東京高等裁判所 昭和26年(う)1189号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
(爭点)
起訴状記載の公訴事実は、「被告人甲は乙と共謀の上×日桐生市内A所で丙に対し真実に金円を借入れてやる意思がないのに有るような風をして現金二〇万円をB無盡C支店に積めば五〇万円借入れることができるからその手続をしてやる旨申詐りその旨丙を誤信せしめて借入資金名義で同市内B無盡D支店で同人から現金二〇万円を交付せしめて騙取した」となつており、原判決は「被告人甲と乙は共謀の上×日予て丙が乙の斡旋で前記D支店からこれと無盡契約を結んで五〇万円を借入れる為同支店に掛込んであつた掛金二〇万円を詐取しようと企て丙が金融事情に暗いのを奇貨として乙において同支店では埓があかぬからC支店で五〇万円借りてやらうと真実五〇万円の金融を得させる如く申向けて丙を欺罔し同人名義の右二〇万円をD支店から払戻を受けさせJにおいて自己が右D支店員なるが如く見せかけて右二〇万円の無盡掛金により五〇万円をC支店から融通してやる如く装つて相共に同人を欺き高崎市内Yにおいて即日同人から二〇万円を騙取した」と認定判示し、原審ではその間訴因変更手続をしていない。論旨は起訴状の公訴事実と原判決の認定事実とは全然別個であり原判決は審判の請求を受けない事件について判決をした違法があると主張し、更に訴因変更手続をしない点を攻撃している。
(判旨)
本件公訴事実と原判決認定の犯罪事実とを比較対照してみると、なるほど、欺罔をした者、欺罔行為の場所、欺罔の手段及びその態様、騙取の場所(既遂に達した場所)等の諸点において、右両者の間に差異の存することが認められるけれども、犯罪の年月日、犯罪共謀の点、被欺罔者、被害者、騙取金額等は両者がほぼ同一であつて即ち、被告人と乙とが共謀の上、×月五〇万円の金融問題につき丙を欺罔して現金二〇万円を騙取したという基本たる事実関係は両者全く同一であることが認められるのであるから、原判決の右認定が公訴事実の同一性を害するものとはいい難い。(以下中略)
如何なる場合に訴因の変更を要するかという問題は、議論のわかれるところであるが、訴因の制度が、当事者主義の要請として、検察官において、その攻撃の対象を整理し、被告人の防禦を全からしめることを第一義的目的として採用された精神に照らして考えるときは、ひつきよう、被告人の防禦に実貭的の不利益を及ぼすような場合には、訴因変更の手続を要するものと解すべきところ、原判決は、前述の如く被告人の防禦にとつて幾多重要な点について起訴状記載の訴因とは異なる認定をしているのであつて、これを記録につき原審における審理の経過と、原判決の挙示する証拠の内容とに照らして検討考察するときは、原判決が訴因変更の手続を経ないで、前示の程度に起訴状の記載と異る認定をしたことは、被告人の防禦に実貭的な不利益を及ぼすべき措置であつたと認めざるを得ない。何となれば、原判決挙示の証拠によれば、被告人甲が被害者丙と直接の交渉を持つたのは、原判示の高崎市Yにおける会合が最初であつて、それまでは被告人甲の共犯者乙が右丙との間に一初の交渉を続けて来たものであり、右Bの会合は時間的には、起訴状記載のB無盡C支店における丙との交渉の後であることが窺われるのであるから、本件の被告人甲としては、若しその訴因が起訴状記載のとおり前示C支店における交渉の際、既に本件詐欺罪が既遂に達したということであれば、被告人の右高崎市Yにおける行動は、詐欺罪が既に成立した後のことになるので、同所における行動には重きを置かず、主として、右既遂に達する以前に果して起訴状記載のような犯罪共謀の事実があつたかどうかの点についてのみ、專ら防禦方法を講ずれば足りる筋合であるというべく、従つて、被告人がこのように考えることのあるべきは、事の自然であるといわなければならない。然るに原審においては、これの点に考慮を払うことなく、何ら訴因変更等の手続を経ないで突如として、前示のように、時間的には、起訴状記載の既遂の時以後である前掲高崎市Yにおける被告人の行動をも、本件詐欺罪の欺罔手段であるとみて、その結果同所において、初めて本件詐欺罪が既遂に達したものと認定したことは、前記立場にあつた被告人にとつては、全く拔打的の認定であつたといわれても仕方がないからである。故に、原審裁判所としては審理の経過において、前示のような心証を得たとすれば、すべからく検察官に対し、刑訴法第三一二条第二項に基ずき訴因の変更を命ずべきであつたのにかかわらず、あえてこの措置にでなかつたのであるから、原判決には、結局、審判の請求を受けない事件について判決をした違法がある。
(説明)
新刑訴手続において訴因制度が導入されて以来公訴事実の同一性の問題も訴因との関係において再検討され判例においても従来のものと比較して多少の動搖を見たが、最高裁判例を始め高裁判例もその主流は、大体従来の線をはずれていないが、訴因の関係においては学説判例共未だ混乱状態であることは周知のとおりである。当庁判例においても未だ確立されたとはいい難い。本件はそのうち判決において起訴状と異なる認定をするために訴因変更手続を必要とする範囲を広く即ちこの手続を嚴格に適用すべしとする側に立つものである。要は如何なる場合に被告人の防禦に実貭的の不利益を及ぼすかということの具体的事件への適用に当つての考え方の相違に基ずいて差異がでて来る。なお本判旨末尾の本件の如き訴因変更手続を要するにかかわらずこれをしないで起訴状と異なつた事実認定をした違法は刑訴法第三七八条第三号に該当するのか、又は第三七九条の控訴理由に該当するのか此の点も異論があることを指摘しておく。