東京高等裁判所 昭和26年(う)2386号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
(判旨)
論旨は、被告人の原判示所為のうち被告人が税務課遊楽飮食税課税係であつた昭和二十四年中の分についてはその金員は業務上占有したものではないから単純な横領をもつて論ずべきだと主張するのである。なるほど、一件記録によれば、当時靜岡県安倍地方税務署の税務課は庶務係と課税係とに分かれており事務分掌の上からいうと、課税係は課税に関することを取り扱うだけで、納税義務者が納付する県税を收納することは庶務係の担任であつたこと、課税係員であつた被告人が前記県税を各組合から受領し保管したのは特に上司から臨時に庶務係の一員たる地位を兼ねることを命ぜられてしまつたというわけでもなく、右金員を受領した際も県の出納員である総務課長名義の正規の領收書を交付せず預り証と称する被告人名義(又はその代理者名義)の書面を交付したにすぎないこと、従つて本件手続が済んでいないものであることを認めることができるのであつて、これらの事実に徴すると、はたして被告人が前記地方事務所の一員たる資格において県のために右金員を保管していたと見るべきか、或い公の資格を離れ個人として納税義務者から納付を委託されてこれを保管していたと見るべきかは、たしかに一つの問題たるを失わない。しかしながら、原裁判所の取り調べた各証拠と当審における事実の取調の結果とを綜合すると、本件の各組合が本件遊興飮食税を庶務係に持参せずに課税係員である被告人の許に持参して交付したのは、右の県税の課税に関しては被告人が一切組合側と接衝の任に当つており、その納付が遲れた場合には被告人から口頭で督促していたような事情から、被告人に渡せば納税したことになると考えたのによるものであるがその本来は庶務係の仕事に属することまで被告人が事実上行つていたのは、遊興飮食税については当時多額の納税義務者の分を組合が代つて一括して地方事務所に持参していたので、これに対する出納員の正規の領收書を作成交付するのに時間を要するため一時預り証のごときものを交付して右納付金を保管しておくことが慣例として行われていた関係にもよるほか、右遊興飮食税についてはその徴税上特殊な技術ないしは手続を伴うことと関連して、これを直接庶務係に持参することなく被告人の手を通すことを必要又は便宜としたことに基くものであることが窺われるのである。してみれば、被告人が右の金員を受け取つたのは、組合の代理人というような地位においてではなく、あくまで地方事務所の一員として、いいかえれば一面においては自己の本来の職務遂行の便宜上、また一面においては庶務係の收納事務補助の意味において靜岡県のために受領したものと解するのが相当であつて、しかも被告人がかかる趣旨において組合から金員を受領することは、当時前記地方事務所においては後述のごとく上司から默認されていたものと認むべきであるから、右受領によつて前記金員は一応県の所有に帰したものといわなければならない。もつとも、被告人がこれを受け取つても、さらにこれを出納員もしくはその直接の補助者(ここでは庶務係)に交付するのでなければ会計法規上は県に收納されたことにならないであろう。また、会計に関する法の精神からいえば、被告人のごとき者が歳入金を受領ししかも直ちに正規手続に移すことなくこれを保管するようなことは禁じられていると解すべきである。しかし、ともかくかかる行為が公の事務として現に行われた以上、それが会計法上好ましくないことであることは別として、県としてはこれによつて県税を受領したことになるものと解すべきであり、爾余の会計法的手続は納税者との関係ではいわば県の内部的な問題にすぎないのであつて、その未了を理由に本件のような事故の危險を納税者に軽嫁することは許さないといわなければならない。次に、県税の徴收が被告人の当時属した課税係の分担ではなかつたことは前記のとおりであるけれども、さきに認定したところによれば、右のごとく被告人が一旦遊興飮食税を受け取ることが被告人の課税事務取扱上必要もしくは少くとも便宜であつたことが窺われるのみならず、被告人の右行為は別の面から見れば徴收事務の補助的行為たる性貭をも帶びているわけであつて、被告人がかかる行為を上司及び多数同僚の勤務する事務室内で行つていてあえて何人にも怪しまれず上司もまたそのことを知つて別に制止しなかつたことは諸般の証拠を綜合して認められるところであるから、右は本来の事務分担にかかわらず被告人の職務の執行に属するものというべきである。けだし、官公署内部の事務分担は必ずしも嚴格なるものと解すべきではないのであつて、ことに一つの課内における事務の分配のごときは、その長の指示するところによつて適時適当に動かすことのできるものであり、なかんずく臨時に他の係を応援するがごときことは当時行われていることろであつて、本件の場合もまたこの一つの例であると見ることができるからである。はたしてしからば、原判決が「課税係として課税事務の傍ら右税の徴收事務を補助し」と認定したのは相当であつて、被告人の所為を業務上横領に問擬したことは事実の誤認又は法令の適用の誤がないというべきである。