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東京高等裁判所 昭和26年(ネ)1177号 判決 1952年1月30日

主文

原判決を取消す。

被控訴人が新潟県佐渡郡河崎村大字原黒字沖二百五十一番田七畝十二歩につき昭和二十四年八月六日附でなした同村農地委員会(当時の)に対し自作農創設特別措置法第六条の三の規定による指示をしない旨の決定を取消す。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、被控訴人において、(一)控訴人は昭和二十一年四月二十七日三国シユンの申出を承諾して本件農地の賃貸借を合意解約したのであつて、右合意解約は原審で主張したとおり適法かつ正当である、従つて自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第六条の三第二項において準用する第六条の二第二項第一号に該当する、(二)控訴人は三国シユンと平等の立場で、控訴人の自由意思で本件農地を三国シユンに返還したのであるから、今に及んで遡及買収の請求をなすことは、友好信頼の関係を破り、社会秩序に背反する不信行為であり、同法第六条の三第二項、第六条の二第二項第二号にも該当する、(三)控訴人は、昭和二十二年七月二十一日附で、河崎村農地委員会に対し昭和二十一年勅令第六二一号、自創法施行令第四十三条の規定により本件農地を含む三国シユン所有農地につき遡及して買収計画を定めるべきことを請求した(乙第九号証)、当時の自創法には第六条の二、第六条の三の規定はなかつたが、自創法改正法(昭和二十二年法律第二四一号、同年十二月二十六日公布、即日施行)が施行された後、昭和二十三年六月十二日河崎村農地委員会は、調査の結果本件農地については買収計画を定めざることに決定した、それ故控訴人は右自創法改正法附則第二条によつて、改正法第六条の三による指示請求をなすべきであるのに、これをなさず、その後一年を経過した昭和二十四年五月二十五日本件農地につき遡及買収請求をなし、これを拒否された後同年七月十二日、被控訴人に指示請求をしたのであるから、本件指示請求は違法であり従つて被控訴人の指示をなさざる決定の取消を求め得ざるものであると述べた外原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。(立証省略)

理由

控訴人が昭和二十年十一月二十三日現在において新潟県佐渡郡河崎村大字原黒字沖二百五十一番田七畝十二歩の土地を所有者三国シユンから賃借して耕作の業を営んでいた小作農であること、控訴人が昭和二十一年四月頃右土地を三国シユンに返還し、右土地において耕作の業務をやめたこと、控訴人が自創法第六条の二の規定によつて、昭和二十四年五月二十五日河崎村農地委員会(以下村農委と略称する)に対して右小作地につき昭和二十年十一月二十三日当時の事実に基いて農地買収計画を定めるべきことを請求したところ却下されたので、同年七月十二日自創法第六条の三の規定によつて新潟県農地委員会(以下県農委と略称する)に対して村農委に同法第六条の二第一項の規定により農地買収計画を定めるべき旨指示すべきことを請求したこと、県農委が同年八月六日附で、控訴人と三国シユンとの間になされた右小作地の合意解約は適法かつ正当であると認めて右指示をしない旨の決定をなし、その旨の決定書を同月十日控訴人に送還したことは当事者間に争がない。

被控訴人は、控訴人が昭和二十四年五月二十五日村農委に対してなした遡及買収請求、同年七月十二日県農委に対してなした遡及買収指示の請求は、ともに違法であると主張するので、審案するに、成立に争のない乙第九号証によれば、控訴人が昭和二十二年七月二十一日付で村農委に本件農地を含む三国シユンの所有農地二反十五歩につき自創法施行令第四十三条の規定による農地買収計画を定める請求をなし、村農委は同年七月二十八日附でこれを受理したことが認められる。更に成立に争のない乙第十三号証によれば村農委は、自創法改正法(昭和二十二年法律第二四一号同年十二月二十六日公布、即日施行)施行後右農地二反十五歩中本件農地を除く一反二畝十五歩について遡及買収の計画を定めることを議決したことを認めることができる。右乙第十三号証(村農委議事録)には、本件農地について特に買収計画を定めることを否とする議決をなしたことが記載されていない。しかし右議事録を検討すれば、本件農地の買収は「如何かと思う」と発言した委員四名、「面倒の問題故事実を調査して決しては如何」と発言した委員二名あり、結局本件農地を除く一反二畝十五歩について遡及買収をすることを議決したことが認められるのであるから、一応本件農地についてはこの時買収を否とする議決があつたものと解して考えてみるに、右自創法改正法附則第二条によれば、改正前の附則第二項の規定による農地買収計画に関してなされた手続は改正法第六条の二、第六条の三、第六条の五の規定によりなされた手続とみなされるのであるが、村農委が本件農地の遡及買収を否とする議決をしたものと考えられる昭和二十三年六月十二日は、遡及買収請求のときよりは、一年余、改正法施行のときよりも既に五箇月余を経過し、改正法第六条の三による県農委に対する遡及請求をなすべき要件は満すことが不能な状況にあつたのである。一方改正前の自創法に基ずく自創法施行令(昭和二十一年勅令第六二一号)第四十四条の規定によれば、第四十三条の請求(控訴人の請求はこれにあたる)があつたとき、村農委が買収計画を定めることを否と議決したときは、請求者はその議決があつた日から一箇月以内に県農委に指示請求をなすことができたのであるが、この施行令第四十四条の規定は当時既に昭和二十三年政令第三六号(同年二月十二日公布、即日施行)で廃止されていたのであり、控訴人にとつては右村農委の議決に対し不服申立の方法がなかつたものといわなければならない。又前掲乙第十三号証によれば、村農委は昭和二十三年六月十二日には本件農地について買収計画を定めるか否かの決定を留保したものとも考えられるのである。しかも、前記自創法改正法第六条の二による遡及買収の請求をなし得る期限につき、何等の規定がないのであるから、かかる場合は、旧法施行のときに、同法施行令第四十三条によつて遡及買収の請求をした者は、改正法施行後あらためて改正法第六条の二による請求をなし、村農委が所定期間内に買収計画を定めないときは、改正法第六条の三による県農委に対する遡及買収指示の請求をなし得るものと解するのが、本法制定の目的を達するゆえんであるといわなければならないから、この見解に反する被控訴人の主張は、到底採用するを得ない。

よつて進んで県農委の決定の当否について審案する。自創法第六条の二によれば、村農委が昭和二十年十一月二十三日現在において小作地につき耕作の業務を営んでいた小作農で、同日以後において当該小作地についての耕作の業務をやめた者から、いわゆる遡及買収計画を定めるべきことの請求があつたときは、同条第二項各号の場合を除き、必ず請求とおりの買収計画を定めなければならないのであり、同法第六条の三によれば、村農委が右請求を受けた日から二箇月以内に遡及買収計画を定めない場合、請求者がその期間経過後一箇月以内に県農委に遡及買収指示の請求をしたときは、同法第六条の二第二項各号の場合を除いて、必ず遡及買収の指示をしなければならないのである。しかして本件の場合、県農委は本件は同法第六条の二第二項第一号に該当する場合と認めて、遡及買収の指示をなさないと決定したことは前段認定のとおりであるから、まず本件が右法条に該当する場合であるか否かを判断する。

原審(第一、二回)及び当審における控訴人本人尋問の結果原審及び当審証人藤井イト三輪作一の各証言を綜合すれば、控訴人は昭和十八年春から本件農地を所有者三国シユンから賃借して耕作してきたこと、昭和二十年十二月頃三国シユンから本件農地の返還を求められたが、拒絶したところ、昭和二十一年春から三回シユンの命を受けた三輪作一が本件農地の耕作をはじめたため控訴人は驚いて三国シユンに交渉したが、三国シユンは本件農地を控訴人に耕作させることを承諾せず、遂に実力に訴えて本件農地の耕作を継続して今日に至つたこと、並びにその頃三国シユンの雇人関東広吉は控訴人の留守中控訴人方を訪ね、控訴人の次女藤井イトに対し、控訴人にも既に話して承諾を得ていると欺いて、控訴人が本件農地を昭和二十一年度から三国シユンに返還することに同意する旨の書面(乙第一号証)に控訴人の認印を押捺させたことを認めることができる。右認定に反する原審及び当審証人三国シユン、当審証人関東広吉の証言は信用しない。その他本件一切の証拠を調べても右認定を左右するに足らない。以上の認定事実によれば、控訴人と三国シユンとの間に本件農地の賃貸借を合意解約する意思の合致があつたとは考えられないのであつて、三国シユンは右のように合意解約なくして控訴人から本件農地を取上げたものと認むべきであるからもとより自創法第六条の二、第二項第一号の場合に該当しない。それ故本件を右の場合に該当するとして、遡及買収の指示をなさない旨の決定をした県農委の処分は違法であるといわなければならない。

次に被控訴人は、控訴人の本件農地遡及買収の請求は信義に反すると認められ、自創法第六条の二第二項第二号の場合にも該当すると主張しているけれども、前段認定の如く、小作農が合意解約なくして所有者から農地を取上げられた場合に、当該小作農が遡及買収の請求をなすことは、被控訴人の主張するような信義に反するものではない。

しかして昭和二十六年法律第八九号農業委員会法の施行に伴う関係法令の整理に関する法律(昭和二十六年三月三十一日公布、同日施行)附則第三項によれば、自創法、又はこれに基く命令の規定により県農委がした処分手続その他の行為は被控訴人がした処分、手続、その他の行為とみなされるのであるから、県農委が昭和二十四年八月六日付でなした前示決定は、被控訴人がこれをなしたものとみなし、自創法改正法第六条の三、第六条の二に反する違法の決定として、これを取消すべきものといわなければならない。

よつて、右決定の取消を求める控訴人の請求を棄却した原審判決は、これを失当として取消し、控訴人の請求を認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条、第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。(昭和二七年一月三〇日東京高等裁判所第五民事部)

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