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東京高等裁判所 昭和26年(う)3753号 判決 1952年2月21日

控訴人 被告人 舟山幸造

弁護人 中里義美

検察官 松村禎彦関与

主文

本件控訴はこれを棄却する。

当審における未決勾留日数中百六十日を被告人が言渡された懲役刑に算入する。

当審における訴訟費用(国選弁護人に支給した分)は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人中里義美の控訴趣意は同人作成名義の控訴趣意書と題する末尾添附の書面記載のとおりである。これに対し当裁判所は次のように判断する。

第一点しかし、仮りに本件犯行が所論前科の執行を終らない前に犯されたとしても、本件について盗犯等の防止及び処分に関する法律(以下単に盗犯防止法と略称する)を適用処断した原判決に所論のような法令の適用に誤りありとは認められない。蓋し、盗犯防止法第三条は刑法第五六条と異り云々の刑の執行を「受け」とあり後者のように其執行を「終り」と規定されていない。成文法の法意は格別の理由ない限りは使用された文字の平明な意味に解すべきは言うを俟たないところである。従つて盗犯防止法第三条の「受け」とあるは刑法第五六条の「終り」とは異る意味を有するもので、所定の前科はいやしくもその執行の着手さえあれば足るもので、その執行の終了を要するものでないと解するのが文理上妥当であるからである。そこで盗犯防止法第三条に所論「受け」とある文意を特に刑法第五六条の「終り」と同一義と解しなければならぬ理由の有無を検討するに、盗犯防止法第三条は常習として刑法第二三五条等の罪又はその未遂罪を犯した者で所定の前科を有するときは各所定刑期以上を以て処断する旨を定めたのみであつて、この規定の所謂前科が刑法所定の累犯に該当するや否やというが如きことは全く眼中に置くことなくして設けられた規定であることは既に判例の存するところである(大審院一四年(れ)第四二八号同年七月一四日言渡)。即ち同判例によつても、盗犯防止法第三条の所謂前科はその執行を終ることを要するものでなく、いやしくもその執行を受くれば足るものであることが窺われるが、なお進んで審究すると、累犯の場合には所謂前科の刑の威力が発揮されたか否かに重要性が置かれるから前科の刑の執行が終ることを以つて要件とするに反し、盗犯防止法第三条の場合は、その重点は前の刑の威力発揮の有無の点にあるのでなく、特殊の常習強窃盗に対して非常習強窃盗に対する刑法の刑を加重する点にあるから、かゝる特殊の常習強窃盗を認める条件としては、必ずしも所定の前科の刑の執行を終ることを要するものでなく、いやしくもその刑の執行を受くるにいたつた犯行あれば足るものであるというのが同法第三条の法意であると解せられる。彼此いずれの理由によるも前掲文理解釈を支持こそすれ、これを否定する資料とはならない。従つて盗犯防止法第三条所定の前科を刑法累犯の場合のそれと同一に解せんとする所論は採用できない。論旨は理由がない。なお原判決もまた前科の執行を終ることを要すると解しながら事実を誤認したという論旨も理由がない。蓋し原判決には明白に「夫々当時その刑の執行を受けたものであるが更に常習として云々」と判示しておるが執行を終つたとは判示していないし、原判決援用の証拠によると三個の前科はいずれも本件犯行前その執行を受けたものであることが認められるから、原判決には所論のような事実誤認もない。論旨は理由がない。以上いずれの点から考えても原判決の事実認定並びに法令の適用は正当であつて所論のように国民の基本的人権が犯されたと認める余地はない。論旨はいづれも理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 谷中董 判事 石井文治 判事 鈴木勇)

控訴趣意

第一点原判決には事実を誤認し若しくは法令の適用を誤つた違法があり、右の違法はそれ自体判決に影響を及ぼすこと明白であるから原判決は破棄されなければならない。

原判決は被告人が本件三回の常習窃盗を犯したる以前十年内に窃盗罪により三回以上六月の懲役以上の刑の執行を受けた者として盗犯等の防止及び処分に関する法律第三条第二条刑法第二百三十五条を適用被告人を処断していること判決自体から明らかであるが、右前科の点に関する原判決挙示の証拠たる被告人の指紋照会回答書(記録第二二丁)の記載によれば被告人は原判示冐頭(ロ)記載の如く横浜地方裁判所小田原支部で懲役二年の判決を受け昭和二十三年二月十八日右刑の執行を受け始め八月二十八日間受刑の後同年十一月十五日仮釈放されたがその後原判示冐頭(ハ)の前科により品川簡易裁判所で懲役一年の判決を受けたため右の仮釈放を取り消され昭和二十五年八月二十一日右(ハ)の刑の終了と同時に同日前記(ロ)の残刑についての執行を受け始め昭和二十六年十月十四日に至り始めて右残刑の執行を受け終る可きものであることが窺はれ、このことは司法警察員に対する被告人の第一回供述調書(記録第四十六丁)第三項3に「次は昭和二十三年十月頃東京品川簡易裁判所に於て窃盗罪により懲役一年に処せられると共に仮出獄の取り消しを受け昭和二十六年四月二十八日宮城刑務所を仮出獄五ケ月を貰つて出て来ました」とあることによつて裏付けられる。とすれば被告人が本件犯行をなした昭和二十六年五月末日から同年六月初旬にかけての頃は未だ被告人に対する原判示(ロ)の刑の執行は終了せず又記録を精査しても被告人が原判示(イ)(ロ)(ハ)の三犯以外に他に前科を有することは到底認められぬから結局被告人は盗犯等の防止及び処分に関する法律第三条に所謂「行為前十年内ニ此等ノ罪……ニ付三回以上……刑ノ執行ヲ受ケ……タルモノ」に該当しないものであると云はざるを得ない。然るに原判決が被告人を右法条に該当するものと認定し右法条を適用処断しているのは明らかに事実誤認若しくは法令の適用を誤つた違法のものであると謂う可きである。尤も右法条に所謂「刑ノ執行ヲ受ケ……タル」ものとは刑の執行を受け始た者の謂であつて刑の執行を受け了つたものの謂でないとの曲論も考えられるが刑法における刑の執行猶予の章若しくは累犯の章の用語例に比較対照しても右は刑の執行を受け了つたものの謂であることが看取されるし、又言葉自体についてもかく解するのが健全なる文言解釈の常識と云はざるを得ない。

原審裁判官も原判決理由中法令の適用の段においてわざわざ判示冐頭(ハ)の前刑の執行が本件犯行当時終了していたものであることを説述しているのは右の点について弁護人の解釈と同様の立場に立つているが故と考えるの他なく唯原審裁判官は前刑のうち最終の(ハ)の刑についてのみ注目し迂闊にも(ロ)の刑を看過していたものであろうと推測されるが、苟しくも裁判は、厳正に法律に従つて為されなければならぬことは云う迄もなく殊に本件の如く、盗犯等の防止及び処分の適用を受けるか否かにより被告人に対する量刑に多大なる影響を及ぼす様な場合、右法律の適用の有無は被告人の実質的な利害のみならず延いて国民の基本的人権が裁判所の手により厳正に擁護されるか否かの国家的利害に関するものであることを考慮のうえ原判決に対する冷厳なる判断を望む次第である。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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