案を政府のために作成し、これを政府に提出ししかもこの行為により(2) 特定の事業者に利益を与え、かつ(3) 構成事業者である出版業者の機能を制限したものであると認定し、右(1) は団体法第五条第一項第一号、(2) は同項第六号、(3) は同項第八号に各違反するものとし、同法第八条に則り右各違反行為を排除するための必要な措置として被審人たる原告に対し「一、被審人は今後政府機関の作成した割当原案を批判するため、又は右原案による割当決定の参考に供するため、割当申請の全部は勿論、その一部についても、用紙割当数量又は出版物の総合的価値判断を数字記号その他で表示した批判案、参考案その他これに類するものを作成し、又はこれを政府に提出したり割当手続の過程に参加して用紙割当数量又は出版物の総合的価値判断に関する具体的意見を陳述する等どんな方法によつても出版用紙の配分の統制的行為をし又はそれに着手してはならない。」(審決主文第一項)「二、被審人は今後前項のような行為その他どんな方法によつても特定の事業者に利益又は不利益を与えたり構成事業者の機能若しくは活動を制限してはならない。」(同第二項)との事項を命じたものである。しかるに、昭和二十七年七月三十一日公布即日施行の「事業者団体法の一部を改正する法律(昭和二十七年法律第二百九十一号)」によつて、従前の団体法第五条第一項第一号中「及び原材料、商品若しくは施設の割当に関する原案若しくは計画を政府のために作成し又はこれを政府に提出すること」が削除され、同項第六号中「特定の事業者を公認し」を「特定の事業者を不当に公認し」に、「特定の事業者を排斥するための表」を「特定の事業者を不当に排斥するための表」に、「その他の方法により」を「その他不当な方法により」に、「特定の事業者に利益又は不利益を与えること。」を「特定の事業者に不当に利益又は不利益を与えること。」に改められ、同項第八号中「機能若しくは活動を」の下に「不当に」を加えられ、第四条第十号に「前各号に掲げるものの外第五条第一項各号及び私的独占禁止法の規定に違反しない行為」との一項目が設けられ、第八条の「第四条第一項各号の許容活動の範囲をこえる行為又は」が削除された。すなわち、右改正法律によれば原材料の割当に関する原案を政府のために作成し又はこれを政府に提出する行為は、事業者団体にとつてもはや禁止行為ではなく、許容活動となつたものであり、公正取引委員会はかかる行為についてなんら排除措置を命ずべきものではなくなつたものである。また特定の事業者に利益又は不利益を与える行為は、改正法によれば不当な方法により不当に利益又は不利益を与えるものだけが禁止され、排除措置の対象となるもので、かようなものでないものは、特定の事業者に利益又は不利益を与えるものであつてもそれは禁止行為ではなく許容活動とされることとなり、さらに構成事業者の機能若しくは活動を制限し又はその制限に着手する行為は、改正法によれば不当にかかる制限をし又は制限に着手する行為のみが禁止され、排除措置の対象とされるものでかかるものでないものは、構成事業者の機能若しくは活動を制限し又はその制限に着手するものであつても、それは禁止行為ではなく、許容活動とされるにいたつたものであることが明らかである。

審決主文第一項は一見団体法第五条第一項第一号前段の統制行為の禁止と同様の事項の禁止を宣言しているようであり、従つて前記法律の改正とは無関係のもののようであるが、決審が被審人たる原告の行為として認定したのはもつぱら同号後段の割当原案の作成提出ということにあつたことは前記のとおりであつて、審決はこの行為の排除に必要な措置として前記のような事項を命じたもので、その例示する内容も被告が審決において割当原案の作成提出にあたるとしている行為を指摘しているところであるから、右主文の趣旨は結局被告の認定した原告の違反行為と同種の行為を繰り返さしめないことにあるものと解して差し支えない。主文第二項は明らかに違反行為と同種の行為の繰り返しを禁じたものである。これらの審決が右団体法改正の結果いかなる影響を受けるかが本件の問題である。

この点について改正法は附則第五項において「この法律の施行前にした行為に対する罰則の適用についてはなお従前の例による」と規定した外、なんらの経過的措置を規定してはいない。思うに被告公正取引委員会は一の行政庁であり、その審決は一の行政処分であるから、審決の取消又は変更を求める訴は本質的には一の行政事件訴訟である。いつたい裁判所に対して違法な行政処分の取消又は変更を求める訴を提起することを得させたのは、法による行政を担保し、行政庁の恣意によつて国民の権利又は利益が違法に侵害されることのないようにするためである。この場合に裁判所が判断すべきことは係争の行政処分が違法に行われたかどうかの点であり、行政処分の行われた後法律が改正されたからといつて、行政庁は改正法律によつて行政処分をしたのではないから裁判所は改正後の法律によつて行政処分の当否を判断することはできないのである(最高裁判所昭和二五年(オ)第二二〇号同二七年一月二五日第二小法廷判決参照)。本件においても、団体法第九条によつて準用される独占禁止法第八十二条第一項第二号によれば、審決が憲法その他の法令に反する場合には、裁判所は審決を取り消すことができ、同条第二項によれば、裁判所は審決の内容が憲法その他の法令の適用につき独断に過ぎ又は不当であると認めるときは審決を変更することができるとされているが、ここにいう憲法その他の法令とは被告が審決をした時におけるそれと解すべきものであることは右と同様である。従つて本件審決が、改正された団体法に照せばこれに反するとしても、そのことの故に審決を取り消すことはできないものといわなければならない。また旧法の下で適法に成立した審決が改正法の施行によつて当然に形式的にも無効に帰するということはあり得ないものといわなければならない。しかしながら、審決がその内容として基いている旧法の規定が廃止変更された結果、この審決の内容が実質的に改正法律によつて影響されることのあり得ることはこれを肯認しなければならない。

原材料等の割当に関する原案若しくは計画を政府のために作成し又はこれを政府に提出する行為は旧法においては禁止されていたが改正法によつては無条件に適法行為となつたものであり、改正法施行後は事業者団体は自由にかかる行為を行い得ることとなつたものであるから、被審人たる原告にこれが禁止を命じている審決主文第一項は、右改正法律自体の効力によつて、将来に向つて当然その内容のもつ実質的な拘束力を失い、爾後原告に対し禁止の効力を持続することなきにいたつたものと解するのを相当とする。法は一方において現に適法な行為として許すものを、同時に他方において違法として禁止することは原則としてあり得ないところである。審決の内容のこの拘束力は法の改正そのものによつて、他になんらの手続をまたず当然に失われるものと解すべきであつて、そのために公正取引委員会ないし裁判所で特にその意味の審決の取消又は無効宣言を要するものではないし、またかかる審決の内容としての拘束力が失われることの故に審決そのものを取り消すことはできないものというべきである。従つてこの点に関する原告の主張はすべて失当である。

しかしながら審決は形式的に存在してもその内容はすでに当事者を拘束せざるにいたつているのであるから、現在の状態においては審決が始めから存在せず又は他の事由で取り消された場合と異なるところはなく、右審決が形式的に存在することはなんら原告に不利益をもたらすものではない。従つてこれが取消を求める原告の本訴請求は、この部分に限り、原告主張の他の諸点について審理するまでもなく、訴の利益を欠くものとして請求棄却を免れない。

次に審決主文第二項に関して検討する。審決当時における団体法は事業者団体が特定の事業者に利益又は不利益を与えること、構成事業者の機能もしくは活動を制限すること自体を禁止していたものであつて、その利益不利益の与え方ないし機能活動を制限するし方が不当であると否とを問わなかつたのであり、本件審決主文第二項もそこに掲げた方法が不当であるか否かを問わず全面的にこれが禁止を命じたものである。いいかえれば旧法の禁止したものの中には改正法においても禁止する不当なそれと、改正法では適法行為となつた不当でないそれとが含まれていたというべきであり、本件審決の命じた禁止行為の中にも改正法のなお禁止する不当なものと改正法によつて適法行為とされている不当でないものとがあり得るわけである。改正法はこれらのうち不当なものだけを特に禁止し、その余のものを適法とするにいたつたものであるから、審決がその主文第二項で命じた禁止行為中改正法によつても依然禁止の対象とされる不当なものだけについて、審決はその実質的拘束力をなお持続し改正法によつては適法行為となつた不当なものでないものについては前記審決主文第一項に関してのべたと同一の理由により、その内容のもつ実質的拘束力を失つたものといわなければならない。その実質的拘束力をなお持続する部分について、法の改正を理由として審決の取消をすべきものでないことは前記のとおりであり、その拘束力の失われたものについてもそのことの故に審決そのものを取り消すことを得ないことは前記審決主文第一項についてのべたところと同様であるから、この点に関する原告の主張は失当である。もつとも審決の拘束力の失われた部分については原告は訴の利益を欠くものというべきことも前同様たるべき筋合であるが、審決は団体法がその当不当の区別なく前記諸行為を禁止していたときにこれを根拠としてなされたものであり、その認定した原告の行為につきあえて当不当を区別しないと同時に、その主文で命じた将来の禁止についても当不当を区別してはいないのであるから、結局審決主文第二項のどの範囲がなおその拘束力を有し、どの範囲がこれを失つたかを確定する方法がないのである。従つてこの点については原告はこれを全体としてなおその取消を求めるについて訴の利益があるものというの外はない。よつて右審決主文第二項に関係する限度においてなお原告の他の主張について順次判断しなければならない。

(二)  原告の行為は最高司令官の指令に基くものであるとの主張について。

原告は、原告の行為が、かりに審決認定のとおりであつたとしても、右は権限ある連合国軍官憲の指示であるフアイナル・ドラフト及びブラウン覚書に従つたもので、占領下においては、指示は日本国の法律に優先したのであるから、原告の行為は適法であつたと主張する。よつて、フアイナル・ドラフト及びブラウン覚書が権限ある連合国軍官憲の指示であるか否かについて検討する。フアイナル・ドラフトが総司令部民間情報教育局から植原国務大臣に交付せられたものであること、ブラウン覚書が総司令部民間情報教育局情報部長ドン・ブラウンから割当委員会書籍雑誌部会議長小林勇に交付せられたものであることは当事者間に争のない事実である。しかして、右フアイナル・ドラフト及びブラウン覚書が権限ある連合国軍官憲によつて発せられたものであることは、成立に争のない新甲第一号証の一、二、当裁判所が文書の体裁、文言、署名などにより真正に成立したものと認める新甲第二号証によつて認められるけれども、右フアイナル・ドラフト及びブラウン覚書は、右文書受領者である植原国務大臣、又は日本政府及び割当委員会書籍雑誌部会議長小林勇に対する連合国軍官憲の指示とは解し難い。まずこれをフアイナル・ドラフト(引用甲第一号証)について見れば、「用紙割当規程最終案」と題してあるだけでそれが日本政府を拘束する意味の何らの記載がなく、かつこれが作成せられるに至つた事情に関する原告の主張(被告の明らかに争わないところである)に照らせば、右フアイナル・ドラフトそのものは最高司令官の日本政府宛「用紙配給覚書」に基き政府が最高司令官に対し自ら決定すべき責任をもつ用紙割当に関する具体的措置について、ドン・ブラウンのしようようを受けたものに過ぎないと解すべきものである。従つて被告が右フアイナル・ドラフトを連合国軍官憲の指示ではないとしたのは相当である。この点に関し原告の引用する参考人小林勇、同美作太郎、同羽場一郎の陳述を参酌しても、右認定を変更し難い。次にブラウン覚書(引用甲第二号証)について考えるに、右覚書中に、「事業者団体法の効果に関し、従来日本出版協会が書籍雑誌部会の職務に関連して協力したことについて千九百四十八年九月四日附提出された質問について、(中略)これを明らかにするために連絡を必要とする経済科学局の係官が現在東京を離れているので、今直ちにこれを明白にすることができない。」ことを明らかに記載し、更に「一週間の余裕が与えられるならば、その時までには九月四日附の質問(前掲事業者団体法の効果に関する質問)に対する回答が与えられるであろう。」と附言しているのであつて、小林議長の質問に対するドン・ブラウンの中間的回答と目すべく、これをもつて連合国軍官憲の指示なりとする原告の主張は根拠のないものというの外はない。よつて、審決認定の原告の行為が権限ある連合国軍官憲の指示に従つたもので、結局最高司令官の指令に基くものであるとの主張は、排斥を免れないものである。

(三)  団体法第五条第一項第一号及びこれに基いた審決が憲法に違反するとの主張について。

原告の団体法第五条第一項第一号及びこれに基いた審決が憲法に違反するとの主張は、団体法第五条第一項第一号後段の「原材料、商品若しくは施設の割当に関する原案若しくは計画を政府のために作成し、又はこれを政府に提出すること」を禁止することが憲法に違反すること、及びこれに基く主張であるところ、右禁止規定が昭和二十七年法律第二百九十一号団体法の一部を改正する法律によつて削除され、事業者団体が自由に右の行為を行い得ることとなつたことは、理由(一)において説示したとおりであるから、原告の右主張は、審決主文第一項にのみ関するもので、原告はこの部分に関しては訴の利益を有しないものであるから、原告の右主張については判断を加えない。

(四)  原告は出版用紙の割当に関する原案を政府のために作成し、又はこれを政府に提出したことはないとの主張について。

原告の右主張は、結局、審決認定の事実をもつて、団体法第五条第一項第一号にいう「割当に関する原案を政府のために作成し、又はこれを政府に提出すること」にあたるものとした審決の法律の適用を攻撃するものと解すべきである。従つて右主張は審決主文第一項のみに関するものであるから、理由(三)において説示したと同一の理由によつて、原告の右主張についても判断を加えない。

(五)  原告は、出版業者に利益又は不利益を与え、かつ出版業者の機能もしくは活動を制限したことはないとの主張について。

審決認定事実によれば、出版業者に対する出版用紙割当の実施機関である割当事務庁のため、用紙割当の可否及びその数量を決定する割当委員会書籍雑誌部会の下見審議及び本会議に、原告の職員が出席して、割当事務庁の作成したところの出版用紙割当の原案につき具体的意見を述べたことが明らかで、右は出版用紙の割当を申請した出版業者中の特定の者に対し出版用紙の割当の有無、その数量について、利益に又は不利益に影響を及ぼす行為であり、右はまた同時に出版業者の事業活動に分量的な制限を加えることになる。しかして、右出版業者中に原告の構成事業者である出版業者が包含されていることは、審決認定事実の全趣旨から明らかであるから、審決認定の原告の行為は、改正前の団体法第五条第一項第六号及び第八号に該当するものというべきである。

(六)  用紙の配給統制が撤廃せられたから排除措置の必要がないとの主張について。

出版用紙の配給統制が原告主張のとおり昭和二十四年農林、通商産業省令第十号により一旦撤廃せられ、次で被告主張のとおり昭和二十五年通商産業省令第九号により復活したが、更に昭和二十六年五月一日公布即日施行の通商産業省令第三十一号により教科書用紙を除いて撤廃せられ、教科書用紙についても同年十月二十日公布即日施行の通商産業省令第六十六号により配給統制が撤廃せられたことは、当裁判所に明らかなところである。しかして、原告の主張は、要するに、団体法第九条によつて準用せられる私的独占禁止法第六十六条第二項にいうところの、「経済事情の変化その他の事由により、審決の基礎となつた事実が消滅し、若しくは変更した」ことを指すものに外ならないが、かかる事由は、審決の取消又は変更を求める訴において、裁判所が審決の当否を判断する資料たり得ないことは、審決後の法律の改正の場合と同様である(理由(一)参照)。従つて被告自らが団体法第九条、私的独占禁止法第六十六条第二項によつて、審判手続を経て、審決を以て、前審決を取り消し、又は変更することは格別、裁判所がかかる理由によつて、審決を取り消し、又は変更することはできないものというべきであるから、原告の右主張は理由がない。

(七)  審決の基礎となつている事実を立証する実質的な証拠がないとの主張について。

原告は、被告が審決の基礎として認定した事実中、二、三、四の事実(審決書の「事実と証拠」と題する部分の二、三、四の事実)は、これを立証する実質的な証拠がないと主張しているので、原告の右主張の当否について検討する。

(1)「事実と証拠」の二の事実。

原告が実質的な証拠によつて立証されていないとする「新聞出版用紙割当事務庁設置法の施行により、新聞出版用紙割当審議会の議決に従つて、新聞出版用紙割当事務庁が行うことになつた」という事実認定は、昭和二十三年八月三日公布の昭和二十三年法律第二百十一号新聞出版用紙割当事務庁設置法の明文(同法第五条、第六条参照)に基くものであることが明らかである。

次に「昭和二十一年十一月頃閣議決定を経た用紙割当の機構及び手続に関する用紙割当規定(未公布)に基いて用紙割当の決定機関として事実上設けられた新聞及び出版用紙割当委員会」とある部分は、本訴において被告は「昭和二十一年十一月頃内閣総理大臣の決裁を経た用紙割当規定(未公布)に基いて用紙割当の決定機関として事実上設けられた新聞及び出版用紙割当委員会」と訂正した。しかして被告が訂正したとおりの事実は、審判手続における参考人羽場一郎の陳述によつて認められるから、審決認定事実中の「閣議決定」とは「内閣総理大臣の決裁」の誤記と認めて差支ない。

(2)「事実の証拠」の三の事実。

原告が実質的な証拠によつて立証されていないとする(イ)三の(1) 末尾の「文字、符号、数字等をもつて記入し」、(ロ)三の(2) の「割当審議表を作成し」「割当に当つて諸種の考慮すべき事項を文章で、………記入し、」(ハ)三の(3) の第二行目、「割当審議表」、第八行目「審議表」、(二)三の後段の「審議表を所持した」「主として………具体的意見を述べ」とある部分を含む「事実と証拠」の事実は、成立に争のない引用乙第一、第二号証「高山正、吉原重則の各口供書」及び審判手続における参考人木下常太郎、高山正、篠田英雄、小林勇の各陳述によつて認定することができる。

(3)「事実と証拠」の四の事実。

原告が実質的な証拠によつて立証されていないとする四の事実の末尾の「割当部数は自ら定まることになつていたものである」とある部分を含む四の事実は前掲引用乙第一号証(高山正の口供書)によつて認定できる。

これを要するに、審決認定事実中、一の事実(「事実と証拠」の一の事実)は原告の争わない事実であり、二ないし四の事実は、前段(1) ないし(3) に引用した証拠で認定できる。しかして、右事実認定は合理的な認定であつて、理性ある人が、合理的に考えれば、結局到達するところのものである。引用甲第一ないし第三号証、審判手続における参考人小林勇、美作太郎、羽場一郎、木下常太郎、高山正、吉原重則、雨宮綾夫、篠田英雄の各陳述は、右の結論を左右するに足りない。よつて被告の事実認定はすべてこれを立証する実質的な証拠があるものというべきである。

原告は、被告の認定した事実を立証する実質的な証拠があるというためには、(い)被告の認定事実を立証するところの少くとも信じ得る証拠が審判手続における調書の中に見出されること、(ろ)被告の認定に反する別の証拠が圧倒的に対抗し難い証拠でないこと、及びこのような反証を提出する公平な機会が審判手続中に与えられたことが調書の中で見出されることの二要件が必要であると主張する。思うに、審決認定の事実について実質的な証拠の存することが必要なことは、いまさら言うをまたないところであるが、かかる証拠は必ずしも当該事件の審判手続開始以後の記録中に見出されなければならないものと限定する理由はなく、審判開始前のものをも含めて当該事件に関する一切の記録中、いやしくも私的独占禁止法第七十八条にいう「当該事件の記録」として被告の送付にかかるものの中に存すれば足りるのである。しかして、実質的な証拠とは、審決認定事実の合理的基礎たり得る証拠の意味である。すなわち、その証拠に基き、理性ある人が合理的に考えてその事実認定の到達し得るところのものであれば、その証拠は実質的な証拠というべきである。しかして、ある証拠が経験則上とうてい信ずることができないかどうか、及び当該事件の記録中に相矛盾する証拠がある場合に被告のした証拠の取捨選択が経験則に反していないかどうかの問題は、ともに当然裁判所の審査すべきことである。すなわち、被告は特殊の分野の問題を取り扱うための専門的な知識経験を有する委員その他の職員から成り立つていることから事実認定を被告の権限に委ね裁判所は被告の証拠調が不十分な場合にも自ら証拠調をなさず当該事件を被告に差し戻してあたらしい証拠の取調をなさしめる私的独占禁止法第八十一条(団体法第九条により本件に準用)の規定から言つて、証拠の取捨選択は、事実認定について権限を有する被告のなすべきことであり、被告の証拠判断が経験則に反せず、合理的であるならば、裁判所もこれに拘束されるのであるが、その然らざるときは、裁判所はそのことの故に、これを違法のものとして被告の審決を取り消すことができるのである。従つて私的独占禁止法第八十二条第一項第一号は、何ら憲法第七十六条第二項に違反するものではない。もとより、被告が審判手続において証拠の取捨選択をするについては、原告をしてその欲する証拠を提出する機会を与えなければならないけれども、本件記録上原告が証拠を提出することを被告が抑制した形跡がない。

なお、被告が本訴において引用した引用乙第一、第二号証につき、原告は、右口供書に記載された高山正、吉原重則の陳述中、審判手続における同一参考人の陳述と牴触する部分の引用につき異議があると述べているけれども、右引用乙第一、第二号証は、いずれも被告が本件記録として当裁判所に送付した書類中に包含されているのであるから、実質的な証拠の有無の判断に際してこれを斟酌し得ることは、前段説示するところにより明らかである。

(八)  結論。

以上説示したように、審決主文第一項の取消を求める部分は、訴の利益を欠くものとして、また審決主文第二項の取消を求める部分は、原告がその原因として主張するところがすべて理由がないものとして、審決の取消を求める原告の請求を棄却し、訴訟費用は敗訴の当事者たる原告の負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 垂水克己 判事 藤江忠二郎 判事 浜田潔夫 判事 猪俣幸一 判事 浅沼武)

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