大判例

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東京高等裁判所 昭和26年(ネ)1715号 判決

控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人から控訴人福島要作に対する東京区裁判所麹町出張所昭和二十一年(ユ)第麹二五号、及び被控訴人から控訴人前島猪太郎に対する同出張所同年(ユ)第麹二六号、各建物収去土地明渡調停事件の調停調書正本に基く強制執行はいずれもこれを許さない。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、原判決摘示控訴人主張の異議の原因1、3、4の補足として、「(一) 戦時罹災土地物件令第四条の規定は、強制疎開を命ぜられた建物が除却せられない間に戦災により滅失した場合にもその敷地につき適用あるものと主張する。そして、控訴人前島は、本件罹災建物の賃借人であつたところ、右建物が強制疎開を命ぜられたので、賃貸人との間に賃貸借を合意の上解除することとして賃料と敷金との清算をなしたけれども、建物は未だ除却せられず、控訴人前島もその所有にかかる家財道具の大半を残置している間に罹災したのであるから、控訴人前島は戦時罹災土地物件令第四条にいわゆる罹災建物の居住者であるというをはばからず、右建物の敷地につき当然使用権を有するものである。(二) 本件調停は、控訴人らがそれぞれ本件焼跡敷地(すなわち調停調書記載の本件各宅地)を使用する権限のないことを前提としてなされたものであるところ、戦時罹災土地物件令第四条によれば、控訴人らは、いずれもその焼跡敷地を使用する権利を有するものである。しかるに、控訴人らは本件調停成立当時既に同令の公布施行ありたる事実を知らず、錯誤により右権利なきものと信じて調停に応じたのであるから、本件調停は無効である。もとより、控訴人らはその当時右使用権を放棄する意思もなく、その事実もない。(三) 被控訴会社の当時の代表取締役でありかつ本件各宅地を含む被控訴会社所有の土地の管理人であつた訴外油木真太郎に対し、控訴人前島は昭和二十一年十二月十一日、控訴人福島は同年十月七日、いずれも罹災都市借地借家臨時処理法に基いて本件各宅地につき建物所有の目的で賃借の申出をなし、その承諾を得て、控訴人前島の賃借土地については賃料一月金百五十円、控訴人福島の賃借土地については賃料一月金九十円と定めたのであつて、仮りに本件調停が無効でないとしても、その後になされた右各賃貸借の成立によつて効力を失うにいたつたものである。」と述べ、さらに新たなる異議の原因の追加として、「(四) 本来調停は当事者間に紛争のあることを前提とするものであるのにかかわらず、本件調停は、当事者間に何ら紛争がないのに被控訴会社においてほしいままに調停の申立をなし、控訴人らを欺いて調停条項に同意せしめたものであるから、右調停は、民事調停法第一条の主旨に反するのみならず民法第一条にも反し、当然無効である。少くともかかる調停調書に基く建物収去、土地明渡の執行は権利の濫用であつて、許すべき限りでない。(五) 本件調停条項第三項により控訴人前島の収去を約した建物は、調停調書にも記載されているとおり、東京都豊島区池袋一丁目八百十七番地宅地五百二十坪七合七勺の内三十坪地上所在木造瓦葺平家一棟建坪十八坪であつたところ本件調停成立後同控訴人において増築をなして建坪二十五坪七合五勺となり、場所も約五間程異動し、ついで仮処分の執行により建坪は約十四坪に減じ場所もさらに東方約二十間程はなれた場所に移動したのであるから、本件調停調書記載の建物と現存建物とはその坪数、構造及び所在の場所を異にし、最早同一の建物であるということができない。従つて本件調停調書記載の建物収去請求権は消滅したものと認めるの外なく、右調書に基く建物収去の執行は許すべき限りでない。」と陳述し、被控訴代理人において、「右(一)ないし(五)の主張事実中、被控訴人の従前の主張に反する部分はすべて否認する。」と述べた外、いずれも原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

<立証省略>

三、理  由

東京都豊島区池袋一丁目八百十七番地所在木造スレート葺三階建二戸建家屋一棟建坪三十二坪二合五勺、二階二十五坪五合五勺、三階二十八坪七合五勺(以下従前の家屋という)が被控訴会社(旧商号株式会社二昭)の所有であつて、控訴人福島はその向つて右側の一戸を、又控訴人前島はその向つて左側の一戸を、それぞれ被控訴会社から賃借していたところ、右家屋は強制疎開命令により昭和二十年三月三十一日限り除却されることになり、控訴人らは同番地内にある被控訴会社所有のアパートにそれぞれ一室を借り受けて移転することとなつたこと、しかるに同年四月十三日夜の空襲により従前の家屋及び右アパートが共に焼失したこと、その後同年秋頃、控訴人福島は右アパートの焼跡に、控訴人前島は従前の家屋の焼跡にそれぞれその主張の建物を建ててその敷地各三十坪を使用していること(但し右敷地全部がそのまま焼跡に該当するかどうかについては争がある。)、右土地使用に関し被控訴会社はそれぞれ控訴人らを相手方として東京区裁判所麹町出張所に調停の申立をなし、右事件は、控訴人福島については同出張所昭和二十一年(ユ)第麹二五号、控訴人前島については同年(ユ)第麹二六号、各建物収去、土地明渡調停事件としてそれぞれ同出張所に係属したが、同年四月二十四日当事者間に調停成立し、調停調書に記載せられたこと、並びに、右調停調書記載の調停の内容が控訴人ら主張のとおりであることは、いずれも当事者間に争のないところである。

しかるに、控訴人らは、いずれもこれら調停調書記載の調停の効力を争い、請求に関する異議を主張してその執行力の排除を求めているのであるが、その主張にかかる異議の原因は彼此共通するものが多いので、便宜両者一括してその理由の有無につき判断することとする。

(一)  控訴人らは、まず、本件調停において当事者間に成立した合意は通謀の虚偽表示に基くものであつて、無効であると主張する(原判決摘示控訴人ら主張の異議の原因2)。しかしながら本件調停成立にいたるまでの経緯をみると、右合意が通謀の虚偽表示に基くものとは到底認めることができない。すなわち、冒頭掲記の争ない事実に、成立に争のない甲第二、三号証の各(イ)、(ロ)、乙第二、三号証、第十号証、原審証人菅野紀元次、大沢徳太郎、当審証人油木恒久、蓬田喜代子の証言、原審における被告(被控訴人)会社代表者油木真太郎の尋問の結果、並びに原審及び当審における控訴人(原告)両名の供述(但し後記措信しない部分を除く。)を綜合すれば、控訴人らは、その賃借にかかる従前の家屋が強制疎開命令により除却せられることになつたので、従前の家屋と同番地内にある被控訴会社所有のアパートの一室をそれぞれ被控訴会社から借り受けて移転することとし、従前の家屋に対する賃貸借は合意の上解約し、賃料並びに敷金の清算をなし、家財の一部は地方に疎開したが、大部分はなお従前の家屋内においたまま、わずかに身廻品を持つて右アパートに引き越し起居するうち、昭和二十年四月十三日夜の空襲によつて従前の家屋も右アパートも共に焼失したこと、右罹災後、控訴人らは、一時静岡又は埼玉県下に疎開したものの、終戦後同年秋頃再び上京して当時被控訴会社の共同代表取締役の一人でありかつ従前の家屋及びアパートの敷地を含む被控訴会社所有の東京都豊島区池袋一丁目八百十七番地所在宅地五百二十坪七合七勺の管理人であつた訴外油木真太郎に懇請して一時居住のため仮設建物を設置する目的を以て従前の家屋並びにアパートの焼跡の一部せいぜい四・五坪の使用の許可を得たが右許可は油木真太郎が他の共同取締役の同意を得ず、独断でなしたものであつてその土地の範囲、地代使用料については格別詳細な定めのなかつたこと、しかるに、その後約に反し、控訴人福島はアパートの焼跡の内三十坪地上に木造杉皮葺平家一棟建坪十六坪七合七勺を、又控訴人前島は従前の家屋の焼跡の内三十坪地上に木造瓦葺平家一棟建坪十八坪をそれぞれ建築してその敷地の使用をはじめたので、これがため被控訴会社の役員中に油木真太郎の責任をとうものができたこと、ここにおいて油木真太郎はその責任を痛感し控訴人らをして本件土地使用の権限なきことを承認せしめこれを前提として諸般の法律関係を調整する目的を以て訴外菅野紀元次を代理人として東京区裁判所麹町出張所に本件調停の申立をなすにいたつたこと、並びに右調停手続において、必ずしも当初から当事者間に調停条項の一致を見ず菅野代理人と控訴人福島の代理人弁護士粕谷俊介との間にこれをめぐつて多少の論争がなされ、粕谷代理人並びに控訴人らから種々意見ないし希望の申出がなされたのであつたが、結局関係人らがすべて納得の上本件調停の成立をみるにいたつた事実を認めることができる。右認定に反する控訴人らの原審並びに当審における供述は到底信用ができない。このように紛争の発生から調停の成立にいたるまでの経過を仔細に観察するときは、本件調停の申立が単に油木真太郎の責任を糊塗するための目的のみを以てなされ、右調停において当事者相い通じて虚偽仮装の合意をなしたものとは到底認めることができず、当裁判所の措信しない控訴人ら両名の供述を除いて他に右事実を認めるに足る確証はない。よつて控訴人らの前記異議の原因は理由なしとして排斥する。

(二)  次に、控訴人らは、本件調停はいずれも控訴人らが本件宅地につき使用権のないことを前提としてなされたものであるところ、控訴人らは戦時罹災土地物件令第四条によりこれが使用権を有するにかかわらず錯誤によりこれを知らずして調停に応じたのであるから、右調停は無効であると主張する(原判決摘示控訴人ら主張の異議の原因3及び当審(一)(二)の主張)。そして、原審並びに当審における控訴人らの尋問の結果によれば、控訴人らは、本件調停当時、戦時罹災土地物件令が公布施行されていたことを知らなかつた事実を認めるに足るのであるが、元来控訴人らは、本件土地につき同令第四条に基く使用権を有しなかつたものであるから、右知らなかつたという事実は何ら本件調停の効力に影響を及ぼすものでない。

すなわち、同令第四条により使用権ありといわんがためには、その目的土地が罹災土地であること、並びに滅失建物の滅失当時における居住者であることを要するところ、ここに罹災土地とは空襲その他戦争に起因する災害により滅失した建物の敷地をいうのであつて(同令第二条参照)、強制疎開命令により除却された建物の敷地を含まないものと解するを相当とする。けだし同令は、戦時中罹災土地の合理的利用の促進をはかるため制定された勅令であつて、同令第四条所定の使用権もかかる目的のため認められたものであるに対し、疎開建物は今次の戦争に際し防空上の必要により除却された建物であつて、その敷地は当然防空の用に供さるべく強制疎開の指定解除あるまでは私人の居住その他の用に供することのできないものであり、この理は、疎開建物が未だ除却されない間にたまたま空襲により焼失したからといつてかわらないからである。しかるに本件において、控訴人前島の使用権ありと主張する土地は、従前の家屋の焼跡であつて、右家屋は強制疎開を命ぜられたものであつたことは、同控訴人の自認するところであるので、右焼跡は同令にいわゆる罹災土地であるということができず、従つて同控訴人は、この点よりして、右焼跡につき同令第四条に基く使用権を有することができないということができるのみならず、従前の家屋の罹災当時同控訴人は既に従前の家屋からアパートの一室に移転しそこに起居していたものであることは、(一)において認定したとおりであるので、同控訴人は、最早従前の家屋の滅失当時における居住者であるということができず、この点よりするも同控訴人は右焼跡につき同令第四条に基く使用権を有するものということができないであろう。同控訴人は、従前の家屋には罹災当時まだ同控訴人の家財道具の大半が残置されてあつたのであるから、居住者というにはばからないと主張し、右家財道具の残置されてあつたことは前認定のとおりであり、又居住者は必ずしも罹災当時罹災建物に現住することは必要でないけれども、同控訴人は罹災当時既にその居を従前の家屋からアパートに移転しここに起居していたのであるから、単に家財道具の一部が従前の家屋に残置してあつたからといつて、従前の家屋にも居住していたものと認めるのはいささか無理であろう。又本件において控訴人福島の使用権ありと主張する土地はアパートの焼跡であつて、右アパート罹災当時同控訴人が右アパートの一室に居住していたことは前認定のとおりであるけれども、これがため同控訴人が同令第四条にいわゆる居住者に該当し、従つて右アパートの焼跡全部につき使用権を有するものと認定することはいささか行き過ぎであろう。けだし、同令第四条にいわゆる居住者は罹災建物の全部の使用者に限らず一部使用者も含まれるであろうけれども、一部使用者が右居住者の中に入るかどうかは結局その程度の差によつて定むべきであつて、本来アパートは多数の者が居住するところであつて、わずかにその一室の居住者にすぎない同控訴人が同令第四条にいわゆる居住者に該当するものとして、アパートの焼跡しかも三十坪のひろきに亘つて使用権を有するものとは到底認めることができないからである。さらに、本件調停に関与した調停委員は、甲第三号証のイ、ロによれば松尾菊太郎、池田清秋の両名であつて、右両名が弁護士であることは当裁判所に顕著であるので調停主任判事はもとより右調停委員においても、当時戦時罹災土地物件令が公布施行されていた事実は当然知つていたものと認めるを相当とすべく、而して、調停の申立はその趣旨及び紛争の要点を明らかにしてなすべきものであるから本件調停の調停委員並びに調停主任判事においてもつぶさに調停の申立にいたるまでの経緯をきき、同令の適用の有無を検討の上、調停を試みたものと推認すべく、控訴人らが納得の上これに応じた以上、たとえ当時同令の公布施行の事実を知らなかつたとしても、右事実は調停の実質に何ら影響を及ぼさなかつたものというべく、錯誤の主張は到底許すことができないであろう。よつて控訴人らの前記異議の原因もまた理由なしとして排斥する。

(三)  次に控訴人らは、本件調停は、当事者間に何らの紛争がなかつたのであるから無効であり、少くとも右調停調書に基く強制執行は権利の濫用であつて許すべきでないと主張する(控訴人らの当審主張(四))。しかしながら、本件調停の成立にいたるまでの経緯は前記(一)において認定したとおりであつて、当事者間に何ら紛争がなかつた訳でなく、又元来調停は、民事に関する紛争につき、当事者の互譲により、条理にかない実情に即した解決を図ることを目的とするものであるが、現在全く紛争がない場合でも、調停調書の記載が裁判上の和解と同一の効力を有するという効果に着目して、将来の紛争を防止するため、当事者間の法律関係を調停調書に明確にし、又は単に債務名義を得る目的を以て調停の申立をなすことも許されるのであつて、これがためその調停を無効としなければならない理由も根拠もなく、かかる調停の申立並びにこれが調停調書に基く強制執行を権利の濫用であるということはできないであろう。もとより被控訴会社が控訴人らを欺いて調停に合意せしめたとの事実はこれを認めるに足る証拠がない。よつて控訴人らの右異議の原因も理由なしとして排斥する。

(四)  次に、控訴人らは、本件調停は、控訴人らの戦時罹災土地物件令第四条に基く土地使用権を被控訴会社の利益のためうばい、憲法の保障する基本的人権を侵すものであるから、その内容において不当であると主張する(原判決摘示控訴人ら主張の異議の原因1及び当審(一)の主張)。しかしながら、控訴人らがかかる使用権を有しないことは(二)において認定したとおりであるので、控訴人らの右異議の原因も理由がない。

(五)  次に控訴人らは、本件調停後当事者間に新たに賃貸借が成立したので、これにより調停調書の効力は消滅したと主張する(原判決摘示控訴人ら主張の異議の原因4及び当審(三)の主張)。しかしながら控訴人らが罹災都市借地借家臨時処理法施行後同法に基き本件土地賃借の申出をなし被控訴会社がこれを承諾した事実は、これを認めるに足りる確証がない。もつとも成立に争のない甲第四号証の(ロ)には、被控訴会社の代表者である取締役油木真太郎が昭和二十一年十二月十一日控訴人前島から金六百円を同年八月から十一月までの地代として領収した旨の記載があるが、成立に争のない甲第四号証の(イ)一、二(右一の注の部分が真正に成立したものであることは当審証人油木恒久の証言によつて認められる)及び原審における被告(被控訴人)会社代表者油木真太郎の尋問の結果によれば、右六百円は本件調停調書に明記せられた損害金として被控訴会社が受領したものであつて、たまたま油木が誤つて甲第四号証の(ロ)に地代と記載したものであることが認められるから、右地代なる記載あることを以て直ちに控訴人前島の主張する賃貸借成立の証左となすことができない。よつて控訴人らの右異議の原因もまた理由なしとして排斥する。

(六)  最後に、控訴人前島は、本件調停調書記載の建物は、調停後増築並びに仮処分の執行により、その坪数、構造を著しく変じ、敷地も異動したので、最早滅失したものと認めるの外なく、従つて右調書に基く建物収去の執行は許すべき限りでないと主張する(当審(五)の主張)。しかしながら、このように建物の坪数構造等において異動を生じたのは、本件調停成立後における控訴人前島の増築並びに仮処分の執行によるものであることは、同控訴人の自ら主張するところであつて、調停調書記載の建物が全然滅失したのではないのであるから、これがため本件調停調書記載の建物収去請求権がその目的を失い消滅したものとは到底認めることができない。よつて同控訴人の右異議の原因もまた理由がない。

このように、控訴人らの本訴において主張した異議の原因は一も理由がないので、本件各調停調書の執行力の排除を求める控訴人らの本訴請求はいずれもこれを棄却するの外なく、右と同趣旨に出た原判決は相当であつて控訴人らの控訴は理由がないので、民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条第九十三条を適用して主文のとおり判決した。

(裁判官 大江保直 岡咲恕一 猪俣幸一)

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