東京高等裁判所 昭和26年(う)3584号 判決
Y弁護人の控訴趣意第一点、M弁護人の被告人小森に関する論旨第一点について。
記録を調査するに、被告人小森量平に対する起訴状及び追起訴状に各記載してある本件の公訴事実は、同被告人が、業務上自己の保管にかかる「衣料切符」を擅に他に譲渡してこれを横領したという事実であつたところ、原判決が認定した同被告人の犯罪事実は、同被告人が、業務上保管中の「衣料切符用紙」を擅に他に譲渡して横領したということになつていることは、所論のとおりであつて、所論は、右「衣料切符用紙」の横領については、起訴がないのであるから、原判決には、審判の請求を受けない事件について判決をした違法がある旨主張するにより、案ずるに、廃止前の衣料品配給規則、又は衣料切符規則等に規定されてあつた配給割当公文書たるいわゆる「衣料切符」なる物と、未だその配給割当公文書たる要件を具備するに至らない単なる印刷した「衣料切符用紙」なる物とは、観念上明白に区別せらるべきものであることは、まことに所論のとおりであるが、しかし、当該係員が、右「衣料切符用紙」に法定事項の記入、押印等をすることにより、該用紙が配給割当公文書たる法定の要件を具備するに至つた物をいわゆる「衣料切符」と称するものであるから、「衣料切符用紙」というも、その用紙を用いて完成した「衣料切符」というも、ひつきよう、法令上からみた価値判断の相違であつて、物質的存在としての紙片その物には変りがないものといわなければならない。
今、本件についてこれをみるに、記録によれば、本件においては、被告人小森が他に譲渡した本件の物件を、検察官は、「衣料切符」たる要件を具備した物とみて、「衣料切符」の横領として起訴したところ、原審裁判所は、審理の結果、同一物件を未だ「衣料切符」たる法定要件を具備するに至らない単なる印刷した「衣料切符用紙」と認めて、「衣料切符用紙」を横領したものと認定したものであることが認められるのであつて、即ち物質的存在としての同一物件に対する法令上の価値判断について、検察官と原審裁判所とが、その認定を異にしたに過ぎないものであり、通常の場合における「甲」なる物の横領の起訴に対し、これと物質的に異る「乙」なる物の横領を認定した場合とは、その趣を異にするものと考えられるのである。従つて、本件において「衣料切符」の横領の起訴に対し「衣料切符用紙」の横領を認定したことは、公訴事実の同一性を害しないものと認めるのが相当であるというべく、ただ「衣料切符」の横領と、「衣料切符用紙」の横領とは、訴因が異るとみるべきであるから、原審裁判所としては、検察官に対し、この点について、訴因の変更を命ずることが妥当であつたとは考えられるが、しかし、本件においては、その変更を命じなかつたことにより、特に被告人の防禦に実質的な不利益を及ぼしたことは、記録上これを認められないのであるから、結局原判決には、所論のような審判の請求を受けない事件について判決をした違法があるものということはできない。
各論旨はいずれも理由がない。
(註 本件は量刑不当により破棄自判)