東京高等裁判所 昭和26年(う)1230号 判決
団体交渉権とは労働者が賃金その他の労働条件の改善を雇主と交渉しようとしても労働者個人の力では経済的に相手方より劣つているため、たとえ正当な要求であつても相手方の承認を得ることができない虞が多分に存するため、労働組合を作りその団結力によつて労働者の地位を相手方と対等の立場に立たせ、団体を代表して労働条件の改善その他その地位の向上について相手方と交渉することを認めた権利であるが、団体を代表して交渉することが本質的のもので交渉現場に団体を以て臨み、その威力を示して相手方を圧倒するが如きことは本質的なものではないし、むしろかかる行動は多くの弊害を生じ出きうるなら避けて然るべきものなのである。況んや団体的威力により相手方の主張を理が非でも押えつけて自己の主張を貫徹せんとするが如きは団体交渉権の範囲を逸脱したものと認めらるべきで到底その正当な行使方法とはいえない。
今本件について之をみると、被告人等は鶴見自由労働者組合に加入して昭和二十五年三月一日横浜市建設局鶴見工事々務所管下の工事に就労したものであるが、当日は偶々横浜市野毛山に韓国記念日にちなむ大会が開催されたので、右工事々務所の工事を午前十一時頃までに打切つて野毛山に赴いたため同日分の賃金は半日分のみ支払われることとなつたことに端を発し被告人等と行動を共にした組合員三百余名は同日午後四時半頃工事々務所構内に集り、被告人孔寛凡は組合幹部として他の組合幹部と共に当日分の賃金全額の支払を要求し工事々務所長野口孝と交渉を繰り返していた際に発生した事件であるが、日雇賃金は当日完全に所定労務に従事したことの報酬であるから、午前十一時頃既に職場を離脱して他に赴いたに拘らず賃金全額を要求する正当な事由があるとは認められない。前記組合側要求は初めから不当なものであるとしなければならない。しかも相手方たる工事々務所長野口孝は組合側要求に応じ、当日分の支払が半日分と定められた理由について数回その説明を繰り返し、組合側要求に応じられない所以を告げ、速に半日分の支払を受けて解散すべき旨要求しているに拘らず、半日分賃金の支払を不満とした多数労務者は所長の要求を肯かず事務所構内において焚火をなし気勢を挙げている中被告人孔寛凡は組合幹部十数名の外遅れてきた被告人金二植(当審において召喚状送達不能のため分離)と共に更に野口所長と強硬な折衝を開始したのであるが、右両名は激昂している組合員達の「所長を罷めろ、徹夜でもがんばる」等と怒鳴つている雰囲気を利用して、野口所長を取囲んで外出できないようにし、組合員の要求に応じなければ徹夜でもその状態を継続するような態度を示し、因つて極度に疲労している同所長の自由、身体に対し危害を加えるかも知れないと畏れさせたこと原判決挙示の証拠によつて認めることができるのであつて、右のように不当な要求を無理にでも貫徹しようとして相手方に申し迫り、その自由に拘束を加え、身体に危害を加えられるかも判らないと畏れさせるような事態を伴うに至つては、団体交渉権の正当な行使とは認められないので原審がこれを暴力行為等処罰に関する法律違反罪に問擬した事は正当で所論のような事実誤認、理由のくいちがいは認められない。而して前記のような賃金全額支払要求は午後四時三十分頃よりあつたもので午後八時二十分頃までに亘つて交渉を継続していたので野口所長に於て極度の疲労を感じたとしても経験則に反するとは認められない。なるほど原判決は午後七時三十分頃より午後八時二十分頃まで交渉をくり返したように判示してはいるが、それは遅れてきた金二植が現場に到着した時間を金二植を主格として判示したためであり、措辞は妥当ではないが、野口所長に於て勤務時間終了後長時間に亘る交渉中であつたことを規定している原判決にこの点事実の誤認があるとは認められない。論旨は失当である。
(註 本件は量刑不当により一部破棄自判)