東京高等裁判所 昭和26年(う)998号 判決
所論証拠物は、その書面の意義が証拠となるものであり、従つて刑事訴訟法第三百七条第三百五条の規定に従い、原審裁判官自ら朗読するか、取調を請求した検察官その他所定の者に朗読させなければならないのに拘らず、原審が敢てその手続に出でなかつたことは洵に所論のとおりである。然し乍ら、それにも拘らず、原審弁護人及び被告人は孰れもこれに対し何等異議を述べた事跡の存するあるを見ないのみならず、所論証拠物の書面の意義は洵に簡明であつて、原判決挙示の証拠を綜合して考察するときは、これら証拠物を除く各証拠書類を朗読することにより(而してその適式な証拠調方式が履践されたことは記録によつて明白である)該証拠物の書面の意義も自ら窺い得られ、仮令その証拠調手続が単なる展示のみに終つたとするも被告人の防禦に実質的な不利益を及ぼしたものとは言い難く、従つて、原審が右所論の証拠物を採用して原判示事実認定の資料に供したからといつて判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続上の法令違反の過誤を冐したものとして敢て原判決を破棄するには足りない。論旨は採用し難く理由はない。