東京高等裁判所 昭和26年(う)1942号 判決 1951年9月21日
控訴人 被告人 田中秀雄 三和電線工業株式会社
検察官 軽部武関与
主文
本件控訴はいずれも之を棄却する。
理由
弁護人の控訴趣意は末尾添附の控訴趣意書と題する書面記載のとおりであつて之に対し当裁判所は次のように判断する。
第二点について
(一)しかし被告人田中の本件各違反所為に対する犯意の点についても夫々原判決引用の一、司法警察員の職務を行う労働基準監督官に対する同被告人の供述調書の記載その他原判決挙示の諸々の情況証拠を総合することにより十分に之を肯認することができる。
(二)しかし労働基準法第百二十一条第一項但書に「違反の防止に必要な措置をした」と謂い得るためには単に一般的に違反行為を為さざるよう注意を与えたというだけでなく特に当該事項につき具体的に指示を与えて違反の防止に努めたことを要すると解すべきである。そして原判決はその認定の如き情況の下においては辯護人主張のような注意書を貼付して置いた丈けでは違反防止に必要な措置とは認められない旨を判示して辯護人の主張を排斥し同条第一項但書の規定を適用しなかつたのは正当である。又右貼紙以外に被告会社が違反の防止に必要な措置をしたということは原審で主張されなかつたばかりでなく原判決も右以外に違反の防止に必要な措置をしたと認めるに足る証拠のないことをも併せて判断しているものと解し得る。
よつて原判決には(一)被告人田中の本件違反所為に対する犯意の点について事実の誤認なく(二)被告会社に対し労働基準法第百二十一条第一項但書の適用を誤つた違法はない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 中西要一 判事 山田要治 判事 坂本謁夫)
弁護人の控訴趣意
第二、次に仮りに原判決認定の如き時間外労働の事実ありとするも之が刑事責任を被告会社及田中被告に負はすべき法律上の根拠がない。
(一)田中被告は工場長ではあるが田中被告に刑事責任を負はすには田中被告に於ては時間外労働に使用する認識がなければならない、然るに原審摘示の証拠によつては田中被告が時間外労働を命じたことは勿論黙認した事実も認定できない。寧ろ却つて労務係主任の花形信治其の他の証言によれば田中被告は時間外労働に労働者を使用する認識のなかつたことを認めることができる。然るに原審が田中被告が工場長である一事により有罪としたことは明らかに事実誤認の違法がある。
(二)原審判決は被告会社が各職場の入口に労働基準法に違反する時間外労働に従事させてはいけない旨の注意書を貼つて居た事実を認定し乍ら右貼紙をした丈けでは未だ以つて違反防止に必要な措置をしたとは認められないと断定している。けれども証人笠原啓作の証言によれば右貼紙の外に生産課長より各職場係長に時間外労働をさせてはいけないと厳命していた事実も認められるから右は労働基準法第百二十一条に所謂違反の防止に必要な措置をした場合に該当し事業主たる会社を処罰することは出来ない。
然るに原審は右事実を看過して被告会社に対し有罪の判決を言渡したのは事実誤認或は擬律錯誤の違反がある。
(その他の控訴趣意は省略する。)