大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

東京高等裁判所 昭和26年(ネ)1698号 判決 1952年1月28日

控訴人 被告 傷痍者厚生協会

訴訟代理人 根上信

被控訴人 原告 大富寿美夫

訴訟代理人 吉田勇之助

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、被控訴代理人において、本件登記の抹消を求めるのは、法人格のない者が登記名義人となることができないのにかかわらず、法人でない控訴人のために所有権取得登記がなされているので、本件土地の所有者である被控訴人がその所有権にもとずいて、右事実に符合しない登記の抹消を求めるものである、と述べ、控訴代理人において、控訴人が現在社団法人でも財団法人でもないことは認めるが、控訴人は社会事業法による傷痍者生活援護事業団体であつて、法人でない社団であるから、訴訟当事者となることができ、したがつて登記権利者ともなることができるものである、と述べた外、いずれも原判決事実摘示(別紙目録をも含む)と同一であるからここにこれを引用する。

証拠として、被控訴代理人は、甲第一ないし第六号証を提出し、原審証人露木栄こと高橋栄(第一、二回)、武見次郎、大富ヤス、大塚喜一郎の各証言ならびに原審における被控訴本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認める、と述べ、控訴代理人は乙第一号証、第二号証の一ないし三を提出し、原審証人露木栄こと高橋栄(第一回)、成川弘、水口長枝の各証言ならびに原審における控訴協会代表者鈴木天涯こと鈴木貞三(第一、二回)尋問の結果を援用し、甲第一、二号証の成立を否認し、同第四号証の成立は不知、その他の甲号各証の成立を認める、と述べた。

理由

被控訴人主張の別紙目録記載の本件不動産(静岡県伊東市大字吉田地内所在山林三筆合計五反三畝二十五歩)について、静岡地方法務局伊東出張所昭和二十三年九月三日受附第二、一六二号をもつて控訴協会のために被控訴人からの寄附による所有権取得登記のなされたことは、当事者間に争がない。そして控訴協会が社会事業法による傷痍者生活援護事業団体であるが、法人格を有しない社団であることは、その自陳するところであるから、控訴協会としては私法上の権利の主体となり得ないものというべきであり、したがつて本件不動産について、自己の名を以つてその所有権を取得し得ないことはいうまでもない。しかも不動産登記は、物件の得喪変更を第三者に対抗する要件に過ぎないのであるから、実体上の権利を取得することのできない控訴協会が、登記権利者となり得ないことは明かであつて、控訴協会を登記権利者とする前記所有権移転登記は無効のものといわなければならない。さすれば本件不動産の登記簿上の真実の権利者は、成立に争のない甲第六号証(本件三筆の山林の土地登記簿謄本)中各甲区(所有権)欄の記載からみて、右無効の登記の直前の順位にある被控訴人であり、被控訴人は本件三筆の山林の現在の所有権者であることを主張しているのであつて、控訴協会は自己が被控訴人から贈与をうけこれを取得した現所有者だと抗争するけれども、控訴協会としては私法上の権利の主体たり得ないこと前示の如くであるから、右第六号証の記載により、別段反証なき本件においては(成立に争のない乙第一号証も右の反証とはならない。)被控訴人がその主張どおり現所有者であると認める。よつて被控訴人は右登記すべからざる事項の登記簿上の記載により、その円満な所有権が侵害されることになるから、該無効登記の形式上の登記名義人である控訴協会に対し、これが抹消を求め得べきこと勿論である。なお不動産登記法第百四十九条の二によれば、登記官吏は右のような登記すべからざる登記であることを発見したときには、同条ならびに同法第百四十九条の三、第百四十九条の五の規定に則り、職権でその抹消をなすべきであるから、真実の登記権利者である被控訴人は、登記官吏の右職権発動をうながすことによつても、本訴で求めるのと同一の目的を達することができるのではあるが、かかる方法ありとしても被控訴人が訴訟によつて登記すべからざる事項の登記の抹消を求めることは別段差支ないので、被控訴人に訴訟の利益なしということはできない。もつとも控訴人は、右所有権取得登記については、傷痍者厚生協会理事長鈴木天涯名義をもつて鈴木天涯個人としてこれが登記申請をしたところ、登記官吏が過つて単に傷痍者厚生協会名義をもつて登記をなしたものである旨主張するけれども、成立に争のない甲第五及び六号証同乙第二号証の二(本件登記申請書)及び三(理事の資格証明書)の各記載と原審証人大塚喜一郎の証言とを綜合すれば、控訴協会理事長鈴木天涯は、静岡司法事務局(現在静岡地方法務局)伊東出張所登記官吏大塚喜一郎に対し、登記権利者を控訴協会とし「同協会が社会事業法による一般傷痍者の生活援護団体なること」の静岡県知事の証明書(甲第五号証)を添附して右登記の申請をなしたため、同登記官吏は法人登記簿の謄抄本の提出がないのに、控訴協会が法人であると軽信してこれが登記をなしたものであることが認められる。右認定に牴触する原審における控訴協会代表者鈴木天涯こと鈴木貞三の供述(第二回)はこれを措信せず、他に該認定を左右するに足りる証拠がないから、控訴人の右主張はこれを採用することができない。また控訴人は、控訴協会は法人でない社団であつて訴訟当事者となることができるものであるから登記権利者ともなることができる旨主張するけれども、法人でない社団でも代表者または管理人の定めのあるものについては、訴訟手続の煩雑を避けるため民事訴訟法第四十六条の規定によつてその名において訴えまたは訴えられることができるにとどまり、これがため私法上の権利能力があるとはかぎらない。いいかえれば訴訟の当事者となることができても、つねに私法上の権利の主体となることができるというものでなく、控訴協会が権利の主体となりえないことは前示説示のとおりであるから控訴人の右主張も採用することができない。

さすれば被控訴人の本訴請求はその他の争点について判断するまでもなく正当であるから、これを認容すべきであり、右と同趣旨に出でた原判決は相当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 斎藤直一 判事 菅野次郎 判事 坂本謁夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例