東京高等裁判所 昭和26年(ネ)1806号 判決
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金十万円及びこれに対する昭和二十五年一月九日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
原審並びに当審証人小野寺正二の証言と同証言によりその成立を認め得る甲第一号証の記載によると、訴外小野寺正二は昭和二十四年十二月三十日日本交通公社白木屋案内所長小野寺正二名義をもつてその名下に自己の私印を押捺し金額二十万円満期昭和二十五年一月八日、振出地、支払地ともに東京都中央区、支払場所日本交通公社白木屋案内所、受取人控訴人なる約束手形一通を振出し、これを控訴人に交付した事実を認めることができる。しかして右小野寺が当時被控訴人の白木屋案内所長であつたことは当事者間に争がない。よつて右手形について被控訴人がその責に任ずべきものであるかどうかを判断する。
原審証人小宮山祿郎、同岩橋二郎の各証言によると、被控訴人は内外人の旅行の案内、斡旋、観光の宣伝を主たる事業目的とし、これに附帯して鉄道乗車券の代理販売等の各種事業を行い、最高に本社があり、その下に全国に六ケ所の支社が置かれ、その下に管理案内所(東京都には三ケ所)あり、更にその下に全国に約百八十ケ所の派出案内所があつて、白木屋案内所は右派出案内所の一に属し、その所長は管理案内所の査定する予算の範囲内において派出案内所の諸費用を支弁し、支社長或は管理案内所長の指揮監督の下に旅行の案内、斡旋、鉄道乗車券の代理販売等の事務を執行するに過ぎず、何等外部に対し包括的に被控訴人を代理する権限を与えられておらず又社員を予算の範囲内において自由に任用し得る権限もないことが窺知されるから、被控訴人の行う事業に多少商業を営むものありとするも、白木屋案内所長たる小野寺を目して商法第四十二条にいわゆる表見支配人に該当するものとなし得ない。
次に前示証人小野寺の証言、同証言によりその成立を認め得る乙第一号証の記載、原審並びに当審における控訴本人尋問の結果によると、右小野寺は知人の土田の求めによりその保管にかかる被控訴人の金員を擅に同人に貸付けたところ、百三十八万円余に達する未返済額が生じたため、毎月末の決算報告には他より一時金員を借用してこれを右の穴埋めに充て、もつて一時を糊塗する必要に迫られていた。本件手形も右糊塗の必要上振出されたものであつて、ただ小野寺は金融を受けるに当り、控訴人に対し、本社よりの送金が遅れるため止むなく白木屋案内所における月末の諸支払の必要上送金あるまでの期間を限り借金するに過ぎないと言明したことが窺われるから、右小野寺には特に本件手形の振出につき被控訴人を代理する権限も与えられていなかつたものと断ぜざるを得ない。
そこで進んで民法第百十条の適用の余地について考えるに、たとえ右小野寺の日常の事務の遂行につき多少被控訴人を代理する権限ありと認められる場合ありとしても本件手形の振出に当り控訴人において日本交通公社白木屋案内所として一私人より金融を受ける必要と振出人名下に押捺された小野寺の私印に思いを致し、小野寺の手形振出の権限につき、管理案内所その他の上部組織についてこれが調査をなした形跡の認められない本件にありては、控訴人において小野寺に代理権ありと信ずべき正当の理由ありたるものということができない。
さすれば、控訴人の本訴請求は爾余の判断に俟つまでもなく失当として棄却すべきであるから、これと同旨に出でた原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。
よつて民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 柳川昌勝 村松俊夫 中村匡三)