東京高等裁判所 昭和26年(う)4695号 判決
昭和二十四年五月七日附起訴状及び同月十三日附起訴状記載の公訴事実中には夫々「植原悦次郎及び中西政樹検事を擁し………寄居地方に於て虎の如く畏怖せられている被告人田中雄一郎云々」との記載があることは所論のとおりである。
もとよりその必要がないに拘らず起訴状に前記のような被告人の前歴性格等についての記載をするは妥当ではないし、その記載が殊更裁判官に事件について予断を生ぜしめる虞があると認められるときは、このような公訴提起は不適法といわなければならないことも所論のとおりである。従つて起訴状を作成するに当つては慎重に考慮するを要し、一般の犯罪事実を起訴する場合に於て、犯罪事実と何等関係のないに拘らず、被告人の悪性を強調する趣旨で被告人の素行経歴等を掲げるごときは厳に避けるべきである。しかし所論の昭和二十四年五月七日附同月十三日附起訴状はいずれも恐喝罪の公訴事実を掲げているもので、一般人を恐れさせるような被告人の前歴、性格を記載したのもこれら被告人の前歴、性格を相手方が知つているに乗じて恐喝の罪を犯したものとして恐喝の手段方法を明らかにする必要上為されたことを認めるに足る。而して起訴状に記載すべき公訴事実は訴因を明示しなければならないのであり、訴因を明示するには、できる限り日時、場所、方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならないことは刑訴第二五六条第三項の規定するところであり、本件のように被告人の前歴等不当な勢威を利用することにより恐喝の罪を犯したときにその犯罪の手段方法を実質的に明白ならしめるため、これら前歴、性格について記載するのも已むを得ないところである。従つて所論のような記載が起訴状に存することから直ちに公訴提起の方式が規定に違反し無効というのは当らないのであり、該起訴状に基いて為された原審訴訟手続を全部違法であるとの主張も理由がない。
又弁護人が、公訴棄却の判決を求めたことも所論のとおりであるが原審がこれを顧慮することなく、審理を進め五月七日附起訴状の公訴事実には無罪、五月十三日附起訴状の分には有罪の判決をしたことは不法に公訴を受理したというのに該当しないから所論は失当である。
同第四点について。
裁判官というのは判事、判事補等裁判の職務を行う官吏の総称であり(裁判所法第五条参照)検察官というのも検事、副検事を含み検察庁法第四条の職務を行う官吏の総称である(検察庁法第三条参照)から、いずれもこれを官名と認めるのが相当である。従つて原審公判調書に裁判官何某検察官何某と記載してあるのみで、その判事又は判事補の区別、検事、副検事の区別を明らかにしていないからといつて刑事訴訟法第四八条同規則第四四条所定の裁判官、検察官の官名の記載を欠くとすることはできない。
又右規則第四四条が裁判官の官氏名や被告人の氏名を公判調書に記載しなければならないと規定したのは、多数回に亘つて公判を開廷した場合に各公判調書毎に独立して裁判官の官氏名や被告人の氏名を記載すべきことを要求したものではなく前に作成された公判調書の記載と相まつてその記載があるものと認められれば足りると解するのが相当である。故に原審第五回公判調書に「第三回公判調書に記載と同一の裁判官………列席」とあり又第十三回以降の公判調書に「被告人の氏名及罪名は第三回公判調書記載の通り」としたものがあることは所論の通りであるが、いずれも第三回公判調書と併せみるとき列席の裁判官の官氏名並被告人の氏名を認められるのであり、前記規則第四四条の要求する記載が存するものというに十分である。
所論はその理由がない。
(註 本件は一部免訴により破棄自判)