東京高等裁判所 昭和26年(ネ)2018号 判決
控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決並びに土地及び家屋明渡請求部分につき仮執行の宣言を求めた。
事実関係について、被控訴代理人は、本件土地家屋は、被控訴人控訴人及び訴外井出三郎の三者間に組合契約を結んだとき、登記簿上被控訴人所有名義としたが、事実は組合員三名の共有としたのである。右組合が解散して清算の際、本件土地家屋はもとの所有者である控訴人の所有としたのであるが、被控訴人は、昭和二二年三月一九日控訴人からこれを買受けて即時所有権の移転を受けた、しかし登記簿上同物件の所有名義は被控訴人となつていたからそのまま右登記を維持したのである、控訴人はこれら物件について被控訴人から所有権の移転を受けたことはないのに所有権移転登記をしたので、被控訴人はその所有権にもとずいて右登記の抹消を求めるものであると述べた。
<立証省略>
三、理 由
被控訴人が昭和二二年一月一六日、控訴人と訴外井出三郎との三者間に、観光事業を目的とする資本総額金三百五十万円の「中華客親会」を設立するについて組合契約を結び被控訴人は現金百五十万円を出資し、控訴人は伊東市湯川字中丸一二七番の二、宅地二十八坪四合九勺、同所家屋番号湯川四五九番、木造瓦葺地下一階付二階建店舗一棟建坪一階二十一坪八合三勺二階十七坪一合五勺、地下室二十一坪八合三勺(この評価額金五十万円、以下本件物件という)を現物出資し、訴外井出は静岡県田方郡対島村にある土地合計六万余坪及びその地上建物等(この評価額金百五十万円)を現物出資することと定めたこと、控訴人はこの約定にしたがい本件物件を出資し、組合員三人の共有としたが、登記簿上においては被控訴人名義に売買に困る所有権移転登記をしたこと、ところがその後組合は合意解散し、清算の結果控訴人はその出資にかかる本件物件の返還を受けたが、昭和二二年三月一九日、被控訴人にたいしこれを代金五十万円で売渡すことを約したことはいずれも当事者間に争がない。
しかるに右売買契約の約旨について争があるので考えるに、成立に争のない乙第五号証と原審及び当審(第一、二回)における控訴本人尋問の結果を総合すると、右売買について、被控訴人は契約と同時に内金五千円を支払い、残金四十九万五千円は昭和二三年三月三一日までにその半額を支払うべく、右支払後二カ月以内に控訴人は本件物件を明渡すこと、しかし、当時は他府県から東京都内に転入するについては制限があつたので、同年十二月までは右支払があつても明渡をしないことと定めたことを認めることができる。(昭和二三年三月三一日に支払うべき残金を除くその余の代金の支払期限については当事者双方ともなんら主張しない)控訴人は、右売買契約は、残代金の内金二十四万五千円を昭和二三年三月三一日までに支払うべきことを定めたもので、当時は物価急騰時期であつたから、契約の性質上、及び当事者の合意により右代金債務は定期行為とされ、被控訴人の債務不履行により、催告をなさずして当然解除しうるものであり、仮にそうでなかつたとしても、右代金の支払のないことを解除条件としたものであつたと主張するけれども、右主張に合致する原審及び当審(第一、二回)の控訴本人の供述は信用できず、その他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。
ところが成立に争のない甲第六号証の公正証書謄本には、控訴人は昭和二二年七月三日、被控訴人にたいし、金四十九万五千円を貸与し、被控訴人はこれを昭和二三年一月末日より継続して毎月末日に一回金四万九千五百円宛の割賦をもつて十回に弁済すること、期間中は無利息とし、元金を期日に支払わないときは完済にいたるまで百円につき、一日三銭の割合による損害金を支払うことを約し、右債権担保のため、本件物件につき第一順位の抵当権を設定したことの記載があり、この記載と前示控訴人の供述とをあわせ考えると右公正証書による契約は、前記売買残代金の支払について被控訴人にたいし、割賦の方法により弁済を猶予すると同時にその支払を確保するため、本件物件につき抵当権を設定するための準消費貸借をしたものであること及び控訴人は前記組合契約成立と同時に被控訴人名義に本件物件の所有権移転登記をした際被控訴人からその売買登記済証の交付を受けて自ら保管していたが右準消費貸借契約締結後も、売買代金未払を理由に本件物件の右登記済証を被控訴人に返還せず自ら所持していたことが認められ、被控訴人が売買代金決済を理由として右登記済証の交付を要求した証拠はない。それで、かような事実から推断すると、被控訴人及び控訴人はいずれも右準消費貸借によつて本件残代金を決済したものとする意思はなく、かえつて従来どおり残代金債務の存続を認めただこれに担保をつけかつ支払方法をゆるやかにし、右代金につき消費貸借の規定によらしめたものにすぎないことをうかがうに足りる。
被控訴人は右準消費貸借によつて本件残代金は決済され、消滅したものであると主張するが、本件には右主張を肯定しうる資料は存在しない。
そしてその後昭和二二年三月二九日、控訴人は右抵当権設定契約にもとずいてその登記を経、同日右抵当権付債権を訴外井出三郎に譲渡したが、控訴人は同年一一月二〇日再び右債権を訴外井出から譲受けたことは当事背間に争がなく、右両度の債権譲渡は債務者たる被控訴人に対抗しうるものであることは被控訴人の明かに争はないところである。
しかるに、原審における控訴人の供述によれば、控訴人は前記割賦金の期限到来後再三書面または口頭をもつて被控訴人にたいし、割賦金の支払を求めていたが被控訴人はこれに応じないので控訴人は被控訴人の右不履行により本件物件の所有権は当然控訴人に復帰したものとして、昭和二四年一月六日かねてから所持していた被控訴人の署名捺印ある白紙委任状を被控訴人に無断で使用して控訴人名義に売買による所有権移転登記すなわち被控訴人が抹消を求めている登記(以下本件移転登記という)をした次第であると認められる。
この登記の効力について案ずるに、前記控訴人の供述によると控訴人が前述組合契約における出資方法として本件物件を被控訴人名義に移転した際には被控訴人においてその義務を履行しない場合本件物件の所有権返還については控訴人において任意の方法をとりうべく、その手続については控訴人が被控訴人からその名義の白紙委任状を受取つておき、これを使用することができるという特約があつたことが認められ、この特約は組合契約にともなうもので組合契約が履行されなかつた場合、本件物件の返還を確保するためのものであると解するのが相当である。それなのに組合解散の際控訴人の所有にもどされた本件物件を昭和二二年三月一九日さらに被控訴人に売渡した際前に認定したところ及び本件弁論の全趣旨から知られるとおり、控訴人が従前から所持する本件物件の権利証及び被控訴人の白紙委任状を控訴人の手中にとどめ、その後被控訴人からその返還請求のなかつたことから考えると、本件売買についても被控訴人に代金債務不履行ある場合には、控訴人がこれら書類を使用してその利益を確保することができる旨の暗黙の合意があつたものと認められるのである。したがつて控訴人が右書類を利用してした本件移転登記は無権限の代理人の申請によるものとの理由から無効となるものではない。ただこの登記前には控訴人は売買契約解除の意思表示をしなかつたことは弁論の全趣旨から明らかであり、その所有権移転の生じたことの認むべきものがないからこの登記はその内容に相応する権利変動がないというに止まるものといわなければならない。
ところが成立に争のない乙第七、八号証によれば、控訴人は昭和二四年七月六日静岡県伊東郵便局差出し、同県田方郡対島村の被控訴人あての内容証明郵便の書面によつて被控訴人にたいして、前段説示の契約による割賦支払義務不履行を理由に本件売買契約を解除する旨の意思表示を発したことが認められ、この意思表示は、なんら反証のない本件においては、その頃被控訴人に到達したものと認めるのが相当である。
原審における控訴人本人尋問の結果と乙第六号証の記載とをあわせ考えると、前記公正証書による割賦支払契約の支払期限到来後控訴人は口頭または書面でしばしば支払催告をし、ことに昭和二三年九月中、書面で催告したことが認められ、これにたいして被控訴人が支払をしたことは、原審の控訴本人尋問における供述中に昭和二四年一月六日本件移転登記のころ被控訴人から五万円払込中であつたとあるほか、証拠がなく、右控訴人本人の供述もその意味がはつきりせず必ずしも金五万円の支払があつたとは解せられないから被控訴人は前段説示の公正証書による支払期限に支払をしなかつたと認めるのほかないのである。
こういう次第で、被控訴人は本件売買代金残額支払をおこたり、控訴人から催告があつたにかかわらず、なお履行をせず、前記解除の意思表示をうけるに至つたのであるから右解除の意思表示は催告後相当期間を経過した後であること明かでこの意思表示の到達によつて本件売買は解除され、その効果として本件物件の所有権は当然に控訴人に復帰し、被控訴人はその所有権を失つたものと解さなくてはならない。その結果として一方に被控訴人はこの権利変動に応じて所有権移転登記の手続をする義務を負うに至つたのであり、他方には本件移転登記による登記簿の記載と真実の権利関係とが現在では一致するに至つたのである。
かようにほんらい登記義務あるに至つた者によつてあらかじめ与えられた権限によつて登記義務発生前になされた登記の記載がその後の登記義務の履行によつてなさるべき登記と現在の権利関係としては同一であるようになつた場合には、その記載は物権公示の目的にかなうばかりではなく、登記義務者にとつてもなんら不利益もなく、その権利を害することもないのであるから、有効な登記と認めるのが相当である。
以上の次第で本件の登記抹消の請求も、土地家屋の明渡の請求もともに理由がないことになるから、本件請求は全部これを棄却すべきものである。
よつて被控訴人の請求を認容した原判決は失当であるからこれを取消すべきものとし、民事訴訟第三八六条第九六条第八九条にしたがい主文のとおり判決する。
(裁判官 藤江忠二郎 原宸 浅沼武)