東京高等裁判所 昭和26年(ナ)56号 判決
原告 福田豊
被告 埼玉県選挙管理委員会
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告は、「被告が昭和二十六年十月三十日原告に対してなした訴願棄却の裁決を取り消す。昭和二十六年七月二十日施行された埼玉県南埼玉郡栢間村農業委員会委員選挙を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める旨申立て、その請求原因として、原告は昭和二十六年七月二十日施行された埼玉県南埼玉郡栢間村農業委員会委員選挙に際し立候補したものであるが、
(一) 原告は同月十七日訴外金子権内の承諾を得て同人を右選挙の開票並びに選挙立会人として栢間村選挙管理委員会に届けでたところ、選挙長たる右委員会の委員長石井生一は同月十八日正当の事由なくしてこれを拒否し、独断で立会人三名を選任して前記選挙を施行した。然しながら、開票並びに選挙立会人の選任は候補者の権利であるから、その権利行使を不当に拒否し前示立会人によつて行われた選挙は、適法な立会人がなくて行われたものであつて、右は明らかに右委員長石井生一の職権濫用であり、選挙干渉であつて、故意に選挙の管理執行に関する規定に違反し、候補者の行うべき権利を妨害したものである。しかのみならず右委員長石井生一は原告が前記開票並びに選挙立会人の届出をした際、多衆の面前において、「候補者から届けてた立会人は一人も受けられない、委員会としては既に三人選任してあるから、たとい法律に規定してあつても受けられない、それが不服なら農林省へでも何処へでも行け、告訴でも何でもやりたい事をやれ、信用のない者は出ても駄目だ」と放言し、候補者たる原告の名誉と信用を毀損したのである。かように前記委員長の行為は特定候補者の当選を忌避するあまり、その地位を悪用して選挙の規定に違反し、甚だしくその公正を害したものである。
(二) 栢間村議会議員団は本件選挙に際し全村に亘つて部落を単位とする選挙区を非合法的に設定して全般的組織的且つ積極的に無投票当選を実現するための運動を展開し、候補者又は候補者となろうとする者に対し計画的、集団的に威力を加えて立候補辞退又は立候補をしないように画策したのであつて、これは議員としての地位を悪用して選挙の自由を著しく害したものである。而して前記委員長石井生一はこれらの違法行為が行われることを知りながら、敢えてこれを阻止しようとはせずして選挙の自由と公正とを甚だしく害せしめたのみならず、自らも、同月十九日職権を濫用して選挙管理委員及び栢間村役場の使用者を使用して無投票当選を実現させるため、候補者たる原告の行衛を搜索又は追跡し原告をして立候補を辞退させようとしたのであつて、右は選挙の規定に違反しその自由を甚だしく害したものである。
(三) 本件選挙においては、
(イ) 農業委員会法第十一条において準用される公職選挙法第四十九条第二号に該当する事由によつて、不在者投票をした者が十二名あるが、それらはいずれも同号に掲げる不在者投票の事由に該当する旨の証明書又は疎明書を提出していないのであつて、右は農業委員会法施行令第六条の規定により準用される公職選挙法施行令第五十二条の規定に違反している。
(ロ) 又公職選挙法第四十九条第三号に該当する事由によつて不在者投票をした者が百四十一名あり、そのうち五十四名は栢間村役場において投票をしているのである。然しながら、選挙人が自ら同役場に出頭して投票をしている以上、右第三号に該当する事由があるとの証明は虚偽でなければならないし、又右証明が真実であるとすれば、右投票は当該選挙人以外の者がなしたものであつて、公職選挙法第二百三十七条及び同法施行令第五十八条に違反するものというべきである。
以上は明らかに選挙の規定に違反したものである。
(四) 前記栢間村選挙管理委員会は公職選挙法第四十八条の規定によつて代理投票をした者のうち、故意に「深谷よめ」に二重投票をさせ、いずれもその投票を有効として取り扱つているのは選挙に関する規定に違反したことが明らかである。
以上に掲げた違法は本件選挙の結果に異動を及ぼす虞れが十分あるから、原告は右選挙の効力に異議ありとし公職選挙法第二百二条第一項により同月三十一日栢間村選挙管理委員会に対し異議の申立をしたが、同委員会は同年八月二十日附で何等の理由を附せずに異議の申立書を返戻した。よつて原告は同条第三項により同年九月六日被告に対し訴願を提起したのであるが、被告は同年十月三十日訴願棄却の裁決をしたのである。よつて原告は右裁決の取消及び本件選挙を無効とする判決を求めるため本訴請求に及んだ次第であると陳述した。(証拠省略)
被告指定代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として、原告主張の事実中、原告がその主張の農業委員会委員の選挙に際し立候補したものであること、原告が右選挙の効力に関し、昭和二十六年七月三十一日栢間村選挙管理委員会に対し異議の申立をなし、同委員会が同年八月二十日附で右異議の申立が相立たない旨の通知をしたこと、これに対し原告が同年九月六日被告に対し訴願を提起し、被告が同年十月三十日右訴願を棄却したこと及び原告がなした選挙立会人となるべき者の届出を栢間村選挙管理委員会が拒否したことはいずれもこれを認めるが、その他の事実は全部これを否認する。
(一) 栢間村選挙管理委員会が、原告のなした選挙立会人の届出に対し、公平を欠くとの理由でこれを拒否したことは、明らかに違法というべきであるが、本件選挙においては選挙長の選任した選挙立会人三名が立ち会つて居り、且つ、選挙の事務執行につき公正が害されたということを疑うに足る事実は全然ないのであつて、到底選挙の結果に異動を生ずる虞れがないと考えられるから、右選挙立会人の選任に関する違法があつても、これを以て本件選挙を無効となすべきではない。
(二) 原告主張の如き事実があつたとしても、それは栢間村議会議員団の行為で、同村選挙管理委員会又は選挙長若しくは投票管理者によつてなされたものではないから、選挙の規定に違反した場合には該当しない。
(三) (イ)公職選挙法第四十九条第二号に該当する不在者投票の事由があることについて証明書がないことは認めるが、右事由があることについては必ずしも証明書によることを必要とせず、疎明でもよいのであるから栢間村選挙管理委員長は当該選挙人の口頭による疎明によつてその申立を真実と認め、同法第二号に該当するものとして不在者投票をさせたものであり、
(ロ) 又栢間村役場において不在者投票をした旨の記載は、処理簿並びに調書の誤記であり、当該選挙人はいずれも自宅において右投票をしたものであるから、原告主張のような違法はない。
しかのみならず、同法第二、三号の規定による不在者投票の手続の違法を理由とする争訟は、結局その手続に違法のある投票が無効となるだけであつて、当選争訟の理由となつても、選挙争訟の理由とはならないものというべきである。
(四) 投票録中の代理投票者の欄にある原告主張の「深谷よめ」のうち、前の方のは「深谷よね」の誤記であつて、二重投票ではないのみならず、この点に関する原告の主張は選挙争訟の事由には該当しない。
以上のとおりであつて、原告の本訴請求は失当であると述べた。(証拠省略)
三、理 由
原告主張の事実中、原告がその主張の農業委員会委員選挙に際し立候補したものであること、原告が右選挙の効力に異議があるとしてその主張の如く異議及び訴願の手続を経由したことは当事者間争のないところである。
而して原告が(一)に主張するように栢間村選挙管理委員会に対し選挙立会人の届出をしたところ、同委員会が公平を欠くという理由でこれを拒否したことは当事者間争がなく、原告の届出にかかる右選挙立会人は公職選挙法第七十六条により準用される同法第六十二条の規定において選挙立会人となり得ない者に該当しないものと考えられるから、右選挙立会人の拒否は違法たるを免れないというべきであるが、右選挙における選挙会においては選挙長によつて選任された選挙立会人三名が立ち会つて居ることは原告の自認するところであり、原告の提出したすべての証拠によつても未だそのために右選挙の事務執行につき公正を害されたことを疑うに足る事実が認められないから、前記選挙の規定に違反したことにより選挙の結果に異動を生ずる虞れはないものというべく、従つて本件選挙はこれを無効となすべきではない。而して原告提出のすべての証拠によるも、未だ原告主張の(二)の如く前記栢間村選挙管理委員会委員長石井生一が職権を濫用し、選挙の規定に違反して同村村議会議員等の選挙干渉等の行為を許容し又は自らそのような違反行為をなし、これにより選挙の公正を甚だしく害し、選挙の結果に異動を生ずべき虞れがあつたものとは到底認められない。而して又原告主張の(三)の(イ)、(ロ)及び(四)の事実はいずれも選挙の効力に関する選挙争訟の理由とはならないものと解するを相当とするから、前記選挙を無効とする判決を求める原告の本訴請求は理由がないとしてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十五条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺葆 牛山要 野本泰)