東京高等裁判所 昭和26年(う)309号 判決 1951年9月05日
控訴人 検察官
被告人 相馬豊三
弁護人 大竹武七郎
検察官 中条義英関与
主文
本件控訴は之を棄却する。
理由
検察官中条義英の控訴の趣意及び之に対する弁護人大竹武七郎の答弁の趣意は、本判決末尾に添附の控訴趣意書提出書と題する書面(控訴趣意書と題する書類を包含する)及び答弁書と題する書面に夫々記載のとおりであるから、これらにつき左のとおり判断する。
弁護人大竹武七郎の答弁書記載第一点(一)について
右控訴趣意書は原審に対応する長野地方検察庁岩村田支部検事鶴田正三により作成提出され当審に対応する東京高等検察庁検事中条義英は単に之に控訴趣意書提出書と題する書面を添付したに過ぎないので、結局本件については適法な控訴趣意書の提出がなかつたことに帰する旨の主張があるけれども「控訴趣意書提出書」の名義人は東京高等検察庁検事中条義英となつており、同書面本文には「控訴申立の理由として別紙控訴趣意書を提出する」と記載されてあり而してこの書面に長野地方検察庁岩村田支部検察官検事鶴田正三作成名義の控訴趣意書と題する書面が添付されてある。これを以て見れば東京高等検察庁検事中条義英は前記支部検察官検事鶴田正三作成名義の控訴趣意書をそのまゝ全面的に引用して自己の控訴趣意書として当裁判所に提出したものと解すべきである。即ちこの場合検事鶴田正三の控訴趣意書の内容はそのまま検事中条義英の控訴趣意書となつたのである。引用された書面の作成者が原検察庁の検察官であることは検事中条義英が東京高等検察庁検事として提出した控訴趣意書の効力を無効とすべきものではない。故に本件につき適法な控訴趣意書の提出なしとする右主張は採用し難い。
(その他の判決理由は省略する。)
そこで刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴は之を棄却することにして、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 佐伯顕二 判事 武田軍治 判事 仁科恒彦)
控訴趣意書提出書
被告人 相馬豊三
右被告人に対する公職選挙法違反被告事件につき昭和二十六年六月九日長野地方裁判所岩村田支部が言い渡した判決に対する控訴申立の理由として別紙控訴趣意書を提出する。
昭和二十六年七月二十日
東京高等検察庁
検事 中条義英<印>
東京高等裁判所
第十一刑事部御中
控訴趣意書
被告人 相馬豊三
右被告人に対する公職選挙法違反被告事件について申立てた控訴の理由は左の通りである。
記
原判決は次の理由により刑の量定が不当であると思料する。
<内容省略>
仍て茲に控訴を申立てた次第である。
昭和二十六年七月十六日
長野地方検察庁岩村田支部
検察官検事 鶴田正三<印>
東京高等裁判所
長官 小林俊三殿
弁護人大竹武七郎の答弁要旨
一、本件は控訴趣意書提出期間内に適法な趣意書が提出されなかつたから、決定で控訴を棄却すべきである。
二、もし然らずとするも、控訴は理由がないから判決を以て控訴を棄却すべきである。
理由
第一、(一)本件控訴趣意書は長野地方検察庁岩村田支部検察官検事鶴田正三名義を以て作成せられ、これに東京高等検察庁検事中条義英名義の控訴趣意書提出書というものが添付されている。しかしながら
(イ) 原審検察官が控訴申立をすれば、それによつて、その事件は高等裁判所に係属し、控訴趣意書の提出等爾後の手続は全て、高等検察庁の検察官の行うべきものであることは勿論であり、上級下級各検察庁の検察官の間に指揮服従の関係があるとしてもそれは内部関係であつて、例えば本件について言えば控訴趣意書の草案は、命によつて原審検察官が作成するとしても、既に事件が高等裁判所に係属している以上、原審検察官がその名義を以て控訴趣意書を作成しこれを提出することは出来ないことは勿論である。
(ロ) 原審検察官の控訴趣意書に東京高等検察庁検事中条義英名義控訴趣意書提出書と題する書面が添付されているが、その内容を見るに、「右被告人に対する公職選挙法違反等被告事件につき昭和二十六年六月九日長野地方岩村田支部裁判所が言い渡した判決に対する控訴申立の理由として別紙控訴趣意書を提出する」と記載されているが本件被告人は右年月日に右罪名による判決を言い渡されたことはない。
最高裁判所判例は
(1) 第二審における弁護人は原審弁護人として上告した場合でも上告審の弁護人として選任せられない以上、上告趣意書を提出することは出来ない(昭和二三年(れ)第一二九号同年六月一二日第二小法廷-判例集第二巻第七号第六六八頁)。
(2) 上告趣意書中に原審に提出した記録に編綴されている「弁論要旨」参照と書いても、右弁論要旨と題する書面は上告趣意書の内容とはならない(昭和二十三年(れ)第四〇〇号同年一二月一日大法廷-判例集第二巻第十三号第一六六一頁)。
(3) 理由については控訴趣意書を援用すると記載しても上告趣意書自体にその趣意書内容を示さないものは適法な上告趣意とはいえない(昭和二五年(あ)第一二二〇号同年一〇月一二日第一小法廷決定-判例集第四巻第十号第二〇八四頁)。
と言い、又高等裁判所判例は
(1) 差戻し前の控訴趣意書の記載を援用した控訴趣意意書は適法な控訴趣意とはならない(札幌高等裁判所昭和二四年新(を)第一一三号同年一二月一〇日第四部判決-判例集第二巻第三号第二八八頁)。と言つている。判例が趣意書の記載につき右のような厳格な態度を以て臨むならば、本件の控訴趣意書についても又同じような厳格な態度を以て臨んでいただきたい。
(二) 本件控訴趣意書は右のような違法の点があるが、更に内容的にこれを見るに、その第三点において、他の公職選挙法違反事件の被告人の刑との比較権衡を論じ、それら事件の判決書謄本及び東京高等検察庁刑事部長検事中村信敏より長野地方検察庁検事正大場十郎宛の検事控訴結果通知書の謄本を控訴趣意書に添付し、これを援用しているが、右の書類は、いずれも原審公判に提出されず、従て証拠調を経ていないものである。これを援用することは証拠法の根本原則に反するのみならず、量刑不当を主張する控訴趣意書には、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実であつて、刑の量定が不当であることを信ずるに足りるものを援用しなければならないという刑事訴訟法第三百八十一条の規定に違反する。
結局本件については、期間内に適法な控訴趣意書が提出されなかつたから、決定を以て控訴を棄却すべきである。
第二、<省略>