大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和26年(ネ)1186号 判決 1953年7月01日

栃木県那須郡下江川村大字熊田原

控訴人

田代平

右訴訟代理人弁護士

岡本繁四郎

栃木県塩谷郡氏家町

被控訴人

氏家税務署長

山岸一二三

右指定代理人大蔵事務官

和田新治

古橋浩

法務事務官

杉本良吉

堺沢良

松浦寿

岩村弘雄

右当事者間の昭和二十六年(ネ)第一一八六号国税徴収法による差押処分取消請求控訴事件について当裁判所は次の通り判決をする。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人が別紙目録記載の不動産につき昭和二十五年九月十一日なした差押処分を取消す、訴訟費用は第一、第二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却するとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において本件差押処分の取消を求める理由として次の事実を主張する。即ち、

一、被控訴人は控訴人の昭和二十四年度の総所得額を金三十三万九千三百円、これに対する所得税額を金十二万五千九百八十円(後に右所得額を金三十万四千円、右所得税額を金十万四千八百五十円と訂正)と決定したが、控訴人はこれに服しえなかつたので、所轄国税局長に対し審査の請求をなしたところ、被控訴人は控訴人をして右請求を撤回せしめるため本件差押処分をなしたものであるから右差押処分は職権を濫用してなされたものである。

二、控訴人の右所得額及び所得税額中には田代壮(控訴人の長男)の同年度の農業経営による所得金九万千五百四十円及び所得税額金一万六千六百七十五円がそれぞれ加算されている。従つて右差押処分は控訴人の負担すべき税金額より過大な税金額の取立を目的としてなされたものである。

三、本件差押物件の価格は金三十万円を下らないからその価格は控訴人に対する課税金額を遙に超過している。これによれば本件差押処分はその必要以上の物件につきなされたものである。以上のように本件差押処分は違法であるからこれが取消を求める。なお、右差押処分は国税徴収法第十条の規定に基きなされたものであることはこれを認めると述べ、被控訴代理人において、控訴人の主張事実中控訴人の昭和二十四年度の所得額が金三十万四千円、その所得税額が金十万四千八百五十円であることはこれを認めるが、その余の事実を否認する。而して田代壮名義で農業経営による所得額の申告がなされ、同人名義で所得税金一万円が納付されたけれども被控訴人は右事業所得は実質上控訴人に帰属すべき関係にあるというので、田代壮名義の所得を控訴人の所得と認め、これに対する所得税額と田代壮の納付した右金一万円を控訴人の納税金額の一部に算入した。また差押物件の評価は相続税等の資産税との衡平を図るため原則として賃貸価格に基準倍数を乗じたものを以て評価格(時価)としているところ、昭和二十五年九月一日当時の本件差押物件の評価額は合計金八万七千七百七十六円であるから控訴人の滞納税金(本税、加算税、追徴税)金九万八千九百六十五円と比較すれば本件差押を以て不当に債務額を超えてなされたものということはできない。なお、本件差押は国税徴収法第十条に基きなしたものであると述べた外原判決の事実摘示と同一であるからここにこれを引ようする。

証拠として、控訴代理人は甲第一乃至第十二号証、第十三号証の一、二第十四号証、第十五号証の一、二第十六号証の一、二、三第十七号証の一、二第十八号証を提出し、原審証人仁衡道由、当審証人鈴木善一の各証言、原審並に当審における控訴人、原審における被控訴人元氏家税務署長平野吉之助各本人訊問の結果を援用し乙号各証の成立を認めると述べ、被控訴代理人は乙第一乃至第三号証を提出し、甲第六号証中郵便官署の作成部分の成立を認めるも、その余の部分の成立は不知、その余の甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

先ず、被控訴人は本訴は控訴人において課税処分に対する再調査請求の決定を経ることなく提起したから不適法である旨を主張するを以て案ずるに、被控訴人が控訴人の昭和二十四年度の所得につきなした課税処分に対し控訴人から昭和二十五年八月二十二日再調査の請求をなしたがその決定を経ないまま控訴人から昭和二十五年十月二十四日本訴を提起したことは当事者間に争がない。(但右日時に本訴が提起されたことは記録上明である。)然るにこれより先被控訴人は昭和二十五年九月十一日控訴人において右所得税金の納付を怠つたものとして別紙目録記載の物件につき差押処分をなしたことは被控訴人においてもこれを認めるところ、原審における元氏家税務署長平野吉之助の供述によれば、右税務署においてはその頃再調査の請求がなされた場合その決定をなすに至るまでに相当長期間(調査困難な場合には二、三年)を要したことを認めえられるから、控訴人において右再調査請求につき決定がなされるまで訴の提起を延引するときは、その間に、滞納処分の手続は進行し控訴人は遂に差押物件に対する権利を失うに至る虞があることは容易にこれを予想しうるところである。このような場合は再調査請求の決定を経ないで訴を提起するにつき国税徴収法第三十一条ノ四第一項にいわゆる正当な事由がある場合に当るものと認めるのが相当であつて、控訴人が右の決定を経ないで本訴を提起したのは違法でない。従つて、被控訴人の右の主張は理由がない。

次に、控訴人の本訴請求の当否につき判断するに、被控訴人が控訴人において昭和二十四年度の所得税金の滞納ありとして控訴人所有の別紙目録記載の物件につき差押処分をなしたことは当事者間に争がない。よつて控訴人において右差押処分を不当とする点につき逐次案ずるに、

一、控訴人は右差押処分は控訴人をして前示再調査の請求を撤回せしめるため職権を乱ようしてなされたから違法である旨を主張し、控訴人が右再調査請求をなしたことは当事者間に争がないけれども、当審における証人鈴木善一、控訴人本人の右の事実に符合する趣旨の供述は措信し難く、他に右事実を認めるに足る証拠はない。

二、控訴人は控訴人の昭和二十四年度の所得中に田代壮の農業経営による所得を加算したのは違法である旨を主張するを以てあんずるに、控訴人の右所得中に農業経営による所得を包含することは成立に争のない甲第十四号証、甲十八号証に徴しこれを推認することができる。而して当審における控訴人本人の供述によれば、控訴人は昭和二十三年中までは家族と共に農業に従事し、その経営主体であつたことを認めうるところ、控訴人が昭和二十四年からその農業経営をその長男田代壮(同人が控訴人の長男であることは、成立に争のない甲第十二号証により明である)に移転した事情及びその手続きにつきその主張立証のない本件においては昭和二十四年も引続き控訴人において農業経営の主体であつたものと認めるのを相当とする。尤も田代壮が昭和二十四年度の農業経営による所得の決定を受けその所得税金の一部を納入したことは成立に争のない甲第十六号証の一、二三、により明であるけれども、成立に争のない乙第三号証、甲第十八号証によれば田代壮に対する右の課税が誤謬として取消された事実を認めうるから、この事実に徴すれば田代壮に対する右課税の為されたことを以て直に控訴人が農業経営の主体であつたとする上記認定をふくすに足らないし、成立に争のない甲第五号証によるも右乙第三号証の記載と対照し右認定を動かすに足らない。他に右認定を左右するに足る証拠はない。従つて控訴人の昭和二十四年度の所得の決定には控訴人主張のような違法あるものとは認められないから、この点に関する控訴人の主張も理由がない。

三、控訴人は控訴人の滞納税金額より不当に多額な価格を有する物件につきなされた本件差押手続きは違法である旨を主張するを以て案ずるに、原審における控訴人本人の右物件の価格に関する供述部分はこれを措信し難く、成立に争のない甲第十五号証の一、二によつても直に右物件の昭和二十五年当時における価格を窺はしめるに足らない。却つて成立に争のない乙第一、二号証によれば、昭和二十五年当時右物件は合計金八万七千七百七十六円程度の価格を有していたものと認めることができる。而して成立に争のない甲第二号証と前示甲第十六号証の一、二、三とを対照すれば、控訴人の昭和二十五年九月十一日当時の滞納税金額は少くとも金九万八千九百六十五円であることを認めうるから、被控訴人において控訴人の滞納金額に比し多額の価格の物件につき差押処分をなしたものと認めることはできない。従つて控訴人のこの点の主張もまた採ようすることができない。然らば本件差押処分の取消を求める控訴人の本訴請求は理由がないからこれを排せきした原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三百八十四条第八十九条第九十五条を適ようし主文の通り判決をする。

(裁判長判事 薄根正男 判事 岡崎隆 判事 奧野利一)

目録

栃木県那須郡下江村大字熊田橋場二千八十七番地

一、住家 木造平家一棟

建坪四十二坪一合

同所 同番地

一、倉庫 木造平家一棟

建坪六坪

同所 同番地

一、納屋 木造亜鉛葺平家一棟

建坪十七坪五合

同所 同番地

一、納家 木造平家一棟

建坪十二坪

栃木県那須都下江川村大字平沢二千六百二十三番地の一

一、山林 九反六畝十六歩

同村大字長久保二千六百五十六番地の六

一、山林 六反三畝

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例