大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和26年(う)1304号 判決

被告人蓮見の弁護人の控訴趣意第一点及び第二点(訴訟手続の法令違反)について。

記録を精査すると、被告人蓮見に対する所論の昭和二十四年十月二十二日附起訴状には「被告人は(中略)昭和二十二年九月初旬頃より同二十四年九月初旬頃迄の間大宮市大字大宮三七四九番地自宅で塩酸モルヒネ注射液一cc入八十六本及び阿片六十八瓦を販売のため不法に所持したものである」とあり、所論の昭和二十五年一月二十四日附起訴状には「被告人は(中略)昭和二十四年九月十日頃肩書地(前記被告人の自宅)に於て、麻薬である塩酸モルヒネ注射液約二百五十本(一本一cc入)を所持していたものである」とあり、検察官は後に第五回公判において、第一の起訴事実中「昭和二十二年九月初旬頃より同二十四年九月初旬頃迄の間」とあるのを「昭和二十四年九月初旬頃」と訴因の一部を変更したこと、従つて、第一の起訴事実と第二の起訴事実とを比較すると、日時が前者は昭和二十四年九月初旬で後者は同月十日頃であり、所持した麻薬が前者は、塩酸モルヒネ注射液一cc入八十六本及び阿片六十八瓦で後者は塩酸モルヒネ注射液一cc入約二百五十本である点がそれぞれ相違しているが、所持した場所は、いずれも同じく被告人の自宅であることが認められる。よつて、右第一及び第二の起訴事実が所論のように二重起訴の関係に立つか否かについて、検討すると、原判決挙示の証拠その他記録にあらわれたすべての証拠を綜合すると、本件第一及び第二の起訴に係る麻薬は全部もと被告人蓮見の妹喜代子の夫広田穰が、終戦復員の際陸軍病院から持ち帰り、被告人方に同居後、これを他の薬品と共に、その木箱を釘付けとして、階下八畳間の床下に置いてあつたものであるが、昭和二十四年八月頃大掃除の際被告人蓮見において、これを発見し、釘抜で箱を開け在中の塩酸モルヒネ注射液七箱(一箱五十本入約三百五十本)及び阿片末一瓶(約七十五瓦入)を取り出し、これを風呂敷に包み、二階の被告人の部屋に運びリュックサックの中に蔵つて置いたものであり、その頃偶々大宮市宮町一丁目光喫茶店で飲酒中酔余、約五千本の麻薬注射液を所持する旨話したことから、原審相被告人日野統雄及び森田二三男らから、うるさく、その売渡方を求められ、その措置に困つたので、被告人蓮見は弟滋を通じ、被告人岩崎にその善後策を相談した結果、右麻薬全部を一括して自宅から持ち出し、原審相被告人大月三次を仲介として、同年九月初旬頃右麻薬の中第一の起訴に係る塩酸モルヒネ注射液八十六本及び阿片末約六十八瓦を右日野らに交付し、(被告人の話しただけの数量がないために、金三万円も同時に交付した)残余の第二の起訴に係る塩酸モルヒネ注射液約二百五十本は被告人岩崎のすすめにより、これを同人等に交付しないで第一の麻薬と分割し、当時被告人蓮見が、前記自宅を出て、同居していた大宮市大門、田子作事井伊春江方下駄箱に隠匿して置き、一両日後被告人岩崎のすすめにより、これを同被告人に預け、被告人岩崎はこれを自宅において保管していたが、同年九月終頃、平西某から、金員を借り受けた担保として、これを同人に交付した事実関係にあることが認められるのである。而して麻薬の不法所持罪の罪数を定めるについては、所論引用の最高裁判所昭和二十四年五月十八日大法廷判決(刑集三巻七九六頁)の判示する如く、刑罰法規、手続規定等の立法の目的に立脚し、人と物との間にある実力支配関係と、人が物を支配する行為乃至その容態の形態を、内心的、物理的、時間的、空間的等の諸般の事情によつて観察し、社会通念によつて決すべきであり、人が自宅に多数の物を漫然と保管するときは、包括的に一個の所持と見て差支ないのであるが、或る種のものを他の物と区別して、秘密の場所に隠匿するとき、自宅と自宅外の店舗に保管するとき、或物を自ら保管し、その他の物を他人に寄託して保管するとき等には数個独立の所持があるものと解せられ、又当初一個の所持により包括して保管されていた数個の物が、後に分割せられ、数個の所持となることもあり得るのである。

これを本件について、あてはめて見ると被告人蓮見が前記のように昭和二十四年八月頃、本件第一及び第二の起訴に係る麻薬を木箱から取り出し、二階の被告人の部屋に運びリュックサックの中に蔵つて保管して置き、これを他の場所に運び出すまでの行為乃至容態は包括した一個の所持と見るのに何等の差支もないのであるが、後に同被告人が、前記の事情によつて、これを自宅から持ち出し、これを二個に分割し、その一部たる第一の起訴に係る麻薬を右日野らに交付し(交付によつてこの部分の同被告人の所持は消滅したと見るべきである)第二の起訴に係る麻薬を留保すると共に、これを自宅外の他の場所たる右井伊春江方に一旦隠匿した上更に、相被告人岩崎に預けて、右岩崎が被告人蓮見のため、その自宅にこれを保管したことによつて、右第二の起訴に係る麻薬の所持関係は、従来被告人が自宅に保管していた所持とは別個独立の所持となつたものと解し得るのである。

以上によつてこれを見れば、前記第一及び第二の起訴事実はいずれも、昭和二十四年九月初旬頃と同月十日頃それぞれ塩酸モルヒネ注射液一cc入八十六本及び阿片六十八瓦並びに塩酸モルヒネ注射液一cc入約二百五十本を自宅で所持したというのであるから(自宅における右各麻薬の所持は包括的な一個の所持罪とみるべきであること前記説明のとおりである)二重起訴の疑がないわけではないが、原審第五回公判調書によればS弁護人の釈明に対し、検察官は右第一及び第二の起訴事実を維持する旨(両者は別個の所持であつて二重起訴にならないとの見解)釈明しており、検察官としては各別の所持罪を起訴しこれを維持する趣旨であることが明かである。(前記のように分割前の所持と分割後の所持とを起訴したものと解し得れば二個の所持罪の起訴として処理し得るのである)尤も、前記説明の事実関係は後に明らかになつたところであり、第一の起訴は、被告人自ら昭和二十二年九月初旬頃復員の際塩酸モルヒネ注射液一cc入八十六本及び阿片六十八瓦を持帰つて自宅に保管していたとの被告人の虚偽の供述の上に立つて、為されたものであり、(この当時は第二の麻薬の存在は明らかでなかつたものと認められる)、その後間もなく、第二の麻薬である塩酸モルヒネ注射液約二百五十本が、被告人蓮見から同岩崎、原審相被告人長島信雄らに順次移動した事実が判明したので、検察官はこの事実の上に立つて、第一の起訴事実と別の所持罪となるものとして第二の起訴をしたのであるが、第二の起訴当時には既に被告人両名其の他の関係者の取調によつて、前記説明の事実関係が明かになつていたのであるから、検察官としては第二の起訴に際しては、右事実関係に着目して、二重起訴の疑を避けるため、被告人蓮見が塩酸モルヒネ注射液一cc入約二百五十本を前記井伊春江方に隠匿した以後の所持のみを明確に起訴すべきであり、(これと共に第一の起訴事実に右注射液二百五十本を第一の麻薬と一括して自宅に所持していた旨訴因を追加することも適当な措置であつた)、前記弁護人の釈明に対し、別個の所持罪であることを明らかにすべき意味で、所持の場所を被告人の自宅から、前記井伊春江方及び被告人岩崎の自宅に訴因を変更するのが妥当な措置であつたのである。しかし右第一及び第二の起訴は、前記事実関係に照し、別個の所持罪と解し得るから、二重起訴とはならないものというべきである。又原審も右事実関係によつて、検察官に対し、第二の起訴事実について、所持の場所について、訴因の変更を命ずるのが相当であつたのであるが、原審は訴因変更の手続を経ないで、前記第二の起訴に対し、前記井伊春江方における被告人の所持を認定したのである。よつて進んで、右検察官の起訴方法の妥当でなかつたこと並びに原審の右訴因変更を命じなかつた措置及び訴因変更を命じないで、右認定をしたことが、所論の法令違反を来すものであるか否かについて案ずるに、本件所持罪については、所持の場所と日時は相当重要な訴因の内容を為すことはいうまでもないが、所持の目的物が同一である限りは、所持の日時又は場所が多少変更されたとしても、その一事を以て、直ちに公訴事実の同一性が失われるものと解することは到底できないのであり、本件においても、第二の起訴事実の目的物たる麻薬自体は同一であるから、所持の場所が原審認定のように、変更されたからといつて、全然別個の事実を認定したものということはできない。

従つて、原審には審判の請求を受けた事件について判決せず、審判の請求を受けない事件について判決した違法はない。又公訴事実の同一性が害されず、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞のない訴因の一部たとえば、犯罪の日時、場所の如きものについては、訴因変更の手続を経ないでも、起訴の訴因と異る認定をするのに妨げないものと解すべく、本件についても、右場所の変更は被告人につきその防禦に実質的な不利益を生じないものと解せられるから(前記のように妥当不妥当の問題はあるにしても)検察官及び原審の前記措置が直ちに違法であるとも解し難い。

論旨は理由がない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!