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東京高等裁判所 昭和25年(行ナ)22号 判決

原告 松波秀利

被告 特許庁長官

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、特許庁が同庁昭和十九年実用新案登録願第一〇一一三号拒絶査定不服抗告審判事件(同庁昭和二十二年抗告審判第二一二号)について、昭和二十五年九月三十日なした審決を取消す、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、その請求原因として次の通り述べた。

第一、本件の経過

原告は、「粉末状コークス原料炭(1)を加熱して其の表面に樹脂質糊料を湧出させると共に前記炭粒を軟化溶融させ、これを圧搾成形して、共の表面に前記樹脂質糊料の被覆層(2)を一体的に形成させ、これを高温乾溜して、共の被覆層(2)をコークス化して成るコークスの構造」を考案して昭和十九年八月二十四日実用新案登録出願(昭和十九年実用新案登録願第一〇一一三号)をしたところ昭和二十二年十月三十一日附で拒絶査定を受けたので昭和二十二年十二月六日右拒絶査定を不服として、抗告審判を請求した(昭和二十二年抗告審判第二一二号)。抗告審判に於ては昭和二十五年九月三十日附で「本件抗告審判の請求は成立たない」との審決を為したので、原告はこれに不服であるから、昭和二十五年十一月十日に本訴を提起したのである。

第二、審決に対する不服の理由

(一)  昭和二十二年十月三十一日附拒絶査定謄本(甲第一号証)は、実用新案法施行規則第七条の規定で準用する特許法施行規則第三十五条第一項の規定によつて其の末尾に原本と相異ないことを認証する特許庁官吏の記名捺印がないから、法令に違背するばかりでなく、この拒絶査定が果して審査官がその資格においてこの拒絶査定をしたかどうかを明かにするために実用新案法施行規則第七条の規定する特許法施行規則第四十七条の規定による審査官の捺印があることを確認することができないから、孰れにしても適法な拒絶査定謄本ではない。従つてこの適法でない拒絶査定に基いて審決をした本件抗告審判の審判は、法令に違背し、取消さるべきものである。

(二)  特許庁は審決において粉炭を加熱して共の儘圧搾成形し、粘結剤を用いないで煉炭とすることは、原査定に引用した刊行物特許第一〇七二四三号明細書に記載されて、本願の出願前公知であり、且つ又粉炭からコークスをつくる場合、一旦煉炭に成形してから乾溜することは、原査定で説示するように本願の出願前当業者間に周知の事柄である。本願の考案では加熱によつて炭粒の表面に樹脂質糊料を湧出せしめ、これによつて被覆層を一体的に形成し、この被覆層だけを高温乾溜によつてコークス化するものであると主張するが、右原査定の引用例でも、粉炭を加熱すれば本願に所謂樹脂質糊料と同じものであるタール分が湧出して、炭粒面を被覆し、当然本願と同様の被覆層ができるものと認められ、而かも高温乾溜においては、成形物全体がコークス化し、被覆層だけが、コークス化するものとは到底考えられないことであつて、提出見本によつても其のように認められないから、結局本願の考案は原査定の引用例から考案力を要しないで、容易に案出できるものと認められ、本願は実用新案法第一条に所謂考案でないとした。併し審決の引用例は原告所有の特許発明であつて、適度の熔融性のある石炭又は亜炭を適宜紛砕して、摂氏三六〇度前後の温度で酸化を防止する適当の方法を施して加熱し、後、毎平方センチメートル約五〇キログラム前後で加熱して加圧することを、特徴とする煉炭製造法(甲第四号証)を記載し、審決のいうように、紛炭を加熱して其の儘圧搾成形して、粘結剤を用いないで煉炭とすることを記載していない。この事実は本願考案が、前記引用例から考案力を要しないで容易に案出できるか、否かに重大であるから、原告は承服できない。仮りにこの記載があつたとしても、本願の考案は、これから容易に想到できるとの判断はできない。

(三)  被告は、紛炭からコークスをつくる場合に一旦煉炭に成形して乾溜することは、原査定において説示したように、本願の出願前当業者間に周知の事柄であるとし、特許第一三二三五二号明細書(乙第一号証)、及び特許第一三六七八九号明細書(乙第二号証)を引用したが、本願の考案は、前記のような具体的の実用的型について、その登録を請求しているので、本願に関しては無関係のものである。

(四)  被告は、原査定の引用例における煉炭でも、紛炭を加熱すれば本願に所謂樹判質糊料と同様の被覆層ができると主張するが、仮りに被覆層ができるとしても、この被覆層を利用してないし、これを利用して被覆層をコークス化することを知る何等の記載もないので、引用例から本願考案が容易に案出できるとは速断できない。

(五)  審決は高温乾溜において、成形物全体がコークス化し、被覆層だけがコークス化するものとは到底考えられないところであつて、提出見本によるもそのようなことは認められないと謂つてゐるが、これはコークスに関する実験則を誤つてゐる。即ち本願考案において、樹脂質糊料の被覆層は表面にあるから、これを高温乾溜すれば、その表面の被覆層は、先づ先に加熱されて、内部のコークス原料炭よりも早く乾溜されることは明かであつて、審決が前記のように認定をしたことは実験則を無視したものである。なお提出見本は成形物全体がコークス化されてあるように謂つてゐるが、仮にそうだとすればこれは少し乾溜温度が高いか、或は乾溜時間が長かつたのかも知れないのであつて、孰れにしても、本願考案は、樹脂質糊料の被覆層をコークス化した構造を要旨とするものであるから、被告の主張は実験則を無視している。

(六)  審決に引用する特許第一〇七二四三号発明は、煉炭に関するものであつて、本願考案の如く、紛末状コークス原料炭(1)を加熱して、その表面に樹脂質糊料を湧出せしめると共に、炭粒を軟化熔融し、これを圧搾成形して、その表面に前記樹脂質糊料の被覆層(2)を、一体的に形成せしめ、これを高温乾溜して、その被覆層(2)をコークス化するものでないから、両者は型式を異にするものである。

(七)  本願の考案は、従来高温乾溜において、工業的にコークス原料として使用できなかつた石炭質を使用して、利用上有効な成分と反応性とを具え強度が大きく強固な塊状とし、燃焼中は勿論、運搬中でも崩壊することがなく、又火力強大で立消せないし、強度の耐水性を具へ、紛化しない特徴があるが、引用例ではこの実用的効果は期待できない。

(八)  被告引用の特許発明は原告所有の発明であつて、その発明当時、本願考案を想像できないので、後、研究の結果、本願考案を案出したのであるるから、引用例から当業者が容易に考案力を要しないで案出できるものではない。加うるに実用新案法第一条は、物品の形状構造又は組合わせに係る実用的型を保護する観点からすれば、本願考案が、引用例と前記のように異つた構造の下に、実用的効果がある以上、本願考案は実用新案法上の所謂考案であるとすべきである。

以上の理由で、本件抗告審判の審決は実用新案法第二十六条の規定で準用する特許法第百二十八条の五の規定によつて取消さるべきである。(立証省略)

特許庁における本件経過に関する原告の主張は認める。而して

(一)  原告は、拒絶査定謄本に原本と相異ないことを認証する認証官吏の記名捺印がないから、拒絶査定は適法のものでなく、従つてこの適法でない拒絶査定に基いて審決をした抗告審判の審決は、法令に違背しているから取消さるべきであると主張するが、単に謄本に認証官吏の記名捺印が洩れたことだけで拒絶査定そのものが適法でないと謂うことはできないし、又審決取消の原因にはならない。

(二)  原告は、被告の引用例には紛炭を加熱し其の儘圧糊成形して粘結剤を用いないで煉炭とすることは記載していないと主張するが、特許第一〇七二四三号明細書の発明の詳細なる説明の項の第四行―第十三行には、紛炭を別に粘結剤を加えないで加熱し加圧成形して煉炭とする旨明瞭に示してあるから、原告の前記主張は理由がない。

(三)  紛炭からコークスをつくる場合に、煉炭に成形して乾溜することが周知であることは、本願出願前刊行された特許第一三二三五二号明細書(乙第一号証)及び特許第一三六七八九号明細書(乙第二号証)によつても明らかである。

(四)  原告は、原査定の引用例では、被覆層を利用していないし、又これをコークス化することを知る何等の記載もないと主張するが、煉炭は必要に応じて乾溜することのあることは、当業者間に顕著な事実であり、乾溜すれば当然被覆層も一体的に乾溜され利用されることは明白であるから、本願考案は、引用例から特に考案力を要しないで容易に案出できるものと謂わざるを得ない。

(五)  原告は本願出願における成形物を高温乾溜により被覆層だけをコークス化することは実際に可能であつて、これを否定するのは実験則を無視したものであると主張するが、本願説明書の記載を見るも、被覆層だけがコークス化し、その他の部分はコークス化されないと云うことについては、これを窺知することができないばかりでなく、一般コークスの製造技術から考えて、原告の主張するようなことは到底認められないから、実験則を無視したものではない。

(六)  原告は、引用例と本願考案とは型を異にするものであると主張するが、審決の趣旨は、引用例のものと、本願考案とが、物品の型として類似するか否かを問題にしたものでなく、実用新案としての登録要件の一つである考案力において欠けるところがあるとしたまでのことである。即ち本願における成形物は、高温乾溜によつて、その被覆層だけがコークス化することなく、普通の煉炭、コークス或は乾溜煉炭と同様に一体的にコークス化すると云う認定の下に、本願は、引用例から、考案力を要しないで当業者の容易に案出できる程度のもので、登録要件を具備しないと為したものである。従つて原告の右主張は当を得ない。

(七)  原告は、従来の高温乾溜において、コークス原料として使用できなかつた石炭を利用したもので、引用例と相違する旨主張するが、本願考案の要旨は、コークス原料たる石炭の種類には無関係のものであるから、原告の右主張は何等理由がない。

(八)  原告は、引用例は、原告自身の発明で、その発明当時は本願の考案は未だ想像されず、その後研究の結果到達したものであるから、実用新案として保護されて然るべきものであると主張するが、この点については(六)の項において答弁せる通りで登録すべき考案とは認められない。

以上答弁のとおり、原告の請求は当を失し、審決を妥当のものと信ずる。(立証省略)

三、理  由

特許庁における本件実用新案登録出願から、抗告審判の審決に至るまでの経過についての原告の主張については、当事者間に争がない。

よつて前記審決が違法なりとする原告の主張につき順次判断する。

第一、原告は、本件において拒絶査定謄本に、原本と相違ないことを認証する特許庁官吏の記名捺印がないことを前提としてその主張のように本件審決は違法であるというけれども、仮りに拒絶査定謄本に原告のいうような瑕疵があつたとしても、それは当該謄本が所定の要件を具えない不備なものであるというに止まる、後日かような謄本の不備を知つた当該官吏はこれを補正すれば足るものである。かような謄本の不備が拒絶査定そのものを違法ならしめるものでないし又その後なされた本件審決を違法ならしめる法上の根拠は少しもない、原告の右に関する主張は独自の見解であつて、採用するに足りない。

第二、本願考案の要旨は、紛末状コークス原料炭(1)を加熱して其の表面に樹脂質糊料を湧出せしめると共に、前記炭粒を軟化熔融せしめ、これを圧搾成形して、その表面に前記樹脂質糊料の被覆層(2)を一体的に形成し、これを高温乾溜して、該被覆層(2)をコークス化して成るコークスの構造に存することは、本願の図面及び説明書の記載に徴しこれを認め得るところである。

然るに紛炭を加熱し圧搾成形して、特に粘結剤を用いないで煉炭としたものは、本願出願前刊行された特許第一〇七二四三号明細書(甲第四号証)に記載されて公知であり、又煉炭を高温乾溜して製造するコークスは特許第一三二三五二号明細書(乙第一号証)及び特許第一三六七八九号明細書(乙第二号証)に記載されて公知である。而して特許第一〇七二四三号明細書には、樹脂質糊料については何んの記載もないが、特に粘結剤を用いないで煉炭とすることを記載してあるので、加熱によつて本願と同様樹脂質糊料を湧出し、これが粘結剤となり、圧搾成形によつて樹脂質糊料の被覆層を成形するものと認められるから、本願考案において成形した煉炭は、前記特許第一〇七二四三号明細書に記載されてある煉炭と、全く同一と認められる、従つて本願考案は、前記公知に属する樹脂質糊料の被覆層を有する煉炭を、公知の方法によつて乾溜したコークスに存するものと謂わざるを得ない。なお、本願考案の要旨中に、樹脂質糊料の被覆層をコークス化することを記載してあるが、これは高温乾溜の技術上、被覆層のみをコークス化することは困難であつて、結局外部から内部に向つて逓減的にコークス化された組織を有するのでその程度は単に乾溜の温度と時間とによるものである。このことは、昭和二十六年四月十四日附原告の提出せる準備書面第九頁第三行乃至第四行に記載するとおり明かであるから、煉炭を乾溜して得た公知のコークスと、類似の組織を有するものと認められる。又本願考案のコークスについて、原告の主張する強度が大であること、運搬中崩壊しないこと、耐水性が大であること等の効果は、前記公知のコークスと同一効果であつて、型より生ずる効果とは認められない。故に本願の考案は、前記公知の事実から特に考案力を要せず、必要に応じて、当業者の適宜為し得る程度のものと認められ、実用新案法第一条に規定する登録要件を具備するものと為すを得ない。従つてこれと同一の趣旨で為した抗告審判の審決は相当であるといわなければならない。

よつて原告が右審決に対するる不服の理由として主張している(二)(三)(四)(五)(六)(七)(八)はいづれもこれを採用することができない。

原告は不服の理由(七)において、本願考案は、従来高温乾溜において工業的にコークス原料として使用できなかつた石炭を使用したもので、実用的効果が大であると主張するが、本願考案の要旨は、前記摘示のように、石炭の種類については何等限定するところもないし、又実用的効果も、型より生ずる効果でなく、普通の煉炭コークス或は乾溜煉炭と同一効果であるから、原告の右主張も採用することができない。

よつて、原告の請求は理由がないことが明かであるから、これを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 中島登喜治 小堀保 薄根正男)

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