東京高等裁判所 昭和26年(を)76号 判決 1953年5月06日
控訴人被告人
平野猶治
外三〇名
弁護人
森長英三郎
検察官
横川陽五郎関与
主文
被告人平野猶治、同小林猛、同小泉司を各懲役八月に、同新藤喜代治、同吉田秀之を各懲役六月に、同島田重吉、同沼田梅八、同佐野安男、同布施忠作、同上原文雄、同塩沢秀男、同永野光男、同磯部良雄、同五十嵐秀雄、同押田孝平、同今浜義夫、同大坂哲雄、同渡辺新一、同柳内鉄雄、同山田高、同中村敬之助、同長谷部堺、同石井健二、同福永嘉三、同緑川峯夫、同刈米正夫、同郷謹二郎、同三浦力を各懲役四月に処する。
全被告人に対し本裁判確定の日から一年間右各刑の執行を猶予する。
原審訴訟費用中証人伊達安市に支給した分は右被告人全員の連帯、その他の分は原審相被告人魚谷純一、同今井正作を除く原審相被告人等及び右被告人等の連帯、当審訴訟費用中証人沢田直信に支給したものを除くその余は右全被告人の連帯負担とする。
被告人高橋薫男、同渡辺政一、同米村武夫は各無罪。
理由
日本タイプライター株式会社(以下単に会社と略称する)は当時資本金二千七百万円、本店を東京都中央区宝町一丁目二番地三に支店を大阪、名古屋、福岡に置き、工場を同都港区芝三田豊岡町一番地その他数ケ所に有し、タイプライター及びその附属品、印刷機械、騰写版等の製造販売を主な業務とする特別経理会社であつたが、会社従業員で組織された日本機器労働組合日本タイプライター分会(以下単に組合と略称する)は昭和二二年九月初旬会社に対し危機突破資金の支給と賃金値上げ(当時平均賃金は一ケ月一八〇〇円であつた)等を要求したが、会社は経営難を理由に組合の要求を全面的に拒否し、組合はその要求を固持して譲らず、数次の交渉にもかかわらず妥結するに至らなかつた。
そこで会社は同年九月二二日組合の要求を容れるときは今後事業継続の見込が立ち難い旨主張して全工場事業場の無期限閉鎖を提案し組合はこれに反対していたが、同年一〇月一三日に至り会社は組合に対し同月一五日を期して全工場事業場を閉鎖し、全従業員を退職させて退職金を交付する旨通告するに至つた。
その頃会社外にあつて右争議の成行に関心を寄せていた前社長で当時会社相談役であつた福田耕の策動によつて組合は人員の大整理、残留従業員の待遇改善、主要工場の能率増進を骨子とし、工場事業場閉鎖を取止とする会社再建案を会社に申し入るるに至つた結果、同年一〇月一七日附の覚書によつて会社、組合間に人員整理は全従業員を対象とし、原則として幡ケ谷工場の組合支部は五割その他の工場組合支部は六割とすること、退職者の退職金は平均一万円、再建者の給与は平均一ケ月三千六百円とすること等に関する諸条項が協定されたのである。
しかるに間もなく組合に右覚書は当時の組合幹部が一般組合員の討議を経ないで擅ままに調印したものであつて、組合規約並びに労働協約に違反するものである等を理由に右覚書の無効を主張するに至つた、これに対し会社はあくまでも有効を主張してその履行を要求したので、同年一〇月二〇日頃から組合は三田、幡ケ谷各支部と相次いで同盟罷業に入つたところ、会社は争議中の給料は支払はない旨通告してこれに対抗したので、同年十一月四日に至りついに組合は所謂生産管理を為す旨宣言し、会社は勿論これを認めない旨の通告を発したに拘らず、同月五日以降組合は右覚書無効の主張を貫徹せしめる目的で、会社の工場設備資材等を組合の手に収めてその占有下に置き、会社理事者の経営に関する一切の支配を排除して組合の手で会社の経営を開始するに至つた。その後昭和二三年一月初旬頃組合は所謂再建派と称する右覚書の有効を認める一派と従来どおりこれを認めない生管派とに二分し、争議は依然としてこの生管派(争議団体)によつて継続されて来たのであるところ、
第一、会社の申請により東京地方裁判所は昭和二三年四月一九日右各工場に対する労働者争議団体の占有を解いて会社の委任する同裁判所の執行吏にその保管を命ずる旨の仮処分決定を発したのであるが、同月二一日幡ケ谷工場において右決定の執行に際し、執行吏及びその執行援助に赴いた警察官と組合員との間に衝突を惹起し組合員の一部に検束者を見る騒動を生じたが、結局執行は終了し、次いで同日夕刻三田工場にも右執行吏が執行の為に赴いたが、工場入口が閉されていたためそのまま退去するという事態が生じたである。
そこで同夜直ちに三田工場組合支部では当時の同支部長(闘争委員)被告人平野猶治、闘争委員長同小林猛、闘争委員同小泉忠司、同新藤喜代次等及び三田支部組合員約四〇名が参集して、所謂拡大闘争委員会を開催し、明日に迫つた右仮処分執行にそなえる対策を討議した結果、右事態を告げて外部労働組合から出来るだけ多数の応援者を求め、スクラムを組む等の威力を示すことによつて執行吏及びその執行援助に赴く警察官を退去させて執行の延引をはかり、その間に東京都労働委員会等の調停によつて事態を有利に解決する外ない旨を決定したのであるが、
(一) 翌四月二二日午前被告人平野、同小林、同小泉、同新藤等組合幹部は委員会を開いて前夜の方針を再確認すると共に前日来の求援によつて三田工場に参集した同一傘下組合等約一五、六団体員及び前記事情を聞知して参集した者を含む約三百名の友誼団体員に対し、前記仮処分決定が発せられるに至つた争議経過の概略を説明すると共に、仮処分執行のため、執行吏が右工場に来た場合には直ちに一同スクラムを組んでその入場を防止し、中央闘争委員会の指令により更に何等かの指示のある迄は引続き執行を阻止されたい旨の応援方を依頼してその賛成を得、ここに右被告人等四名と前記組合員及び応援団体員等約三百名との間に執行を強行せんとする場合には実力を以て阻止すべき旨了解の上相互にその意思を相通じて一同待機していたところ、同日午前一一時頃右仮処分執行のため、東京地方裁判所執行吏西直吉外二名及びその請求によつて執行援助のため警察官白井敬夫外約一四〇名が右芝三田豊岡町一番地の工場に来るや、右被告人等四名及びその他の組合員、応援団体員約三百名は前示意図の下に或者は右工場表門に集結して気勢をあげ或者は表門から入場した右執行吏、警察官等に対し在り合せた土砂、空罐を投げつけ或は手拳、旗竿等で殴打し、又はスクラムを組み多数の結集力をもつてこれを押し返えし門外に突き出す等の諸般の暴行を加えて右執行を妨害して不能に終らしめ、右諸々の暴行に因つて警察官石倉勇吉外一七名に対し別表(一)記載の部位、程度の傷害を与え、
(二) 右のように組合員等の抵抗によつて執行吏等を一旦退去させたが更に執行が強行される事態が予想されたので、同日午後に至り求援による増援者も到着し、被告人吉田秀之外二三名(被告人の表示(二)該当にしていずれも当時肩書労働組合所属組合員)その他原審相被告人を含む約四百名の組合員及び友誼団体員が同工場に参集するや、被告人小泉等は同日午後二時半頃右の者等を同工場内仕上工場に集合させ、これらの者に対し、前記仮処分決定を見るに至つた迄の争議経過の概要並びに前日幡ケ谷工場が執行をうけたこと、又同日午前中三田工場に執行吏及び多数の警察官が執行のため来たが組合員等友誼団体員の協力によつてこれを撃退したこと等を報告すると共に、午後も必ず執行に来るであろうからその際は午前に引き続き一同スクラムを組んで執行吏等の入場を阻止されたい旨応援方を依頼し一同の防禦すべき場所を表門、裏門に区分し、ここに全員午前同様右工場をあくまで防禦する為実力に訴えても執行吏の執行を妨害すべき旨の了解の下に一同待機するうち、同日午後三時頃再度執行のため前記執行吏及びその執行援助のため警察官〓西清造外二百十数名が右工場に来るや、被告人平野猶治外二七名(被告人表示(一)、(二)該当者)及び原審相被告人等その他約三百数十名の応援者は相互に前示の意思を相通じ或者は右区分によつて表門、或は裏門等に駈けつけ入場して来た警察官等に対し在り合せた鉄片、硝子破片等を投げつけ或は鉄棒で殴打し、又はスクラムを組んで多数の結集力をもつてこれに抵抗してその行動を妨げる等の暴行を加え右諸暴行に因つて警察官箕輪通外一〇名に対し別表(二)記載の部位程度の傷害を与え、
第二、昭和二三年四月二三日午後三時頃労働者約三百名が右三田工場へ前日の仮処分執行を生産管理不当弾圧であるとしてその反対示威行進をしたのであるが、被告人小林猛は同日同時頃警察官巡査束原誠が右工場表門附近で同工場への不法侵入者に対し工場から退去するよう求めた際に、同巡査を同所において突き飛して門柱に突き当らせその暴行に因つて同巡査に対し右拇指及び指関節に全治約一週間を要する挫創及び裂創を与え
たものである。
証拠の標目(略)
なお本件に関する被告人等及び弁護人の主張の要旨は次のとおりであるから順次これについて判断する。
一、本件被告人等は判示第一、第二の事実に関し夫々多数の参加者の中から起訴されたものであるが、これは被告人等の犯罪の実体に基づかず、被告人等が日本共産党員であるか或は当時各所属労働組合において指導的立場にあつたことのみに基づいて責を問はんとするもので、これは正当な労働組合運動を弾圧し、思想の自由を侵害するものであつて、本件公訴の提起は憲法の諸条規に違反する無効のものである。従つて当然公訴棄却されるべきものであるというに在る。しかし、本件は判示認定のように所謂集団犯の性格をもつものであるから、その集団構成者の責任の軽重は必ずしも犯罪の直接的実行行為の軽重に比例するものではなく、寧ろ犯罪の成立に主導的役割を演じ又はこれに積極的、指導的支援を与えたか否かをもつて責任の軽重を定めるのが相当と認められるところ、本件犯行の主導者である三田支部労働組合の諸幹部等の責任は勿論のこと、各友誼団体組合等に於て応援者の派遺等これに積極的支援をした諸幹部並びにその幹部でなくても本件に指導的支援、加担の意思をもつて行動した被告人等の責任は重大である。従つて被告人等は所論のような地位にあつたものであるという理由のみで起訴されたものとは認められないから、本件公訴の提起をもつて思想の自由を侵害し、組合運動を弾圧するものとは勿論憲法に違反する無効のものとも認めることはできない。
二、本件生産管理は労働組合法第一条第二項に所謂正当な争議行為と認めるべきものである。しかるにこの生産管理を実質的に禁止する判示内容のような仮処分決定を裁判所がしたことは労働者の正当な争議権を剥奪するものであつて憲法及び労働諸法規に違反するものであるから、本件仮処分決定は無効であり、本件執行はこの無効な裁判の執行であるからこれを公務ということはできないというのである。
しかし乍ら労働者は労働争議においても使用者側の自由意思を剥奪し又は極度に抑圧し或はその財産に対する支配を阻止し、私有財産制度の根幹を揺がすような行為をすることは許されないのであつて、労働者が権利者の意思を排除して企業経営の権能を行うような生産管理を行うことは正当争議行為とは認められず、この種生産管理の違法であることは己に最高裁判所の判例の示すところである。(昭和二三年(れ)第一〇四九号、昭和二五年一一月一五日最高裁判所大法廷判決参照)而して本件生産管理は判示認定のように正にこの種のものに該当する違法のものと認められるから、本件仮処分決定を目して所論のような無効な裁判とは認め難く、従つて本件仮処分執行をもつて公務ではないとは到底認められない。
三、更に仮に本件仮処分決定が無効でないとしても、本件決定は当事者適格のない労働者側の一時的団体である争議団体を債務者としているもので全く執行不能のものであり、且つこれに基づいて右債務者のみならずそれ以外の被告人等多数者をも工場敷地等から退去させようとした本件執行はその効力の全然及ばないものをも対象としたものであつて正当な職権行為とは認められない。
又本件仮処分決定が形式的には合法執行可能のものとしても本件執行に際し、その執行援助に赴いた警察官の行動は債権者(会社)と相通謀して右執行に全く無関係な暴力団を使用し、且つ執行援助の目的を越え正常な警察権の発動を逸脱したものであつて違法不当のものである。
従つて被告人等の本件行為は急迫不正の侵害に対し同人等の権利を防衛し、或は同人等の生命身体等に対する現在の危難をさけるため已むを得ず為された行為であつて所謂正当防衛又は緊急避難行為に該当するというのである。
しかし、本件仮処分決定の債務者の表示は日本タイプライター株式会社三田工場における労働者側争議団であつてその代表者を小林猛とし、なお争議団体員として小林猛外五四名が表示されているのであるが、右の者等はたとえ違法ではあるとしても一定の期間会社の経営権を掌握して生産管理を実行していた団体であるから、これは正に民事訴訟法第四六条に所謂法人に非ざる社団に該当するものと認めるのを相当とする。
よつて本件仮処分決定においては右団体は当事者適格の存するものというべきである。
労働組合は当事者適格なしとの所論引用の判例は昭和二六年(ク)第一一四号、昭和二七年四月二日最高裁判所判法廷の決定を指称するものと認められるのであるところ、この決定にいう労働組合は当事者適格なしというのは、当該組合所属組合員が解雇された場合に、この組合が申請人としてこの組合員解雇の効力を停止する旨の仮処分申請をしたのに対し組合には当事者となる適格がないと認定したものであつて、本件仮処分決定における当事者の問題とは全く別個の場合であつて、本件には当てはまらない。
よつて本件仮処分決定をもつて当事者適格のないものを債務者とした執行不能のものとは認めることはできない。
又本件仮処分決定の執行に際し、執行吏が本件債務者以外の多数者が判示のように何等権原なく事実上工場建物その他を占拠している場合、執行の実効をあげるために、同人等に対し、工場外に退去することを求めることのできることは執行吏の職務上当然のことであつて何等その職権を逸脱し執行力の及ばないものを対象としたものということはできない。而も執行吏がその執行の実効をあげることのできない程度の抵抗を受ける場合に、執行援助のため警察官の援助を求めうることは民事訴訟法第五三六条の規定に照して明白である。
又本件執行に際し、これを全然無関係の者が執行援助の警察官等と共に判示午前及び午後の二回を通じて約三名工場内に入り込んだ事実は明瞭であるが、警察官が同人等を本件執行に参加させ或はこれについて会社と意を通じたとの事実はこれを認めるに足る証拠はないから、これがあつたからというて警察官の執行援助を違法不当のものとは認められない。又執行援助の目的を越えた行動があつたものとも認められない。従つて被告人等の本件行為をもつて急迫不正の侵害に対する正当防衛行為とは到底認めることはできない。更に本来自己又は他人が直面する危難から免れるために、その危難の惹起と全く無関係な第三者の利益を侵害する場合に問題となる所謂緊急避難行為に本件が該当しないことはいうまでもない。
四、労働者の争議権を剥奪するに等しい本件仮処分決定を已述のような違法且つ不当な方法によつて執行する場合被告人等に本件執行に服すべきことを期待することは不可能であつて所謂期待可能性のない場合として被告人等はその責任を阻却されなければならないというのであるが、
本件仮処分決定が労働者組合の争議権を剥奪するものでないこと、又その執行の方法が違法不当であると認められないことは已に説明したとおりであるから、被告人等のような立場に立つた者は何人でも本件のような執行に服すべきことを期待することは不可能であるとは認め難い。
右仮処分決定の不当を主張するものはよろしく法律の規定に従つてこれを争うべきであり、判示のような執行妨害を敢えてすることは到底許すべきものではない。
五、被告人等の本件行為は争議中になされた一争議行為であるから労働組合法第一条第二項によつて違法性を阻却せられるべきであるというけれども、同法条も争議のためにする行為であればすべてを適法とするという趣旨でないことは明白であるから、本件のような被告人等の公務執行妨害、傷害の所為がこれによつて労働者の正当な行為活動であるとして違法性を阻却すべき理由を発見することはできない。
以上のとおりであるから被告人等及び弁護人の主張事実は凡て採用できない。
法律の適用(略)
本件公訴事実中無罪の点に対する判断
被告人高橋薫男、同渡辺政一、同米村武夫に対する各本件公訴事実につき按ずるに、
一、被告人高橋薫男は本件当時日本タイプライター三田分会の組合員であつて昭和二三年四月二二日午後本件三田工場内に在つて、同日午後四時頃本件仮処分執行のため執行吏等が同工場に赴いた事実を知悉していたことは同被告人の原審第三回、第八回公判廷における供述によつて明白であるのみならず、沢田直信の検事に対する聴取書(三回)の供述記載によれば同被告人には執行吏の執行に対する妨害の意思があつたものと思う旨の部分も存在する。
しかし右沢田直信の供述は単に同人の意見にすぎずこれをもつて被告人高橋の執行吏に対し暴行の意思のあつたものと認めることのできないことは言うまでもないところであり、更に同被告人に対する検事の訊問調書、聴取書、判事の勾留訊問調書等の供述記載に、当公判廷における供述を綜合すれば、同被告人が他の被告人等多数と共に本件公務執行妨害に加担する積極的意図をもつていなかつたことを十分窺知しうるばかりでなく、同被告人は午前の執行の際は工場内倉庫二階に、午後の執行の際は正門守衛室に居たのみで、何等積極的行動をしたものとは認め得ないのであつて、同被告人が本件犯行に他の被告人等と共同加功する意思をもつていたとする証明は不十分と認められ、一方同被告人が判示のような諸暴行をしたという証拠は全く存在しない。従つて同被告人に対する本件公訴事実は結局証明不十分に帰するというべきである。
二、被告人渡辺政一の検事に対する聴取書によれば本件日時場所において警察官や執行吏が工場に来ると聞いて待つているとやつて来たのでスクラムを組んで防禦し入場を防いだ旨の供述記載が存在するけれども、同被告人の原審並びに当審公判廷における供述を綜合すれば、同被告人は昭和二三年四月二一日幡ケ谷工場に執行のあつたことを同日幡ケ谷工場に行き帰えつた後に連絡によつてこれを知り、翌二二日朝新聞で右執行に際して労働者一八名が検束されたということも知つたもので同被告人はこの問題は一労組の問題ではなく全日本の労働者として共同闘争をすることを協議すべきであると考えこのことを所属組合の全逓執行委員会に提案し執行部で取り上げることになり、同月二二日午後一時半頃産別の委員から連絡があり、日本タイプライター三田工場に同日幡ケ谷工場同様仮処分の執行がされたことがわかつたので、同被告人は執行委員会の承認を得てその事情調査の目的で同日午後二時半頃三田工場に赴いたのであるが、同被告人の調査の結果によつて応援を出すかどうかを決定することになつていたのである。同工場に着き同工場組合の人に午前中の事情を尋ねると、目下三田署で協議中ということがわかつたのでこのことを執行部に連絡するため、同行した白川を帰えし、同じく同行した原田一夫と共になお午後の情況を調査する為に止つていたところ午後三時半頃多数の警察官が工場内に入つて来て、労働者を検束し始めたので、同被告人はこれはいかぬと考え正門附近でスクラムの中に入りスクラムを組んで、これを押し返えそうとしたというのであつて、この事実は原審第四六回公判調書中証人原田一夫の供述記載とほぼ一致するところであり、同被告人は元来実情調査のために同工場に赴いたのであり、仮処分の執行を阻止する目的でなかつたことを認めるに十分である。従つて右検事に対する供述はたやすくは信用することはできない。他に同被告人等と共に執行吏、警察官に対し暴行を為す共同犯行の認識をもつてスクラムを組んだという事実を確認するに足る証拠は存在しないから、結局同被告人に対する本件公訴事実もその証明不十分のものと認めざるを得い。
三、被告人米村武夫の検事に対する聴取書中には自分も応援隊に合流して警官隊の入るのを阻止する気でいたので皆の後について裏門へ走つた旨の供述記載が存在し、同被告人がその他の被告人等や組合員等と本件執行妨害について共同犯行の認識があつたことを認めうるが如くであるけれども、右聴取書の爾余の部分に、原審第一一回公判調書中、同被告人の供述記載及び当審公判廷における同被告人の供述を綜合すれば、同被告人は沖電気芝浦分会組合員であつたが、昭和二三年四月二二日当日開会されていた同組合執行委員会から三田工場に何名位応援者を派遣するか増援事情の調査方を命ぜられ、同日午後二時頃同工場に赴き、工場内を見学した後仕上工場で同工場組合闘争委員長に出向いた趣旨を告げ、生産管理に入つた経緯、その実施後当時迄の経過について説明を求めたところ、委員長が一寸待つてくれといつて工場二階に上つたので待つているうち、約一〇分もたつかたたぬうちに突然サイレンが鳴り表門と裏門に分れて組合員及び応援者は夫々部署についてスクラムを組んだのを見たが、間もなく裏門の近くから警官隊が多数入つて来て組合員との間に押合が始まつたので同被告人も裏門の方に走つて行つたというのであつて、所謂応援に行つたものではなく又スクラムをも組んでいないことを認めるに十分であつて、右検事に対する応援隊に合流して云々の供述部分は必ずしも信用するに足らないものである。
しかも他に同被告人が本件暴行につき他の被告人等及び応援団体員等と共謀のあつたことを確認するに足る証拠は存在しないから、同被告人に対する本件公訴事実もその証明は不十分と認めざるを得ない。
以上のとおりで右被告人三名に対してはいずも犯罪の証明のないことに帰すから各刑事訴訟法施行法第二条、旧刑事訴訟法第三六二条後段に則り無罪を言渡すべきものとする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判長判事 稲田馨 判事 坂間孝司 判事 石井文治)