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東京高等裁判所 昭和26年(ナ)50号・昭26年(ナ)51号 判決

原告 黒田理平 外七名

被告 埼玉県選挙管理委員会

一、主  文

原告等の請求は何れも之を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

二、事  実

原告黒田理平(以下単に原告黒田という。)訴訟代理人は、「昭和二十六年四月二十三日執行の熊谷市長及び熊谷市議会議員選挙の効力について、熊谷市選挙管理委員会のなした決定に対する原告黒田外十五名(以下単に原告黒田等という。)の訴願につき被告が同年九月二十八日附をもつてなした裁決を取り消す。右熊谷市長及び熊谷市議会議員選挙を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める旨申し立て、其の請求原因として次の通り陳述した。

(一)  原告黒田等は、昭和二十六年四月二十三日執行の熊谷市長及び熊谷市議会議員選挙(以下単に両選挙という。)における選挙人であつたが、右選挙に際し後記(二)のような違法があつたとして、右選挙の効力につき熊谷市選挙管理委員会に異議の申立をしたところ、同委員会は同年五月十八日附を以て異議の申立は相立たないと決定したので、原告黒田等は更に被告に訴願した結果、被告は同年九月二十八日附を以て昭和二十六年五月十八日に為した熊谷市選挙管理委員会の決定の内、市議会議員選挙に関する部分を取消し、昭和二十六年四月二十三日執行の熊谷市議会議員選挙において、第二開票区における選挙を無効とし、残余の訴願は棄却する」旨の裁決をした。

(二)  然しながら、右選挙に当つては熊谷市東小学校内に設けられた第五投票所に於て(イ)投票所の閉鎖時刻である午後六時以後に投票所に到着した者で投票した者が相当数あり、(ロ)午後六時直前に投票所が混乱したため新聞記者其の他選挙人以外の者が多数投票所に入り、(ハ)投票所の管理が失当なため混乱を惹起し、その整理に時間を要したので、多数の選挙人が投票を抛棄して帰宅してしまつた。これらは公職選挙法第四十条、第五十八条、第五十九条、第六十条に違反し、選挙の公正と自由を害するものであつて、前記市長及び市議会議員選挙は全部無効であるというべく、従つて市長の選挙を有効とし、市議会議員選挙の内第二開票区の分のみを無効とした被告の裁決は失当であるから、之を取消すべきである。

原告竜前与一郎、同中山金作、同棚沢時松、同堀口熊五郎、同松沢篤、同野沢斎、同稲村亀之助(以下単に原告竜前等という。)訴訟代理人は、「被告が昭和二十六年九月二十八日附を以て為した同年四月二十三日執行の熊谷市議会議員選挙の効力に関する裁決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求める旨申し立て、其の請求原因として陳述した事実の要旨は、次の通りである。

(一)  原告竜前等は何れも昭和二十六年四月二十三日執行の熊谷市議会議員選挙の選挙人であり、且つ当選人であるが、原告黒田等は該選挙について熊谷市選挙管理委員会に異議の申立を為し、同委員会が同年五月十八日附を以て為した決定に対して、更に被告に訴願した結果、被告は同年九月二十八日附を以て、「右熊谷市議会議員選挙における第二開票区の選挙を無効とする」との裁決を為し、右裁決は同日附埼玉県報号外を以て告示された。

(二)  右裁決に於て、被告は、(イ)該選挙に当り、第五投票所の係員が投票所の混乱の制止又は鎮圧に狂奔した結果、投票所の閉鎖時刻である午後六時を厳守することができなかつたために、同閉鎖時刻後に投票所に到着した者で投票をした者が相当数あるとの訴願理由第一点を認め、熊谷市選挙管理委員会の主張を排斥して居る。しかしながら当時右委員会は、第五投票所に於て午後六時には投票所の閉鎖をした。すなわち、その時サイレンを鳴らし、同時刻までに投票所に到着した選挙人は場内に入れ、入口に繩を張り係員を配置した。尤も其の直前偶々驟雨のため一時に多数の選挙人が殺到したので、同委員会は、選挙の管理執行上取敢ず被告に特別事情ありとして投票所閉鎖時刻の延長方を申請したけれども、之を容れられなかつたので、やむなく臨時適宜の措置として、正門入口まで繩を張り、係員を配置し選挙人をして列を作らせて控えさせ、かつ警察吏員の出動を求め、間もなく到着した警察吏員を正門及び北西の各門に立たせて、投票所閉鎖後の選挙人の入場を拒否、監視させる等極力選挙の秩序を維持し、万全の管理の下に投票を完了させたのであつて公職選挙法第四十条に違反した事実はない。従つて万一仮に被告の認定したように、午後六時以後投票所に到着した選挙人が投票したとしても、受付入場者数と投票者数とは全く一致し、何等の不正投票は存しないのであるから、右はただに選挙権行使の制限がなかつたことを示す許りでなく、その間毫も選挙の自由と公正とを疑わせる事跡もないことを証するものであつて、選挙の結果に影響を及ぼすような違法は全然存しなかつた。しかも被告は、公職選挙法第四十条にいわゆる「投票所」を本件では当該教室だけを指すものであると解釈して居るけれども、同法第四十一条所定の告示には投票所として単に「何々小学校」と記載するのが通例であり、一般選挙人も其処に閉鎖時刻迄に到着すれば選挙権を行使し、投票を為し得るものと解するのが社会通念であるのみならず、従来とも投票所とは単に投票紙を投函する場所のみには局限せず、一般選挙人の控所をも含むものとして取扱われて来たものであるから、被告の右解釈は明かに法律を誤解したものである。次に被告は、(ロ)第五投票所に於ては、投票開始当初から選挙人が長蛇の列をなし、投票をするのに一時間乃至二時間を要した関係上、選挙人で数回投票所に行つたが投票できず、最後に投票所が大混乱を起したため、やむなく投票できなかつた者が数百名ある。これらの者はやむを得ず投票しなかつた者であつて、単なる棄権者と同視すべきではなく、選挙の方法、手続が違法不当であつたため選挙権の行使が防害されたものであるとの訴願理由第四点を認めて居る。しかしながら驟雨を避けるため、午後五時四十三分頃選挙人が一時に殺到して混乱し、これが整理のため選挙人が時間を空費したのは事実であるけれども、午後六時までに入場した者は、午後七時五十分頃迄には全部投票を終え、その間選挙の自由と公正とを阻害した点は存しない。なお被告は、該投票所が驟雨のため混乱し、投票に長時間を要したためと、係員からでなくとも、「今晩九時まで投票できる。」などと云われたために帰つてしまつた者が相当あつたとして、之を一五・五パーセントという高い棄権率が証明して居ると推断し、以て選挙の自由と公正が害せられたように判断して居るけれども、当時熊谷市選挙管理委員会は、特に「午後六時迄に参集した者は投票出来ます。」と掲示して、悪宣伝の余地をなからしめた許りでなく、此の棄権率は同投票所の従来の棄権率に照し、亦全国的のそれと比して決して高率のものではなく、被告の右判定は甚だしい独断である。要するに、当時の選挙の管理と執行上に於て、選挙人をして投票を断念させるような過誤は毫も存せず、選挙の自由と公正を疑わせるような選挙の結果に影響を来す違法は何等存在しなかつた。更に(ハ)元来公職選挙法第四十条は、投票所開閉の一応の標準時間を規定したに過ぎないものであつて、これについては選挙管理上一般に「選挙権の行使の制限の招来されない範囲で、当該選挙管理委員会に限り、臨機に時間を繰り上げ、又は繰り下げる措置が採られ、かつこれが適法とされて居たのであるから、仮に被告認定のように福田昌治等六名の選挙人が六時以後に投票所に到着し、かつ投票したとしても、前敍のような選挙秩序の下に之が行われた以上、其の投票を無効とすべきではない。仮に右六票が無効と確定しても、被告認定通り、当選者最下位稲村亀之助と落選者最上位黒田理平の得票差が一票である以上、右は両者の何れかに異つた当落の結果を生ぜしめるに止まり、其の争訟は当選無効の訴訟たる性質を具有するものと解すべきに拘らず、被告は本件を選挙自体の効力に関するものとして処理したのであるから、前記裁決は右の点に於て手続上も違法であり、取消を免れない。

被告指定代理人は「原告黒田の請求並びに原告竜前等の請求はいずれもこれを棄却する」との判決を求め、答弁として次の通り陳述した。

(一)  原告黒田の主張事実中両選挙が全部につき無効であるとの点を除き、其の余の主張事実は認める本件両選挙の全部が無効であるとの原告黒田の主張はこれを争う。両選挙が選挙の規定に違反して行われたのは第五投票所だけであるから、本来ならば右投票所に於ける選挙だけを無効にすればよい筋合であるが、右投票所に於ける投票は第二開票区に於て他の二投票所に於ける投票と混同して開票されて居り、従つて第五投票所に於ける投票だけを区分することができないので、やむなく第二開票区に於ける選挙のみの無効を決定したものである。しかも、市長選挙については、右選挙に於ける当選人鴨田宗一の得票は二万六千二百四十一票であり、次点者神谷伸吉の得票は三千九百八十四票であつて、其の差二万二千二百五十七票は違法のあつた第五投票所の有権者数三千六百六十四人より多いのであるから、結局市長選挙の結果に異つた結果を生ぜしめる可能性が全然なく、従つて右市長選挙を無効とすべき理由はない。よつて、市議会議員選挙において第二開票区に於ける選挙を無効とし他の選挙を有効とした被告の裁決には何等の違法も存しない。

(二)  原告竜前等の主張事実中(一)の事実は全部認める。(二)の事実中(イ)の訴願理由第一点が其の主張通りであつたこと、サイレンを鳴らし、正門入口に繩を張つたこと、午後五時四十三分頃驟雨があり投票所が混乱し、六時過に到着した警察吏員が正門入口、西裏口に立つたこと、(ロ)の訴願理由第四点が其の主張通りであつたこと、投票所の混乱整理のため選挙人が時間を空費したこと及び被告が裁決に於て原告等主張の通り事実の認定並に判断を為したことは認める。右事実の真相は裁決書に記載の通りであつて、之を要するに第五投票所の閉鎖は行われて居らず、定刻後に到着した選挙人が多数投票して居る反面投票し得なかつた選挙人も多数あり、之等第五投票所に於ける混乱状態の発生、投票所閉鎖の不適切は、選挙管理委員会及び投票管理者の管理執行に瑕疵があつた結果であり、一面公職選挙法第四十条、第五十八条、第五十九条に違反すると共に他面多数の選挙人をして一旦投票のため投票所に来ていながら投票しないで帰らせ、以て選挙の公正を害し選挙法の精神に反したものといわなければならない。右投票所に於て之等の違法がなく、投票が終始円滑に行われ、而も投票所閉鎖時刻が厳守されていたならば、選挙の結果に於て当然に異つたものが生じて居たであろうことは容易に看取出来るから、右選挙の一部無効を決定したのであつて、裁決には何等の違法も存しない。

なお「投票所」とは、現実に投票所に使用したところだけを云うものと解すべきであつて、告示には通例「何々小学校内に設ける」と記載し、単にその設ける場所を表示するに過ぎず、「投票所」の観念とは直接関係がない。又公職選挙法第四十条第一項本文所定の投票時間は単なる投票所開閉の標準時間ではなく、同条項但書、同法施行令第二十七条所定の特殊事情のある投票所以外は、凡て一律に之を厳守しなければならない原則を示すものであつて、斯くしてこそ始めて選挙の公正が保持される。

原告竜前等は、被告が本件を選挙の効力に関する争訟として取扱つたのは違法であると主張するけれども、本件は単に投票の有効無効を論ずべき事案ではなく、箇々の事態を連続的包括的に観察し、之を其の根本に存する選挙の管理執行に関する問題として採り上げ、選挙の効力に関する事案として論ずべきであるから、被告の為した裁決は、其の手続に於ても何等の違法は存しない。(各証拠省略)

三、理  由

昭和二十六年四月二十三日執行の熊谷市長及び熊谷市議会議員選挙の選挙人であつた原告黒田等が熊谷市選挙管理委員会に異議の申立を為し、同委員会が同年五月十八日附を以て「異議の申立は相立たない」と決定したので、原告黒田等が更に被告に訴願し、被告が同年九月二十八日附を以て「熊谷市選挙管理委員会の昭和二十六年五月十八日に為した決定の内、市議会議員選挙に関する部分を取消し、昭和二十六年四月二十三日執行の熊谷市議会議員選挙において、第二開票区における選挙を無効とし、残余の訴願は棄却する。」旨の裁決を為し、右裁決が同日附埼玉県報号外により告示されたことは、当事者間に争いがない。

仍て先づ、右選挙に際し熊谷市東小学校内に設けられた第五投票所に於て原告竜前等が主張する様に同投票所は午後六時の定刻に閉鎖され、同時に管理者はサイレンを鳴らし、同時刻迄に投票所に到着した選挙人を場内に入れ、入口に繩を張り職員を配置すると共に、間もなく到着した警察吏員を正門其の他の門に立たせて、投票所閉鎖の後選挙人の入場を拒否、監視させ、六時に投票所に到着して居た者のみに投票をさせたか否かにつき審究する。

公職選挙法に所謂「投票所」とは、投票紙を投函するために設けられた施設の場所をいい通常、学校、役場その他適当な舎屋内に区画設置されるのであつて、もとより舎屋の全部その他それを囲む庭園をも投票所の一部と見るべきでない。従つてたとえ、その舎屋の入口門柱等に「投票所」と表示してあつても、この一事によつてその入口乃至門以内即ち構内全部を投票所とはいい難い。同法第五十三条に「投票所の入口を鎖し」とあるのは投票所そのものの入口を閉鎖するの義であつて、その投票所の入口以外の舎屋の入口乃至門戸をも包含するものではない。尤も定刻において選挙人が投票のため其の入口及び其の附近になお多数残存し、投票所内に収容し切れないとか、又は投票のため選挙人が入口から引続いて列を為して居る等の場合はその者が引続き同所に居る限り、社会通念上投票所にある選挙人というに差支ないから、右の場合定刻迄に投票所に到着参集して居たこれ等の者と他の者とを判然区別し得る様な方途、例えば右行列を乱し他から割り込む者のない様監視すると共に、其の列の最後尾等に係員を配置する等の方策を採つて、外界との交通を遮断した場合をも謂うものと解するのを妥当とし、更に之等投票所としての施設内に入るを得ず、屋外に列を為す者であつてもそれが社会通念上投票所の入口に既に到達したものと看做し得る状況に在り、引続いて同所に居たものと認め得る以上之を前記法条に所謂「投票所にある選挙人」として投票し得るものと解するのを相当とするところ、本件においては、東小学校内に設けられた第五投票所は、同校北側校舎の西の部分の三つの教室であつて、右教室は当時間仕切が外され一室のようにして使用されたもので、同校正門を這入り左折し、校庭を北進、南側校舎の右側を通り、北側校舎の出入口に到達、同出入口を這入つて右側投票所入口に到達するようになつているものであること及び同校庭には右正門の外、西側及び北側の各裏門が各一箇所あつて、そのいずれよりも同校舎内に這入れるようになつていることは検証の結果によつて認めることができ、また、当日午後五時四十三分頃と其の後の二回に亘つて偶々驟雨があり、投票所入口前に列んで居た選挙人が投票所及び校舎内に雪崩れ込んだこと、その頃サイレンが鳴らされ、正門に繩を張つたことについては当事者間に争いがないところであつて其の際投票所閉鎖の午後六時の定刻と同時に逸早く定刻迄に投票所の入口に到着して居た者と然らざる者とを明確に区別するため、外部との交通を完全に遮断する等の万全の措置、乃ち当日投票所に外部から達するには前記正門を通過する以外に何等の方法がない様施設されて居たと認めるに足る証拠がないから、定刻に前記西側の及び北側各裏門をも閉鎖し、右時刻後に外部から校内に這入ることのできないよう措置を講ずべき筋合であるに拘らず、之等に繩を張り或は係員を配置する等の方法が採られたと認むべき措信するに足りる証拠は存しない。此の点に関する証人矢野泰助、同武井邦彦、同寺島東一の各証言は措信し得ない。而も前記投票所の混乱後之を整理するため、選挙人を投票所から出し、二回に亘つて校舎を迂廻させた後、入口の前に整列させたが、其の際直接之に関与した係員は夫々一名で、右係員は嚮導として列の先頭に立つたのみであることは証人竹井邦彦、同柿沼吉男の各証言により推知し得るが、他から右行列に加わる者のない様監視する係員が配置され、その他適切な措置が講ぜられたと認むべき証左もなく、又六時以後に熊谷警察署の警察吏員が投票所に到着して門に立ち、外部から校内への出入を警戒したことは当事者間に争いがないところであるが、それは午後六時を相当に経過した後であり、かつ配置された門は正門と西側裏門の二つの門だけであることは証人高橋蘭次郎、同高井隆司、同金沢東作、同岡田守、同内田正司の各証言により認めうるにすぎない。北側の裏門に立つたと認める証左は何もなく而も、証人寺島東一、同金沢東作、同岡田守、同内田正司、同吉田栄輔、同坂上平吉、同野本綾之助、同小沢泰助の各証言を綜合すると、警察吏員が正門に立つた時は既に繩もなくなつて居たこと、及び警察吏員も或者に対しては其の通過を認め、投票所内の混乱が終つた頃には正門から引きあげてしまつて居たことが認められ、原告竜前等の立証のみによつては、前記第五投票所の閉鎖時刻が厳守され、午後六時に投票所が閉ぢられ、同時刻迄に投票所に到着した者だけが投票したものと認めるに足りない。却つて証人中村美津江、同木村正二、同坂上平吉、同野本綾之助、同小沢泰助、同井出忠義の各証言その他本件弁論の全趣旨を綜合すると、第五投票所に於ては午後六時迄に同投票所に到着し、引続き同所に居た者と然らざる者とが明確に区別されて居らず、明かに午後六時以後而も警察吏員が門に立つた後、乃至門から引きあげた後に投票所に到着し、投票して居る選挙人もあることを認め得るから、右は正に右選挙の規定に背反し違法たるを免れない。

次に原告竜前等は、第五投票所に於ては、午後六時直前驟雨を避けるため一時に選挙人が殺到して混乱し、其の整理をする間選挙人をして時間を空費させるのやむなきに至つたことはあるけれども、午後六時迄に投票所に到着して居た者は全部午後七時五十分頃迄に投票を終つて居り、選挙の公正と自由とを妨害した点はないと主張するので、此の点につき審究するに、成立に争のない乙第一号証(熊谷市選挙管理委員会の証明書)によると、右第五投票所の本件選挙に於ける棄権率は熊谷市内十六箇所の投票中他の投票所の棄権率が第十二投票所の三・三パーセントを最低に、第十六投票所の八・九パーセントを最高とするに対し、実に一五・五パーセント(有権者総数三千六百六十四名、投票者総数三千九十五名、棄権者総数五百六十九名)に達し、著しく高率であるところ、之を昭和二十五年十一月十日執行の埼玉県教育委員選挙及び昭和二十六年四月三十日執行の同県議会議員選挙の際の同投票所の棄権率を常に十六箇所の投票所の平均棄権率を稍上廻る程度に過ぎなかつた事実と対比するときは、右第五投票所の本件選挙の際に於ける棄権率が非常に高からしめた何等かの特殊事情、原因が伏在して居たことと推測せざるを得ない。そこで今右第五投票所に於ける投票状況を検討すると投票所入口の前面に午前七時の投票開始以来常に選挙人が多数列を為して居て、多少の例外を除き、列に参加後投票を為す迄には相当の長時間を要するのを常とし、ために都合によつて再三再四投票所に出直して漸く投票し得た者が相当数あることは、証人井出忠義、同福岡昌治、同坂上平吉、同野本綾之助、同小沢泰助、同木村正二、同中島茂平、同西原つね、同桜井嘉喜太の各証言により認め得られるから、一旦投票所附近に行き乍ら投票せずに引返し、其のまま投票しなかつた者も亦相当数あつたものであることは容易に推測されるし、又投票所が前記の通り混乱してから、その混乱を整理し投票を再開する迄には相当の時間を空費して居り、而も再開当時は既に夕闇に包まれて居た午後七時過であつて、其の後更に投票を終えるにはなお相当の時間を要することを予測出来たものと認められるから、混乱状態発生前後同所に居り乍ら、其の後投票しないで同所を離れ、之がために結局投票しなかつた者、或は投票しに再度投票所附近迄来て投票を拒否され投票し得なかつた者が相当数あつたことは証人中村美津江、同木村正二、同西原つね、同黒田嶽之助、同桜井嘉喜太の証言によりこれを推測するに難くない。そして、斯様に投票が円滑順調に進捗せず其の投票の権利、義務を果し得ずに帰つた選挙人も、それが本人の意思によつて行動し又前記混乱が驟雨と云う自然現象に起因するところがあるとは云え、その権利義務を果すために投票所に赴いたものであることは、その投票所に赴いたと云うこと自体によつて明かであり、其の他選挙人側に前記棄権率を高からしめる特殊事情ありと推定せざるを得ざる証左の記録上顕われて居ない本件にあつては、其の管理者側にその原因があつたものと推測せざるを得ない。そこで更に右投票所に於ける管理状況を見ると、同投票所に於ける毎時の投票人員は投票開始当初の一時間百九十一名を最低とし、午後二時以降の一時間三百二十九名を最高に、午後五時迄の毎時平均が約二百四十六名であつたことからして、又午後三時現在の投票者総数が有権者総数の半分より稍多い程度に過ぎなかつたことからして、其の後投票所閉鎖時刻の午後六時迄三時間以内に爾余の選挙人の投票を全部完了するがためには、仮令相当数の棄権者のあることを見越してもなお、受附を増加するか、其の他事務の円滑、順調迅速処理のための一層適切有効な措置を講じなければならない筋合であることは前顕乙第一号証、証人矢野泰助の証言により推測し得られるに拘らず、前記混乱の惹起する迄其の受附が終始僅かに一箇所に過ぎず、其の他前記の如き格別の措置が採られたと認めるに足る証拠も存しないから結局、有権者数に比し受附の設備が僅少であつた等のため前記投票関係事務の不円滑渋滞を来し、ひいては棄権率を高めるにいたつたもので、その責任の大半は管理者側に在つたものと断ぜざるを得ない。蓋し、管理者は、選挙人が投票するに際し自由且容易に其の権利を行使し、義務を果し得る様措置すべき責任を有するのであつて、かくしてこそ自由且公正な選挙は保証され、選挙人の真の意思に基いた代表者が選ばれることになるからである。すると管理者が選挙権の行使を積極的に抑制阻止したことがなかつたとしても、右措置、管理の失当は自由且公正な選挙を阻害する結果を招来し、選挙に関する法規の精神に反したものであつて、違法たるを免れない。

次に右違法によつて選挙の結果に異動を生ずる虞れがあるか否かについて審按するのに、右市議会議員選挙に於て最下位当選人稲村亀之助の得票が四百六十五票であり、最上位落選人が四百六十四票を取得した原告黒田であつて、而も同人が右第十五投票所の区域内に居住することにつき当事者間に争いがないから、午後六時以後に到着した選挙人の投票して居る事実及び投票が順調に行われなかつたため、相当数の選挙人が投票しなかつたと認定される事実がなかつたならば、当然右選挙の結果に異つたものを生じたものと考えられるから、右違法は正に選挙の結果に異動を生ずる虞れがあるものと謂わなければならない。

すると、右市議会議員の選挙は、第五投票所関係の分に限り無効とすべきであるが、右投票所に於ける投票が第二開票区に於て第十四投票所及び第十五投票所に於ける投票と混同して開票され、第五投票所の分だけを区分することが出来ないことにつき当事者間に争いがないから第二開票区における選挙を無効とする外はない。

なお原告竜前等は被告が本件を選挙の効力に関する争訟として取扱つたのは違法であると主張するけれど、当事者間に争いのない訴願の理由、裁決の理由に徴し、本件は単に箇々の投票の有効無効、当選の有効無効を論ずべき事案ではなく、之を包括して観察し、其の基底を為す選挙の管理執行に関する問題として採り上げ、選挙の効力に関する事案として論ずべきであると認められるから、被告の裁決には原告等主張の如き手続上の違法ありとも解し難い。更に原告黒田は本件第五投票所における両選挙が違法なる以上、第二開票区における選挙だけを無効とすべきでなく、全部の選挙を無効とすべきであると主張するが、市議会議員の選挙は第二開票区における部分に限り無効とするをもつて足ることは前段説明の通りであり、また市長の選挙については右選挙につき前説示の通り選挙の規定に違反した事実があつたとは云え、市長選挙の当選人鴨田宗一の得票が二万六千二百四十一票であり、次点者神谷伸吉の得票が三千九百八十四票であつて、其の差二万二千二百五十七票は第五投票所の有権者総数三千六百六十四人より遙かに多いことにつき当事者間に争いがないから、前記違法があつたとしても選挙の結果に異動を生ずる虞れはないものといわなければならない。すると熊谷市長選挙は右違法に拘らず、これを無効とすべきではなく、被告の此の点に関してなした裁決には何等違法はない。

仍て、被告が為した前記裁決の違法を主張し、其の取消を求める原告等の本訴請求は何れも失当であるから之を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項本文に則つて主文の通り判決する。

(裁判官 小堀保 原増司 三宅多大)

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