東京高等裁判所 昭和26年(ネ)1661号 判決
控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は適式の呼出を受けながら、当審における本件口頭弁論期日に出頭しない。
当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、「(一)控訴人が本件株式を訴外東京神栄証券株式会社に売り渡したのは、昭和二十一年中で、当時は大阪商船株式会社においては増資の決議をしておらなかつたから、本件株式はいわゆる権利含み株式(新株割当引受権のついている株式)ではなかつた。
しかして、被控訴人主張の新株引受権は昭和二十四年四月十四日午後四時現在の株主に与えられたものであつて、かくも長い間株式名義書替を怠つた者に対し、株主名簿上の株主が割当を受けて引き受けた株式を引き渡さなければならないとするのは、相当でない。かかる場合は、名義書替手続を怠つた者を保護すべきでなく、新株を引き受け、これが払込をした者を保護すべきものである。(二)いわゆる事故訂正の商慣習法は、株式売買の直接当事者間における売買契約の合意解除を基礎とするものであるから、売買直接当事者以外の第三者から株式名義人に対する事故訂正請求権は認められていない。しかして、被控訴人は、控訴人との売買直接当事者でないから、被控訴人の請求は失当である。(三)控訴人は料理店、肥料商を営む商人で本件株式の直接買受人たる東京神栄証券株式会社もまた商人で、本件は商人間の売買であるから、商法第五百二十六条の適用があり、控訴人は、法定期間内になされなかつた事故訂正にもとずく損害賠償義務を有しない。控訴人は、本件新株式百五十株は、他の新株式と共に昭和二十五年七月十二日一株金九十三円で訴外静岡合同証券株式会社に売り渡したもので、一株につき金四十三円合計金六千四百五十円の利益を得たに過ぎないから、控訴人の得た利益を超える被控訴人の請求は失当である。」と述べた外、原判決事実摘示の記載と同一であるからここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
第一、事実関係に関する判断。
(一) 控訴人は、昭和二十一年中訴外東京神栄証券株式会社に、大阪商船株式会社株式百株(以下本件株式という)を売り渡し、その履行として控訴人名義の右株式の株券(以下本件株券という)に控訴人作成の株式名義書換に関する白紙委任状を添附して引き渡した。(以上の事実は、売買日時を除いて当事者間に争がなく、売買日時については、これに関する控訴人の主張を被控訴人は明らかに争わないから、これまた争のない事実と認める。)
(二) かくして本件株券は流通におかれ、被控訴人は、昭和二十三年八月十三日訴外長田早稲から本件株式売買の履行として、前記白紙委任状添附の本件株券の引渡を受けた。(以上の事実中、本件株券が流通におかれたことは、当事者間争なく、その余の事実は、商業帳簿であつてその記載が整然明確であることによつて真正に成立したと認める甲第一号証及び原審証人飛鳥井実の証言を綜合して認定する。)
(三) 被控訴人は、昭和二十三年八月二十四日訴外大七証券株式会社に本件株式を売り渡し、その履行として前記白紙委任状添附の本件株券を引き渡した。(以上の事実は、前記甲第一号証及び前記証人飛鳥井実の証言を綜合して認定する。)
(四) その後、昭和二十四年四月十四日以前、大七証券株式会社は本件株式を訴外三重商店に売り渡し、その履行として前記白紙委任状添附の本件株券を引き渡した。(以上の事実は原審証人藤綱昇の証言によつて認定する。)
(五) 大阪商船株式会社は、昭和二十四年四月五日の株主総会で、資本を二億三千七百四十万円増加し、増加資本を一株五十円の株式に分け、うち三百六十七万八千株につき昭和二十四年四月十四日午後四時現在の株主に一株につき一株半の割合で引受権を与える旨の決議をし、同年四月十五日から増資報告株主総会終結の日(同年六月二十日)まで株式名義書換を停止した。(増資報告株主総会終結の日は成立に争のない甲第十二号証によつて認める。その余の事実は当事者間に争ない。)
(六) 昭和二十四年四月十五日以前における本件株式の最終取得者(その氏名は判らない。)は、昭和二十四年四月十四日午後四時までに、大阪商船株式会社に対して、本件株券を提出して、株式名義書換を請求したところ、添附の前記白紙委任状に押捺されてある控訴人の印影が右会社に届けてある印鑑の印影と相違したため、名義書換を拒絶された。そのため、昭和二十四年四月十四日午後四時現在株主名簿に株主として記載されていた控訴人に対し増資新株の割当がなされ、控訴人はこれを引き受け払込をして増資新株百五十株(以下本件増資新株という。)を取得した。(白紙委任状の控訴人の印影が会社届出の印鑑の印影と相違したこと、及び控訴人が本件増資新株を取得したことは当事者間争なく、その余の事実は、前記甲第十二号証「印鑑相違、印鑑照合済」と記入しある部分を除きその余の部分の成立につき争なく右除外部分の成立は弁論の全趣旨によつて認められる甲第三号証、及び弁論の全趣旨によつて認定する。)
(七) そこで、本件株券は右最終取得者から、訴外三重商店に返還され(最終取得者から直接か、その間更に中間取得者があつたかは不明である)、三重商店は昭和二十四年五月三十日本件株券を大七証券株式会社に返還し、大七証券株式会社は同年六月二日本件株券を被控訴人に返還して印鑑相違による事故訂正(本件株式の名義書換を可能ならしめることと、増資新株をつけることの二つの要求を含む。)を求めた。
(以上の事実は前記証人藤綱昇の証言によつて認定する。)
(八) 被控訴人は、本件株式は前記長田早稲が訴外中原商店から、中原商店は三重商店から、三重商店は訴外丸大商店から、丸大商店は神栄証券株式会社から、同会社は控訴人からそれぞれ買い受けたものであることを調査した上、昭和二十四年七月頃神栄証券株式会社を通じ控訴人に本件株式の名義書換可能の委任状の交付と増資新株の交付とを要求したが、同年八月頃控訴人から本件株式の名義書換可能の委任状のみの交付を受けた。
(以上の事実は、前記証人飛鳥井実の証言によつて認定する。)
(九) 被控訴人は、昭和二十四年八月二十三日大阪商船株式会社新株式百五十株を代金合計六万二千八百五十円(内百株は一株四百二十円の割合、内五十株は一株四百十七円の割合)で買い受け、同月二十七日までにこれが受渡を完了し、同年九月七日名義書換可能の控訴人作成の白紙委任状を附した本件株券と共に右新株式百五十株の株券を大七証券株式会社に引渡した。なおその際大七証券株式会社は、さきに本件株券を被控訴人に返還するとき被控訴人から受け取つた株式代金十万円と、新株式払込金額にあたる金七千五百円(一株五十円の割合)を被控訴人に支払つた。
(以上の事実は前記証人飛鳥井実、同藤綱昇の各証言を綜合して認める。)
(一〇) 大七証券株式会社がさきに本件株式を売り渡した三重商店との間で、更に同商店より遡つて増資のため名義書替を停止した昭和二十四年四月十五日以前の本件株式最終取得者に至るまでの本件株式売買直接当事者間で、いかなる事故訂正(名義書換可能の白紙委任状を附した本件株券の交付又はこれに加えて増資新株の交付)がなされたかは、被控訴人の主張しないところであり本件に現われた一切の訴訟資料によるもこの点は明らかでない。
(一一) 控訴人に対し本件株式の名義書換停止前(昭和二十四年四月十四日まで)に、何人からも本件株券について添附の委任状について印鑑相違による事故訂正の要求がなかつたことは、弁論の全趣旨によつて明らかである。
(一二) 被控訴人は、控訴人から本件株券が被控訴人の手に渡るまでの中間の本件株式売買当事者である長田早稲、中原商店、三重商店、丸大商店、神栄証券株式会社に対しては増資新株の交付につき交渉することなく、控訴人に対し直接増資新株を請求し、控訴人がこれに応じなかつたため、本訴を提起したことは、成立に争のない甲第四号証、同第五号証、同第六号証及び弁論の全趣旨によつて認めることができる。
第二、右事実関係に適用される法について。
(一) およそ記名株式を他人に譲渡した者は、記名株式の譲受人をして株主権を完全に享受せしめるための手続、すなわちいわゆる名義書換手続に協力すべき義務あることは明らかである。しかして白紙委任状附記名株式を任意流通においた記名株式の所有者は、これが善意無過失の取得者に対しその白紙委任状に記載補充せられた処分行為をしたものとみなされることは、既に一般に認められた商慣習法であつて、その白紙委任状の株式名義人の印影が株式名義人から会社に届けてある印影と相違する場合は、記名株式の名義人は何時でも善意無過失の取得者が故障なく名義書換をなし得るよう協力すべき義務あるものというべきことは、前記商慣習法から当然でてくる結論である。
(二) 次に記名株式の所有者が白紙委任状附株券を任意流通においた後に、当該会社が増資をなし、旧株主に増資新株を割り当てた場合、当該白紙委任状附株券の善意無過失の取得者が、委任状の印鑑相違のため名義書換ができず、従つて増資新株を取得できなかつた時、右の株券所持人は、当該記名株式の名義人に対し、同人が当該旧株式の株主として割当を受けた増資新株の引渡を求める権利があるか。このことは、前記商慣習法から当然でてくる結論であるとはいえない。よつてこの点に関する商慣習を調査するに原審における鑑定人森泉恒四郎の鑑定の結果によると、東京の証券業者間においては次のような商慣習があることが認められる。
(イ) 印鑑相違のため白紙委任状附株券の名義書換未了の間に増資新株の割当及び引受が旧株券の名義人に対してなされた場合旧株券につき名義書換を求めたが印鑑相違で拒絶せられたため増資新株の割当を受けることのできなかつた旧株券の最終所持人は、旧株券の名義人に対し中間経由者(中間の証券業者)を通じ、順次に遡つて正当な白紙委任状の再発行及び増資新株の交付(これを事故訂正という。)の請求をすることができる。
旧株券の名義人は、その直接の譲受人を経由する事故訂正の請求に応じて正当な白紙委任状を再発行し、増資新株を交付しなければならない。
旧株券の名義人は、その直接の譲受人を経由しない事故訂正の請求はすべてこれを拒絶することができる。しかし例外として旧株券の名義人は、特別の場合(旧株券の最終所持人で不正に株券を取得した疑がない場合、その他旧株券の最終所持人に信頼できる特別の事情のある場合)旧株券の最終所持人の直接の事故訂正の請求に旧株券名義人の責任において、応じることもある。
証券業者が事故訂正の請求を受けた場合は、事故が訂正されてくるのに相当の日時がかかると思われるときは、事故訂正の担保として売買代金相当額(又時としては株式時価相当額)を提供して後者から事故株券を預かり、他日事故が訂正されて株券が戻つてきたときに、担保として提供してある金員と引換に名義書換可能の委任状を附した株券を、増資新株に対する払込金と引換に増資新株券を、それぞれ後者に交付する。
又証券業者は、場合によつては、他から瑕疵のない旧株式及び増資新株を買い求めて、後者に引き渡すこともある。
又この場合、旧株式名義人が増資新株を引き渡すときに請求できるのは、払込金だけであつて、払込金に対する金利増資新株に関して負担した税金又はプレミアム(払込金と上廻つている増資新株の時価との差額)は請求できない。
証券業者は、取引の直接当事者に対し取引の時からその会社の二決算期内(長くても一年を超えない)に事故訂正の請求をすべきものとされているが、実際は右期間を経過しても事故訂正に応じている。
(ロ) なお、印鑑相違などの事故がなくて、名義書換をしなかつたため増資新株の割当を受けることのできなかつた旧株券の最終所持人は、旧株券の名義人に対し増資新株の交付を権利として請求することはできないが、中間経由者の承諾の下に旧株券の名義人との間で直接交渉し、プレミアムの半額と払込金とを払つて増資新株を引き渡して貰うことが通例である。
(三) 以上認定の商慣習においては次のことが注意されねばならない。
(イ) 証券業者は、取引の直接当事者に対し取引の時からその会社の二決算期内(長くても一年を越えない)に事故訂正の請求をすべきものとされていることである。これは、売買取引の時からその会社の二決算期以内に増資がなされた時にのみ、旧株主に割り当てられた増資新株をいわゆる株券の最終取得者に事故訂正として交付されることを意味する。当該株式の売買がいわゆる新株権利附としてなされている場合は、当該売買契約上の義務の履行として増資新株が交付されなければならないことはもちろんであるが、証券業者間にあつては、新株権利附売買でない場合も、売買の時からその会社の二決算期以内に増資がなされ、旧株主に新株式が割り当てられたときは、事故のため名義書換のできなかつた当該株券の最終所持人に増資新株を引き渡すのが慣習であるということである。
この慣習を一般の株式所有者に拡張するためには、すべて記名株式を譲渡した者が譲渡の時から少くともその会社の二決算期内に増資が行われ、旧株主に増資新株が割り当てられる時は、増資新株を引受け、これが払込をして増資新株を取得することを要するものとしなければならない。
そこで名義書換未了の間の株式譲渡人の増資新株引受に関する実情を調査するのに、原審証人飛鳥井実の証言によれば、旧株式の名義人は新株の割当を受けると受けないとを任意に決定することができるのであつて、増資新株の時価が払込金を越えることが予想される場合に普通新株を引き受けていることが認められるに過ぎない。
一体このような慣習が生じた理由は、証券業者が記名株式を取得するのは、転売のためであることが普通で、従つて名義書替をしないのが通例であるけれども、名義書替を長い間しないでおき、その間の増資新株引受を株式を譲渡した株式名義人にさせ、しかも長年月の後にこれが引渡請求をすることは正義に反すると考えられるので、その会社の二決算期以内という慣習上の制限を附したものと考えられることと、一方証券業者は、取引の確実を期するため事故に対する高度の担保責任を自らに課しているものと考えられることなどであろう。従つて右商慣習を証券業者以外の株式譲渡人にまで拡張することは相当であるとはいえない。
(ロ) 次に、右の事故訂正の請求は最終所持人からまずその売買直接当事者に対してなし順次株式流通の過程を遡つて株式名義人に至るものとされていることである。売買の直接当事者であれば、その売買から事故訂正まで何年何月を経過しているか、又新株権利附売買であつたかはおのずから明らかであり、当事者間に衡平な解決をもたらすことが可能となるわけである。この点において右慣習において株式名義人がその直接の譲受人を経由しない事故訂正の請求を拒絶することができるとされていることに特に注意しなければならない。このことは株式売買は本来直接当事者間において株主権を移転することを内容とするものであることに由来するものである。
(四) 前段認定の株式の事故訂正の商慣習は、これを分析すれば、白紙委任状の再発行に関する部分と、増資新株の交付に関する部分と分れるのであつて、前者は何時にても行使し得る株券の正当なる所持人の権利に基ずくものであり、後者は新株権利附売買の拡張に関する慣習ということができ、前者と後者とは区別して考えなければならない。前者はまさしく白紙委任状附記名株式売買の商慣習法より生ずる派生的商慣習法であることは疑がないが、後者は証券業者間のみの慣習と認められ、かつそれを可能ならしめる法律関係(株式名義人の増資新株引受払込)につき一般的慣習はまだ成立せず、株式名義人の意思にまかされていることなどから考えて、商慣習法として一般に承認されているものと認め難いものであり、この点において前者と後者とは区別して認識しなければならない。
第三、結論
控訴人が本件株式を昭和二十一年中東京神栄証券株式会社に売り渡したとき、控訴人が前段認定の増資新株交付に関する証券業者間の商慣習による意思を有したものと認めることができないことは、成立に争のない甲第五号証及び弁論の全趣旨によつて明らかなところである。
仮に控訴人が前段認定の商慣習による意思を有したとしても、(一)被控訴人の控訴人に対する請求は、いわゆる直接当事者に対する請求でなく、(二)売買の時から慣習によつて認められる期間をはるかに経過した後(売買の時から少くとも二年四箇月後)の請求であることから考えれば、被控訴人は右商慣習によるも控訴人に対し増資新株の引渡を請求することはできない筋合である。
もし株式名義書換停止直前の本件株券最終取得者が名義書換停止前に控訴人に名義書換可能の白紙委任状の交付を請求した事実があつて、控訴人が名義書換可能の白紙委任状交付義務の履行を遅滞したため最終取得者が増資新株の割当を受けることができなかつたとすれば、最終取得者は控訴人に右白紙委任状交付義務不履行による損害賠償を請求することができ、被控訴人が民法第四百二十二条によつて最終取得者に代位して右損害賠償の請求をすることのできる場合もあるであろうが、本件においては、控訴人が名義書換停止前最終取得者又はその他の何人からも白紙委任状の印鑑訂正を求められたことはないのであるから、被控訴人は控訴人に対しこのような債務不履行による損害賠償を求める権利のないことは明らかである。
従つて控訴人が本件株券の最終取得者に増資新株の引渡義務あることを前提とする被控訴人の請求は失当であつてこれを棄却すべきものであり、被控訴人の請求を認容した原判決は失当としてこれを取り消すべきものである。よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九十六条第八十九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 大江保直 梅原松次郎 猪俣幸一)