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東京高等裁判所 昭和26年(ネ)1765号 判決

被控訴人等は控訴人に対し別紙目録<省略>記載の建物を明渡し且つ昭和二十四年十二月一日以降右明渡済に至るまで一ケ月金五百円の割合による金員を支払うべし。

控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。

この判決は控訴人勝訴の部分に限り金十五万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

二、事  実

控訴人訴訟代理人は「原判決を左のとおり変更する。被控訴人等は控訴人に対し別紙目録記載の建物を明渡し且つ昭和二十二年十二月一日以降昭和二十三年十月十日まで一ケ月金七百五十円昭和二十三年十月十一日以降昭和二十四年五月三十一日まで一ケ月金千八百七十五円、昭和二十四年六月一日以降右明渡済まで一ケ月金三千円の各割合による金員を支払うべし。訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人等訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴人訴訟代理人において「控訴人は昭和二十年十二月一日に本件建物を賃貸する以前に他人にこれを賃貸したことなく、従つて本件賃貸当初の統制法規である昭和十五年勅令第六七八号地代家賃統制令第三条第一項第二号により同令施行後初めて家賃(月額三百円)あるに至つたもので、そのまま昭和二十一年ポツタム勅令第四四三号地代家賃統制令第四条の指定期日まで継続していたから、右指定期日における月額三百円の家賃の額が同条の停止統制額となつたものであつて、爾後の家賃ないし損害金の請求については、この額を基準として算定したものである。」と述べ、被控訴人等訴訟代理人において「本件賃貸借成立前に控訴人が本件家屋を他人に賃貸したことがないかどうかは知らない。昭和二十三年八月二十一日控訴人主張のような契約解除の意思表示のあつたことは認める。なお従前主張にかかる造作買取請求の意思表示を控訴人に対してなしたのは、昭和二十六年三月二十九日であつて、その時価は五十万円と主張する。そして控訴人において右造作代金の支払あるまで、被控訴人等は本件家屋を留置する権利があるから、右留置権を行使して建物の明渡を拒絶すると共に、更に同時履行の抗弁を援用して右造作代金の支払あるまで本件家屋の明渡を拒むものである。」と述べた外は、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

<立証省略>

三、理  由

控訴人主張の建物が控訴人の所有であつて、昭和二十年十二月一日控訴人が、右建物中南側の一戸階下十二坪七合五勺、二階八坪七合五勺を、被控訴人義弘に賃貸し、その際右家屋の賃借に関して右当事者間に金七千二百円の金員の授受のあつたこと並びに爾来被控訴人等において右家屋を占有していることは当事者間に争のない事実である。

右賃貸借契約の内容について控訴人は、期間を契約の日から二ケ年とし賃料を全期間を通じ金七千二百円の前払即ち月額三百円の約旨であつたと主張するに対し、被控訴人義弘は、賃借期間の定めなく賃料は月額五十円の約で、前記七千二百円の内二ケ年分の賃料前払額千二百円を除いた残余は権利金として授受されたものであると抗争するから、先ずこの点につき審按する。

印影の成立に争のない事実と原審における被控訴人安部義弘の供述により全部真正に成立したと認められる甲第一号証、右原審における安部義弘本人の供述、原審証人三上よし、同伊藤ヨシ、当審証人三橋けいの各証言並びに控訴人本人の尋問の結果(原審第一回、当審第一、二回)を総合するときは、前記賃貸に当り、この建物は控訴人において嘗て他人に賃貸したこともなく、控訴人が現に居住する部分と一棟をなし、階下は控訴人が自転車預り業の自転車置場として使用していたもので、長期に亘り他人に賃貸する意図はなかつたが、被控訴人等の切なる懇請に基き、期間を二ケ年とし賃料は当時としては著しく高額の月額三百円、而かも他に適当な保証人もなかつたので期間中全額前払という条件で賃貸借の合意成立し、右賃料の前払として計金七千二百円の授受を了したこと、被控訴人等としては期間を二ケ年と限定されることはもとよりその本意ではなかつたけれども、後日の交渉により更新その他の方法で延長せらるべきを予期し、前記賃貸条件を承諾したものであることが認められ、原審証人安部寅吉、同名取たか、当審証人高畑きちの各証言並びに原審及び当審における被控訴人安部千代、同安部義弘の供述中右認定に反する部分は採用し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。尤も成立に争のない乙第三号証によればその後昭和二十一年十月控訴人と被控訴人安部千代との連署で本件家賃を月額五十円として所轄官署に届出でをしたことは明らかであるが、成立に争のない乙第四号証により認め得る如くその後同二十二年八月に至り月額三百円と訂正届出ある事跡に徴し、右乙第三号証もまた当初の約定賃料が月額五十円であるとの証左となすに足らない。

してみると本件賃貸借契約は昭和二十年十二月一日の契約の日から二ケ年を経過した昭和二十二年十一月末日限り終了すべきところ、控訴人は右期間満了前六月ないし一年内である昭和二十二年四月二十日頃賃借人義弘に対し更新拒絶の通知をしたと主張するが、この点に関する控訴人の供述は他の証拠に照らし輙すく採用し難く、右供述を外にしてはかかる更新拒絶の通知があつたと認め得る証拠はないから、前記期間満了の際前賃貸借と同一の条件を以て更に賃貸借をなしたものと看做されることは借家法第二条の規定に照らし明らかである。

次に控訴人は、本件賃貸借は昭和二十二年十二月一日から更新されたとすれば、控訴人の昭和二十二年十二月の本訴提起により適法な更新拒絶の通知があつたものと主張する。そして本件訴状が賃借人たる被控訴人義弘に送達せられたのが、昭和二十二年十二月二十日で控訴人は爾来本訴において終始本件賃貸建物の明渡を求めていることは記録上明らかであるから、右更新された賃貸借の期間満了の日である昭和二十四年十一月末日の前六ケ月ないし一年内にすることを要する更新拒絶の通知並びに期間満了後の使用継続に対する異議はいずれも適法になされていると解すべきである。よつて右更新拒絶が正当の事由ある場合に該当するかどうかを審究する。

成立に争のない甲第九、十号証、同第十三ないし第十五号証、第十九号証、第二十号証、及び公証部分の成立に争のないことにより全部真正に成立したと認め得る甲第七号証、原審における控訴人本人の供述(第一回)により真正に成立したと認める甲第五、六号証、証人中村つるの原審及び当審における証言並びに控訴人(原審第一、二回及び当審第一、二回)、被控訴人安部千代(原審第一、二回及び当審)、被控訴人安部義弘(原審及び当審)各本人尋問の結果を総合するときは、控訴人は戦時中から本件賃貸部分及びこれと一棟をなす現住家屋を営業所として、自転車預り、煙草小売を業とし、終戦後は、自転車預りの方は業態はかばかしくないとはいえ、他に家屋二、三戸と宅地二、三町歩を保有しこれら収益によつて生計必ずしも困難であるとは言えないけれども、従前の営業を継続するだけでは、前途の希望も少く徒食の生活を送るに過ぎないので、昭和二十二、三年頃から当時所沢市においては浴場経営者の少いことに着目し、本件賃貸家屋及び控訴人の現住家屋の敷地とその後方にある控訴人所有の空地等を利用すれば浴場を建設するのに恰好の場所であるので、ここに浴場の建設を企図し、資金は前記他の不動産等を処分してこれに充てる目算の下に、先ず本件建物の明渡を求めて、右計画を実現せんとしている事実並びに被控訴人等は、本件建物賃借後は同所にパーマネントの営業所を設け、雇人数名を置き自らはこれに居住せず、折々見廻りに来る程度に過ぎなかつたが、現に有限会社組織に改組し本店を池袋に設けて此処に起居し、本件の所沢市の外東長崎町、田無町の三ケ所に支店を設け、本件の所沢支店は業態最も良好であつてこれを失うにおいてはその損失少からざるものあるも、他の営業所から生ずる収益も莫大であつて、決して営業全体として甚大の打撃を蒙る程度でないこと、そして本件建物賃借以来既に相当の年月を経過しその間相当の収益を挙げて来た事実等を認めることができる。以上認定の事実に徴して考うるに、賃貸人である控訴人が強いて本件家屋の明渡を求めないで現状のままでも、その生計を維持するに足るとの理由を以て、自己使用の必要性等更新拒絶の正当理由なしと速断するのは早計であるというべく、須らく賃貸人、賃借人双方の面から本件建物の使用を必要とする程度如何を比較考量すべきである。そしてこの見地に立つて以上認定の諸般の事情に照らし総合判断するに、控訴人が浴場建設のため自己所有の本件建物の明渡を求めて浴場を経営せんとするについては、相当と認められる理由があり、一方賃借人においてもこれがため生活の本拠を失うというわけでなく、他に数ケ所の営業所を有し業態も良好であることなどを考慮するときは、前記更新拒絶は正当の理由あるものと断ぜざるを得ず、本件賃貸借は昭和二十四年十一月末日を以て終了したものと謂うべきである。

よつて被控訴人等主張の造作買取請求を前提とする留置権並びに同時履行の抗弁につき按ずるに、借家法第五条により造作の買取を請求した家屋の賃借人は、その造作代金の不払を理由として家屋そのものを留置し、或は同時履行の抗弁を援用して家屋そのものの引渡を拒むことを得ないことは論を俟たないところであるから、その主張自体失当である。

してみると被控訴人等は控訴人に対し本件建物を明渡す義務あるものと謂うべきところ(被控訴人義弘は賃借人として、被控訴人千代は賃借人ではないが、本件建物が控訴人の所有であること及び前記賃借当初からこれを占有していることについては当事者間に争のないことは既に説示したとおり)、控訴人は被控訴人等に対し昭和二十二年十二月一日以降賃貸借存続期間中の賃料並びに賃貸借終了後の賃料相当の損害金の支払をも求めているので、この請求の当否につき検討する。

前認定の如く本件賃貸当初である昭和二十年十二月一日以降同二十二年十一月末日までの本件建物の約定賃料は月額金三百円の定めであつたことは明らかである。そして当審における控訴人本人の供述によれば、右以前に本件建物を他人に賃貸したことがなかつたことを認め得るから、右賃貸当初施行の地代家賃統制法規である昭和十五年十月十九日勅令第六七八号(以下旧令と称す。)第三条第一項第二号に該当する所謂同令施行後における最初の家賃であつたものである。しかし同号に規定する家賃あるに至つたときは貸主は地方長官に届出すべく、(同令第三条第二項)地方長官は右家賃の額が所定の適正標準に照らし不当と認めるときは貸主に対し減額を命ずることができ、右減額せられた額が同令第三条第一項各号に規定する家賃と看做されることは、同令第六条の明定するところである。しかるに賃貸人たる控訴人は前記約定家賃月額三百円については当初同令に基く届出もせず(乙第三、四号証により認め得る家賃の届出は右旧令に基く届出でないことは明らかである)、従つて前認定の如く当時としては著しく高額と認められるにも拘らず減額命令もなかつたわけであつて、この約定家賃を以て直ちに昭和二十一年九月二十七日ポツタム勅令第四四三号地代家賃統制令(以下新令と称す。)第四条に謂う指定期日(昭和二十一年九月三十日)において前記旧令第三条第一項第二号に掲げる家賃があつたものとして、その家賃の停止統制額とみなすことはできないと謂わねばならない。かような場合裁判上合法な家賃として訴求を許容せられるためには、新令第六条により家賃について停止統制額がない場合として認可統制額によるか、或はかかる認可も得ていない場合には、旧令に基く適性標準その他諸般の事情に照らし裁判所が右約定当時の統制家賃として相当と認める額を以て、新令第四条に基く指定期日における停止統制額に準じて取扱うべきものと考える。そして成立に争のない乙第三号証の記載と原審証人神山満蔵の証言等その他本件弁論の全趣旨に徴するときは、右約定賃料月額三百円は著しく高額に失し、金五十円を以て相当と認める。してみると本件家賃の前記指定期日における停止統制額に準ずべきものとしては、右の限度において有効と謂うべきであるから、これを基準とすればその統制額は、成立に争のない甲第三号証によつて認め得る如く本件建物が昭和八年以前の建築にかかることに鑑み、昭和二十二年十二月一日以降昭和二十三年十月十日までは月額金百二十五円、昭和二十三年十月十一日から昭和二十四年五月三十一日までは一ケ月金三百十二円五十銭、昭和二十四年六月一日以降昭和二十五年七月三十一日までは月額金五百円となることは物価庁告示に照して算数上明らかであり、更に昭和二十五年八月一日以降施行せられた物価庁告示第四七七号によつて本件家賃の統制額を算出すれば月額金四百十五円九銭となること当事者間に争はないが、同告示第五において「昭和二十五年七月三十一日における旧停止統制額または旧認可統制額が前各項によつて算出した地代または家賃の額を越えるときは前各項の規定にかかわらず従前のとおりとする。」との旨の規定あるにより昭和二十五年八月一日以降の本件家屋の統制賃料も従前どおり月額五百円となる筋合である。従つて控訴人に対し賃借人たる被控訴人義弘は本件賃貸借の存続期間中の賃料として、前記昭和二十二年十二月一日から昭和二十三年十月十日までは一ケ月金百二十五円、昭和二十三年十月十一日から昭和二十四年五月三十一日までは一ケ月金三百十二円五十銭、昭和二十四年六月一日から、賃貸借終了の日である同年十一月末日までは一ケ月金五百円の各割合による金員を支払う義務があるところ、成立に争のない乙第六ないし第九号証(いずれも供託書)によれば右期間に対する右の割合による賃料は既に供託済であることが認められるから(供託の前提たる履行の提供の事実はこれを認むべき証拠はないが、既に控訴人が昭和二十二年十二月以来本訴を提起している事実に徴しこれを受領する意思のないこと明確であるから右提供を欠くも右供託は適法である)、前記賃料債務はこれにより消滅したものと謂うべく、控訴人の右賃料の支払を求める部分は失当である。

しかし被控訴人両名は控訴人に対し前記賃貸借終了後である昭和二十四年十二月一日以降右明渡済まで前記認定の統制額である一ケ月金五百円の割合による賃料相当の損害金を支払う義務あること明らかであつて、控訴人の右損害金の支払を求める部分の請求は右の限度でこれを認容すべきものである。

よつて原判決は主文表示の如く変更すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条、第九十六条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤直一 内海十楼 坂本謁夫)

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