東京高等裁判所 昭和26年(う)4033号 判決
各論旨に対する判断に先だち職権で調査するのに、原判決は、地方技官である被告人が千葉陸運事務所整備課車輌係長として千葉県知事名義の廃車証明書の発行その他の事務を執つていた際、行使の目的で同事務所備付の廃車証明書用紙に虚偽の事項を他人をして記入せしめ又は自ら記入した上、ほしいままに同事務所備付の「千葉県知事」のゴム印及び同公印をこれに冐捺して、千葉県知事名義の廃車証明書六通を作成したという事実を認定し、「もつて自己の職務に関し行使の目的で虚偽の公文書を作成したものである。」と判示し、被告人のこの所為を刑法第百五十六条にあたるものとしている。
しかしながら、刑法第百五十六条の虚偽公文書作成の罪は、その公文書が正当な作成権限のある公務員によつて作成された場合にはじめて成立する罪であることはいうまでもない。しかるに本件の各廃車証明書は千葉県知事名義のものだというのであるから、その作成権限者は千葉県知事でなければならぬ筋合である。もつとも、千葉県知事がこれを作成するということは、同知事が一々自ら筆をとつて文字を記載し官印を押捺するという意味ではない。むしろこの場合知事はこれを補助する公務員に命じて当該公文書を事実上作成させるものなのであつて、その命令はその文書の案に対し知事が決裁を与えるという形式でなされるのが今日の公務所の事務処理の一般の方法であり、かかる決裁の後担当補助者において文書を事実上作成したときに法律上知事がその文書を作成したことになるのである。従つて、かような方法で公文書が作成される際には、当然その公務所内部にその文書を起案する担当者及びこれを文書として事実上作成する担当者を必要とするわけであつて、それはその公務所内部の事務の配分として定められているのであるが、それらの担当者は、あるいは右文書の作成につき知事を直接又は間接に補佐する者であるか、あるいはその命により文書を現実に作ることによつて知事を補助する者であるに止まり、自ら文書の作成者となるわけではない。それゆえ、かかる補佐、補助の任にある公務員がかかる公文書の体裁を具えた文書を自ら作つたとしても、それだけで直ちに権限ある者が公文書を作成したことにはならず、正規の決裁によるものでない限りむしろそれは刑法第百五十五条の公文書偽造罪を構成するといわなければならないのである(大正五年一二月一六日、大正一一年一二月一一日、昭和一〇年七月二三日大審院各判決及び最高裁判所昭和二四年(れ)第八五六号同二五年二月二八日第三小法廷判決参照)。ただ次の場合には同法第百五十六条のいわゆる無形偽造罪の成立があることに注意する必要がある。その第一は、正規に決裁を受けて公文書が作成された場合で、この場合決裁者がその内容の虚偽であることを知らないで決裁を与えたとしたら、そこに同条の罪の間接正犯の成立が考えられるであろう(昭和一五年四月二日大審院判決参照)。次に第二として本来の作成権限者がその権限を他の者に委任することがある。その委任は、前述の内部的決裁の委任すなわちいわゆる代決の許可という形で行われる。この場合には委任を受けた代決者が刑法上作成権限者になると見るべきであつて、この者が内容虚偽の公文書の案にその虚偽であることの情を知りつゝ決裁を与えたとすれば、作成名義人でなくとも、その所為は前記第百五十六条の罪を構成するといわなければならない。(明治四四年七月六日大審院判決及び前掲最高裁判所判決参照)。しかるに、原判示事実を見るのに、前記のごとく被告人が車輌係長として廃車証明書発行の事務を担当していたことの記載はあるが、その係長という地位からすれば特段の事由のない限りその本来の発行権者を内部的に補佐、補助するにすぎなかつたものと認むべきであるから、この事実だけでは被告人にその作成権限があつたということにはならないし、また県知事から特にその作成権限代理の委任があつたということの判示もない(一件記録によると、本件の場合知事の決裁権は陸運事務所長又は他の何人かに委任されていたもののごとくであるが、的確なことは不明である。)次に本件各文書が正規の決裁を経て出されたものかどうかも原判示事実からは知ることができないのであつて、むしろ前記のようにほしいままに公印等を冐捺したという記載のあるところからみれば決裁を経ていないようにも窺われる(この点も記録上必ずしも明確にされていないうらみがある。)これらの点からすると、原判決の事実摘示は刑法第百五十六条の罪となるべき事実の判示としてはまことに不備であつて、むしろ見方によつてはそのまま同法第百五十五条を適用することのできるものを他の法条に問擬した疑すらあるのである。すなわち、これを要するに、原判決はその理由に不備の存するものであるから、弁護人の各論旨に対する判断に入るまでもなく、刑事訴訟法第三百九十七条第三百七十八条第四号によつて破棄を免れない。